覚醒編・17『王座戦』
「ながらく待たせたな、皆の衆! それじゃあいまから、王座戦を開催するぜーっ!」
「「「ウオオオオオッ!」」」
熱気が、闘技場に充満していた。
吐き出す息が白む寒空の下、闘技場の観覧席には所狭しと観客たちが座っていた。
今日から開催されるのは数年ぶりに女王を決める戦いだ。この国の未来を担う者たちの戦いを見るため、王都内から数えきれないほどの人数が詰めかけていた。
俺たちもその熱気と喧騒のなか、パンフレットを片手に観覧席に座っていた。
チケットはリリスが手配してくれていて、かなり高所にあるボックス席だった。仲間全員で座るには少し手狭だが、みんな小柄だからぎゅうぎゅうに詰めればなんとか入った。
隣のボックス席には傭兵ギルドのカウタンやマシンキーがいて、その向こうには見るからに金持ちそうな細目の狐耳の商人が座っている。
いわゆるVIP席だろう。
観覧を決めたのは昨日のことだったのに、よくこんな良い席ゲットできたな。さすがリリスだ。
闘技場には犬耳アフロにサングラスをかけた司会がいて、観客たちを煽っていた。
「さぁて、本戦の前にはお待ちかねのアイツらが出てくるぜ! おめーら、ビートを刻む準備はいいかー!?」
「「「イェエエエィ!」」」
「よしなら手を叩け! 足を鳴らせ! 心を天までアゲてきなーッ! 黒き伝統を魂に刻む【黒の舞】の登場だぁ!」
司会が観客を煽ると、太鼓と笛を鳴らしながら黒い衣装で統一された集団が入場してきた。
その中の何人かが、気合の入った声をあげながら剣を持って華麗に舞を披露し始める。
戦闘舞踊ってやつかな。
踊り手たちが激しく踊る度に拍手が巻き起こり、指笛が飛ぶ。
なかなか見ごたえのある前座だ。
サーヤがパンフレットを広げて解説してくれる。
「ハゥッカっていう民族舞踊らしいわ。踊ってるのは【黒の舞】って舞踊団ね。毎回、王座戦の前に披露するのが伝統なんだって」
「あの踊り手、なかなか剣筋が良いです」
「あの人は王座戦の本戦にも出てるみたいよ。ちなみに本戦の出場人数は三十人で、みんな予選を勝ち抜いた猛者だって。半分以上は傭兵みたいだけど、意外に商人とか料理人もいるっぽいわ」
「なるほどです……ん? もしや予選があるってことは、飛び入り参加はできないです?」
「そうね。そもそも獣王国民じゃなきゃ参戦できないみたい。エルニネール、残念そうな顔しないの」
「……ん」
ワンチャン戦えるかもと下心があったのか、つまらなさそうに息を吐いて席を立ったエルニ。
トイレにでも行くのかな。
ナギがサーヤの手元を覗き込んで、
「選手表はこれです? 女王はどこから出てくるです?」
「トーナメントを最後まで勝ち抜いた人が、女王への挑戦権を獲得するのが王座戦よ。完全に実力勝負だけど、一応シードが二人いるみたい。前回の決勝――女王戦の前まで残った人たちがシードね」
「ふーん。かなり女王に有利な条件です」
率直な感想を漏らしたナギ。
ちなみにニチカのおかげで体調は戻っている。魂を元に戻したら、痛みも熱も引いたようだ。
ただ原因になった『凶刀・神薙』は文字化けしたままで、いまも鑑定したら【『蜃カ蛻・繝サ逾槫眠』】と表示されている。
術式やスキルを斬る効果自体は発動するので、ナギはあまり気にしていないらしい。
が、俺からは文字化けが見えるからちょっと不気味だ。
このまま何もなければいいけど。
「三日間でやるみたいだし、大怪我しなければそこまで影響はないんじゃない?」
「ま、ナギは見ごたえのある試合をしてもらえればそれでいいです。選手の前評判はどうです?」
「賭けはクリムゾンさんの圧倒的人気みたいよ」
王座戦は主催者――傭兵ギルドが賭けの胴元をしている。
本戦開始まで誰でも賭けることができて、女王に挑むのが誰かを当てる賭けだ。もちろん最後まで行かなくても勝ち進むごとに配当金が上がり、賭けた対象がベスト4まで残れば確実にプラスになるらしい。
