覚醒編・14『クリムゾン』
「初めまして~。傭兵ギルドのギルドマスターをしているカウタンよ~」
マシンキーに連れられ、最上階の部屋に案内された。
そこで俺たちを待っていたのは、かなり大柄でふくよかな貴婦人だった。
背は二メートルを超えるほどの高さで、肩や胸や尻すべてのパーツが大きい。垂れた大きな牛の耳がチャームポイントの牛人族だった。
俺たちが自己紹介をしたら、ギルドマスターのカウタンも微笑みながら自己紹介を返してくれた。
優しそうでおっとりした人だ。
なんというか、佇まいから凄まじい母性が溢れている。
その大きな体にぎゅっと包まれて眠りたい……。
「悪いねマスター。さっきも言ったけど、この子ら、クリムゾンに交渉したいんだって」
「わかったわぁ。こっちで詳しく聞いておくから、あなたは今日はもう上がっていいわよ~」
「お、じゃあ酒場にいるから後で来てよ。一緒に飲も」
「いいわよ~」
「よっしゃ。じゃあ後輩諸君もまたね。幸運を」
そう言って部屋を出て行ったマシンキー。
彼女の背中を見送ったカウタンは、すぐに俺に微笑みを向けた。
「それで~かの有名な冒険者パーティさんが、クリムゾンにどういったご用件かしら~」
「所持品を譲り受けたいんです。いまも持っているかはわかりませんが、もし持っていなければどこに売ったかの情報も含めて教えてもらいたいです。仲介していただけますか?」
「うーん。具体的に何が欲しいのか聞いてからかしら~?」
「取り急ぎ『変魂薬』と、できれば『変身薬』もですね。『変身薬』のほうはすでに使用したと聞いているので、残っていないとは思いますが……」
「なるほど~。隠しボスの報酬ね~」
カウタンはぽんと手を打って、
「実際に持っているかはわからないけど、それくらいなら聞いてみることはできるわ~。彼女が交渉に応じるかはわからないけど~それでもいいかしら~?」
「構いません。報酬も言い値でお支払いいたします」
「わかったわ~。じゃあ彼女がギルドに顔を出したら伝えておくから、あなたたちが滞在している場所を――」
と、カウタンがそう言いかけたときだった。
部屋の扉が唐突に開いた。
「その必要はない、マスター」
ノックもなしに部屋に入ってきたのは、筋肉質な体躯の猫耳――いや、獅子の耳を持った若々しい獣人の女性だった。
「悪いが、話は聞かせてもらった。その交渉に応じよう」
「あら~来てたのねクリムゾン」
「ああ」
クリムゾン。
そう呼ばれたのは、まだ二十代前半にも見えるその若い風貌に、王者の貫禄がともいえる堂々とした風格。
そこに立っているだけなのに、ただならぬ存在感だった。
……思ったより早く会えたな。
俺はすぐに立ち上がり、会釈する。
「初めましてサラサナンさん。俺たちは冒険者パーティ【王の未来】と言います」
「クリムゾンで良い。君たちのことは知っている……君は、リーダーのルルク君で合っているか?」
「はい。ルルクです」
「そうか……マスター、少し彼らと話がしたい。部屋を貸してくれ」
「わかったわ~。じゃあ酒場にいるから終わったらあなたもおいでねね~。久々にマシンキーちゃんと飲むわよ~」
「ああ。後で行こう」
すぐに部屋を出て行ったカウタン。
その代わりにソファに座ったクリムゾンは、ちらりと扉を見て言う。
「すまぬ、君たちの中で防音の魔術は使える者は?」
「あ、じゃあ私が――『サウンドカーテン』」
サーヤが防音魔術を部屋にかけると、クリムゾンは間髪入れずに言った。
「改めて名乗らせてもらおう。私の名はサラサナン。傭兵団【血染めの森】で第三代目〝紅蓮〟の名跡を継いでいる者だ。君たちがギルドを訪れていると話を聞いて駆け付けた。私に用事があるとは思わなかったが、ちょうどいいタイミングだったようだ」
