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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅴ幕 【彼岸の郷土】

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覚醒編・16『支配者と支配者』

■ ■ ■ ■ ■



「彼ら、けっこう面白い冒険者だったよ」


 王都ラランドの中央に位置する王城――その最上階。

 女王が書類仕事をしていると、音もなく部屋のなかに現れたのは羊人族の少年レクレス。

 扉は開いていないし、魔力の前触れもなかった。

 女王以外誰もいないはずの部屋でいきなり話しかけられ、女王は苦い表情を作る。


「……驚かさないで頂きたい」

「こうでもしないと余の存在が露見してしまうからね。それに()()()だからさ、少しは力を使う練習をしておかないと」


 気楽に言ってソファに座るレクレス。見るからに上機嫌だった。


「何か、楽しいことでも?」

「まあね。ほら余と同族の子いたでしょ。あれ、有名な子?」

「はい。エルニネールと言い、魔王の器として最近何かと話題の魔術士ですね」


 滅多に見ない羊人族。レクレス以外に見たのは数十年ぶりだった。

 レクレスが目覚めたタイミングで姿を見せたので、もしや知り合いかと思って警戒していたが、どうやらそうではなかったらしい。


「彼女がどうかしましたか?」

「あの子を余の妻にすることにしたよ」

「……それは、なんと」


 考えてもなかった言葉に、息を呑む女王。

 レクレスは彼女の下腹部に冷ややかな視線を移して、


「残念ながら君、()()()()()()もんね」

「……申し訳、ありません……」

「余は懐が広いから許してあげるよ。それにあの子も()()に当てはまるかもしれないし、たまには同族を屈服させるのも楽しそうだ。冒険者だから王座戦には出ないだろうけど、遊び相手としてはちょうどいいかな」

「……そうですか」


 女王はレクレスに気づかれないよう、奥歯を噛み締めた。


「ま、その前に王座戦だね。君は今度も勝つ気なんでしょ? いつも思うけど、君が本気出すなんて大人げないよね」

「女王こそ私の使命ですから」

「真面目だねぇ。本当にそれだけ?」

「もちろんです」

「本当の本当に?」

「はい」

「そっかー。てっきり()()()()()()()()()()()()()()()、女王の座を守り続けてるんだと思ってたよ」

「そんなことは……」


 見えないように拳を握り、爪を手のひらに立てて痛みで冷静さを保った女王。

 レクレスは楽しそうに手を叩いた。


「ま、余はどっちでもいいけどね。どうせ君との誓約がある限り、あの傭兵が()()()()()()()()()()、彼女の周囲には手を出さないって約束したもんね。君より肉体的にはよっぽど優秀な妹だし、余との子は相当強くなると思うんだけどな〜。頑丈そうだからそうそう壊れなさそうだし、ほんと残念だ。はやく結婚して子ども産まないかな。そう考えたら彼女に子どもが生まれたら強くなりそうだよね。その子も余のモノにしてみようかな。まだ生まれてないのに気が早いけどね」

「……妹は私に一度も勝てたことはありませんが」

「それは君のスキルのおかげでしょ? ()()()()()()なんて、並大抵じゃ敵わないよね」


 どの口がそれを言う。

 女王はそう言いかけた口をつぐむ。

 顔を伏せ、震える声を抑えながら言った。


「レクレス様には敵いません」

「そりゃそうさ、なんたって僕は使徒だよ。創造神スキルだろうが魔王だろうが、所詮は加護ひとつだけの存在。僕ら使徒とは立っているステージが違う」

「……はい」


 頭を下げながら、怒りに震えそうになる体を必死に落ち着かせる。

 冷静になれ。

 大人しく従え。感情を出しても、得られるものはない。

 女王は自分にそう言い聞かせた。


 傍若無人。

 唯我独尊。

 好き放題に振舞うこの羊人族のことを、いままで何度も殺したいと思った。

 力づくで身も心も蹂躙され、子どもを産めない体にされ、新しい家族を得る機会を奪い取られた。


 女王になるまでは、自分が最強だと思っていた。

 こんなバケモノが玉座の陰に眠っているなんて、考えたこともなかった。


 一時は死のうとすら考えたこともある。

 だが、自分が死んだら次の女王になるのはきっと妹のサラサナンだ。

 そして歴代の女王はみな、この純朴な悪魔に汚されていく。


 私が守るのだ。

 妹と、彼女の全てを。


 女王はその誓いを胸に抱き、女王を務め続けた。

 いくら否定しても本心は見透かされているだろう。この影の支配者は欲望に純粋ではあるが、愚かではなかった。だが嘘を見抜く力までは持っていない。それは不幸中の幸いだった。