ちなみに最後まで勝ち進んだ時の倍率は闘技場の入り口に大きく張り出されていた。さっき見たときの倍率はクリムゾンが2倍、二番人気が6倍、そしてそれ以外が全部大穴って感じだった。
「ま、順当です。アレは圧倒的な強者のニオイがしたです。もし会ってなければ他に賭けるかもしれないですが、一度会えば他の選択肢は出ないです」
「そうね~。私だって賭けるならクリムゾンさんかな」
「そういえば、皆さんは賭けないのですか?」
サーヤの後ろからリリスが全員に聞いた。
「私はギャンブルはいいかな~」
「金が勿体ないです」
サーヤとナギが首を振る。
他のみんなも似たような反応だ。
「そういうリリスさんは賭けたの?」
「いえ。商売として成り立っているギャンブルは始める前から一定の損益が想定できますから」
「あ~たしか期待値とかそんな話よね」
「そうです。倍率のある賭け事は胴元が儲けるようにできている手前、期待値は高くても九十パーセント程度に収まります」
競馬などの仕組みの話だな。
最初は運で勝てても、適当にやればやるほど平均値になっていくから負けになるってやつ。知識があればそれをある程度コントロールできるらしいが、それも確実とは言えない。
この話を知っても賭けに熱中したい人は一定数いるし、そもそも楽しむために賭ける人もいるから、ギャンブル自体が悪いとは思わない。
ただうちのパーティメンバーには、賭けを楽しむ性格のやつは――
「ちょっと待ってエルニネール。それ、何?」
サーヤが、ちょうど席に戻ってきたエルニの手元をじっと見つめた。
そこには札が四つ。
「ん。かけた」
「……誰に?」
「しらない」
適当に買って来たらしい。
サーヤがパンフレットの情報を見比べながら、
「えっと……この赤札はクリムゾンさんで、桃色の札はハートハットっていう狐人族、青札はヤヨイマーチっていう兎人族、それと灰色札はネムネムって名前の鼠人族みたい。クリムゾンさん以外は傭兵じゃないし、みんな大穴ね」
「もんだいない」
適当に買って来たのにやたらと自信満々なエルニだった。
「じゃあエルニネールはこの四人を応援するってことね」
「ん」
「ちなみにいくら使ったの?」
「ひゃく」
「銀貨?」
「きんか」
「えっ……百万ダルク賭けたってこと!?」
思わずのけぞるサーヤ。
するとエルニは首を横に振った。
「ん。ひとりひゃく」
「四百万……! む、無駄遣いの規模がデカい……」
しれっと大金を賭けてたエルニさん。さすがやることが堂々としている。
まあエルニは自分で金を使うことはないから貯金はたんまりある。たいした痛手でもないだろう。
それに自分が出場できなくてガッカリしたから、そのストレス発散って意味もあるんだろうな。賭けにハマって欲しくはないが、一人だけ帰るって言い出すよりは良かったかもしれない。
そうこうしているうちに、前座が終わって司会が賭けの締め切りを合図した。
大声で観客たちを煽る。
「さあさあ! いよいよ本戦の幕開けだ! インワンダー獣王国の未来を決める一戦がここから始まる! 観客の諸君、熱くなる準備はできてるかーっ!?」
「「「オオオオオ!」」」」
「ルールはもちろん何でもアリの一騎打ち! この国の頂点に立つ女なら、すべての障害を打ち砕いて女王のもとまで辿り着けッ! 死んでも恨むな文句を言うな! 黙って拳を打ち鳴らせー!」
「「「ウオオオオオ!」」」
「準備はいいな? 覚悟はいいな!? なら早速第一試合を始めるぜ! さあさあ皆さん驚くなかれ、いきなりメインディッシュの登場だァ! 国内最強と名高い傭兵にして、三代目〝クリムゾン〟の名を継ぐこの女――獅人族のサラサナンーッ!」
大歓声とともに、闘技場のゲートが一つ開いた。
そこから登場したのは燃えるような赤髪を揺らして歩いてくるクリムゾン。
威風堂々とした出で立ちだ。