「クリムゾンさんは、俺たちのことをご存知で?」
「ああ。もちろん」
そう言うと、彼女は深く頭を下げた。
「ルルク君、サーヤ君。先日の聖教国ではミンミ……ミンミレーニン姫を助けてくれてありがとう。私はその礼を、是が非でも伝えたかった……っ!」
その言葉にはかなり力が入っていた。
まるで命の恩人に対するような態度だ。
「俺は何も。サーヤが全てやってくれましたよ」
「私だけじゃなくて、みんなの協力があってこそよ。でもどうしてクリムゾンさんがお礼を?」
「それは……」
顔を上げたクリムゾンは、かすかに視線を揺らした。
「ミンミレーニン姫は私のむ……姪にあたる血縁者だ。一族の恩は、私の恩でもある」
「……そっか」
サーヤは何かを察したような表情を浮かべて、深く頷いた。
「ミンミレーニン姫はとても可愛かったわ。性格も真っすぐで素直な良い子だったと思う。誘拐されて怖い思いはたくさんしたでしょうけど、迎えに来たサーベルさんも優しかったし、特に怪我もしてなかったから安心して」
「……そう、か。それは何よりだ」
安堵した様子のクリムゾン。
心なしか表情が明るくなっていた。
「尚更礼をしなければならないようだな。本来、君たちのような大陸有数の冒険者に価値のあるものを贈ることは難しいが……今回は、互いに運が良かったようだ」
そう言って、クリムゾンは右手の指輪を撫でた。
その瞬間、彼女の手に一本の瓶が現れる。
「これが『変魂薬』だ。ルルク殿、ミンミレーニン姫を助けてくれた礼にこれを差し上げよう」
「え、いいんですか?」
「無論だ。受け取ってくれ」
何の躊躇いもなくテーブルに置く。
中に入っているのは薄い紫色の液体だった。
念のため、鑑定してみる。
【『変魂薬』:魂の形を自在に作り替える神薬。ただし魂の総量は変えられない。】
おお、本物だ。
「すまない。持っていれば『変身薬』も喜んで渡すところなのだが、私が持っていた分は使ってしまったのだ。ただ姉さん……女王なら前回も手に入れているはずだからいくつか持っていると思う。順当に歳を取っているから使った様子はないのでな」
「そうですか。交渉はできたりしますか?」
「私には無理だ。役に立てなくてすまない」
「とんでもない。情報だけでもありがとうございます」
『変身薬』の入手はダメだったが、優先順位の高いほうが手に入ってラッキーだ。
これでニチカに頼んでナギを治してやれるはず。
俺は『変魂薬』を大事にしまっておいた。
思ったよりあっさりと目的の一つを達成できたのは驚きだな。恩義に厚い人で良かった。
「他に私に役に立てそうなことはあるか?」
「あ、じゃあ私から。クリムゾンさん、もし知ってたらで良いんだけど隠しダンジョンに挑戦する条件って知ってる? さすがに女王相手に交渉するのは最後の手段にして、できれば『変身薬』のほうは自力でゲットしたいのよね。けどさっき挑戦しても普通にクリアして終わっちゃったし、どうすればいいのかさっぱりで」
「挑んでいたのか……だが、出ないのも当然だ」
「そうなの?」
「隠しダンジョンの出現率が低いのはもとより、そもそも休眠期と休眠期の間に一度しか出ない決まりがあるようだ。前回は四年前に姉さんが出していたから、つぎは今回の王座戦が終わった後にしか現れない」
「あ、そうだったのね。どうりで」
なるほどな。
「それと経験上、すべての魔物を同じ者が倒さなければ出てこない。さらには魔術薬などアイテムの使用も厳禁だ。もっとも個人で三十連戦となると並みの戦士では体力も魔力ももたないから、隠しダンジョンに挑むまでに脱落するだろうがな」