 

「すべては、レクレス様の御心のままに」


 女王が頭を下げると、レクレスは笑みを浮かべてうなずいた。


「その通りだ。君たち女王は余を裏切れない。そうだろ?」

「はい」


 レクレスがいつの時代から女王の陰にいたのかは、わからない。

 女王は即位すると、まず彼と誓約を結ぶ義務があった。その存在を黙秘し、そして容認する義務が。


 なんせ彼がいなければ、とうに国が滅んでいたのは事実だ。

 定期的に長い眠りについてしまう彼は、国に危機が迫ると目を覚ます。

 そして国を守り、また眠りにつく。


 その繰り返し。


 ……こんな人生になるなんて想像もしてなかった。

 優しい母と、活発な妹と暮らしていたあの頃に戻りたい。

 何も知らずに幸せだったあの時代に。


「すべては、レクレス様のために」


 女王は涙を堪えたまま、支配者に頭を下げ続ける。

 その胸に大切な嘘を、隠しながら。



□ □ □ □ □



 バルギアの中央に位置する霊峰。

 その中腹に(そび)えているのは、この国の支配者の住処、ドラヘンシュタイン城だ。


 その巨大な城の前には、これまた巨大な庭がある。

 広々とした庭には芝生が続いているだけで、噴水や花壇はない。大陸の覇者の庭にしてはかなり質素だが、その理由はハッキリしていた。


「こんちくしょ~っ!」

「ハハハ! 待て待て~!」

「なんのぉ! 捕まえられてたまるか~!」


 転移してきた俺の目の前で繰り広げられているのは、キャッキャウフフと戯れるオッサンたち。

 もの凄いスピードで全力で逃げ回るカムロックと、それを追いかける竜王だった。

 障害物があれば粉々に砕けるだろう。この庭は竜王の遊び場なのだ。

 

「ハハハハ!」

「うおおおお!」


 笑顔の竜王と、死に物狂いのカムロックの鬼ごっこだ。

 ……ナニコレ。

 なんで俺は転移してきてまでオッサン二人のイチャコラを見なければならないんだ?

 

「……よし、帰るか」

「お、ルルクじゃねぇか。ようやく来やがったな」


 俺に気づいてすぐにこっちに来たのは、金髪オールバックの竜王ヴァスキー=バルギリア。

 見た目はチャラいサーファーにしか見えないが、実力は大陸随一の覇王である。


「もう帰りたくなったとこだよ。てか、よく俺だってわかったな」

「そりゃわかるだろ。顔変わってるわけでもねぇんだしよ」

「いや身長とか年齢とか縮んだんだけど?」

「……元々チビだからわからん」


 煽っているわけでもなく、本心からそう言う竜王だった。


「それで、何してたんだよ? ギルドマスターとの蜜月を見せつけるために呼んだとか言うなよ」

「バカかテメェ。カムを鍛えてんだよ」


 後ろで息絶え絶えに倒れたカムロックを指さした竜王。

 鍛える?


「なんでもコイツが冒険者のトップになるっつう話じゃねぇか。だからだ」

「それでなんで竜王が鍛えることになるんだ?」

「俺様が認めたヤツが舐められるのは癪だからな。オラ、さっさと起きろカム」

「わ、わかってますよ……」


 膝をプルプルさせて立ち上がるカムロック。

 相当疲れているのか、目の下には隈に今にも死にそうな顔色だ。

 だが瞳だけはギラギラしている。


「……次は何をすればいいんで?」

「そうだなァ……じゃあルルクも来たし、アレやるか。ちょっとこいバラウル」

「ハッ!」


 竜王が呼んだのは、白い髪の壮年の男。

 スラリとした背が高い細目の男だった。


「コイツはバラウル。氷と水の重属性持ちだ」

「竜王様臣下のバラウルでございます。お見知りおきを」

「で、テメェらはこのバラウルの技を受けてもらう。死なないように注意しろよ」

「いやなんで俺まで?」


 しれっと巻き込むんじゃないよ。


「ルルク。テメェは確かに強くなった。俺様と本気でタイマンできるのはたぶんテメェだけだろう……だがな、その程度で安心してもらっちゃ困る。なんせテメェにはセオリーちゃんを預けてんだからよォ、不死は無理でも不死っぽいナニカになれ」