「そーしてーッ! その最強に挑むのは、なんと! なんとなんとッ! 同じ【血染めの森】から唯一出場しているこの童女! 〝紅蓮の右腕〟とも呼ばれる誉れ高き虎人族――〝爆炎〟のマルケリルーッ!」
もう一つのゲートが開き、そこから白い杖をついた真っ白い髪の、十歳くらいの少女がでてきた。
愛らしい顔にちょこんとついている虎の耳と尻から伸びる尾は、どちらも真っ白だ。
やや緊張した面持ちでゆっくりとクリムゾンが待つ闘技場の中心に歩いていく。足が悪いのか、あるいは覚悟を決めているのか、一歩ずつ嚙みしめるように。
第一試合は最強の傭兵と、その一番の部下の戦いか。
インワンダーでもトップクラスの実力を持つ二人だ。のっけから驚きの組み合わせに、観客たちのボルテージは上がり続けていく。
「これは激熱です!」
こちらも身を乗り出して目を輝かせ、テンションMAXのナギ。
マルケリルが闘技場の中心につくと、司会が大きく息を吸って――
「それじゃあ第一試合! サラサナン対マルケリル――いざ、死合えッ!」
手を振り下ろした。
その瞬間、
「『チェーンボム』!」
マルケリルの鈴の音のような高い声が魔術を紡いだ。
直後、クリムゾンの周囲を小さな爆発が取り囲んだ。爆発は螺旋を描くように中心のクリムゾンに迫っていく。全方位逃げ場がない。
たった一度の詠唱で連鎖する爆発を生むとは、なんという魔術練度だろう。
だがクリムゾンは動じず、右手を払うだけでその爆炎を散らした。
素手で高威力の炎熱をかき消すなんて、どんな体をしてるんだ。
クリムゾンはそのまま地を蹴ってマルケリルに手を伸ばし――
「『バウンドボム』!」
突如、マルケリルが体勢を変えずに真上に跳ねて避けた。
自分の足元を爆発させて衝撃で一気に上昇か。しかも自身にダメージがない。
「『ショックボム』!」
そして真上から、クリムゾンの頭めがけて魔術を叩きつける。
衝撃がクリムゾンの体を貫き、地面を陥没させた。
普通ならこれだけで即死するレベルの高威力魔術だ。
だが、
「この程度かマルケリル?」
無傷。
真上を見上げたクリムゾンが、マルケリルに手を向ける。
「ッ! 『バウンドチェーンボム』!」
体勢を変えずに空を跳ね回るマルケリル。
凄まじい速度で移動しているが、それをすべて魔術でコントロールしていた。
白い残像が空中を飛び回っている。
飛行とは違う跳躍移動だ。すごい。
この技術にはエルニも興味津々で見つめていた。
「『ブリザードボム』!」
氷の塊が生まれ、落ちていく。
クリムゾンの近くまで迫ると突如爆発し、中から氷の棘が無数に射出された。
だがクリムゾンの体に触れた瞬間、氷はすべて蒸発した。
「ほう……氷魔術も大分使いこなせるようになってきたな」
「わたしだって! クリムゾン様みたいに強くなりたいもん!」
「そうか。だが生半可な攻撃は私には効かんぞ」
「わかってるよっ! 『バーストボム』!」
マルケリルの頭上で紫電が収束し、まるでレーザービームのように放たれる。
クリムゾンは目を見開いて回避した。
紫電が突き刺さった後ろの地面が、間髪入れずに爆発した。
クリムゾンは笑った。
「やるじゃないか」
「まだまだー!」
何度も『バーストボム』を撃ち込むマルケリル。
さすがのクリムゾンも、闘技場を円を描くように走り出した。
足が純粋に速い。マルケリルの魔術はクリムゾンをとらえきれず、前に後ろにと外れていく。
ただ走っているだけなのに一発も当たらず、マルケリルは歯噛みしていた。
どことなく変な走り方だなーと思ってたら、ナギが感心してつぶやいた。
「魔術の発動タイミングで左右に動いて、加速したまま減速してるです。なかなか面白い走法です」
「アレは初代不動が考え出した〝ライジンステップ〟というものらしいのじゃ。八百年前の獣王国でも流行っておったわ」
