覚醒編・10『王都ラランド』
インワンダー獣王国、王都ラランド。
そこは巨大な白霜の花弁に囲まれた、獣人の楽園。
いくつものかえしがついた外壁に囲まれたその街は、強固な石でできた大きな都市だった。
ラランドに無事入国し、狸人族の駆け出し商人と別れた俺たちは、さっそく街の中心――ダンジョンに向けて馬車でゆっくり進んでいた。
いままで見てきた街とは違い、全体的に造りが大きい。
街道は広く、建物は大きい。二階建てではなく石造りの平屋ばかりだが、その大きさが目を見張るほど大きいのだ。人族の街では滅多に見かけない、ヤン坊のような大型の獣人がちらほらと歩いている。
ほとんどの者は体の一部――耳や尻尾、翼などだけが獣の特徴を持っているが、ごく稀に、全身のほとんどが色濃く獣の特性を残している者もいる。どうやらかつて存在した彼らの祖先――神獣族の姿らしく、その姿をした者は先祖返りというらしい。
もっとも見た目以外は他の獣人と変わらず、誰も気にした様子はない。俺も、モフモフ欲をなんとか抑えた。
象の鼻を持っている大柄な女性がノシノシと歩き、その頭に小柄で赤い服を着た丸い耳の男がちょこんと座っていた。
四人の子ども――トサカを揺らした鳥系、黒い髪の猫系、茶色い癖毛の犬系、ひょろりとした馬系の獣人の子たちが、木の笛を鳴らしながら楽しそうに駆けていく。
ゆっくりと街を進むゴーレムケンタウロスを興味深そうに眺めてくるのは、色とりどりの住人たち。
なんて素晴らしい光景だ!
欲を言うなら獣人たちと遊びたい。子どもに混じって走り回りながら彼らとのコミュニケーションを堪能したい。仲良くなって耳とか尻尾とか思う存分触らせてもらいたい……!
しかし、我慢だ……ここには遊びに来たわけではないのだ……!
とにかく、活気の溢れる街だ。
少なくとも子どもが駆けまわれるくらいは治安が良いらしい。
とはいえ人族も決して少なくない数が歩いている。半獣人と呼ばれるほとんど人族と見た目が変わらない獣人も普通に暮らしているようだった。
物珍しさからゴーレムケンタウロスはジロジロと見られるが、窓から顔を出している仲間たちにはあまり興味はなさそうだ。もちろん馬車の中で昼寝しているエルニが顔を出せば、また話は違ってくるんだろうけど。
ちなみに、パッと見た感じで一番多いのは犬系の獣人。
つぎに猫系の獣人だ。
これは人族の街でも獣王国でも変わらないらしい。
ひとつ違うのは、人族の国では滅多にいない獣人の商人もたくさんいることだ。
「安いよ~! 寒期直前だから買い溜めし忘れないでね~!」
「王座戦のチケット売ってるよ! 五枚買ったら一枚半額だよ~!」
「ノガナから新しい食材仕入れたよ! ほれそこの姉ちゃん、夕飯にどうだい?」
ラランド全体かどうかは知らないが、この辺りでは露店が基本のようだった。家の屋根から布をかけて、壁沿いに商品を並べて売っている。
ふつうの店は見回してもどこにもなさそうだ。武器や薬なんかも露店で売っているから、もしかしたら屋内で商売するのは珍しいのかもしれない。
商品自体はそこまで珍しいものは無さそうだが、並べている物は獣人用にカスタマイズされたものばかりだ。
こればかりは俺だけでなくリリスも興味津々で、馬車の中でそわそわしていた。
見れば見るほど興味をそそられる露店はたくさんあるが、中でも俺の目を引いたのは――
「耳かき屋だよ~!」
ウサミミのお姉さんだった。
彼女は長い耳をぴょこぴょこと揺らしながら、
「どんな耳でも大丈夫! おっきな象耳からふさふさのリス耳まで最高の心地よさをお届けするよ~!」
「はい! 人耳でも大丈夫ですか!」
「えっ」
ついに我慢の限界が訪れ、転移を使ってウサミミお姉さんの前に移動した俺。
いきなり現れた俺に目を丸くしたお姉さんは、
「人族の子……? えっと、どこから……?」
「はい! バルギアからやってきたルルクと言います! 可憐な桃色の耳のお姉さん、いまお話していた耳かきはおいくらですか! ところで彼氏はいますか! そのサービスはお付き合いした相手にもやってくれるんで――」
「こら、困らせないの」
後ろからサーヤに耳を引っ張られた。痛い。
