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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅴ幕 【彼岸の郷土】

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覚醒編・6『苛烈のカリブー』

 

 風を纏った鷹人族――〝苛烈〟のカリブー。

 彼は人攫いたちをジロリと睨みつけて短く言った。


「覚悟しろ、クソ野郎ども」

「ケモノ風情が調子にのんじゃねえよ! おいおめぇらやっちまえ! あいつは殺しても構わねえからよお!」

「「「オウ!」」」


 周囲の人攫いたちは、手をかざして魔力を練った。

 さっきまで魔術を使わずに戦っていたのは、攫った獣人たちを必要以上に痛めつけないためだったんだろう。大きな傷がつけば商品価値が下がる――おおかた、そんな狙いで手加減をしていたんだろう。

 だが今度は、あきらかに傭兵の恰好をした相手だ。

 四方八方から容赦なく放たれた魔術。


 しかし自分に向けられた魔術を見て、カリブーは鼻で笑った。


「雑魚が。『フレアストーム』!」


 カリブーと後ろの獣人たちを包むように炎嵐が生まれ、飛来した魔術をすべて防いだ。

 人攫いたちは何度も魔術を撃ち込むが、強靭な熱風に包まれて手が出せない。

 その中のリーダーっぽいやつが、舌を打った。


「おいバラバラに攻撃すんじゃねえ! 使えるやつは一斉に水魔術を放て! そしたらあんな壁なんざ――」

「それを、我が大人しく待っているとでも?」

「ぷげッ」


 真上から、カリブーが降ってきた。

『フレアストーム』を防御と目くらましに使い、空まで飛びあがってから落下してきたのだ。

 カリブーはリーダーの男の頭を思い切り踏みつけ、地面に顔半分をめり込ませた。

 アレは痛そうだ。死んだかもしれない。


 動揺する人攫いたちの隙を逃さず、カリブーは身を翻して彼らの合間をすり抜けるように飛んだ。同時に風魔術を展開し、風の刃で斬りつけていく。

 人攫いたちの叫び声が木霊し、血が舞い散る。

 十人ほどいた人攫いたちは、全身をズタズタに裂かれて倒れていく。


 まさに苛烈。

 あっというまに人攫いたちを全滅させたカリブーだった。


「我の羽を汚しやがってクソどもめ……おい同志ども。無事か?」

「カリブーさん!」

「隊長様ぁ!」

「カリブーの兄貴!」


 獣人たちが迷わず彼に駆け寄っていた。

 獣人たちの中には死者はいなさそうだった。ただ、大怪我している者が何人か見える。

 怪我で呻く者、慌てて治療する者、カリブーに感謝を伝える者……いろいろな反応を見せる中で、子どもがひとりキョトンと首をかしげていた。


「ねえカリブー様、あそこのひとたちは?」


 馬車を降りて戦いを見ていた俺とサーヤとカルマーリキを指さした。

 俺たちはただの見学者です――とはさすがに言えない空気だ。

 カリブーは子どもの頭をぽんと撫で、


「知らん。こいつらの仲間じゃねえだろうが……そう怯えるな。我が話を聞いて来てやる」


 ぶっきらぼうにそう言って、こっちに歩いてくる。

 そりゃ警戒はされるよな。

 まあでも、俺たちはみんな子どもだし、見た目は無害だ。こういうとき全員大人だったらもっと強く警戒されていただろうけど、今回は子どもの見た目が功を奏している。

 カリブーはむしろ、俺たちよりメタリックなケンタウロスを警戒していた。


「おい貴様ら。何者だ」

「観光客です」

「そうか。それでその珍奇な馬はなんだ? 最近の人族はそんなモンに乗ってんのか?」


 訝し気なカリブー。

 たしかに全身赤い金属のケンタウロスなんて他に見ないからな。


「ゴーレム製のケンタウロスです。レスタミア王国のゴーレム技術はご存知ではないですか?」

「……遺物モドキのことは聞いたことくらいはある。そんなモンに乗ってくるってことは貴族ってやつか? 貴様らの護衛はどこだ? まさか隠れて我を狙っているなどとは言うまいな?」