「……普通の戦いで使えるです? 魔術を避けるのには役立ちそうですが、ただ左右に動きながら前に進んでるだけです」
「子どもが追いかけっこで使ってたのじゃよ。正面から見るとただのフェイントじゃ」
ミレニアが懐かしそうに笑った。
大昔に流行った子どもたちの遊びを実戦で使うとは。まあ確かに攻撃には繋がらないだろうが、部下の成長を見守るためには有用なんだろう。
マルケリルは闘技場の中央に立ち、高威力の魔術を連発する。
そんなに初手から飛ばして魔力は大丈夫かと心配になる勢いだったが、マルケリルがそこまで必死に攻撃を続ける理由はすぐにわかった。
クリムゾンがふと足を止め、飛んできた『バーストボム』を拳で殴り飛ばした。
守りだけでその盤石な雰囲気。これが攻めに転じたらどうなるのか、想像に難くなかった。
「ふふ、本当に強くなったなマルケリル。次代の【血染めの森】も安泰だ」
「ま、まだ終わってないです!」
「ああそうだな。だが今度はこちらから行くぞ?」
クリムゾンが拳を構えた。
マルケリルがとっさに魔術を紡ぐ。
「『アイスウォール』!」
「まずは一撃――火拳」
振り抜いた拳が、炎と化して闘技場に広がった。
あっという間に紅蓮で埋め尽くされる。
ここまで熱風が上がってくるほどの勢いだ。マルケリルもとっさに氷を出したが、さすがに全方位を炎で包まれたら――
「『バウンドボム』!」
「――っ!?」
しかし、紅蓮の中から飛び出してくる小さな白。
その体は凍りついている。自分を凍らせて防ごうとしたのだろう。その目論見は成功と言えたが、皮膚はところどころ熱傷と凍傷でボロボロだった
骨を切らせて肉を断つ戦法だ。そのままクリムゾンめがけて突っ込んでいく。
「『バーストボム』!」
魔術ごとクリムゾンに体当たりした。
クリムゾンはマルケリルを受け止めるように魔術をくらい、吹き飛ばされて壁に激突した。
衝撃が土煙を巻き上げる。
小さなマルケリルは地面に転がりながら、ケホケホとせき込んだ。そのまま体を震わせながら杖をついて起き上がる。
その瞳に強い光を宿し、目を凝らして土煙を見つめる。
「これで、少しは――」
「やるではないか。マルケリル」
……しかし、無傷。
土煙がおさまったそこには、かすり傷ひとつなく立ったクリムゾンが、我が子を見るような誇らしい表情を浮かべていた。
その髪や手足の一部が、メラメラと燃えている。
「私に『炎化』を使わせたのは姉さん以外で二人目だな。驚いたよ」
「クリムゾン様……」
「誇りに思うぞ、我が弟子よ……だがこうなった以上はわかってるな? いますぐ全力で身を守れ」
「っ! 『アイスプリズン』!」
「氷の箱か……悪くない。ではいくぞ」
炎と化したクリムゾンは拳を振るった。
「炎拳」
炎が、すべてを吹き飛ばした。
こうして、観客の大歓声のなか第一試合は幕を閉じた。
勝者――〝紅蓮〟サラサナン。
あとがきTips~〝爆炎〟のマルケリル~
〇マルケリル
>16歳の虎人族の女性。ホワイトタイガーの獣人で、耳と尻尾が白い。
>>火・水・氷・雷の魔術適性を持つ純魔術士。生まれつき足が悪く、杖を使わなければまっすぐ歩けない。幼い頃に【血染めの森】の傭兵だった両親が戦死し、孤児になる。それ以来【血染めの森】のメンバーに育てられ、みんなの娘として可愛がられている。クリムゾンの弟子として戦いの腕を磨き、戦力としてはナンバー2にまで成長した。ちなみに火魔術を多用するのはクリムゾンへの憧れの証。いつか師を越えることが目標。
>>>ちなみに傭兵ギルドのマシンキーの姪っ子。母親(マシンキーの姉)譲りで幼いながらも好戦的な性格。すでに傭兵として働いており、幼い見た目とその鮮烈な魔術のギャップから一定のファンがいる。三年前に第一部隊の隊長として任命されているが、実績はまだ少ないため傭兵としての信頼と知名度はそれほど高くない。今回の王座戦の賭けは4番人気だった。




