覚醒編・26『嘘つき』
「『光弾』!」
光の弾丸が、氷魚たちを貫いていく。
よし、つぎだ。
霊素配列による軌道を設定。
光粒子の収束。
そして軌道上に放出。
言ってしまえば『光弾』はそれだけの単純な術式なんだけど、粒子であり波長でもある光属性因子の固定化が難しい。
もちろん置換法の基礎理論である情報強化をおこなったうえで、属性因子を包み込むように霊素で補強して拡散を防いでいる。因子の減衰が起こるのは霊素の軌道がなくなった瞬間で、減衰は一瞬で終わる。つまり軌道上以外の場所では、光因子に物理的な破壊力は生まれない。
威力も範囲も霊素でコントロールする以上、魔術よりも安全性は高い。
せっかくだしサーヤやミレニアにも憶えてもらいたかったんだけど。
「向き不向きってやつかなぁ」
何度試しても、二人とも光因子は思うように操れなかった。情報強化の段階で失敗してしまうのだ。
情報強化の応用力を高めれば二人も使えるようになるだろうが、現段階では難しそうだった。
「というか、情報強化ってよく考えたらなんなんだろうな……」
『転移』と『光弾』を繰り返し、ラランドを護りながらひとりごちる。
霊素で物質の存在強度を上げる技術で、入門書の最初に書いてある置換法の基本のキだ。
俺も幼い頃から練習を重ねてきたが、存在強度がなんなのか理解しているわけじゃなかった。霊素が存在そのものを強化してるって言ってるけど、よく考えたら意味が分からない。
「……術式を介さないと、物質には干渉できないんじゃないのか?」
魔素も霊素も、それは同じだと学んできた。本来この世界の物質ではない特殊な因子を、この世界で現象化させるために使うのが【術式】だ。
だが情報強化だけは、術式以前に干渉している。そのカラクリがわからない。
もしかしたら霊素って、もっと他に使い道がある?
「術式以外の知識か……」
俺がもう一段階強くなるためには、こういう原理の理解が必要なのかもしれない。
竜王の「一つ上の段階に行け」っていう言葉を思い出した。なんだかんだ言っても世界最強の男だな、まだまだ先があることをわかってるんだろう。
竜王は王位存在と使徒、その両方を併せ持つ圧倒的強者だ。
以前は俺の『伝承顕現』でその拳をおさめたことがあったが、あのとき本気の殺意で向かってきていたら、勝負の結果は違っていただろう。
俺より経験も深く、実力もあり、ちょっと親バカで軽薄なところはあるが〝強さ〟において語るなら、あいつほど適任者はいない。
俺も負けてられないな。
「よし、こんどみんなで勉強会でもするか」
ミレニア、サーヤ、リリス、カルマーリキ……それとメレスーロスにも声をかけて 神秘術の勉強をしてみるのもいいかもしれない。普段はそれぞれ独学でやってるから、教え合う機会も少ないし。
あとは秘術研究会のセスナさんにも声をかけたい。良い人だからな。
「っと、いったん止まったかな?」
そうしていると、王都外縁部の空にあまり氷魚が現れなくなった。
いまもミレニアが空喰いと戦ってるし、王都の中央ではいまだエルニとセオリーが迎撃を続けている。
まだ終わりじゃないが、外縁部には落ちてこなくなった。
このあたりは獣人たちでも守れるだろう。
俺はすぐに雲の上――ミレニアのところまで転移した。
「こっちはどうだミレニア」
「ルルクか。変わらず無限に再生しておる」
いまも砕けた体の破片が小さな氷魚になり、再びそれらが集って巨大になっている。
再生は決まった場所からではないので、核のようなものがあるわけでもなさそうだ。
ミレニアはその様子をじっと見つめ、眉根を寄せた。
「こやつ、もしかすると何者かのスキルかもしれん」
「……この規模で?」
「うむ。よおく見たら寸分たがわず同じ形に再生しとらんか? 自然現象だとすれば、環境やタイミングで多少のズレが出てくるのが道理じゃ。じゃがこやつはまったく同じ形……まるで誰かがそうなるように設定したかのようじゃ」
言われてみればそうだ。
空喰いも他の氷魚も、プログラミングされたかのように同じ行動を取っている。
つまり空喰いは魔物でも災害でもなく、誰かの力。
あるいはその力の残滓かもしれない。
「八百年経っても消えないとか、どんだけ強い恨みだよ」
「まだ生きとるかもしれんぞ」
「かもね。どっちにしろ、雲が無くなるまで戦ったら――待てミレニア! 周りだ!」
俺とミレニアを囲むように、空喰いが何体も増殖していた。
都市外縁部の氷魚が出なくなったんじゃない。
その戦力を上空に向けたのだ。
その数は十を超え、二十を超えて……数えきれないほどになっていく。周囲の雲すべてが空喰いとなっていく。
そのうちの一体――最初からいたやつが、急に俺たちに体を向けた。
すると他の空喰いたちも、一斉に俺たちを標的に定める。
「ミレニア、全力でやるぞ」
「うむ、駆逐する!」
俺たちは背中を合せ、殺到する空喰いと戦うのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「なぜだ姉さん、答えろ!」
クリムゾンは必死に問いかけていた。
あのとき、ミンミレーニンを奪った理由を。
それより前から、まともに目も合わせてくれなくなった理由を。
だが姉は答えてくれなかった。
無言で、じっと沈黙するだけ。
……待て。やけに静かじゃないか?
