弟子編・16『グルメツアー in テールズの森』
本日2話更新。2/2
豊かな気候が自慢のマタイサ王国。
その北西端に位置するテールズ辺境伯領、その領地の半分を占める深森がこのテールズの森だ。
秋の実りが木々に成り、リスや鹿、イノシシなどの生態系豊かな動物たちが冬を越すためのエサを活発に探し回っていた。
もちろんそんな動物をエサにする魔物たちも、森のなかには紛れ込んでいる。
弱肉強食、食物連鎖は自然界の掟だ。
そう、弱きは食われる。
そして旨きも食われるのだ。
「エルニネール! そっち行きました!」
「ん、まかせて」
木々を縫って森を駆ける。
計算を尽くして追い込んだ獲物は、予定通りエルニネールの待つ空き地へ飛び出した。
「『ウィンドカッター』」
スパンッ
と軽い音を立てて、首がはじけ飛んだ獲物――グレイトボア。
小さめの家くらいある巨大なイノシシは、ぐらりと傾いて地面に落ちた。
「やるじゃない。グレイトボアは美味しいの?」
「ちゃんと臭みをとれば美味しいはずです」
「ん、たのしみ」
森に入って数日、俺たちはグルメツアー(物理)を決行していた。
獲れた肉はすぐに血抜きを行うことにしている。
薪を集めて火を起こしつつ、鍋に水と塩を入れる。逆さに吊ってある程度血を抜いた肉を一口大に切って、塩水でよく揉み洗いする。水が濁ってきたら何度か塩水を入れ替えて、濁りが少なくなるまで繰り返す。
エグみが抜けて臭いがマシになったら、串に挿して火であぶる。あぶる直前に塩を振りかけておけば、イノシシの肉串があっというまにできあがるのだ。
「いただきます」
「ん、たべる」
ちょっと硬いけど、もきゅもきゅとした触感と肉のうまみが口いっぱいに広がった。
イノシシ串は俺が3本、エルニネールが7本たいらげた。
それでもまだまだ余っていたので、ロズのアイテムボックスにしまってもらった。
いいなぁ収納魔術。
アイテムボックスはとても高価な魔術器らしいけど便利だし、ボックス内は時間経過もないみたいだから肉を新鮮なまま保存できるのがうらやましい。
「食べたわね。じゃ、さっさと進むわよ」
「はい!」
食事を終えた俺たちは、森をどんどん進んでいく。
しばらくして出会ったのは、ヤシの実みたいな大きな木の実を取っていた猿の魔物デビルエイプだ。デビルエイプは単体ではEランクと弱い魔物だけど群れで行動していて、統率の取れた動きも見せる。森など立体的な場所で戦うのは厄介なのだが、そもそもこいつらは食える肉がない。
だからそれよりも。
「その木の実をよこせええぇぇ!」
あれは図鑑で見たことがある。ウッドバターという高級果実だ!