「護衛はいないですよ。俺たちは冒険者なので」

「……笑わせる。人族の子どもが冒険者だと?」

「幼い見た目は自覚してますよ。でもまあ、事実なので」

「ねえ、それより怪我してるひといるでしょ? 私たちで治そっか?」


 サーヤが目を細めたカリブーに笑顔で言った。


「私とこの金髪の子、治癒魔術が使えるの。応急処置よりはいいと思うけど、どう?」

「……見返りはなんだ?」

「別に通りすがりだし求めてない……って言いたいところだけど、それじゃ信用してくれないでしょ? なら、王都ラランドまでの道順を教えてくれたらそれでいいわ。私たち獣王国は初めてだから、大まかな地図しか持ってないの」


 地図をヒラヒラと振るサーヤ。

 確かに地図はざっくりしたものだ。

 とはいえ俺とリリスの『数秘術0』があれば道に迷うことはないから、サーヤの言葉はただ治療をするための口実だろう。

 恩を捨ててまで人助けを優先するなんて損な性格をしていると俺でも思うけど、俺もクラスメイトだった頃からこの性格に救われてきた身だ。

 口を挟むような無粋な真似はしない。

 もっともカリブーにはそんなことわかるはずもなく、


「本当にたったそれだけか」

「あら、飛べるあなたと違って私たちは道に迷ったら最悪野垂れ死にしちゃうのよ? 決して軽くない報酬だと思うけど」

「……なるほど、確かに。では頼もう」


 カリブーは納得して道を開けた。

 さすがの話術だな。


「じゃ、行くわよカルマーリキ」

「うん」


 サーヤとカルマーリキはすぐに獣人たちに駆け寄り、治療を始めた。

 カリブーはまだ若干警戒していたものの、サーヤたちの様子を見てその必要もなさそうだと判断したようだった。

 俺の隣に立って、話しかけてくる。


「少年、お前たちの名はなんだ」

「俺はルルクです。あそこで治療している黒髪がサーヤで、金髪がカルマーリキです。他の仲間は馬車の中にいます」

「そうか……しかし聖魔術士が二人もいるとはな」

「仲間に恵まれました」

「そうか。同胞を助けてくれたことには感謝するが……忠告しておくこう。いまは王都に近づかん方が良い」

「なぜですか?」

「王座戦が近いからだ」


 王座戦?

 なんか木を削った盤上ゲームのタイトル戦っぽいな。

 そう思っていたら、カリブーが鼻を鳴らした。


「数年に一度おこなわれる女王を決める戦いだ。戦いに飢えた猛者たちが王都に集う……少なくとも、軟弱な人族が滞在していて面白いことにはならん。死にたくなければ近寄らんことだ」

「ああ、なるほど」


 女王決定戦のことか。

 カリブーは脅すように言ったが、俺はむしろワクワクしていた。

 だって運が良ければ次の女王の誕生を目撃できるってことだろう。殺し合いってわけじゃないだろうし、スポーツ大会や武闘大会だと思えばお祭りみたいなもんじゃないか。


「……忠告はした。二度は言わん」

「どうも」


 俺がまったくビビらないどころか目を輝かせたのを見て、少し不機嫌になるカリブーだった。

 彼なりに心配してくれているんだろう。

 少なくとも悪い人ではなさそうだ。


 そうしているうちにサーヤたちが治療を終えて戻ってきた。

 軽症だったひとたちが馬車を直しているから、そのうちみんな馬車に乗って戻れるだろう。


「それじゃあカリブーさん、王都までの道を教えて。曲がる場所とかの目印があればそれもね」

「わかった。この道を真っすぐ行くと――」


 しばらくカリブーから情報を聞いて、地図にメモしていくサーヤ。

 口実は口実なんだけど、情報はあるに越したことはない。真剣にインプットしていた。

 俺も二人を見上げて話を聞いていたら、後ろからカルマーリキが俺を抱えあげた。


「ん? どーした?」

「ルルク様の身長だと地図が見えないなって思って」

「まあな。助かるよ」


 あまり気にならなかったけど、見ながら聞いた方が頭に入るのは確かだ。

 こういう細かい気遣いをしてくれるのもカルマーリキらしいところだな。

 そう思っていると、カルマーリキは苦笑した。


「身長低いひとの苦労はわかるんだ」

「あ~エルフの里じゃ子どもしか同じ身長いなかったんだっけ」

「そうなの。メレスーロスなんて成長期まで一番早くてさ、いつも高いところのものを取って渡してくるんだよ。うち、自分で取るって言ってるのに……ほんとお節介なんだから」