「なにが起こってる……?」
姉さんだけじゃない。
審判も、観客たちも、物音ひとつ立てていなかった。
明らかにおかしい。
誰も動いていない。
まるで闘技場内が、時が止まったようになっている。
「姉さん……どうしたんだ姉さん!」
異常を感じ、激痛を堪えて飛び上がって姉に駆け寄る。
まるで石になったように反応がない。その体をピタリと止まっている。
肌も冷たく、まるで死人のようだ。
一体何が――
「随分と面白いことを言っていたね」
「誰だ!?」
すぐ後ろから声が聞こえ、弾けるように振り返った。
そこにいたのは小柄な少年だった。
羊の角に、純白の髪。
絵画と見まがうほどの美貌を備えた羊人族の美少年が、澄ました顔で立っていた。
誰だ。
思わず見惚れてしまうほどに、美しい。
……だがこの少年は少なくとも事情を知っているはずだ。なぜクリムゾンだけがこの場で動けるのか、他の人たちはどうなっているのか。
クリムゾンは混乱する頭で少年に尋ねる。
「少年、これは一体――」
「ミンミレーニンが君の娘だって、本当かい?」
「え」
「女王が産んだのではなく、君が産んだっていうのが本当かって聞いてるんだ。答えてくれるかい?」
なぜ、改まってそんなことを。
クリムゾンは困惑しながらも、ゆっくりと首肯した。
「そっか」
少年は、ゾッとする笑みを浮かべた。
「騙されたよ。耳と尻尾が女王とそっくりだったからさ、余が眠っている間に産んだ子だと思ってた。もしかして君たちの祖母が兎人族?」
「あ、ああ……そうだ」
「じゃあ隔世遺伝ってやつかな。珍しい偶然もあったもんだ……まあなんにしろ、余を騙すなんて」
羊人族の少年はスッと微笑みを消して、スタスタと歩いてくる。
「嘘つき」
ゆっくりと手を伸ばした。
クリムゾンの背筋が粟立ち、とっさに姉の体を抱えて後ろに跳ぶ。
少年の手は、姉の近くにいた審判の体に触れる。その瞬間、審判の体が木端微塵に砕け散った。
「貴様、何をした!?」
あきらかに異常な、魔力が視えるクリムゾンでも感知できない攻撃だった。
そんなことはどうでも良さそうに、まるで世間話をするかのようにクリムゾンに語り掛ける謎の少年。
「ねえ君、姉を恨んでたんじゃないのかい? どうして助ける?」
「そんなこと聞くまでもないだろう!」
確かに姉を恨んでいる。
五年間ずっと恨んでいた。
だが、それ以上に愛しているのだ。
幼い頃からその背中を追い続けた憧れの姉。
愛する家族なのだから。
「炎界!」
クリムゾンは足先から炎を噴射し、少年を炎の壁で囲む。
力の正体はわからなくても、触れたものを粉砕できることがわかった。
ならば近寄らせるつもりはない。
「へぇ。余と張り合うつもりなのかい?」
平然と、炎の壁をすり抜けて歩いて出てくる少年。
なんだこいつは。
姉のように『超越』の権能でも持っているのか!?
