覚醒編・15『こちとら五歳児だぞ』
俺たちは『変魂薬』をもらった後、すぐに屋敷に転移で戻ってきた。
「もうちょっと上よ! 引っ張って! ほらしっかり!」
「うるさいです! やってるです!」
「できてないから言ってんの!」
「ぐ、ぬ、ぬ~! です!」
ケンカのような言い合いが、ナギの私室から廊下に響いていた。
最優先だったナギの治療のため、仕事終わりのニチカを連れてきてさっそく作業に取り掛かってもらった。
どうやら治療のためには服を全部脱ぐ必要があるらしく、俺は部屋から追い出されてしまった。
俺たち一糸まとわず露天風呂に入った仲だろ? って冗談を言ったらボコボコにされました。口はわざわいのもとですね。
廊下で聞いている限り、薬を使って魂の形を変えられるのは本人だけらしい。ナギ自身はどうなっているのかわからないから、ニチカが指示を出しているのだ。
一応部屋の中にはミレニアもいる。もし体に影響が出てもミレニアが見ているなら安心だ。
「ほらもっとリキんで!」
「やってる! です!」
「甘いのよ! ほら、ひっひっふー! ひっひっふー!」
「そんな呼吸法は、鬼想流にないです……!」
「ひっひっふー!」
「だから、そんなものは」
「ひっひっふー!」
「……ひっひっふーっ!」
あ、ヤケクソになったな。
最初はザックリとした指示ばかりだったけど、いまはかなり具体的に形を指示するようになっている。自分の魂の形を変えるってどんな感覚なんだろう。一度やってみたい気もする。
壁にもたれかかってそんなことを考えていたら、なぜか桶にお湯を溜めたサーヤとリリスが白いエプロンと布帽子をかぶってやってきた。腕には、肘まで覆う手袋を着けている。
その後ろには白エプロンだけ着けたカルマーリキが戸惑うようについてきている。
……なんの格好だろう。
「どうした三人とも?」
「旦那様。奥さんは我々におまかせください!」
両手の甲を見せるサーヤ。手術に向かう医者ごっこか?
……あ、いや助産師ごっこだろう。
隣のリリスも真剣な表情で言う。
「奥様とお子様は我々が救ってみせます!」
「う、うちもがんばります!」
まだ恥じらいが残っているのはカルマーリキ。
ごっこ遊びに没頭し切れない気持ちはよくわかる。俺も同じタイプだからな。
そんなカルマーリキに、サーヤとリリスが詰め寄る。
「そんな意気でどうするつもり! 分娩室は戦場なのよ!」
「そうですよカルマーリキさん! リリたちはお兄様……ゴホン! 旦那様の第一子を迎える練習を、いいえ、予習をしているのです!」
「そうよ! まあルルクの第一子は私が産む予定だけどね! チラッ」
「そうですね。リリも、ルルサヤ推しの代表として応援しております! ……でもできれば第三子くらいのお情けを頂けると……チラッ」
おいこっち見んなエロ助ども。こちとら五歳児だぞ。
後ろで顔を真っ赤にしているピュアなエルフとは大違いだ。俺もカルマーリキで目の保養をしておこう。
「はやく子ども欲しいな~。成人したーい」
「わかります。やっぱり子どもは可愛いですよね」
「そういえばリリスさんは子どもの名前って決めてる?」
「候補は幼少期から考えてますね。サーヤお義姉様は?」
「ぜんぜん。ルルクに決めてもらうつもりだから」
「それもいいですね。お兄様は決めてますか?」
「さっさと部屋に入らなくていいのかおまえら。ナギを助けるんだろ」
とっさに話を逸らす俺。
子どもの名前なんて考えたこともないし、まだ作る気もない。
こちとら五歳児だからな(二回目)。
「分娩室を支配してるのはニチカさんなの。私たちの実力ではまだ役に立たないわ」
「じゃあその格好なんだよ」
「応援用」
「誰のだよ」
「分娩室で戦うニチカさんの」
「分娩室ちがう! です!」
部屋の中からナギの怒りの声が轟いた。
どうやら聞こえていたらしい。
サーヤは扉の向こうに気楽に声をかける。
「予行演習って思ってればいいじゃない。ナギも子ども好きでしょ?」
「好きですが! 誰が! ルルクの! 子どもを産むって言ったです!」
「え? 別にナギが産むのルルクの子って言ってないけど? あれ~? もしかしていつもそんなこと考えてたの? ナギのえっち~」
「――っ!」
ガスン! バリン!
