覚醒編・19『ハートハット』
王座戦の一日目が終わった。
俺たちは熱気冷めやらぬ街を歩いていた。
道はかなり混雑しており、そこら中から楽しげな話し声が聞こえてくる。部外者の俺たちでもかなり白熱できたから、獣王国の民はさぞ興奮しただろう。
みんな今日の夜ちゃんと寝れるのかな?
兎に角、今日は一回戦の全十四試合が全ておこなわれた。
一番人気のクリムゾン、二番人気の象人族のマダムは順当に勝ち残っており、それ以外は玉石混交といった感じだった。
獣人は戦いに秀でた種族だ。予選もあるし想像以上にレベルが高く、色々な戦い方を見れて満足だった。
それと、エルニが賭けた四人は全員二回戦に進んでいた。
適当に賭けたにしてはなかなか運が良い。さすが幸運値777だな。
「ん、とうぜん」
ただの偶然でも、こう堂々とされると必然のように思えてくるから不思議だ。
自慢げなエルニの隣を歩くカルマーリキが、後ろにいる俺を振り返った。
「そういえばルルク様。夕飯はどーするの?」
「妾も気になっていたところじゃ。リリスはどこに向かっておるのかのう?」
カルマーリキとともに首をかしげたのはミレニア。
ちなみに案内役のリリスはナギと口喧嘩しながら先頭を歩いているので、俺たちの会話は聞こえていなさそうだ。喧嘩する程なんとやら、あの二人は本当にいつも仲が良い。
「例の転生者疑惑の料理人がいる店だと思う。さっきルニー商会員が予約取ってきてくれたって言ってたから」
「頼りになるのう。しかしルニー商会の者はこの都市にいたのかの?」
「今回の旅はずっと隠れてくっついて来てるよ。俺が転移使わない限りは見失わないみたいだから、基本近くに誰かがいるっぽい」
いまも密偵のようにリリスを見守る商会員が、何人もついてきている。
ルニー商会はあくまで商会だからリリスやコネルに戦闘能力はないが、同じ幹部でも教育部長のマーガリア殿下は姫騎士だ。殿下は直属の部下たちにかなりの戦闘を仕込んでいるらしく、俺たちの旅にも平気でついてくる。
しかもリリスが一声かけると、宿や食事処の手配など旅のサポートまでこなしてくれるのだ。みなさん、本当にいつもお世話になってます。リリスや、ぜひ次のボーナスは弾んであげておくれ。
「あ、ついたみたいだよ」
「ここね。おっきいレストラン~」
リリスが足を止めたのは、闘技場からほど近い場所にある行列ができているレストランだった。
この混雑具合は王座戦のおかげか普段から人気があるのか……そういえば墓守のタタルタンが人気の店だって言ってたっけ。なら後者だな。
リリスが迷わず扉を開けて、
「すみません、予約しているルニー商会の者です」
「はーい。えっとルニー商会っと……あ、これですね。こちらへどうぞ~」
ワイシャツのような形の制服にベージュのエプロンをつけた給仕の少女が、俺たちを店内に案内してくれた。
活気で賑わう店の入り口は広く内装も綺麗に整っていて、この世界では珍しく壁に絵を描いているレストランだった。
しかもその絵はなんと、アドリア海とイタリア半島の地図で……うん、間違いなくシェフは転生者だな。
奥にある階段を登り、二階の個室が並ぶ廊下へ。
すると廊下の奥にも階段があったのか、そこから別の給仕が歩いてきた。後ろには狐耳の少女を連れている。
「あら?」
「え?」
二人の給仕は、同じ扉の前で足を止めた。
「そちらは……?」
「ご予約のお客様ですが……」
「えっ。このお部屋は支配人がこれからご使用になる予定ですが……」
「……え、でも予約表には……」
困った様子で見つめ合う給仕たち。
……これは、ダブルブッキングかな?