「そっか。そういえばクリムゾンさんも女王様もソロで挑んでるんだっけ」
「姉さんはいつも闘技場を封鎖して戦っているから断言はできないが、私は興行を兼ねていて毎回ソロだ。君たちが『変身薬』を求めるなら、誰かひとりで挑むべきだ」
そう言われて、仲間全員が俺を見てくる。
誰が行くの? 私でしょ? みたいな視線をいくつか感じる。
まあ、それは王座戦が終わったらまたジャンケンでもするとして。
「情報ありがとうございます。王座戦の後にもう一度挑んでみます……あ、でもクリムゾンさんは次の『変身薬』はいらないんですか?」
「ああ、私は十年前に一度飲んでいるからな。まだしばらくはこの姿のままだ」
しなやかだが重厚な上腕二頭筋を見せるクリムゾン。
どこぞの変態議員を思わせる鍛え上げられた肉体美だ。
するとミレニアが口を開いた。
「クリムゾン殿、ひとつ聞いてもよいかのう。『変身薬』は自分の好きな姿形をとることができるのかのう?」
「そう思ってもらっても良い。だが、自分の容姿を大きく逸脱することはできないだろう。肉体年齢を戻すくらいは安全にできるが、それ以上となるとリスクが大きいと思う。最悪、肉体が崩れてしまうだろう。魂のほうも同じはずだ」
「ふむ。思っているより危険な薬じゃのう」
「どちらも神薬と名をつけられているほどのものだからな。おそらく宿っているのは神の権能の一部……『あらゆる形に変化できる力』だろう。千年前、建国前にアリスシェードの親友だった初代〝不動〟は〝八百万の概念〟と呼んでいたらしい」
「八百万……」
ロズの数秘術のことだ。
確かに、ロズの肉体もあらゆる変化を起こせる概念を宿していた。ロズとは違って制限はあるみたいだが、つまり『変身薬』はロズと同じ系統の権能が使われているってことになる。
「……なおさら、自らの力で手に入れたくなったのう」
「そうだな」
俺とミレニアは、ふたりして微笑み合った。
そんな俺たちを興味深そうに見ていたのはクリムゾン。
「それにしても君たちは凄まじいパーティだな。特にルルク君と紫髪の君は相当に幼い容姿をしているが、私でも勝てる気がしない。そちらの紫髪の君は名をなんと?」
「妾はミレニアじゃ。ミレニア=ダムーレン」
「……ん? 賢者様と同じ名だが……」
「うむ、その賢者じゃよ」
「っ!?」
息を呑むクリムゾン。
最近よく見る光景だな。
表情を固めたクリムゾンは、
「ご、ご存命だったとは……まさか賢者殿も『変身薬』を?」
「いいや、飲んでおらん。不老なだけじゃ」
「そうでしたか。存じ上げず、申し訳ない……」
恐縮するクリムゾン。
最強の傭兵ですらまったく頭が上がらないんだな。さすが伝説の賢者。
「そう固くなるでない。いまはただのルルクたちの冒険者仲間じゃ。対等な立場ゆえ敬語もいらぬ」
「……かしこまった」
クリムゾンは俺の仲間たちの顔ぶれを見てやや顔をひきつらせていた。
「ルルク君。賢者殿に竜姫殿だけならず、そっちのふたりは最近噂の〝魔王〟と〝勇者〟の才覚の持ち主だそうだな……君のパーティ、そうそうたる顔ぶれすぎないか?」
「ええまあ。気づいたらこんなになってました」
「大陸を統一でもするつもりか?」
大陸統一か。
つまりすべての種族と国を纏める王になるってことだな。
軽く想像してみたら、すぐに答えは出た。
「それはイヤです。王様なんてめんどくさいので」
俺がそう答えたら、クリムゾンは何が面白かったのか大笑いを始めた。
こうして最強の傭兵との初めての顔合わせは、かなり順調にいったのだった。




