覚醒編・32『変身』
追悼式を盛大に行うということで、国がその準備をしているあいだ、俺たちは王城に招かれていた。
犠牲者は二十人。
そのうちの一人は王座戦で審判をしていた人で、彼だけはレクレスに直接殺されてしまったらしい。その他の十九人は都市外縁部にいた住民たちで、氷魚との戦いで亡くなった。
戦死という誇りある死を迎えた者は、国が祀り上げる。それがこの国の風習らしい。
俺たちも参加して欲しいと頼まれたため、快諾した。
それまで城で歓待を受けることになったのたが、会議室のようなところに通されるとすぐに女王が頭を下げたのだった。
【王の未来】がいなければ国が滅びていただろう。国の事情に巻き込んで済まなかったが本当に助かった。謝礼はいくらでも出す。
女王がそう言ったので、功労者であるエルニに褒美は何が良いかと聞いたら、
「ひとりでたたかう」
窓から見えるダンジョンを指さして、そう言ったのだった。
国を救った報酬が、ダンジョンへのソロ挑戦の権利とは。
女王は苦笑していたが、俺はエルニのことなのでそんなことだろうと思っていた。先日挑んだときは一人でやりたそうにしてたからな。
まあ今回エルニが魔王に覚醒したうえに魔神の使徒になったので、隠しダンジョンが出たら難なくまず間違いなく制覇するだろう。俺やミレニアと同じ王位存在ってだけでも大陸四人目なのに、使徒にまでなるとは……さすエルだな。
ダンジョン挑戦に許可はいらないと女王は言い、執事のゼクトロードに何かを持ってこさせた。
「もちろん別途謝礼を用意しますが、取り急ぎこちらを。ご所望と伺っていたものですから」
女王が差し出してきたのは小瓶に入った神薬――『変身薬』だった。
俺たちがこの国に来た目的そのものだ。
やはり所有していたか。
「私自身で手に入れていた分です。長らく使おうか悩んでおりましたが……使わなくて良かったようですね」
「どうして使わなかったの?」
サーヤが首をかしげると、女王は自分の腕を掴んで、歯を食いしばって言った。
「私が女王のあいだは、レクレスに支配され傷つく女王が新しく誕生しない。王座戦も肉体の若ささえ保てれば、誰にも負けない自信はありましたし……でも」
「でも?」
「辛かったのです。若くなることでレクレスの欲望のはけ口となる時間が延々と続くかもしれないと……そう思うと恐ろしくて仕方がありませんでした。だから、ずっと飲む決心がつきませんでした」
「……ごめん、辛いことを思い出させちゃったわね」
「良いのです。結果的に、貴方たちのお役に立てるなら」
複雑そうに笑う女王だった。
俺は差し出された『変身薬』を受け取り、それをそのままアイテムボックスにしまう。
「あれ、ルルクは飲まないの? あんなに元に戻りたがってたのに」
「飲むよ。でも先にエルニの挑戦を見届けてからにしようと思って」
「あー。なるほどね」
どうせ飲むなら、仲間が手に入れたものから先に使いたい。たとえ少し遅くなったとしても。
それに一期に一本しか手に入らないらしいから、俺とミレニアの分で合わせて二本必要だ。もしエルニが成功しても一本足りないので、貰えるものは貰っておく。
女王はもう一度頭を下げて、
「申し訳ありませんが、私も追悼式の準備に取り掛からせて頂きます。ゼクトロードをお付けしますので、皆様は貴賓室にてごゆるりとお過ごしください。ゼクトロード、皆様に最大限便宜を図るように」
「かしこまりました」
「それでは失礼いたします」
女王が出て行く。
死者も出たし、街も建物が崩れた場所がいくつもある。国としては夜まで大忙しだろう。
俺たちはゼクトロードに案内され、かなり豪華な来客用の部屋に通された。