どうしようと慌てる給仕たちの向こうで、ぴょこんと狐耳を傾けて顔をこっちに覗かせた細目の少女。
「なんやミスったんかいな。ちゃんと管理せなアカンで」
「も、申し訳ございません! お客様には丁重にお断りを――」
「何言うてんねんな。こっちのミスをお客さんに押し付けてどないすんねん。信用っちゅーのは積み上げるのに時間はかかっても、崩れるのは一瞬なんや。こっちが譲らなアカン」
「は、はいっ」
珍しい訛りを使う少女だった。
どうやら若くしてこのレストランの支配人みたいだが、その顔には見覚えがあった。
サーヤもすぐに気付いて、去って行こうとする少女に話しかけた。
「ちょっとまって。貴女さっき王座戦に出てたハートハットさんじゃない?」
「……ん? そやけど、それがどないしたん?」
「やっぱり。私たち、さっきまであなたを応援してたのよ」
「そうなん? ウチを応援するなんて人族にも珍しいコらがおるもんやなぁ……あれ? もしかしてそっちのコって羊人族? ってことは噂の〝神秘の子〟率いる冒険者はんかいな」
どうやらハートハットも俺たちを知っているらしい。
「ええ、SSランク冒険者の【王の未来】よ。〝神秘の子〟はそこの小さい男の子」
「あんたがルルクはんか。噂通りえらいちっちゃなっとんねんなぁ」
俺のところまで来て、しゃがんで頭を撫でてくるハートハット。
子どもが好きなんだろう。なかなか撫でる手を止めなかった。
「ほんなら改めて名乗らせてもらおか。ウチはハートハット、本業は商人や。よろしゅうな」
「ルルクです。こちらこそ、良い戦いを見せてもらって楽しかったです」
「おおきに。ちゅーかそんな影響力のあるお客さんやったら、尚更部屋も譲らなアカンやんわな。ここのシェフの料理はどれも絶品やからゆっくりしてってな。そんで気に入ったら他の冒険者にも宣伝してくれたら助かるわ。ほんならごゆっくり」
そそくさと去ろうとするハートハット。
今度は俺が止めた。
「待って下さい狐耳の麗しいレディ。俺たちは一介の観光客です。王座戦の主役を差し置いて食事するつもりはありませんよ」
「こんな狐顔のウチに麗しいて……ほんま噂通りの人やなぁ。ふふ、でも嬉しいわぁ。そうはゆーても部屋はひとつやから遠慮せんでええで。それに、ウチはここの支配人やから客に譲ってもらうワケにはいかん。従業員に示しがつかんねん」
「でしたら、ご一緒にいかがですか? せっかくのご縁ですし」
「……ええの? そらウチとしては願ってもないことやけど」
ハートハットは口元に笑みを浮かべ、細目をさらに細くした。
俺たちのことを調べているということは、竜姫や女帝モノンがいることも知っているはず。少しでも繋がりを持っておきたいんだろう。
まあ、それは俺たちにはどうでもいいことだ。それより大事なことがあるので、俺は笑ってうなずいた。
「しっかりと英気を養って頂いて、明日も勝ってもらわないといけませんからね」
「なんや。応援してたってもしかしてウチに賭けとるん? ウチの人気なんて下から数えたほうがよっぽど早いのに」
「ええまあ。うちの羊っ子が選びまして」
「光栄やわ。ちなみに、なんぼ賭けたか聞いてええ?」
「百万ダルクです」
「……あ~聞かんかったらよかった」
喜びと不安が半々な顔をしたハートハット。
「まあ、そういうことなら喜んで同席させてもらおかな。他のコたちも、部外者が混じってもーて悪いけど、ちょっとサービスさせてもらうから許してーな? ウチあんま料理は詳しないけど、良い肉と酒は出すから」
「たくさんお話しましょ!」
「ん、かんげい」
『きつねのお姉ちゃん、いい人なの~!』
「獣人の酒、気になってたです」
腹ペコ三人組と酒好きが見るからにテンションを上げた。
「ほんなら立ち話もなんやし、さっさと部屋入ろか」
ハートハットに先導されて部屋の中に。
個室の壁にも絵が描かれおり、この部屋は海とカモメの絵だった。それほど広くはなかったが、絵のおかげで窮屈にはならずに済んでいる気がする。解放感のある部屋だ。
テーブルを囲むように座ると、ハートハットが二人の給仕に色々と指示を出していた。
仲間たちがメニューをにらめっこしている間に、さっそく飲み物が運ばれてくる。薄い黄金色をしている炭酸のようだ。