と花瓶が扉に投げられて割れるような音がした。
「サーヤ! いっかい殴らせろ! です!」
「おお、その調子! 魂動かすの上手になってきたじゃん!」
「おまえも黙るです!」
なんか意外とうまくいってるらしい。
リリスがくすりと笑った。
「ナギさんって面白いですよね」
「でしょ? 前世からああなの。クールぶってるけど私と愛花でよくからかってたわ」
懐かしそうに言うサーヤ。
そう言えば九条のことも探さないとな。少し前に転生者レーダーがどうとかリリスが言ってたけど、完成したんだろうか。
あとで聞いておこう。
「からかい甲斐があるのわかります。リリもナギさんにはつい意地悪したくなってしまうんです」
「リリスさんは真面目だから、いろいろと溜まってるんじゃない? ナギに吐き出すのが丁度いいくらいだと思うわ。それにツンデレっていじりがいあるもんね」
「そうですね。ツンデレって傍からみてると可愛いですよね」
「誰がツンデレです! おまえらあとで憶えておけですっ!」
「ちなみにサーヤお義姉様から見て、お兄様はどんな人だったんですか?」
部屋の中から響くナギの声をまるっと無視して会話を続けると、隣のカルマーリキも目を輝かせた。
「あ、それうちも気になる! サーヤってルルク様のことずっと好きだったって聞いたんだけど、どんなところが好きだったの?」
「……えっと」
チラリと視線を向けるサーヤ。耳が赤くなっている。
いまでは恥も外聞もなく猛アタックしてくるのに、前世の話になるとすぐに照れるのだ。ホント謎だ。
しばらく考えていたサーヤは、俺に背を向けて言った。
「内緒っ!」
「「え~」」
「ほら、そろそろ私たちも分娩室に入るわよ! ニチカ先生の汗を拭いたりしないとダメだもん!」
そう言って逃げるように扉を開けて入っていくサーヤ。
リリスとカルマーリキは顔を見合わせて頬を緩めると、続いて入って扉を閉めた。
「わあ大変! ニチカ先生、汗びっしょり! リリスさん、拭いてあげて!」
「はい。先生、汗失礼します」
「自分で拭けるんだけど!?」
「あ、ニチカ先生いい匂い~。なんの香水つけてるの?」
「ちょっと嗅がないでよ!? 香水なんてつけてないし!」
「逃げないで~。よしカルマーリキ、先生の体を綺麗にしてあげるのよ!」
「まかせて! 『クリーン』」
「ふあ~! なにこれさいこ~」
「おい何遊んでるです! これ、次はどこをどうすればいいです!?」
金切り声をあげるナギ。
なんだか盛り上がってきたな。
女子たちが集まるといつも賑やかだ。いまはふざけている場合じゃないと思うんだけど……まあ、そろそろ完治するっぽいから別にいいか。
楽しんでいる女子たちを邪魔する気もないので、俺もいったんリビングにでも行こうかと思っていたら、
「あるじ~」
「お、どうしたセオリー」
廊下を一人でぺたぺた歩いてきたのはセオリー。
いや、一人ではない。後ろにメイドドラゴン部隊がゾロゾロついてきている。さすがにセオリー一人に奉仕することはそんなにないと思うが、いつものことなのでスルーだ。
セオリーは俺をおもむろに抱っこすると、
「なんかパパからあるじに手紙が届いてた。一緒に読もう」
「……マジ?」
竜王から?
手紙なんて珍しいものをよこすなんて天変地異の前触れだろうか。あの親バカならセオリーの様子を見るついでに自分で来そうなものだ。
『伝書鳥より俺様が飛んだ方が速い』とか絶対言うだろ。
「じゃあリビング行くか」
「うん」
とりあえずナギの解放祝いを兼ねてプニスケにはご馳走を作ってもらう予定だ。あと、さっきの会話の感じだと、お風呂の準備もおいた方がよさそうだ。
すぐに近くのメイドさんにお願いしておく。
「あるじ優しい。さすが我のあるじ」
「というか中二病はどうした。カッコつけなくていいのか」
「ん~。なんか疲れたもん……」
そう言って、抱えた俺の髪に頬をすりつけてくるセオリー。甘えん坊モードだ。
まあセオリーは本来コミュ障引き籠り体質だから、旅行がかなり疲れるんだろう。外じゃまったく気が休まらないだろうしな。
「じゃあ今日は屋敷で寝るか」
「うん!」
満面の笑みで返事をしたセオリーだった。
ほんと中二病モードじゃなければ相当美少女だよなぁ。あれはあれで良いけども。
俺とセオリーがリビングに戻ってくると、エルニがソファに座って一人で水魔術の練習をしていた。ヒマなときに魔術を使い続けている魔術士はエルニくらいだろう。水を目視できないほど細く細く圧縮している。また新しい技を作るつもりだな。
その横に座った俺とセオリーは、竜王からの手紙を広げる。
そこに書かれていたのは一文。
『ギルドマスターのカムをボコボコにしてる。テメェも来い』
……なにやってんの、あの親バカ。
カムはカムロックのことだ。獣人文化よりも個人の強さを重視する竜王が、人族のなかで唯一バルギアの霊峰に自由に立ち入ることを許している相手がカムロックだ。
そういえばカムロック、ミレニアの頼みで竜王に会いに行くとか言ってたな。
もしかして喧嘩でもしたのか?
竜種じゃ適切な治療ができなくて困っている、なんてことはないと思うが……仕方ない。
「セオリーも行く?」
「いい。パパきらい」
即答した反抗期のセオリー。
そういうことなら一人で行こう。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい」
俺はすぐに竜王の居城に転移するのだった。




