覚醒編・12『羊人族の少年』
『ギュオオォォォ!』
断末魔が響き渡った。
ダンジョン〝血の闘技場〟の戦いは、すでに大詰めを迎えていた。
たったいまプニスケの一撃に倒れて消えていったのは、Aランク魔物の〝象王〟ベヒモス。
本来なら言葉を話せるほどの知能を持つ高ランク魔物だが、やはりどのダンジョンでもダンジョン内で生まれた魔物は言葉を話せないようだ。
もっとも共通語で叫ばれても後味が悪いからこのシステムは意外とありがたい。
「これで二十九戦です。つぎがラスト……プニスケ、運の良いやつめです」
俺の隣でナギが唇を尖らせている。順番決めジャンケンでボスを引き当てたプニスケを羨ましそうに見つめていた。
こればっかりは運だから仕方がない。不服だろうがジャンケンはジャンケン、結果通りに従うべきだ。
……ほらだからエルニさん、無言で前に出ようとするんじゃありません。
『わ~! おっきい魔物なの~!』
三十連戦目。ダンジョンボス。
出てきたのは、巨人並みにデカい鹿だった。
角がまるでジャングルの木々のように複雑に入り組み、広がっている。そしてその角から、バチバチと紫電が大気中に流れている。
コイツの名は、〝雷帝鹿〟アメノカク。
近づくだけで稲妻が落ちてくる脅威のSランク魔物だった。
やはりボスは特殊型でもSランク。そのあたりも、どのダンジョンでも変わらないようだ。
雷属性はほぼすべての生物に対して強いから、普通の冒険者なら近づくのも難しい相手なのだが――
『じゃ、ボクもでっかくいくの~!』
プニスケがうんと触手を伸ばし、巨大化させていく。
アメノカクの上背よりも巨大に伸ばした腕を、さらに『体温操作』でみるみる白く凍らせていく
そしてそれを、刃物のように尖らせ――
『モード:鞭! 『大氷鞭刃』なのーっ!』
目にも止まらぬ速さで振り下ろした。
ずるり。
巨人サイズの鹿は、その森のような角ごと左右真っ二つに切断された。
あっけなく消滅していくアメノカク。
まさかのダンジョンボスまでも一撃とは……予想はできていたけど、うちのスライムが強すぎる。
アメノカクがいた場所に出現した宝箱を眺めながら、ナギが言った。
「ま、順当です。プニスケは世界最強の従魔です」
「ふっ、さすが我が次に優れた眷属よ……我が次に!」
「対抗心を出すのはいいことですが、セオリーはプニスケに勝てるです?」
「む、無論! 我こそ主にとって最高の眷属なり!」
ピンク髪のツインテールをはためかせ、虚勢を張るセオリー。
まあセオリーも『絶対隷属』の副次効果で、じつは俺のステータスの二割ほどが常時バフされている。
そこに加えて溜め込んでいる竜気を消費して『竜気現化』も使えば、サーヤよりステータスが高くなるだろう。おそらく実質カンスト超えだ。
さすが最強種の真祖竜というだけある。
スペックは。
「じゃあせっかくの闘技場だし、久々にプニスケと決闘でもするか? 従魔序列決定戦」
『竜のおねーちゃんと戦うなの~? ひさびさに本気だせるなの~!』
「ひっ!」
本気のプニスケを想像し、怯えて俺の背中に隠れたポンコツビビり姫。
まあ音速を超えるミスリルの銃弾を無限に飛ばしてくるからな。プニスケ相手に確実に勝てそうなのは、うちでもエルニかミレニアくらいだろう。
とはいえ殺し合いをするわけじゃない。多少怪我はするだろうが、せっかくの下剋上チャンスだ。
「どうした? やらないのか?」
「……ふっ! 我が尊大で寛容なる器を見せておくのも最強種のつとめ! その座はプニスケに預けておこうではないか!」
この話はなかったことにするらしい。
『え~やらないなの~?』
「おいセオリー。プニスケが残念がってるぞ」
「よ、よいのである! 我ほどの燦然たる強者は、時には栄誉すら施さねばならぬ!」
「遠慮しなくていいんだぞ。な、プニスケ」
『そうなの~! ボクもおねーちゃんと戦いたいの~!』
「し、しかし我が主! 我ほどの隔絶した才が振るうにはこの地は少々狭く――」
「エルニに周囲守ってもらうから大丈夫」
「我が波動は我も制御できぬほど――」
「ナギに抑えてもらうから大丈夫」
「う、う……うわ~んサーヤ助けてぇ!」
隣にいたサーヤに泣きついたセオリーだった。
サーヤはよしよしと頭を撫でながら、