いきなり変顔全開&叫び声で、果敢に迫ってきた俺に焦ったのか、デビルエイプたちはキーキーと鳴きながら木の実を放り捨てて森の奥へと逃げていく。
よし、作戦は成功だ。
ひぃふぅみぃ……6つもウッドバターがあるぞ。
「ん……さる、かわいそう」
「まあまあ、そういうのはコレを食べてからにしてくださいお嬢様」
節目に沿って包丁を入れると、綺麗に四つに切れる木の実。
中から出てきたのは、黄土色のメロンのような果実と硬い種。
種を除いて、俺たちは揃ってそのままかぶりつく。
「っ! ん~っ!」
「うっっま!」
みずみずしい果肉が口の中に広がると濃厚なマンゴーに似た甘みが弾けた。
ちょっとウリのような香りもしていて、メロンとマンゴーの中間のような味だ。
こりゃウマい。高級果実なだけあるな。
さっきイノシシ串をたくさん食べたのにも関わらず、エルニネールはウッドバターをみっつも食べていた。俺はひとつでやめておいた。お腹たぷたぷになってしまったからな。
ふたつは保存してもらっておこう。
「ほんと食べ盛りねえ……そろそろいくわよ」
「はい!」
そのまま進行を再開する。
しばらくは食べられる物には何も出会わなかったが、岩のような魔物や骨の蛇と遭遇し、俺とエルニネールそれぞれの活躍であぶなげなく撃破した。
木々の隙間から漏れる光で、そろそろ夕暮れに近づいてきたかなと思ったとき、どこからか甘い匂いが漂ってきた。
「ん、ルルク」
「はいはい。どっちですか」
「こっち」
食欲旺盛な羊っ娘が匂いをたどる。
なだらかな丘のようなところを登っていくと、途端に視界が開けた。
そこには背の低い木々が一面に広がっていた。まるでリンゴ農園のような光景だが、木々に成っているのはスイカのようなサイズの赤い果実だった。もともとは背が高い細い木々なのだろうが、実が重くなると枝がしなり、地面に近づいてくるようだ。
これも図鑑でみたことがあるぞ。
「ん、ルルク、たべられる?」
「ええ美味しいみたいですよ。ただちょっと入手方法が特殊でして――」
と説明しようとしたときには、エルニネールがトコトコ歩きだしていた。
まずい。
「止まってください! そいつは――」
「んあっ」
エルニネールの足元がモコモコと盛り上がり、細い枝のようなものが飛び出した。
ぬめぬめとした質感の枝――まるで触手だ――はエルニネールの足を掴んで彼女を宙づりにしてしまった。
スカートがめくれてあられもない姿になってしまった羊の幼女。
「んー!」
顔を赤くして火魔術を放とうとしたエルニネールだったが、大きな赤い果実が視界に入ると魔術の詠唱を止めてしまう。
おそらく俺から美味しいと聞いたので、万が一にも燃え移ってしまわないようにガマンしたのだろう。
身の危険より食欲を優先してしまった幼女。将来は大物になりそうだ。
赤い実を囮にして敵を捕食する魔物――アップルラウネは、本体は土の下に潜っている。地上の幹や枝を攻撃してもたいしたダメージは与えられないのだが、土魔術でガッチリ土を固めてしまえば身動きがとれなくなって果実が取り放題になるのだ。
ということで、まずは攻撃方法を救出しなければ。
「『刃転』!」
エルニネールの真下近くまで近づいた俺は、枝をスパッと切り落とす。
落下するエルニネールを受け止めると、すぐに退避しようとしたが別の枝が飛んできてこんどは俺の腕に絡みついた。しかも短剣を握ったほうの腕だ。
「うわっ」
かなりの力があり、俺の筋力では抵抗できず簡単に吊り上げられてしまう。
入れ替わったエルニネールが慌てて魔術で枝を攻撃しようとしたが、俺は首を振って地面を指した。
「本体は地下です! 土を固めてください!」
「『アースジェイル』」
ビシッ!