「……どうやって?」

「知らん。それはテメェで考えろ」


 アホかな。


「それに、強さにも色々あんだろ? テメェの強みはステータスと、障害を直接的に排除する術式にだろ?」

「それが神秘術の作用法則だからな」


 攻撃術式にしろ『伝承顕現』にしろ、目的を遂げる最短距離で術式を組んで発動させるのが神秘術の特徴だ。

 確かに魔術とは違い応用は利かない。そこは俺の弱点だ。

 俺がうなずくと、竜王はバラウルに視線を送った。


「じゃあ環境に対する対処はどうだ? バラウル、やれ」

「ハッ。『氷臨滅界』」


 ブレススキルを発動したバラウル。

 その瞬間、周辺の気温が急激に下がっていく。


「さむっ」


 とっさにアイテムボックスからコートを取り出して着込んだ俺。吐き出す息が凍るほどの氷点下の世界になっていた。勝手に体が震える。

 俺の隣で、カムロックがガタガタ奥歯を震わせて真っ青な顔になっている。


「テメェの防御スキルは攻撃性や直接的な干渉を防ぐ。だが気温など個別で排除できねぇ環境変化は防げねぇ。そうだな?」

「そそそうだけど、どど、どうかしたのか」

「この状況を打破するにはどうする?」

「そそそこのバラウルさんををを倒すすす」

「そりゃそうだ。だが〝寒さ〟や〝暑さ〟そのものが襲ってきたらどうする?」


 竜王は挑発するような視線で俺を見る。

 環境そのものが襲ってくるなんて考えづらいが、でも確かに、俺の『領域調停』では気温の操作はできない。

 竜王は見透かしたように言う。


「そろそろ理解しとけルルク。テメェが立っているのはただ強いとか弱いとか、そんな単純なステージじゃなくなってんだよ。俺様のように適応力も備えとけ。カム、テメェもだ」

「わわ、わかった」

「カチカチカチカチカチ」


 白目を剥いて歯を鳴らすカムロック。これ聞こえてるのかな?


「バラウル、もういいぞ」

「ハッ!」


 バラウルがスキルを解除すると、みるみる気温が戻っていく。

 俺はコートを脱ぎながら、


「言いたいことはわかったけど、竜王は今の平気だったの? 寒いとこ苦手って聞いてたんだけど」

「俺様は真祖竜だぞ? 多少の気温ごときに左右されるほど軟弱じゃねぇよ」

「でもナワバリをここにしているのって、気温が安定してるからって聞いたんだけど」

「俺様は良くても、部下がダメだからな。俺様だけで暮らすならどこでもいいんだけどよォ」


 ああ、なるほど。

 

「意外と優しいじゃん」

「は? 喧嘩売ってんのかテメェ」

「意外は余計だったか?」

「優しいが余計だっつってんだよ」

「なんでだよ」


 マジで思考回路がわからん。


「でもそっか……行こうと思えば獣王国の寒さとかも平気なんだな」

「あ? あそこのどこが寒いんだ」

「寒いだろ。今日も獣王国にいたんだけど、息が真っ白になるぞ」

「ほざけ。あそこは寒くなりようがない土地だぞ。俺様の部下には暑すぎてナワバリにするのやめたくらいだからな」

「でも実際寒いぞ」

「んなわけあるか。上見てみろよ、いまも西から暖気が流れてきてるだろうがよ」


 真上を見上げる竜王。

 俺は素直に答えた。


「いやわからん」

「ザコが。温度くらい見極められるようになれ」

「無茶振りすぎるだろ」


 まあ、やろうと思えば俺の『神秘之瞳』でサーモグラフィみたいな視覚を発動はできるんだけど、めっちゃ見づらいからやらない。

 でも竜王は本気で獣王国が暖かい気候だと思ってるっぽい。実際寒いのは間違いないんどけど……。


「どういうことだ?」

「ルルク。それ、もしかすると八百年前のことがきっかけかもしれねえぞ」


 寒さから復活したカムロックが、座り込みながらボソリとつぶやいた。

 話はちゃんと聞いていたらしい。


「『三賢者』の本にも書かれてあっただろ? 獣王国に現れた大型魔物の話」

「ええ。空に現れた巨大な氷の魚ですよね? ミレニアたちが撃退して、獣王国を救ったって話」

「そいつが現れる前は、確かに獣王国は温暖な地域だったらしい。氷の魚を撃退してからしばらくすると気温が下がり、いまでは定期的に大寒波が来るようになった。それがいまの獣王国だ」