「大丈夫だから、みんな本気じゃないからね。ルルク、あんまりいじわるしないの」
「へーい」
「それでプニスケ、お宝は何が出たの?」
『これだったの~』
プニスケが掲げたのは青銀色のインゴット。
鑑定するまでもなくわかる。ミスリルだ。
「ミスリルスライムがボス倒したから……かな?」
「偶然じゃな。元々このダンジョンの報酬はミスリルか雷鳴石か大量の魔物肉なのじゃ」
「雷鳴石? というか、大量の肉?」
さすがに冗談かと思ったら、離れていたリリスも近づいて頷いた。
「そのようですね。その三つはおおよそドロップ率は同じだと情報があります。おそらく素材が全く落ちない分、最後に一気に報酬として現れる、と予測できます。ちなみに雷鳴石というのは、強い衝撃を与えるほど凄まじい音が鳴る魔石です。加工して獣避けや、魚を獲るときに使うのが一般的ですね」
「漁業に? 意外な使い道だな」
「このあたりには大きな水産業はございませんが、南部の海岸沿いでは重宝するようですよ。雷鳴石は学術都市で高く売れるんだとか」
「あ~なるほど。だから魚料理がたくさんあったのか」
魔物がはびこる水の中でどうやって漁をしてるのかと思ったら、まさか音爆弾みたいなもので漁業をしているとは。
文化も土地としっかり繋がってるんだなぁ。
俺は感心しながら、ぐるりと闘技場を見渡す。
何もヒマだから雑談をしていたわけじゃない。もし出てくるとしたら数分待つ必要があると聞いたので、じっと待っていたのだ。
「本題の隠しダンジョンはダメかな」
「……どうやら出ないようじゃの」
やっぱりダメか。
全三十戦。
そのすべてを一撃で片をつけたワケだが、隠しダンジョンは出なかった。
これで隠しダンジョンが出る条件は攻略速度でも、攻撃回数でも、被弾数でもないことが証明されたわけだ。
「やっぱり時期なのかなぁ」
目的の『変魂薬』と『変身薬』は手に入らず。
まあ、こればっかりは仕方ない。ナギにはもう少し我慢してもらう必要があるが、次は例の〝紅蓮〟を探すつもりだ。
『変身薬』は使われていたとしても、『変魂薬』は魂が視えなければ使いようがない。どこかに売ってしまったら仕方がないが、貴重なものだから保管しているかもしれない。
その可能性を願うばかりだ。
そう考えていたら、パチパチと拍手が聞こえてきた。
闘技場の入り口にいた受付のお姉さんが、壁にもたれかかって称賛してくれていた。
「お疲れさま。あんたたち凄いね。羊人族のお嬢ちゃんはともかく、純剣士とスライムがこんなに強いなんてね」
「当然です」
『がんばったの~!』
「でも残念だったね。隠しダンジョン、数年に一度出れば良いほうだからさ」
「そうみたいですね」
「目的は報酬?」
「そうです。その報酬、やっぱり手に入れたクリムゾンさんが持ってたりしますかね? どうしても欲しいんですが」
「それなら――」
と、言いかけたお姉さんがピタリと止まった。
文字通り、止まった。
まるで一時停止したみたいに瞬き一つすることなく、止まっている。
「……どうかしましたか?」
「……」
返事がない。
俺たちは首をひねる。
お姉さんに何が――そう思ったとき、その後ろから小柄な影が現れた。
「やあ」
白い少年だった。
ゆったりとした白い服を着て、白い癖毛には、大きな角。
まるでガラス細工のような透明感のある肌に、長い睫毛と大きな瞳。
まだ幼い子どものように見える、紅顔の美少年。
その少年は、停止したお姉さんの横を抜けて闘技場に入ってきた。
「羊人族……!?」
サーヤがつぶやく。
そう、羊人族だった。
エルニと同じく十歳程度の低身長、そしてやたらと整った童顔。
いままでエルニ以外一人も見たことがなかった、羊人族だ。
そのエルニと同族の少年は、薄い笑みを浮かべて口を開いた。
「驚かせてしまったかな。そう、余こそが世界で最も尊き種族の――」
「お人形さんみたいですね!」
「えっ」
瞬速で詰め寄ったのはリリス。
いや、リリスだけではない。
「わ~可愛い! ちっちゃくてキュートすぎ~!」
「なんですこの愛い生物は。これが、男の羊人族……!」
「ふっ! 我も認めよう……」
ワイワイと羊人族の少年に集う仲間たち。
そして俺はといえば――
「抱っこしていい?」
「ええ?」
もちろん一番前にいます!
