弟子編・17『魔女の占い』
本日も2話更新。1/2
2話目は昼頃に投稿します。
テールズの森を進んで4日目。
ロズの話では、今日のうちに森を抜けて国境を越えられるらしい。
秋の森はいろいろ美味しいものがあって楽しかったなぁというのが俺の感想だ。虫や獣が多くて厄介だったけど、それなりにいい経験になった。
殴り込みグルメツアー、またやりたいもんだな。
そんなことを考えていた時、先頭を進むロズがいきなり方向転換した。
「ちょっと寄り道するわね」
そう言って獣道を逸れて進んでいった先には、小さな一軒家があった。
こんなところに家があるとは。
煙突からもくもくと煙がでているから、空き家というわけでもなさそうだ。
ロズは迷わずドアを叩く。
少ししてから出てきたのは、腰の曲がった老婆だった。
「久しぶりね、テレロッサ」
「おやまあ、ロズ先生」
おお、ここにも昔の弟子がいたのか。
老婆は驚いた顔をしていたものの、すぐに俺たちに気づいて目を細めた。
「その子たちは新しいお弟子さんかねぇ」
「そうよ。ルルクとエルニネール」
「初めまして麗しきマドモアゼル。ルルクと申します」
「ん、エルニネール」
「おやまあめんこいねぇ。あたしゃテレロッサだよ。さあ入って入って」
にこやかな老婆に迎えられて、家の中へ。
家はひと部屋だけだった。キッチンが備わったワンルーム構造で、部屋の奥には小さなベッドがあり、壁中に棚があっていろんなものが置いてある。
瓶に入った液体、獣や虫の体、怪しい本、エトセトラエトセトラ……暖炉には鍋がかけられており、中身はどす黒い液体に満ちていた。
めっちゃ魔女の家っぽい。
ロズはアイテムボックスから他国の菓子を取り出して、手土産として渡していた。
テレロッサが言うには、彼女はハーフエルフでそろそろ250歳。幼い頃にロズの弟子として薬学を教えてもらっていたらしい。テレロッサはいろんな国を転々として薬術を学び、100年ほど前にこのテールズの森へ移住したそうだ。
ふたりの再会もそれ以来のようで、じつに100年ぶりだそうだ。
ロズがわざわざテールズの森を通った理由がようやくわかった。
「それで先生、あたしのとこに来たのは、お弟子さんたちを占ってほしいからかねぇ」
「そうよ。頼めるかしら」
「もちろん、先生の頼みなら断るはずないわぁ」
テレロッサは部屋の奥から大きな水晶玉を持ってきて、机の上にゴトンと置いた。
薬師でもあり占い師でもあるのか。
占われるのは初めてなので、ちょっと緊張する。
「じゃあ坊やが先ねぇ。ちょっとじっとしててねぇ」
テレロッサのいいつけに従って動かずにいると、周囲の霊素が動き始めた。
おお、占いって神秘術なのか。
「占星術は理術と神秘術の複合技術よ。理化秘術……分類的には中級神秘術ね」
ロズが解説してくれる。
複合技術か。まだロズは教えてくれないけど日本じゃ少年少女の憧れである〝錬金術〟も、この世界では神秘術と理術の複合技術だって教本に書いてあったっけ。
くぅ、はやく学んでみたいぜ。
「ふう、読めたわぁ。ルルクくんに直接教えてもいいのかしらぁ」
「教えてあげて」
「では……『彗星が流れて燃え尽き、暗闇が空を巡った。しかし新たなる彗星が恒星を生み、星々が躍る。太陽は消えれどまた小さく輝く』……以上ねぇ」
「……つまり?」
「バカね、あとは自分で考えるのよ」
意味を聞こうとしたとき、ロズにぴしゃりと言われた。
いや、こちとら占星術の素人なんですが。
不満が顔に出ていたのか、テレロッサは微笑みを浮かべて言った。
「占星術は予言とちがって、解釈はそれぞれなのよぉ。でも世界樹と星々が教えてくれたことだから、けっして外れたりはしないのよぉ」
「そうだったんですか。ありがとうございます」
今度は素直に頭を下げることができた。
まったく、師匠もこれくらいちゃんと説明してくれればいいのに。
ま、それができたら魔物をけしかけて「戦え!」なんて教育方法はとらないか。
しかし、解釈ね。
彗星うんぬんは、きっと過去形だから元のルルクの命だろうか。暗闇は死んだってことの暗示か? 新たなる彗星は七色楽としての魂のことかもしれないけど、そのあとはよくわからないな。未来のことだし確かめようもない。
「つぎはお嬢ちゃんねぇ。動かないでねぇ」
「ん」
またテレロッサが占星術を行う。
「……『星々が飲まれ、静寂が満ちた。弱々しい光は新たな恒星に出会い、また強く輝く。太陽は消えれど恒星とともに世界を照らす導とならん』……以上よ」
「ん、ありがと」
「いいのよぉ。さて、最後は先生かしらぁ」
「ええ。お願いするわね。こればっかりは自分じゃできないから」
「では」
さすがの神秘王も自分の未来は占えないのか。
ロズが身じろぎせずに黙っているのは珍しいので、ちょっと新鮮な気分だった。
しばらく待っていると、テレロッサが少し顔を曇らせて口を開いた。
「『星々は去り、幾星霜が巡った。新たな恒星が生まれ育ち、瞬いて消える。太陽は恒星のために光を失う』……っ! 先生、これは!」
「さて、どうかしらね」
ロズとテレロッサは、何か気がかりな言葉を見つけたようだった。
俺にはよくわからなかったが、三人とも共通しているのは恒星と太陽だ。恒星は輝き、太陽は消える。しかしそれぞれ恒星が消えたり太陽がまた輝いたりと別の暗示をしているから、きっとそれぞれにとっての恒星や太陽があるのだろうな。
奥が深いな、占星術……。
「先生、あたしゃもう先は長くない。もし困りごとがあればなんでも言ってくださいなぁ。この身に代えてもお守りいたしますから」
「ありがと。でもテレロッサ、私は相対的じゃなくて絶対的な不老不死なのよ。たとえこの星が粉々に砕けても、私だけは必ず生き残るくらいのね。……それにそもそも、私がそうなれることを望んでるから、歓迎すれども悲観することはないわ」
「先生……」
意味深なことを言うロズだったが、テレロッサは不安な表情を取り繕わなかった。
ロズにとってそれほど不吉な占い結果が出たんだろう。
しばらく沈黙が漂ってしまったが、ロズが手を叩いて立ち上がった。
「さて、久々に会えて嬉しかったわテレロッサ。またそのうち顔を出すわね」
「もちろんいつだって歓迎しますわぁ」
「ええ。それじゃあ行くわよルルク、エルニネール」
「坊ちゃん嬢ちゃんもまたねぇ」
「はい。ありがとうございましたテレロッサさん!」
「ん、また」
俺たちは短い滞在を終え、テレロッサの家をあとにした。
森をずんずん進んでいく。
つぎはいよいよストアニア王国か。
どんなところか、ちょっと楽しみだな。