「食前酒やけど、飲みたいコおる?」
「のむ」
「私も飲みたい」
「リリも頂きたいです」
「じゃあ、全員一杯だけな」
せっかくの好意だし、家ルールを適用して一杯なら許可しておく。
「あ、でもミレニアはダメ」
「なぜじゃ!?」
「俺たち五歳だぞ? 成長に悪影響が出たらどうする」
「そもそも成長しないんじゃが!?」
まあそうかもしれないけど、俺たちの体に何が影響を与えてるかわからないのだ。
戻れなくなった原因がわかるまで、余計なことはしない方が良い。
「そもそもミレニアって酒飲まないんじゃなかったっけ?」
「じゃ、じゃが……妾一人だけ仲間外れはさびしいのじゃ……」
唇を尖らせ、ピンクの丸い頬をさらに丸くするミレニア。
何だこの可愛い生物は。俺が大人の体なら高い高いしていたところだ。
「俺もノンアルコールだから仲間外れじゃないぞ」
「ルルクも飲まんのか?」
「俺も五歳だから。一緒にジュースにしよう」
「ルルクと一緒か……それならよいのじゃ」
ご満悦な表情のミレニア。
ハートハットがいるけど、久々にミレーちゃん扱いして良い? さすがに恥ずかしがるかな。
「あるじ~我もあるじと一緒がいい」
「じゃあセオリー含めて、三人分はジュースでお願いして良いですか?」
「かしこまりました」
給仕は、俺たちにブドウジュースみたいなものを注いでくれた
「狐っ子、この酒は何の酒です?」
「果物で作ったエールみたいなもんや。これはリンゴで作ったやつやな」
「シードルです?」
「なんや知っとったか。十年くらい前にウチのシェフが考案してな、いまウチの商会で広めとんねん。こんな美味しいのにあんま人気ないねんなぁ。この街じゃ甘いモンは子どもが飲む物って認識があるからしゃーないけど……あ、全員飲み物渡ったかいな。そんなら乾杯しよか」
料理も頼み、酒杯も全員手にしたところでハートハットが挨拶した。
「そんなら【王の未来】のみなさん、ようこそ王都ラランドへ、それからレストラン『イタベコ』へ。お口に合うかわからへんけど、楽しんでってもらえたら嬉しいわぁ」
「ハートハットさんも一回戦お疲れ様。勝利おめでとう!」
「ありがとーな。明日も勝てるようがんばるから、引き続き応援してな」
「もちろん!」
「そんなら乾杯!」
「「「乾杯!」」」
酒杯をぶつけ合う。
さっそくシードルを一口飲んだリリスが目を丸くしていた。
「口当たりは甘いですが、後味がすっきりしていてすごく美味しいですね。貴族のご婦人がたに人気が出そうです……ハートハットさん、よろしければこちらの商品、ルニー商会に卸して頂くことは可能でしょうか?」
「かまへんけど、人族の街なら売れそうなん?」
「冒険者たちの酒場では難しいでしょうが、各国の貴族用の商店で販売すれば人気商品になると思います。この品質なら、ブランディングも含めて販売をお任せ頂ければ、弊商会の企画部が必ず成功させます」
「売るんはええけど、品質保持はどないするん? さすがに人族の国まで持っていくとなると品質保つのに容器から何から変えなあかんで? もとから安酒でもないんやし、液体やから輸送費とかで値段も張らんか?」
「容器は共同で開発しましょう。輸送方法の確立と販路の確保はこちらがすべて受け持ちますので、ハートハットさんには生産数の確保をお願いしたいのです」
「えらい太っ腹やなぁ。そないに気に入ってくれたん?」
「はい。詳しい商談は後日、副会長のジンを連れて来ますのでそこでお願いできますでしょうか?」
「もちろんやで」
さっそく嬉しそうに笑顔を浮かべたハートハット。
同じ商人として息が合うのか、リリスとハートハットは互いの商会の話などで盛り上がっていた。
話を聞く限り、若くして商人として成功しているハートハットがわざわざ王座戦に出たのは宣伝のためらしい。
自分の実力じゃ最後まで勝ち上がるのは無理だとわかっているが、進めば進むほど注目される。腕っぷしも強いってだけでこのラランドの住民は好印象を持つんだとか。
「せやけど、ウチの戦法を気に入らんやつも多いからなぁ」
「そうなの? ハートハットさんの戦い方、私は好きよ」
