覚醒編・20『適正価格』
【風変わりな帽子屋】。
それは、王都の外で出会った狸人族の商人が言っていた店の名前だった。
ミレニアが訝しむ。
「……おぬし、店で商人開業の指導などしておらんか?」
「指導って、ウチが?」
キョトンとするハートハット。
「そうじゃ。商人希望者を集めて育成会のようなものを催しておらんかのう?」
「そんなんするわけないやん。なんでわざわざライバル増やさなアカンの」
「それはもっともな意見じゃな。じゃが、おぬしの店で駆け出し商人を集めて指導をしていると小耳に挟んだものでのう」
「賢者はん、そんなアホな話どこで聞いたん? なんぼ商売で下手こいても、そないなアホらしいサロン開くほど落ちぶれるつもりはないで」
憤慨して鼻息を荒くしている。嘘を吐いている様子はなさそうだった。
……どういうことだ?
「ねえミレニアさん、それってこの前の駆け出し商人の話のことでしょ? やっぱりあの人が嘘ついてたってこと?」
「そうじゃな。まあ、おおかた予想はついておったが」
ミレニアは納得した様子だった。サーヤもうなずいている。
やっぱり?
予想がついてた?
俺は首をひねる。
するとハートハットが耳をピクリと動かして、
「賢者はんにそれ話したんって、もしかして若い狸人族の男ちゃう? 少し痩せてて、いかにも幸の薄そうな人畜無害っぽいやつ」
「そうじゃ。知り合いか?」
「まあ知り合いっちゃ知り合いやな。そんでそいつにどこで何言われたん?」
「それはじゃな――」
ミレニアは都市の外であったことをすべて話した。
ハートハットは頭を抱えて、
「ほんっっっまに碌なことせんやっちゃなぁ。今度はそういう手段かいな」
「おぬし、あの狸人族とどういう関係じゃ?」
「オトンの知り合いの息子や。ウチの幼馴染でちっちゃい頃から一緒におって、二年前に求婚されてん。でもウチは自分の商会立ち上げたばっかりやったから、忙しいし結婚するつもりなんてないて断ったら、なんやいきなりウチの邪魔するようになってん。フラれた腹いせなんやろけど、まさかそこまでしてウチの店の悪評流そうとするとはな」
「やはりあの盗賊たちは狂言じゃったか」
ミレニアは肩をすくめる。
いまいち理解できていない俺はミレニアに聞いた。
「つまり、あの犬人族の集団は駆け出し商人が雇った傭兵だったってこと?」
「そうじゃろうな。盗賊の割にはやけに退くのが早かったじゃろ? 商人追いかけとるときは殺意などまるでなかったし、本気出して動いてたのは逃げるときだけじゃった」
「そう言われてみればそうだったな。けど、なんでそんな回りくどいことしたんだ?」
「傭兵たちが略奪するか、あの狸人族がハートハット殿の店の悪評を流すか、どちらでもできるからのう。狂言盗賊は昔から使い古されておる手じゃが、このような使い方は初めて見たのじゃ」
つまりあの狸人族は、俺たちがもし弱かったら荷物を奪い、もし強かったら助けてもらったフリをしてハートハットの店の悪評を流そうとしていた、ってことか。
俺、信じっちゃってたよ。
「あれが嘘だったとは……さては達人だな」
「もしかしてルルク、信じちゃってた?」
「だって嘘っぽくもなかったし」
「そっか……そうよね、演技上手かったもんね」
なぜそんな温かい目で見るんだ。
「サーヤは甘いのう。のうルルクや、いくら駆け出し商人だからとはいえ所持金全部はたいて商品買ったというのは、さすがに嘘だと思わなんだか?」
「そうです。それじゃ次の通行税も払えんです」
「獣王国民なのに傭兵事情も知らないっていうのもあからさまに不自然ですものね」
「うっ……言われたら確かにそうなんだけどさ……」
というか、みんなわかってて商人の話に合わせてたってこと?
「サーヤ、気づいてたなら言ってくれよ」
「ルルクも余計なトラブルに巻き込まれるのがイヤだから話を合わせたと思ってたのよ。それに割とどうでもよさそうだったし」
「……だって、念願の獣王国だったから」
あの直後にラランドに入ったので、テンションが上がって商人に興味がなくなっただけでした。
一人だけ気づいてなかったと知った俺は、肩を落として項垂れる。
「やっぱり俺はバカなんだな……」
「ふふ。純粋ってことよ」
「そうですね。お兄様のそういうところが素敵だと思います!」
「そうじゃの。むしろ良いところじゃよ」
「みんな……!」
温かい言葉。
鈍感な俺を受け入れてくれる優しい仲間たち。
俺は……感動している!
「いや、ただのバカでは?」
いつも通りの辛辣ナギちゃん。
なあここは俺を慰めるところじゃないの?