 楽しそうに文句を言うカルマリーキだった。

 ここしばらくパーティを組んでいるからか、呼吸も合ってきたエルフの凸凹コンビ。

 最近は成長著しいカルマーリキに感化されたのか、メレスーロスもめきめきと強くなっている。

 互いに刺激し合う良いライバル関係ってやつだろう。


「ライバルか……ちょっと羨ましいかもな」

 

 ライバルと言えばエルニとサーヤ、セオリーとプニスケ、ナギとリリスがそんな関係だな。一部相手にされていない組み合わせもいるが、ライバル意識を持っているのは間違いない。

 俺にもそんな相手がいたらな……と思っていたら、


「ルルク様にもいるじゃん。ミレニアさんが」

「まあ、そうだな」


 確かにミレニアは姉弟子であり仲間でもあり、ロズの一番弟子のライバルとも言える。

 とはいえ俺とミレニアは魂の深く繋がったおかげで心の底まで理解し合ったから、いまはどちらかといえばライバルと言うより理解者に近しい関係だ。

 それに俺もミレニアも真の一番弟子が相手だと認め合っているから、ライバルとは少し違う。

 とはいえそこの機微まではカルマーリキには理解できないだろう。


「ミレニアさん、可愛いし強いしルルク様と同じだなんて……ちょっと妬けちゃうな」 

「何言ってんだよ」


 俺を抱えた腕にぎゅっと力を籠めたカルマーリキ。

 その腕をぽんぽんと叩いて、俺は言う。


「カルマーリキにはカルマーリキにしかない良いところがあるだろ」

「たとえば?」

「ペット枠」

「がうーっ!」


 噛みついてきやがった。

 首筋に歯を立てるんじゃないよ。あぶないだろ。


「何で噛むんだよ」

へっほはんへほ(ペットなんでしょ)

「首輪でも着けてやろうか」

「え、それはさすがに変態……」

「いや冗談だからな?」


 ちょっと引かれてしまった。


「まあでも、ルルク様が求めるなら……えへへ」

「やめて」


 ちょっと引いてしまった。

 そうやって戯れていると、サーヤとカリブーの話は終わった。

 俺たちは馬車に乗り込み、獣人たちの集団を追い越して道を進んだ。彼らはカリブーがちゃんと故郷まで送ってくれるだろう。


 それにしても、獣王国内でも国境近くには人攫いがいるもんなんだな。

 国境沿いの治安の悪さが影響してるだろうから、それもすぐに改善されたら良いんだけど。


「サーヤお義姉様、お疲れ様でした。こちら果実水です」

「ありがと。リリスさんも地図見る?」

「はい。拝見いたします」


 サーヤとリリスが並んで地図を見ている。

 俺はふと思った。


「そういや、さっきのカリブーってクリムゾンの部下なんだろ? なんで直接居場所聞かなかったんだ?」

「そんなことしちゃダメよ」

「そうですよお兄様。郷に入っては郷に従え、です」

「どゆこと?」


 首をひねる。


「獣王国民は、義をとても重んじる文化を持っています。信頼も得ぬうちに相手の身内――しかも組織のトップの居場所を聞くなんてもってのほかです」

「……なんで?」

「相手が義に反して教えてくれそうな人、と判断しているのと同じことだからです。それは相手を蔑ろにするのと同じ行為ですから、この国では見知らぬ相手に情報を尋ねることはタブーなんです」