「へ~」


 リーンブライトも環境を変えたって聞いたけど、魔物も死んでなお環境を変えることがあるのか。

 いやでも、そしたら竜王の言葉と矛盾する。


「上空は暖かいけど、獣王国の中だけ寒いってことですかね?」

「そうなっちまうけど……竜王サン、本当に空はあったかいんですか?」

「俺様がみみっちい嘘つくわけねぇだろ」

「嘘つく器用さがない、の間違いじゃ?」

「ほう……よし、やるか」

「何をだよ」

「決まってんだろ? カムじゃ本気出せなかったからウズウズしてたとこだ。ちょっと相手しやがれ!」


 いきなり殴りかかってきた竜王。

 顔を合わせる度に喧嘩しようとするから覚悟はしてたけど、やはりというかなんというか。


「しゃーない。ちょっとだけだぞ」


 俺は周囲を巻き込まないように離れた場所に転移して、竜王と殴り合った。


 はしゃぐオッサンと意味もなく殴り合うこと数十分。

 久々にこのあたりの環境を破壊して体が温まってきたところで、元の場所に戻ってきた。

 竜王が満足そうに、


「よぉし、久々に動いたぜ。つーかテメェ、リーチちょっと縮んだか?」

「だから背が縮んだんだって」

「どうりで今日はちと弱かったんだな」

「お前が強すぎるんだよ」


 ステータスは俺の方が上だが、戦う時間が長いほどステータスが上昇するスキルを持つ竜王はある程度戦うと俺のステータスすらあっさり追い抜いてしまう。

 俺たちの戦いを眺めていたカムロックは、


「このオレが目で追うのがやっととはな……」


 ため息を吐いて、呆れたように俺たちを見る。

 むしろ敏捷値20000越えの速度が見えるほうが驚きだろう。サーヤやナギですらまだ無理だから、本気の俺と竜王の戦いを目で追えるのは現状カムロックだけだろう。

 とはいえそのカムロックもかなり疲れているようで、いまにも倒れそうだった。

 そろそろ連れて帰ってあげよう。


「ま、何にせよルルク」

「ん?」

「テメェの師匠はどんな環境でも生き抜けた。俺様も相当な場所じゃねぇ限り大したことはねぇ。テメェも早くここまで上がってこい」

「……難しくない?」

「だとしても、だ」


 竜王はいつになく真剣な表情で言った。

 まるで自分に言い聞かせるように。


「強者として君臨するなら、進化を止めるな。テメェが守りてぇモンを失ってからじゃ遅ぇんだからよ」

あとがきTips~近接戦の強さ~


本編で戦わないカムロックの強さが分かりづらいと思うので、近接限定(武器あり/魔術・スキルなし)のランキングを作ってみました。

ちなみにカムロックは本気時・ヴェルガナは全盛期時代・ナギは『凶刀・神薙』ありです。


竜王≫ルルク≫≫≫カムロック・ヴェルガナ≫ナギ≫サーヤ・マシンキー≫レンヤ・レナ≫ララハイン・ベルガンド≫クリムゾン・ジャクリーン≫ルナルナ≫メレスーロス≫≫≫≫≫≫≫≫≫ガウイ



竜王はスキルなし(人型)で飛べるのと、格闘技術も高いので最強。

ルルクは技術はまだまだ未熟だが、ステータスが高いのでゴリ押しできる。

カムロックとヴェルガナはSSランクパーティの前衛として最優。

それ以降は順位通りですが、レナは暗殺者ムーブ時限定です。

レンヤも殺す気でやればじつは相当強い。

そして、ガウイはガウイ。

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― 新着の感想 ―
ほら、ルルクも宇宙空間とか火山の中程度じゃダメージ喰らわない程度の強さを持つんや 不死にはなれずとも限りなく不死に近いナニカになれ(無茶ぶり)
名前が似てるのと、このゲスさ、俺の嫁発言からリゼロのレグルスさんがすごく思い浮かぶんだけど、たまたまなんだろうか…? 寒さの原因も空飛ぶ魚だと、リゼロの白鯨に被ってる感もあったり…。 面白くて読んでた…
可愛いけど不憫なキャラと思ってたら他者を玩具にするクソ野郎だったでござる これはもう泣いて許しを請う姿を是非とも見なくちゃ 一方の竜王さま、やり方はともかくとしてルルクやカムロックのことを鍛えてやろ…
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