「ま、まあルルク様だから」
「てゆーかカルマーリキも気づいてなかったよな? な?」
「えっ、あ……そ、そうだね。うちも気づいてなかったよ! セオリーちゃんもそうだよね!」
「ふっ、笑止! あのような低俗な輩が我が慧眼を誤魔化せることなど不可能!」
たぶん気づいてたけど気づかなかったフリをしてくれる優しいカルマーリキと、俺と同じく気づいてなかったっぽいけど気づいていたと言い張るセオリーだった。
セオリーだけでも仲間がいたので、ちょっとは安心した。
ちなみにエルニとプニスケは話すら聞かずに料理をパクパク食べているのでノーカン。
「ちなみに賢者はん、そのアホの荷物買い取ってくれたんも賢者はんなん?」
「そうじゃ。まあ買い取ったと言っても選んだのはこっちじゃし、支払ったのはたった十万ダルクほどじゃがのう」
「十万は大金……いや何万でも一緒やけどな。知らんかったとはいえ賢者はんを騙したってことかぁ……そっかぁ。今頃大慌てやろなぁ」
なぜか面白そうな表情を浮かべたハートハットだった。
その笑みの理由は聞くまでもなかった。
「支配人、お食事中失礼します」
給仕の一人が扉をノックした。
ちょうど料理を運ぶために開放していたため、そのまま部屋の入口で頭を下げている。
「どうしたん?」
「トバーチリ商会の会長がご子息のフーウン氏を連れて来店されています。至急、支配人とこちらの冒険者様がたにお会いしたいとのことです」
「お、もう来たかいな。賢者はんら、ちょっと待っとってな」
部屋を出て行ったハートハット。
どこかウキウキした足取りだったが、何かあるのだろうか。
扉が閉まると、俺は腕を組んで唸った。
「なんか変なことになったな」
「そうじゃの。ま、しばらく待つとするか」
ミレニアは気楽にそう言って、大皿のゼッポリーニを手に取った。
口いっぱいに頬張る幼女。
「うむ、評判通り美味しいのう」
「ほんとね。この味、食べたことある気がするわ」
「懐かしい味です」
「おお、海苔の香りがすごいな」
もちろんゼッポリーニ以外にも、イタリア料理がズラリと並んでいる。
肉料理が主体の獣王国では、ゼッポリーニやパスタはあくまで添え物という感覚らしい。量自体はそこまで多くなく、むしろ肉料理がいろんなパターンで出てきた。
俺は赤ワインで煮込まれたホロホロの肉が好みだったが、仲間たちに一番評判が良かったのはハーブソースで彩られたステーキだった。このハーブソースのレシピとか教えてもらえないかな。プニスケに憶えてもらいたいんだけど。
「高校の頃とは比べ物にならない腕です……やるです、玲のやつ」
「どれも美味しいわね。リリスさんはどう? ルルクのお世話ばかり焼いてないで、ちゃんと食べてる?」
「はい、すべて計算され尽くした素晴らしい味です。マタイサ王宮の専属料理人として推薦したいくらいですね」
舌鼓を打つ仲間たち。
ただカルマーリキだけは少し曇り顔だった。
「どうした? 舌に合わないか?」
「すごく美味しいんだけど、やっぱりうち、味が濃いのが苦手でさ」
「そうだったな。じゃあこっちのはどうだ?」
「……わ、これ美味しい! なにこれ、生のお魚?」
「そうだ。カルパッチョっていって、生の白身魚にオイルとレモンとかをかけただけだから、他よりサッパリして美味しいだろ」
「うん!」
両手を頬に当てて、嬉しそうに味わうカルマーリキだった。
普段はプニスケがそれぞれの好みに合わせて作ってくれるから意識することは少ないけど、やはり外食すると種族や育ちで味の好みがハッキリ違うのがわかる。
特にエルフは種族全体が濃い味付けを好まないから、こうして色んなバリエーションの味が楽しめる店だと全員が喜べてありがたい。
シェフが元クラスメイトってだけで来たけど、俺たちのパーティには凄く合っている店だ。メニューも飲み物も豊富だし、みんなも気に入っているみたいだ。
異世界でイタリア料理が食べられるだけでも幸せなのに、ここは通いたいくらいのレベルだな。
「そういやサーヤ、小早川には声かけるのか?」
「うん。ハートハットさんに後で頼んでみよっか。私からも色々と直接聞きたいしね」
「そうだな」
元の世界に戻れるならどうするか。それを聞くのは俺たちの役目だ。
俺はレンヤと約束したからだけど、サーヤは元クラス委員長としてみんなのことを心配している。転生してもクラスメイトのことを考えてるのは、クラスの中心だったサーヤかレンヤくらいだろう。
そう話していると、ハートハットが戻ってきた。
「戻ったで~。賢者はん、ちょっと時間もろてええか?」
「無論じゃ。どうしたのかのう」
「さっきの話で出てきたアホとその父親が来とってな、賢者はんに話があるんやて。ここに呼んでもええ?」
「妾は構わぬ。長話は困るがのう」
「すぐ終わらしてもらうから安心して。ほな呼んで~」
「かしこまりました」
給仕が廊下に出て声をかけると、間髪入れずに部屋に入ってきたのは二人の狸人族だった。
一人はでっぷりと太った男に、もう一人は痩せた青年だった。