エルニネールが地面に向けて放った魔術は、みごとにこの周囲一帯の地面をカチカチに固めたのだった。
その影響で枝もぴくりとしなくなったので、短剣を左手に持ち替えて切り落とす。
地面に降りた俺はエルニネールに礼を言って、アップルラウネが動き出さないことを確認しながら果実へと近づいた。
デカい。
顔と同じサイズくらいあるリンゴだ。
どうやらここはアップルラウネの群生地だったようで、見渡す限りのアップルラウネがいた。しかしエルニネールの魔術は範囲が凄まじく、そのほとんどが身動きを封じられていた。
他に誰もいないから、なんかリンゴの取り放題に来たみたいだな。
とはいえ、欲をかいてるあいだに魔術が切れても笑えないので、俺たちは両手いっぱいになるまで近場にあるデカリンゴだけもぎとって丘の上に戻った。
「油断したわね、エルニネール」
「ん……はんせい」
ロズに叱られてちょっとしょぼんとするエルニネールだった。
まあアップルラウネは初見殺しなので仕方ないだろう。ロズもそれをわかってるのか、それ以上は責めなかった。
とにかく食料が手に入ったので、今度はここで調理しよう。
ここなら風通りもいいし、夕焼けを眺めながら食べる夕飯は乙なものだろう。
「じゃあ師匠、調理器具をお願いします」
「……気のせいかしら、私って道具扱いされてない?」
「気のせいです」
ドラ〇もんみたいだな、と思ってたのは内緒だ。
デカリンゴに包丁を入れると、それだけで切り口から蜜が溢れてきた。
ふわり、と漂う芳醇な香り。とっさにコップを使って蜜をすくう。
ハチミツほど粘度はないけど、糖度はかなり高そうだ。
どれどれ、ひとくち飲んでみるか。
ゴクリ。
「……な、なんじゃこりゃあ!」
濃縮されたリンゴの果汁がぶわっと広がった。
いままで飲んだどんなジュースよりも濃くてうまい。この世界では、たいていは果汁を水で薄めた果実水が一般的だ。果汁20%のバ〇リースみたいなスッキリしたジュースだ。安いのはもっと薄い。
でもこれは濃縮還元100%ジュースどころじゃない。濃縮して還元してない濃縮果汁レベルだ。そんなの飲んだことないけど、カル〇スの原液は飲んだことあるからなんとなくな、なんとなく。
「ん、ルルク、わたしも」
「ああはいはい。どうぞ」
エルニネールにも渡す。
もう一口のんでまた感動していると、ふと脳に妙な刺激を感じた。
疑問に浮かんだのも束の間、
――――――――――――――
>『冷静沈着』が発動しました。
――――――――――――――
ん?
なんか勝手に精神系スキルが発動したぞ。
しかも、何度も繰り返して通知が来る。
「え、なんだ。何が起こってる?」
おかしいな。読んだ図鑑によると、アップルラウネの果実は美味しいだけで異常作用のある毒は入ってなかったはずだ。なのに『冷静沈着』が自動発動して、異常を起こそうとしている精神を即座に平常心へと引き戻している。
スキルのおかげでなんともないけど、そのせいで何が起こってるのかわからない。
「ん……んんん」
「エルニネール、どうしましたか?」
振り向くと、エルニネールは顔を上気させてモジモジしていた。
やはり何か状態異常を起こす作用があるようだ。
いつもの真っ白な肌がほんのり赤くなっている。
まさか、熱か?
「大丈夫ですか? ちょっと失礼しますね」
エルニネールの額に手を当ててみる。
う~ん、熱はないようだが……。
「んひゃっ」
「ああ、いきなり触ってごめんなさい。熱はなさそうですね、どこか具合が悪いかわかりますか?」
「ん……だいじょうぶ……なんでも、ない……」
エルニネールはそう言いつつ顔を伏せてしまうが、やはり息が荒い。
どうみても何か異常がある。
これはもしかしたら神経毒か。精神は『冷静沈着』が守ってくれるし身体は『自律調整』が治してくれるから俺には効かないが、俺が気づかないだけで、体にも影響があるものなのかもしれない。
そしたら事態は一刻を争う。
「師匠! 急いでエルニネールに回復薬を――」
「っぷ! あははははは!」