サーヤは頬を丸めてジト目で睨んでくる。後ろには馬車を停めて、同じように不機嫌そうに見てくる他の仲間たち。
「まったく……お姉さん、うちの子がすみません。すぐに連れて行きますから」
「い、いえいえ」
「ほらルルク、行くわよ」
「待って! 俺まだお姉さんの名前も――」
「聞かなくていいの」
「あイタタタ!」
耳を引っ張って無理やり馬車に連れ戻された。
そのまま呆れた仲間たちに囲まれ、正座させられてしまった。
「おぬし……性癖がダダ漏れじゃのう」
「あるじ不潔」
「変態野郎です」
仲間たちの目が冷たい。
「お兄様。お気持ちはわかりますが後にしてください」
「ルルク様、目的は忘れちゃダメだよ」
リリスにカルマーリキまで。
俺は大人しく正座しておく。
「ごめんなさい。我を忘れてしまいました。反省してます」
『でも耳のながいおねえさん、可愛かったの~』
「だよな! さすがプニスケ、話がわかる!」
「「「……ルルク?」」」
「すみませんでした」
圧が強かった。
俺が反省の土下座をしているあいだに、馬車は街中を進んで中心に向かっていく。
さすがに仲間たちの不興を買ってまでもう一度獣人のお姉さんに突撃しようとは思わないので、それ以降はじっと過ごしていた。
目的地についたのは、それから半刻ほど経ったとき。
目の前にそびえていたのは、大きな円状の建物だ。
「わあ……コロッセウムみたい」
馬車から降りて建物を見上げ、感嘆の声を漏らしたのはサーヤ。
その言葉通り、王都の中心にあったのは古代ローマのコロッセウムによく似た建造物だった。それよりも一回り大きいが、全体としてはそっくりだ。
ミレニアがうなずいた。
「ここがインワンダー獣王国の特殊ダンジョン、通称〝血の闘技場〟じゃ。さっそく入場受付をしようかの。ルルク、ゆくぞ」
「ほーい。みんなはちょっと待ってて」
勝手知ったるミレニアについて、入り口に向かう。
闘技場の入り口には屈強な狼人族の戦士がふたり立っており、俺とミレニアをじろりと睨みつける。
「人族の子どもか。何の用だ」
「ダンジョンに挑戦しに来たのじゃ。そろそろ休眠期と聞いたが、まだ挑戦できるかの?」
ミレニアがそういうと、戦士たちは大声で笑った。
「ははは! いまは誰も挑戦してないが、やめておけ。子どもが遊ぶような場所じゃないからな」
「そうそう。挑戦を始めたら敵を倒すか、自分が死ぬまで出られないんだ。遊びたいなら公園にでも行ってくるんだな」
笑って諭してくる戦士たち。
ミレニアは軽く頷いて、
「空きがあるなら良いのじゃ。ルルク、身分証と挑戦料の金貨を準備しておくのじゃ。妾はみなを呼んでくる」
「わかった」
俺はすぐにギルドカードを取り出し、金貨を戦士たちに渡す。
傭兵ギルドが支えているこの国に冒険者ギルドはないが、それでも身分証は有効らしい。
当然、ランクの概念も大人なら知っている。
「……は? ……本物か?」
「ん? どうした」
俺のギルドカードを見て、目をゴシゴシとこする戦士のひとり。
もうひとりが首をかしげてカードをその手から取って、
「……んんん?」
何度も目をパチクリさせてカードをひっくり返して確認していた。
まあ五歳児がSSランクのギルドカードを出したんだから、驚くのも無理はないが。
「見間違いじゃないですよ。冒険者パーティ【王の未来】のリーダー、ルルクです。わけあって背は縮んでいますが実力はそのままです。ダンジョン、挑戦させてくれますか?」
「本当に?」
「ええ。信じられないなら、これでいいですか?」
俺は、戦士たちの後ろに移動した。
少し速めに動いただけだが、戦士たちは俺の残像しか目に映らなかったようだ。
「お望みなら、もっと速く動いてみせますけど」
「い、いや……わかった。充分だ」
頬を引きつらせて頷くと、通してくれた。
石造りのアーチをくぐった先――屋根の下に座っていたのは、まだ若そうに見える女性だった。
虎の耳と尻尾が生えた美人なお姉さんだ。
彼女は俺に気づくと眉間にしわを寄せた。
「ん? なんだあんた」
「ダンジョンに挑戦しに来ました。ここが受付でいいですか?」
「門番はどうした?」
「身分証出したら通してくれましたよ」