「烈閃!」
指先から熱線を放ち、眉間を撃ち抜く。
だが少年の体に触れた瞬間、熱は消散した。
火傷ひとつすら負っていない。
「ならこれはどうだ――爆炎!」
炎を圧縮し、球体にして解き放った。
それを少年の足元にぶちあてて、炎熱と土を浴びせた。
大爆発に、闘技場が揺れる。
「そんなもので余に勝てるとでも?」
「くそっ!」
土汚れひとつついていない少年が、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
クリムゾンは姉の体を背負って、後退しながら炎を連射する。
だがそのすべてが少年に触れると消失する。
何も効かない。
何も届かない。
なんだこいつは。
なんなんだ。
「貴様は、一体何者なんだ!」
「余の尊き名はレクレス。憶えておいてくれたまえ」
少年――レクレスが軽く手を振った。
その瞬間、クリムゾンの手足が動かなくなった。
ぐらりと倒れ、姉を落としてしまう。
手足の感覚が消失し、一瞬、切断されたと錯覚してしまった。
しかも。
「炎化できないッ!?」
火神の権能すらも封じられている。
本当になんなんだ。
「くそ、動け、動けェエエエ!」
「無駄だよ。君は余と相性が悪すぎる」
レクレスは歩いてくると、地面に倒れた姉の顔を踏みつけた。
「や、やめろ!」
「反面、この女の能力には手を焼いたよ。たかだか王級スキルに余の力を防げるとは思わないけど、それでも創造神の権能だからね。万が一のときに耐えうることができるかもしれない。余の力を知られぬように立ち回るのは少しばかり苦労したよ」
「……貴様は、姉さんのなんなんだ……」
「夫だよ。飼い主とも言うね」
サラリととんでもない台詞を吐いたレクレス。
……夫? まさか。
姉さんが誰かと契りを交わしたなんて聞いたことがない。そもそも、よく思い出してみれば、歴代の女王が誰かと結婚したなんて話は聞いたことがなかった。
「う、嘘をつくな」
「嘘をついていたのは女王さ。君も余も騙されていたんだよ。余は間違いなくこの女の夫だよ。ミンミレーニンも余の子だと思っていたほどさ。夜はたくさん可愛がってあげたからね」
「う、嘘だ! 姉さんが、誰かに肌を許すなど――」
「まあ壊しちゃったけどね。いつのまにか子どもを産めなくなったみたいだし、そろそろ次の妻を探そうと思ってたところだったんだ」
「――ッ!?」
息を呑む。
五年前、ミンミレーニンを奪われる直前に流れていた噂があった。
女王は激務の影響で子どもを産めなくなった、と。
「過労だったんじゃ……だから、私の子を羨んで……」
「頑丈さが足りなかったんだよね。その点、君はとても頑丈そうだ。良い筋肉をしている」
「な、何を言うか! 私が貴様のものになるなど――」
「抵抗できるの?」
動かなくなったクリムゾンの四肢をねっとりとした視線で見まわして、薄ら笑いを浮かべるレクレス。
クリムゾンは歯を食いしばった。
「ぐっ……クソ野郎ッ!」
「ははは、こんなところでは弄ばないよ。それより君には聞きたいことがあるんだ。教えてくれたら君の大好きなお姉さんの命は助けてあげる」
「……なんだ。言ってみろ」
「従順で良いね。じゃあ聞くけど、ミンミレーニンの居場所はどこだい? 女王が数日前からどこかに隠しているみたいでね」
クリムゾンは冷静に答えた。
「知らん。姉さんの動向など、いちいち把握は――」
「嘘はダメだよ。君、ずっと密偵を潜ませてるでしょ。特殊部隊の……たしかスペード部隊のサーベルくんだっけ? あの忠誠心の高そうな犬コロが君の部下でしょ。女王も知ってて泳がせてたんだからね。本当なら反逆罪で捕まってもおかしくないのに、ほんと身内に甘いってダメだよね」
「っ!?」
図星を突かれて、クリムゾンは息を呑んだ。
サーベルはもともとクリムゾンの同僚だった。同僚と言っても【血染めの森】の傭兵ではなく、十年ほど前に傭兵ギルドで知り合ったフリーの傭兵だ。何度か依頼に同行し、若いサーベルに色々と指南をした。かなり懐いて仲良くなった頃に、二人で飲んでいるときに酒の勢いでミンミレーニンのことを話してしまったのだ。
それからサーベルはクリムゾンとミンミレーニンのために密偵として国兵団に入隊し、情報を流し続けてくれている。
もちろん今回も、ミンミレーニンが向かった先の報告はしてくれていた。
レクレスは言葉を紡げないクリムゾンを見下ろして、
「で、どうする? 妹として姉を見捨てるか、娘を売るか……君はどっちを選ぶ?」
そう言って、ニタリと嗤ったのだった。
次回の更新は6/30(月)です。