大きなベッドにキッチンまで付いている部屋だった。もちろん各種結界装置もあるし、隠し通路もある。
俺たちはゼクトロードに飲み物や軽食を頼んでゆっくりと過ごした。
やがて日が暮れると王城前の広場で追悼式が始まり、国中が喪に服した。
もちろん俺たちも参加し、彼らの冥福を祈った。
ほどなくして国を挙げての宴が始まった。
亡くなった友を想って泣き、そして救われた国を想って笑う。
そんな夜を皆が過ごした。
そしてエルニが国を救った大英雄として祭り上げられることとなった。
誰もがエルニの名を呼び、讃えた。
さらにレクレスの権能を封じ込めるために歌った美しい旋律を、誰かが真似して歌い始めた。
その旋律は吟遊詩人の語りとともに、何度も、何度も、繰り返し口ずさまれた。
『エルニネールの唄』
こう名付けられたエルニの物語が、この先何千年と獣王国で語り継がれることになるのは、いまの俺たちにはまだ、知る由もないのだった。
「結局さ、その氷の権能を封じ込めたのってどういう魔法なの?」
翌朝。
さっそくダンジョンが復活したと報せを受けて飛び起きたエルニについてきた俺たちは、客席から魔物相手に無双するエルニを眺めていた。
ちなみに来ているのはサーヤ、ミレニア、リリスだけだ。
ナギは飲みすぎて二日酔いでダウン、カルマーリキはナギの世話、セオリーは寝坊、プニスケは城の料理長と意気投合して料理研究をしている。
昨日の宴で何度も聞かされたエルニの物語は、すでに吟遊詩人の手によって広まっている。
現場にいなかったサーヤたちは完全に伝聞なので、真相に興味津々だった。
「第8神の権能模倣だ。ほら、ヒュトゥルグルス=サーマス って人が書いてる『創世期』って神話の序盤に『因果』を司る神様が出てくるだろ? あの権能だよ」
「うーん……その本読んだことないかも」
「そっか。この世界の神様辞典みたいな内容だし、けっこうオススメだぞ」
「リリは読みました。たしか第8神は、創造神以外では最初の神ですよね、お兄様?」
さすが勤勉なリリス。
「その通り。エルニが使ったのはその権能を模倣した、因果を狂わせて別の結果を起こす魔法だな。創造神並みに世界の根底を支えている権能だから、レクレスの領域外では完全にエルニが支配できてたな」
『因果』は氷属性とは比べられないくらいに上位に位置する権能だから当然とも言える。
ちなみに余談だが第8神は〝はじまりの神〟とも呼ばれており、新しく何かを始めるときは彼にちなんで8が縁起が良い数字となっていて、結婚式なんかは毎月八日に行われることが多いらしい。
とくに八月八日はどこの国も結婚式に忙しいんだとか。
「魔法って魔術とは全然違うのね」
「魔術は現象を、魔法は権能を模倣するって感じだ。つまりエルニは色んな権能が一時的に使えるようになったってことだな」
「……チートすぎない?」
「まあでも魔法は法則を変更しているだけで、魔法そのものに攻撃力があるわけじゃないからな。だからレクレスを倒したのも女王とかクリムゾンだったんだよ」
あくまで一時的に法則を変えられるって権能だから、攻撃には使えないのだ。
もしかすればそれすら利用してくる敵もいるかもしれない。
かなり強いが、決して万能な力ってわけでもないのだ。
「なるほどね~だからいまも魔法使わないんだ」
闘技場でソロ挑戦しているエルニを眺めて、サーヤが納得したように言う。
「じゃあ一緒に戦う仲間がいてこそ真価を発揮するのが魔法なのね」
「そうだな」
「あの〝ひとりでなんでもできるもんっ娘〟がそんな成長を遂げるなんて……私、感動したわ」
大袈裟に涙ぐむサーヤ。
保護者目線か?