一回戦では、素早い身のこなしと光魔術を駆使して、幻影を生み出して相手の虚をつく戦い方をしていたハートハット。
獣人好みの〝力こそパワー〟な戦い方じゃないが、熟達した魔術の腕がないとできない戦法だ。
決して飛び抜けた強さはなかったが、獣人には珍しい頭脳を使った戦術だった。
「戦いのプロからそう言ってもらえて嬉しいわぁ。ちなみになんかアドバイスあったりする? ウチの戦い方って、あんま選択肢がないねんなぁ。対策されたらすぐに負けるねん」
「そうね~。回避に使ってた幻影、自分の姿じゃなくて剣とか魔術の幻影を作れたりする?」
「魔術の幻影? そんなんできるんかいな」
「できるわよ。『ミラージュ』」
サーヤが手の平を上に向けて、そこから火球の幻影を生み出した。
「え? それ幻影なん?」
「そうよ。触っても熱くないわよ」
「……ほんまや。ファイアーボールにしか見えへんのに」
炎の揺らぎ、熱による景色の歪みまで完全に再現しているサーヤの『ミラージュ』。
もともと光魔術が得意だったサーヤは、いまではあらゆる魔術攻撃を『ミラージュ』で再現できる。ほとんどの魔物相手なら身体能力で圧倒できるから滅多に使わないが、うちのパーティで戦いの選択肢が広いのはサーヤだ。
さすが万能成長。
「ここまで高精度の幻影は慣れるまで難しいと思うけど、戦いの最中ならかなり雑でも本物だと思われるわ。あとは呪文の発声の練習をすれば、『ファイアーボール』って言いながら『ミラージュ』を撃てたりするわよ」
「えっ!? それほんま?」
「私も最近、中央魔術学会で知ったんだけど、要は呪文って言葉そのものが必要なんじゃなくて、呪文による咽頭部の震えとそれにともなう魔力変換で魔術を生成することが求められているだけなの。練習すれば、どんな言葉でも『ミラージュ』が使えたりするのよ。まずは得意な攻撃魔術と同じ呪文で『ミラージュ』を発動できればかなり戦術が広がるわね」
「そ、そうなんか……全然知らんかった。やってみてもろてもええ?」
「もちろん。『ファイアーボール』」
サーヤの手にさっきと同じ火球の幻影が生まれる。
もちろん触っても熱くない。
目を開いて驚くハートハット。
この〝呪文偽装〟は相当器用じゃないとできないし、魔力変換効率の観点から本来の魔術よりかなり威力が下がるから、『ミラージュ』のように攻撃力のない魔術にしか使えないらしい。
もちろんエルニも使えるけど、一切使わないのはその威力減衰が理由だ。そもそもエルニは呪文から発生のタイムラグがないし、音速を超える魔術を使えるからできたところでほぼ意味はない。相手が言葉を認識するまでに魔術が届いていることがほとんどだからな。
「まあ、一日でどうにかなるかわからないから、今日の夜練習してみて使えたら使うくらいで良いと思うわ。急ごしらえの戦術より、身に染みた戦い方のほうが実力は発揮できるわよ。あとは自分を信じて」
「わかった……ありがとーな」
「ううん。がんばってね」
光魔術はかなり応用が利くから、使いこなせたらハートハットも相当強くなるだろう。
本業は商人だから無理して強くなる必要はないだろうけど、強いに越したことはない。
そう思っていると、ミレニアが運ばれてきた料理を眺めながら首をかしげた。
「ハートハットとやら。妾も聞きたいことがあるんじゃが良いかのう?」
「そら賢者はんの質問ならいくらでも答えるで」
「幻影魔術が得意なのは、昔から姿を隠す必要があったからかの?」
「そうやで。ウチ、父の商売でちっちゃい頃はしばらくレスタミア王国におってん。あそこけっこう獣人差別するやろ? やからずっと光魔術で耳隠しとってん」
「なるほどのう。器用に幻影を使っておったからもしやと思ったのじゃ。さぞ大変な幼少期を過ごしたことじゃろうて」
「人族の街やったらだいたいそんなもんやろ。てか賢者はん、なんでそんなこと聞くん?」
「少し気になっての。おぬし、その経験から獣人向けの帽子屋など営んでたりせんかのう?」
なんとなく聞き覚えのある単語を言ったミレニア。
なんだっけ?
するとハートハットは素直に頷いた。
「あるで。ウチが経営している店に【風変りな帽子屋】ってのが」
首をかしげてそう言ったのだった。




