古伝『この身を次代に捧ぐ・前編』
初の番外編です。
舞台は千年前。
ハリーウッド聖教国と、まだ国家と認められる前の〝獣人の楽園〟ラランドでの出来事。
元クラスメイトで【暗殺教団】の創設者〝不動のファサン〟の視点から描かれる、千年前の物語……その前編です。
「ワタシちょっと世界を見てくるね!」
十八年前のあの日、ワタシはこの世界に転生した。
カルフォルニア州のサンディエゴに生まれ育ったワタシ――ネスタリア=リーンは、物心がついた頃から日本文化が身近にあった。
日本人街が近かったから日系人の友達も多く、幼い時から日本特有の空気に触れて育ってきた。
たまたま初恋の相手がソークールな日本人だったこともあり、彼と話すために日本語の勉強がてらアニメを見始めたことも、ワタシが日本ライクになった理由のひとつだ。
結局、初恋は実らなかったし日本語もあまり上手にならなかったけど、日本のアニメにどっぷりとハマってしまい、そこから日本文化に興味を持ち始めた。
両親の仕事で日本に短期留学が決まったのは、十七歳の頃。
転校した日本のハイスクールには個性豊かなクラスメイトたちがいて楽しかったケド、生まれて初めての日本の生活は思ったより……トキメかなかった。
ブシドーもなければ、ニンジャもいない。サムライの魂ともいえるカタナを持てば、逮捕されてしまう。
なんてことだ。
ワタシが求めていた日本は、もはやイマジネーションの中にしかなかったのだ。
そんな現実に打ちのめされながら、日本という国を学ぶ日々を過ごした。
歴史、文化、娯楽……ワタシが憧れた日本は存在しなかったけど、それでも魅力はたくさんあった。
そうしているうちに、いつの間にか卒業を迎えていた。残念ながら卒業後は両親と一緒にアメリカに戻り、ロスの大学に通うことになるけど、将来はいつかまた戻って来てこの国に住む――そう思い描いていたし、絶対に叶うと思っていた。
突然、空にヘリコプターが現れるまでは。
あの日は風が強くて、いつも以上に雲が早く流れていた。ワタシもそんな風に流されて生きていくのかな――そんなことを考えながらぼーっと上を向いていたら、まるでマジックのようにヘリコプターが現れたのだ。
あまりにも現実離れしたシーンだったから、まだ夢でも見ているのかと思ってしまった。誰かの叫び声で現実に引き戻されたけど、その時にはもうワタシたち全員の運命は決まっていた。
そして、この世界に転生した。
それからはファンタスティックな経験の連続だった。
聖教会の枢機卿の娘に生まれたワタシは、ラッキーなことに生まれながらに身体能力と風魔術の才能に秀でていた。
生まれて初めて使う魔術は、すごく楽しかった。
サムライのように剣は振らせてもらえなかったから、コソコソとニンジュツを開発する日々を過ごした。憧れだったニンジャを目指してひたすら研究と研鑽を重ねた。
そのうちバレて周囲から変わった子だと言われ続けたが、十歳になる頃には誰も何も言わなくなった。ワタシはたくさん作ったニンジュツを試したくて、夜な夜な黒装束に身を包んで悪いやつを探した。悪いやつなら、ニンジュツの実験台にしても誰も怒らなかったから。
そんなことを繰り返していたら、いつの間にか街の不良たちがワタシに懐いていた。
なぜか年上にまで姉御と呼ばれ、姿を見せれば後ろをくっついてくるようになった。正直面倒だったけど、シャテイができたみたいでちょっと楽しかった。
そんな彼らの更生もかねて、ワタシたちは自警団を設立したのだ。
それから三年。
自警団はトクベツ扱いを受けていた。理由はひとつ。不当な手段を使って聖騎士たちの目を逃れる悪を狩るのが、ワタシの仕事になっていたからだ。いわゆる裏稼業というやつだ。
いかにもニンジャっぽくて興奮するでしょ?
そしてワタシにはそれができる実力があった。
国の権力争いにはカケラもキョーミなかったけど、悪人相手にニンジュツを好きなだけ試せるから、国の命令に大人しく指示に従っていた。
だけどワタシが十八歳の頃、親がそろそろ結婚しろとうるさく言うようになった。
曲がりなりにも枢機卿の娘なんだから自警団はサブリーダーに任せて嫁に行け、と顔を合わせる度に言われていた。
あまりにもうるさくて面倒だったから、少しの間旅に出ることにしたのだ。
「みんな、自警団をヨロシクね!」
「「「ファサンの姉御ー! オレたちを置いていかないでくれー!」」」
シャテイたちがワンワン泣いていたけど、ワタシがいなくても機能するように自警団の仕組みを作っておいたから、まあ問題はないだろう。
そうして生まれ育った国を家出……コホン、漫遊の旅に出たワタシが向かったのは、獣人の楽園だった。
聖教国では獣人を亜人と蔑む。
ワタシはむしろ獣人が好きだったから、獣人がいつかない環境はずっと残念だった。
せっかくの機会だから獣人の街に行こう――そう思って向かった旅だが、そこでは逆にワタシが差別されることとなった。
「人族なんて無駄に増えるだけしかできないくせに」
「種族スキルも持たない種族なんて、落ちこぼれもいいとこだ」
「所詮、単独で進化もできない無能どもが」
獣人たちがそうバカにしてきた。
だから、全員叩きのめした。
ワタシはようやく気付いた。人族も獣人族もなんら変わりはない。バカなやつはバカだし、弱いやつは弱い。
正直、がっかりだった。