「にしても強くなりすぎとらんか? 今日使っとるの全部初級魔術じゃぞ」
ミレニアも呆れていた。
魔王スキル『魔術無効』だけでなく、『魔素操作』も憶えたエルニ。これによって魔素をそのまま体外で魔力に変換できるようになったらしい。魔力切れも心配いらなくなったので、初級魔術ですら魔力を思う存分に使うことができている。
ちなみに初級の『ファイアボール』でAランク魔物を一撃粉砕できるほどだ。
魔術においてはリーンブライトと並んだだろう。いや、もう越えたかもしれない。
「じゃがパーティ内に王位存在が増えてしもうたのう……妾とルルクだけじゃったのに」
頬を丸めて拗ねる賢者。素直すぎる。
嫉妬を隠せないミレニアに、サーヤが「可愛い~!」と言って抱き着いていた。女同士でワチャワチャしているあいだに、エルニはボスまで一気に倒していた。
「あ、お兄様見て下さい。今回は続行できるようですよ。やはりソロ挑戦が条件だったようですね」
闘技場の中央に、開始時と同じ端末が出現した。
そのままエルニが魔力を流すと、すぐに始まった隠しダンジョン。
とはいえやることは同じ大型ボスラッシュだ。
Aランク魔物九体と、最後にSランク魔物の〝戦巨人〟タイタンが出てきたが、どれもエルニの魔術一発で消滅していた。
結局、さして力試しにもならずに報酬――『変身薬』と『変魂薬』を手に入れたエルニ。
そのまま客席の俺たちのところに上がってきて、
「ん。これ」
俺に差し出して、じっと見てくる。
すぐに飲め、と視線で語っている。
「ありがとな」
「ん」
俺は『変身薬』を受け取り、ミレニアにもアイテムボックスからもらったもう一つを渡す。
「よし、これで戻れるな」
「うむ……」
じっと小瓶を見つめるミレニア。何か思う所があるようだ。
俺もこの姿を卒業する感慨は……うん、特にないな。
迷わず一気に飲んだ。
湧き水のように澄み渡った味がした。
体の奥が一瞬、熱くなる。
最初から俺の望みは元の十四歳の体に戻ることだ。ただそれだけをイメージしていたから、変化も一瞬だった。
「おお、戻った」
思ったより、あっさりと。
俺は五歳の幼児姿から、十四歳の成人直前の姿にまで戻ったのだった。
さっきまでとは比べ物にならないくらい視線が高い。
それでもまだ一般的には小柄なんだけど、やっぱり幼児の身長じゃ苦労したから、戻れたのは感慨深い。
「どうだエルニ。これぞ俺って感じだろ」
「ん」
すぐ近くに来て、俺を見上げるエルニ。
コツンと俺の胸に額を当てて、しばらくじっとしていた。
「ルルクが戻っちゃった……」
「お兄様が……」
はいそこ、残念そうにしないの。
ここ最近はずっと俺を抱き枕にしていたから名残惜しいのかもしれないが、もう玩具にされる俺ではないのである。
「……ルルク」
「どうしたミレニア。飲まないのか?」
「おぬしは飲んだ方が良いと思うか?」
困ったような顔をして、俺を見上げてくるミレニア。
意外だな。
ミレニアも苦労しているだろうに、悩んでいるのか。
「妾が望む姿に……全盛期に戻ったら、おぬしはどう思うのじゃ?」
「全盛期って、二十代中盤くらいの?」
「うむ。おぬしも視たじゃろ、妾の過去で」
もちろん憶えている。
スタイル抜群の王女様。ロズほど彫刻じみた美しさではないが、愛嬌を備えた美女だった。まさに王女様という高貴な風貌で、長い紫髪が絹のように輝いていた印象が深い。
ミレニアはサーヤたちをちらりと見て、
「おぬし好みのつるぺたではなくなるかもしれぬが……」
「待って!? 俺の好みなんだと思ってんの!?」
「……違うのか?」
「俺の好みは綺麗なお姉さんだ!」
心外である。
「そうか。なら……」
ミレニアは表情を明るくして瓶の蓋を開けようとして、手をピタリと止めてゆっくりとかぶりを振った。
「……いや。やはりまだやめておこう」
「いいのか?」
「うむ。ふんぎりがつくまでは、まだ童女の姿でおるべきかと思うてな……」
どこか遠い目をして言うミレニアだった。
よくわからないが、ミレニアがそうと決めたら口を出す気はない。
どんな姿でもミレニアはミレニアだしな。
と、すぐにミレニアの裾を引っ張ったのはサーヤ。
小声で話しかけていた。
「ほんとにいいの?」
「うむ」
「そっか。まあ、そう簡単に新しい恋に踏み出せたら苦労はしないわよね」
「そっ、そういうわけじゃないのじゃ! 妾はただもう少しこの姿で過ごすのも楽しいのではないかと思っただけで……」
顔を真っ赤にしたミレニア。
サーヤはニヤニヤ笑いながら、
「確かに楽しそうね。でも中身がどうあれ見た目が幼いとルルクの恋愛対象外よ? それでいいのミレーちゃん?」
「うるさいわい! ルルクは関係ないと言っておろう!」