残念ながら身長はいまは俺の方が低い。抱っこするというかは抱き着くといったほうがいいだろう。
もちろん、さすがに無許可でやるわけにはいかない。
なのでちゃんと断ってからやるのだ。
「ええって言いましたね。では、失礼します」
「え? 余、いま抱き着かれてる……? 余が、幼子に……?」
目を点にする羊人族の少年。
ふわぁ。なんというフワフワなお肌だ……!
「あっずるいルルク! 私も抱っこしたい!」
「ナギにもさせろです」
「わ、我も!」
「お兄様、次はリリにください」
「余、もしかしてぬいぐるみ扱い……? この至高の存在の余が? え?」
いきなり俺と仲間たちに撫で回されてポカンとする羊人族の少年だった。
しかししばらくしてようやく状況を呑み込めたのか、俺たちの輪からスルリと抜けた少年は、俯いてふるふると震えた。
「き、君たち……余になんということを」
「あ、ごめん。いきなり嫌だったよね……本当にごめんね?」
一番先に我に戻ったサーヤが謝った。
すると少年は、目を逸らしながら顔を上げる。
「ま、まあそれほど悪くはなかったかな……うん」
ちょっと照れてた。
嫌がられてはなかったようだ。
しかしさすがに俺たちも自重しなさすぎたな。いくら可愛いからって初対面の相手に抱き着くなんてちょっと理性が飛び過ぎたな。
『冷静沈着』も発動しなかったから、そこまで理性が飛んでいたわけじゃないだろうけど……改めてみると異様な魅力を感じる相手だった。普通の羊人族ではなさそうだ。
よく分からないが、まあ、許してくれるっぽいからいいか。
「コホン。余は寛大だからね」
「ありがとうございます」
「して、そこの同族よ」
少年は視線を動かして、ぼーっと興味なさそうにしているエルニを見た。
エルニはかすかに首を傾けた。
「ん」
「君、名を何というんだい」
「エルニネール」
エルニが素直に名乗ると、少年は満悦そうに頷いた。
「エルニネールか、良い名だね……響きからして南氏族の末裔かな? 少なくともルネーラ付近の北氏族じゃないだろうね。あそこはエルフ的な響きの名は嫌う性質だし」
「……?」
「ああ、独り言だよ。いまでは同族も数える程度だから、君に会えたことで僕も想像以上に心が躍っているみたいだ。こんなに楽しい気分になったのは久しぶりな気がするよ。よろしくね、エルニネール」
さすが羊人族、微笑んだ顔も可愛い。
エルニも久々の同族に会えてさぞかし嬉し…………くは、なさそうだな。
特になんとも思ってそうな感じだ。さすが、マイペースの極み。
「だれ?」
「ああ、そうだ名乗るのを忘れていたよ。余はレクレス。短くて憶えやすいでしょ? ところでエルニネール、君に一つ伝えておきたいことがあってここに来たんだ」
レクレスと名乗った羊人族の少年は、まるで世間話でもするかのように言った。
「君を、余の妻にすることにしたよ」
……うん?