「へぇ。じゃあなかなか情報ゲットするのも難しいな」

「はい。ただ、信頼を得れば逆に動きやすくなります。それが獣王国です」


 なるほどな。

 俺は〝義〟の意味をもっと軽く考えていた。いままで知ってきた文化圏とは、根本から違う感覚を持っているんだろう。

 そりゃあ獣人たちが集まる国だし、文化も価値観もまるきり違うのも当然だろうけど。


「他にもいろいろな文化の違いがあります。経済、建築、文字や名前、食……挙げたらキリがありませんね。お兄様も旅の途中で、たくさんの違いを目撃できるかと思います」

「そっか。それは楽しみだ」


 なら、知らずに旅をするのも醍醐味だな。

 余計なことを言いそうになったらリリスたちに止めてもらおう。

 そう思っていたらリリスが表情を曇らせた。


「ただ間が悪いですね。まさか王座戦が迫っていたとは……。いえ、早く着けばまだ間に合うかもしれませんが」

「何か都合でも悪いのか?」


 まさかリリスまでエルニが王様になることを心配しているわけじゃあるまい。

 そう思っていたら、リリスは深く頷いた。


「都合が悪いです。ナギさんにとっては、ですが」

「ナギです? どういうことです?」

「王座戦は、初代女王が作り上げた継承システムです。王都にあるダンジョンで一対一のトーナメントを戦い、最も強い女性が王座を得ます」

「まさに武闘大会です。それがどうしたです?」

「問題は、その間ダンジョンが休眠状態に入るらしいということです。つまりナギさんを治す薬は王座戦が終わらなければ取りに行けない、ということになります」

「ふん。それくらい平気です」


 鼻を鳴らすナギ。

 本当は呼吸法を実践していなければ、うずくまってしまうよな激痛が身を走っているはず。呼吸が乱れるとすぐに動きが止まるのがその証拠だ。

 意地っ張りだから、絶対に言わないだろうけど。


「ですが、その状態がどれくらい安定しているかはわかりません。そうですね?」

「まあ、それはそうです」

「では仕方ありませんね。最速で走らせます」

「「「え」」」

「サーヤお義姉様……あとは頼みました」


 リリスはにこやかな表情でそういうと、魔力を車内にある操作用の魔石に向けた。

 その瞬間、ゆっくり走っていたゴーレムケンタウロスは、あっという間に速度を爆上げした。

 当然、いくら高度なサスペンションがついているとはいえ馬車なので盛大に揺れる。


「きゃあああああ――あべっ!」


 とっさにソファやテーブルに掴まった仲間たち。

 脱線したジェットコースターのように揺れる揺れる。叫び声をあげて舌を噛んだセオリーが無言で号泣しているが、誰も相手にしている余裕はない。


「ちょっとリリスさん、無茶振り過ぎ――って寝てる!?」


 プニスケソファに身を沈め、自分に『スリープ』をかけていたリリス。確かにこんな状態で意識があろうものなら五秒で吐くだろう。


「サ、サーヤ頼むですナギにも!」

「サ~ヤぁ」

「う、うちもこれはさすがに……!」

「妾も、これは、ちょっと無理じゃ……」

「ああもう! 『スリープ』『スリープ』『スリープ』『スリープ』!」


 さっそくグロッキーになり始めた仲間たちを眠らせていくサーヤ。

 面倒見が良いって大変だなぁ。

 ちなみに眠った仲間たちの体はプニスケが包んで、安全を確保している。

 そして唯一、魔術に頼らなかったのはエルニだ。


「……すー……」


 この揺れの中、平然と自分で寝ているのである。

 ほんと、びっくりするほど肝が据わってやがる。


「ルルクは運転指示――はできないのよね! もう、あとで憶えてなさいよリリスさん!」


 プリプリ怒りながらも、窓を開けて前方を確認しながらしっかりと仕事をするサーヤ。

 俺も反対の窓から景色を眺めて、爆走の旅を満喫するのだった。



 珍奇な馬車は、土煙を上げて獣王国をひた走る。

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― 新着の感想 ―
男には挑戦権すら与えられないんですね。世知辛い。
リリスもやっぱりルルクの妹だなぁ 目的のために手段を選ばない辺りがよく似ている というより実家でのルルクを見ていて学んだんだろうな そのくせ自分だけはしれっと被害を避ける辺りもルルクそっくり(笑) …
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