「ふふ。もちろん過去を大事にするのも良いことだけど、新しい恋に踏み出すっていうのは、決して過去の想いをないがしろにするってわけじゃないのよ。過去も未来も、どっちも大事な自分でしょ? なら少しでも幸せな方を目指さなきゃ」
「ふ、ふん! わかっておるわい!」
プイ、と目を逸らすミレニアだった。
しかしふと冷静になって、サーヤを怪訝に見上げる。
「なあサーヤよ……いつも思うが、おぬし、わざとライバルを増やそうとしとらんか? 敵に塩を送ってばかりじゃろ」
「そんなことないわよ」
「あるのじゃ。出し抜こうとするなら黙っておれば良いものを……」
「出し抜く? どうして?」
サーヤは首をかしげていた。
「なぜって、おぬしはルルクの一番になりたいのじゃろ?」
「そりゃそうよ。でも私が幸せになるのと、ルルクが幸せになるのは別問題でしょ? 私は、ルルクが一番幸せになる方法を選んでほしいの。そのためにルルクの選択肢を増やしてるだけよ」
あっけらかんというサーヤ。
ミレニアは呆れたようにため息を吐いた。
「おぬし……『性格良すぎて逆に性格悪い』とか言われんか?」
「そんなこと言われたことないわ。それに私だって無欲ってわけじゃないもの。ルルクの一番になるために、努力は欠かしてないから」
ぐっと拳を握って、気合を入れるポーズをしたサーヤだった。
「はぁ……ライバル強すぎんか、ここ」
「同感ですね。リリはサーヤお義姉様推しなのでこのままトップを取ってもらいたいところですが……やはり目下のライバルはエルニネールさんですね」
リリスが同調する。
「ミレニアさんも女性として魅力的ですが……やはり羊人族は可愛さでは別格ですからね。ルルお兄様が獣人好きだということも有利ですし、お兄様の一番初めの仲間ですし、さらに今回は魔王になってお兄様と同格の存在にまで……いえ、使徒なので存在格だとそれ以上ですからね」
「改めて聞くとすごいわねエルニネール。私もがんばらないと」
「応援しております。ミレニアさんも一歩どころか数歩リードされてますからがんばってくださいね」
「うぐっ」
冷静な指摘を喰らい、ダメージを喰らったミレニアだった。
するとそれまで黙って会話を聞いていたエルニはツカツカとミレニアの前に歩いてくると、ほんのわずかに唇を曲げた。
「んふ」
「くあーっ! おぬし挑発しおったな!?」
顔を真っ赤にして地団駄を踏み、ビシッとエルニたちを指さしたミレニア。
「そっちがその気ならわかったわい! 妾もけじめをつけたら本気で獲りにいってやるから、せいぜい油断して待っておれ羊っ娘!」
「うけてたつ」
バチバチと視線をぶつけ合うミレニアとエルニ。
そんな二人を眺めて、
「面白くなってきたわね~」
「サーヤお義姉様、こちらもうかうかしてられませんね。あとで作戦会議しましょう」
「ふふふ。作戦会議も悪くないけど、リリスもライバルだってこと忘れないでね?」
「はい。でもリリは三番手を狙ってますので」
「なら三番手を確実にとるために戦略を練りましょうか」
「はい!」
楽しそうに話すサーヤとリリスだった。
こうして。
ミレニアはまだ戻らない選択をしたものの、俺たちは無事に『変身薬』を手に入れた。
俺もようやく元の姿に戻ることができたので、今回の旅は目的はすべて果たせたと言っても過言ではないだろう。
そう思っていたときだった。
「おいルルク、探したぞ!」
階段から闘技場の客席に現れたのは、四十半ばのオッサン――帝王レンヤだった。
後ろにはハーフエルフの執事ネフェルティもいる。
また転移してきたのか。帝王ってヒマなのかな。
「よっレンヤ。おまえも観光?」
「そんなわけあるか! 情報屋に聞いて飛んできたんだよ」
「何を? というかどこでも転移できるんだな。今度転移道具貸してくれよ」
「いやお前じゃないんだから転送陣一回使うのにどれだけの予算を食うと……。それより情報屋に聞いたが本当か? 女王が『超越』の始祖の数秘術使いなんだって?」
詰め寄ってくる勢いのレンヤ。
俺はうなずいた。
「うん」
「しゃあああ!」
拳を握って叫ぶレンヤだった。
声デカいな。
「間に合った! 揃った! よし、よしよしよしよしっ!」
「おい落ち着けって」
「これが落ち着いていられるかよ! 十三がドワーフに転生してから二百年近くたっててもう寿命近いんだよ……でも間に合った、よし、やれる!」
レンヤは涙すら浮かべ、何度もガッツポーズをした。
そして興奮したまま、俺の肩を強く掴んで言ったのだった。
「ようやくだ! ようやく、前世に帰れるんだ!」
<覚醒編 → END
NEXT → 帰郷編>
これにて覚醒編はおしまいです。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます!
次回は9月上旬の更新になります。番外編を挟んでから第Ⅴ幕後半【帰郷編】を始める予定です。
引き続きよろしくお願いいたします!