青年の方には見覚えがあった。さっきも話に出てきた駆け出し商人だ。
二人とも顔を真っ青にしている。
「おっちゃん、この方が賢者はんや。賢者はん、この人がトバーチリ商会のトバーチリさんで、そっちが息子のフーウン」
「け、賢者様! この度は愚息がとんでもないことをしてしまい、大変申し訳ございませんでしたーっ!」
紹介されるや否や、土下座して頭を下げたトバーチリ。
その隣の息子も土下座をしている。
いきなり土下座されたミレニアだったが、特に動揺した様子もなく答えた。
「ふむ。まずは謝罪の理由を申すがよい。話はそれからじゃ」
「は、はい!」
トバーチリは隣のフーウンの頭をぐりぐりと押さえつけながら、息子がミレニアを騙したこと、なぜそんなことをしたのかを必死に説明した。
どうやらフーウンはハートハットのことが昔から好きだったが商売がうまくいかなくなれば嫁に来てくれると考えたらしい。今回のことを思いついたのは、元は父親の手伝いで雇った傭兵たちにそそのかされたとのことだ。その傭兵たちは解雇したらしい。
ミレニアはため息をついた。
「フーウンとやら、それは本当か?」
「はい……僕の至らない考えから軽率な真似をして、さらに賢者様にご迷惑をおかけしてしまい本当に申し訳ございませんでした!」
「まず謝る相手が違うのではないかのう? 妾よりも先に頭を下げる相手がおるのではないか?」
「は、はい! ハートハット、本当にゴメン! 僕はどうかしていた……っ!」
涙を浮かべて謝罪するフーウンに、ハートハットは手をヒラヒラ振った。
「どうせそんなことやと思ったわ。でも悪いけど、ウチはアンタのこと幼馴染以上にはおもてないから。わかったら二度と商売の邪魔せんといて」
「も、もちろんそのつもりだ……」
「そんじゃ賢者はんにもっかい謝り」
「賢者様、大変、大変申し訳ございませんでした! こちら賠償金と謝罪の品々でございます!」
再度額を床にこすりつけながら、大きな袋を取り出したフーウン。隣にいる給仕がそれを受け取り、ミレニアに渡していた。
ミレニアは中身を確認せず、すぐにうなずく。
「そなたの愚行を許そう。もとよりさほど気にしておらんかったからのう」
「慈悲深きお言葉、感謝いたします!」
「うむ。下がってよいぞ」
「「はは~!」」
ミレニアが言うと、すぐに給仕に連れられて部屋を出て行った狸人族の親子。
わずか数分の出来事だった。
閉まった扉を見つめて、ハートハットがため息をついた。
「ほんまにごめんな賢者はん、ウチの知り合いが……」
「おぬしのせいではないじゃろ」
「まあそうやけど一応は原因作ったんウチやし。けど賢者はん、土下座されても堂々としてんなぁ」
「元王女じゃから慣れとるだけじゃ。それよりハートハット殿、このタイミングで彼らが謝罪に現れると予想しておったみたいじゃが、なぜじゃ? 未来予知でもできるのかのう?」
「いやいや簡単な話でな、今朝から賢者はんがこの街に来たって噂が流れ始めてん。もちろん外見の特徴も含めてな」
ハートハットは気楽に言った。
「その話聞いたら、さすがのアホのフーウンも自分が騙したんが何者やったんか気づくやろ? そんなら何が何でも謝らんとアカンから、今ごろ賢者はんのこと探してるやろなって」
「なぜ謝る必要があるのじゃ? 黙っておってもさほど変わらんはずじゃが」
「賢者はんはこの国を救った英雄や。そんな恩人を騙したなんて知れ渡ってみ? 国の義に背いたっちゅうことで一族まとめてラランドから永久追放されるで。そうなる前にトバーチリのおっちゃんが慌てて情報かき集めて賢者はんに許してもらいに来たんや」
「なるほどのう」
さすが義を重んじる国だ。
「にしても賢者はんこそ、全然気にしてへんやん。一応は騙されたんやから怒ってええんちゃう?」
「怒るまでもないからのう。そもそも妾は騙されたと思っておらんからの。あやつに悪意があってもそれは変わらん」
「……どーゆーこと?」
「初めから何か裏があると疑っておったからのう。あやつを助けたときに十万ダルクは渡したが、物を選んだのは妾じゃ。あやつは自分が運んどる商品の価値すらよくわかっておらんかったから、本物の商人ではないのは自明の理。渡した物の倍の値段の商品を遠慮なくもらったのじゃよ」
「なんや、じゃあ逆にフーウンを騙しとったん?」
「騙したのではない。商売において無知はつけ入る隙になる。勉強代も兼ねたらそれくらい適正価格じゃろ?」
ニヤリと笑ったミレニアだった。
さすが酸いも甘いも知った老練な賢者だ。どう転んでも損はしてなかったってことか。
「は~、意外としたたかやなぁ。勉強になるわ~」
感心したハートハットだった。
その後はトラブルもなく楽しい会食が続き、俺たちは夜が更けるまでハートハットと色々なことを語ったのだった。
ちなみに元クラスメイトのシェフに会うには時間が遅くなったので、後日ということになった。
そして、王座戦二日目が幕を開ける――