「そうか。じゃあ警告は聞いてるね。もう一回身分証と手数料出しな」
すんなりと受付を始めてくれる虎人族のお姉さん。
俺がギルドカードと金貨を渡すと、
「へぇ……年齢は十四か。『変身薬』でも使って縮んだのかい?」
「いえ。これは事故で」
「ふうん。でもその歳でSSランクってのはやるね。相当強いだろあんた」
俺の体をジロジロ見るお姉さん。
「人族にはたまにいるんだよな、あんたみたいな飛び抜けたやつが」
「……誰か知り合いでも?」
「まあね。もう古い縁だが、ふざけたやつがひとりね」
どこか楽しそうに思い出し笑いを浮かべるお姉さんだった。
「ま、アタシの話はどうでもいいさ。そんであんたの仲間は? それともソロで挑戦するかい? SSランクってんなら、わりと簡単に勝ち抜けるだろうけどね」
「すぐに仲間も来ます。それより聞いて良いですか?」
「なんだい」
「ここの隠しダンジョンが出る条件は知ってますか?」
隠しダンジョン。
リリス情報によると、このダンジョン〝血の闘技場〟は、連戦型のボス特化ダンジョンらしい。
全三十戦をすべて勝ち抜くとクリアとなり、報酬がゲットできる。十戦目、二十戦目をクリアすると継続か退出かを選べるらしいが、それ以外のタイミングでは途中退出が不可なんだとか。もちろん転移を使えば無理やり脱出できるだろうが、不正な入出場は次回からダンジョンが反応しなくなるので、実質的な出禁となるようだ。
そして一定の条件を満たすことで、三十体目のボスを倒したら隠しボスが何体か出る隠しモードに突入するらしい。そいつらを全員倒すと落ちる報酬が『変身薬』……という情報までは、リリスが調べたことだった。
ニチカの情報では、『変魂薬』も同時にドロップするらしい。
しかし残念ながら隠しボスの情報はほとんどなかった。
ここの受付なら知ってるんじゃないかと思ったが、
「さあね。何年かに一度くらい出てくるらしいけど、条件はよくわかってないよ。そもそもアタシの知る限り、出したことがあるのは女王か〝クリムゾン〟くらいだけどね。まあ彼女らでも数回に一回しか出てこないし、ランダムじゃないかって言われてるけどね」
「ランダムですか」
「たぶんね。あの二人なら条件も知ってると思うんだけど」
虎人族のお姉さんはそう言いつつ、
「で、保険はどうする? 契約すれば、二十戦目までは使用できるよ」
「保険なんてあるんですか?」
意外だった。
死ぬか倒すかまで出られないダンジョンだと聞いていたから、わりと命がけの場所だと思っていたが。
「代行戦闘だよ。契約に金貨一枚で一戦あたり金貨五枚が必要だけど、命の値段って考えたら安いと思うよ。……ま、SSランクに必要があるとは思えないけどさ」
「ちなみにどなたが参加して下さるんですか?」
「アタシ」
お姉さんが笑いながら自分を指さした。
「アタシは傭兵ギルドの職員だけど、たいていの挑戦者より強いからね。さすがに〝クリムゾン〟には劣るけど」
「受付なのにすごいですね」
「逆よ逆。強いからここの受付やってんの。強くないと万が一のとき助けられないでしょ?」
なるほど、納得だ。
とはいっても俺たちに必要はないだろう。戦力は十分すぎるほどある。
「ん、またせた」
そう考えていたら、仲間たちがやってきた。
受付のお姉さんは、やる気満々で先頭を歩いてくるエルニを見て目を見開いた。やはり羊人族ってだけでかなり驚かれるらしい。
「……そっか。噂で聞いた魔王候補の羊人族って、あんたのパーティメンバーなのか。保険なんていらないね」
「そうですね」
「じゃ、いま来たあんたたちにも説明……あ、もう行くのね。わかったよ、楽しんどいで」
受付をスルーして意気揚々と入り口に進むエルニを見て、お姉さんは苦笑していた。
俺はペコリと頭を下げ、エルニに続いてダンジョン内――〝血の闘技場〟に入るのだった。
【お知らせ】
『神秘の子』書籍版第2巻の発売が、6月末に決定しました!
書影は発売日が近づいたら掲載できると思いますので、よろしくお願いします!
そして!
コミカライズも正式決定しました!
すでに漫画家さんも決まっておりますが……詳細はまた改めて告知します!
連載版も書籍版もよろしくお願いします!