いままで見守っていたロズに話を振ったら、とうとう我慢できなくなったように笑い転げていた。
その様子に、とりあえず深刻な事態ではないことは理解できた。
「……あの、師匠?」
「あ~ごめんごめん、つい面白くて」
「どういうことですか? アップルラウネの実にどんな作用があるのか知ってたんですか?」
「知ってるわよ。大人の事情で図鑑には載ってないけど、一部では有名だもの……でもどうしようかしら。教えてもいいけど、エルニネールが恥ずかしがると思うのよね」
「ん……だめ……」
顔を赤くしたままロズの背後に隠れてしまったエルニネール。
わけがわからない。
今後のためにも知りたかったが、エルニネールがあまりに嫌がっていたためムリに知ろうとしないほうが良さそうだ。
「ならいいですよ。とにかく、エルニネールに大事はないんですね?」
「時間が経てば元に戻るわ。エルニネールが治ったらあとで教えてあげる。それと蜜を熱処理さえすれば異常効果は出ないから、ちゃんと調理してから使うのよ」
気にはなるけど、それなら何も言うまい。
俺はロズのいいつけどおり、流れ出た蜜はすべて煮込んでソースにしておくことにした。
蜜のない実の部分はそのまま食べてももちろん美味しいので、食べやすい大きさに切った。
蜜に近い部分は念のため、薄く切って砂糖水で煮込んでコンポートにしておこう。実の一部も薄く切り、さっき捕ったグレイトボアの肉と一緒に熱処理して冷ました蜜に浸けておく。浸けた肉と果実はある程度時間をおいたらフライパンで焼いて、にじみ出る果汁を使ってステーキに香りをつけていく。
ステーキが良い感じに焼けたら火を止め、甘辛ソースを少し絡ませて、パンとともに盛り付ける。
コンポートは敷き詰めるように皿に敷いたらそのうえにウッドバターを一口サイズにカットして盛り付けた。
よし。
今日のグルメツアーフルコース、完成です!
その頃にはちょうど陽が地平線に吸い込まれたところで、食欲もわいていた。
「いただきます」
「ん、たべる」
エルニネールも具合がよくなったようで、一緒に食べ始める。
ステーキはアップルラウネの酵素のおかげで肉が柔らかくなっており、うま味が染み出すとすぐに嚙み切れるほどになっていた。ソースが絡んだ汁はパンにつけて食べると、これまた甘じょっぱくて美味しい。
ウッドバターとリンゴのコンポートも一緒に食べると相乗効果の甘みで舌がとろけそうだった。
「んふ~、おかわり」
エルニネールが皿を差し出してきたので、もう一度肉を焼いてあげた。
焼きあがった肉を見るエルニネールは、いつものジト目ながらも瞳がキラキラと輝いていた。
結局そのあと三回もおかわりしたエルニネールは、お腹をぷっくらと膨らませて仰向けに寝ころんでいたのだった。ウトウトしている。
「ほんと、ご飯の作り甲斐がある子だなぁ」
「ルルク、ちょっとおいで」
寝落ちした姉弟子に毛布をかけてやっていると、焚火の反対側からロズが手招きする。
「どうしたんですか?」
「さっきのこと、教えてあげるわ」
にやりと悪い笑みを浮かべたロズは言った。
「未加熱のアップルラウネの蜜にはね、精神的な強い媚薬作用があるのよ。未加熱蜜は貴族たちがこぞって買うほどの精力剤の材料にもなってるのよ。さっきのエルニネール可愛かったでしょ。ねえちょっと興奮した? ねえねえ」
うりうり、と肘で押してくるロズだった。
……なんだ、そういうことか。
それなら『冷静沈着』が発動するはずだ。
妙に納得した気持ちで、俺はマントをかぶって横になるのだった。
「教えてくれてありがとうございます。じゃ、おやすみなさい師匠」
「もう! つまんない弟子ねぇ」
つまんなくて結構。いくらクソガキと言われて育ってても、媚薬を盛られた幼女を見て興奮するほど落ちぶれちゃいないよ。そもそも媚薬を使うなんて邪道だ。俺は決してそんなものには頼らない……頼らないけど、まあ憶えておいて損はないかもな。うん。アップルラウネの蜜は要チェックだ。もちろん美味しいからで、決して他意はない。ないったらないのだ。
こうしてテールズの森の夜は更けていく。