ワタシに敵わないと知るとすぐに徒党を組み、数の力で支配しようとする。人族も獣人もやることは同じ。できることが違うだけだ。
そんな弱者にワタシは負けない。
意識の狭間に潜み、影に紛れ、誰よりも速く動く。
それだけでワタシを捕まえられる者はいなかった。そしてニンジュツで大爆発を起こし、すべて吹き飛ばす。それで勝負は終わりだった。
あの女に会うまでは。
「へえ、やるじゃん」
「アンタこそ」
獣人の楽園ラランド――そこで、ワタシは初めて互角の相手を見つけたのだ。
彼女は【獣の掟】というマフィアのナンバーツーだった。
鼬の獣人で、風のように素早く、烈火のように強く、そして氷のように冷静だった。
ワタシのニンジュツが半分以上見破られたなんて、初めての経験だった。
丸二日、ワタシたちは戦い続けた。
それはこの世界に来て一番楽しい時間だった。開発したすべてのニンジュツを試し、練り上げ、そして全力でぶつけることができる相手は初めてだったのだ。
ワタシたちは体力が尽きて、互いに寝転がって空を見上げた。
澄み渡った空だった。
「アンタ、名前は?」
「アリスシェード。お前は?」
「ファサン」
互いに名乗り、それからワタシたちは親友になった。
アリスシェード――アリスと仲良くなったワタシは、誘われるがまま彼女の組織に入った。人族を入れるのは異例のことだったらしいが、アリスの言うことにはみんな大人しく従った。
なんて従順な部下たちだろう。
ワタシはふと、聖教国に残してきたシャテイたちを思い出した。
招待されたアリスの家で夕飯を食べながら自警団のことを話すと、アリスはカラカラと笑った。
「違う違う。あいつらはアタシに従ってんじゃねえよ。姉さんに従ってんだ」
「姉さん? もしかして、ここのトップの?」
「ああ。アタシですら手も足も出ない怪物だ」
「へぇ、そんな強いんだ」
「いいか、もし顔を合わせても目を見るんじゃねえぞ。姉さんに睨まれたらガーゴイルだって石になっちまう」
「ガーゴイルはもとから石じゃない」
「そうだっけか? まあ、それくらいおっかね――」
「あらあら。誰の噂をしているのかしら」
「ねねねね姉さん!?」
アリスが椅子から転げ落ちる。
気配も何も感じなかった。
まるで転移でもしてきたのかと思えるくらい、突然後ろに現れたのはスタイル抜群の女性だった。
長い青色の髪を纏めて胸元に流した、狐の耳が生えた女性だった。ニコニコと笑みを浮かべ、慌てるアリスを見下ろしていた。
……強い。
一目見て、ワタシは悟った。
明らかにただ者ではない。
存在の格が違う――そう思わせる何かがあった。
それが、ワタシと彼女――リーンブライトとの出会いだった。
■ ■ ■ ■ ■
「いやぁ、今日もすごかったぜファサン」
「アナタこそやるじゃないアリス」
ラランドに来てから二年が過ぎた。
ここの生活は刺激に溢れていた。街を仕切るマフィアとして秩序を守り、楽園の外に狩りに出かけ、ヤクザみたいな行商人と吹っかけ合い、ダンジョンで力試しをする日々。
もちろん楽しいだけじゃない。
苦い思いもたくさん経験した。
聖教国にいる頃から知識では知っていたが、ここから南にあるシナ帝国が、隙あらば攻めてくるのだ。
獣人の奴隷が欲しいのか、あるいは土地が欲しいのかは分からない。
だがあの聖教国ですら可愛いと思える獣人差別主義者たちが、武器を手にこのラランドを目指して行軍してくる。アリスたち【獣の掟】は、元々はそのシナ帝国から身を守るために結成されたらしい。
鉄壁な地形に囲まれていなければ、ラランドはすでに滅んでいただろう。
しかもラランドの敵はそれだけじゃない。聖教国ともダムーレン王国とも小競り合いがよく起こるのだ。
戦いに囲まれた土地――それが、獣人の楽園なのだ。
ワタシも戦いに出ることが多々あった。
同じ人族を相手に、獣人の仲間として。
【獣の掟】の誰も使いこなせなかった『自在剣』という武器をリーンブライトにもらったのもこの頃だった。四本の魔剣を自由に操って動かずに戦う、という伝説級の武具だ。
ワタシの本来の得意技はニンジャのように闇に潜む隠形だったけど、これはこれでカッコイイから好きだった。
ちなみに、この自在剣を『百花繚乱の術!』と叫びながら振るうのがクセになっていたが、アリスには毎回「いや武器性能だろ!」とツッコまれていた。
それもまた、良い思い出だ。
周囲を人族の国との争いに囲まれてなお、この街の獣人たちは笑って過ごしていた。
ワタシはこの街が好きだった。
親友のアリスも、笑顔が怖いリーンブライトも、バカな仲間たちも好きだった。
そんな楽しくもあり大変でもあったその日常は、突然終わりを告げた。
「ねえファサン。私と一緒に聖教国に向かってくれないかしら」
リーンブライトに頼みごとをされたのは、それが初めてだった。
魔王として覚醒していたリーンブライトは、もはや誰も敵うことない最強の存在として当時名を馳せていた。
聖教国もダムーレン王国も、リーンブライトが魔王となった直後からピタリと攻めて来なくなった。
シナ帝国だけは相変わらず悪辣な戦いを仕掛けてきていたが、とにかく聖教国がリーンブライトにコンタクトを取っていたようだった。
何か交渉がしたいらしい。
いつもの笑顔で、リーンブライトは言った。
「頼むわファサン。この混迷の時代に獣人族と人族の架け橋になれる貴女が、私には必要なの」
「わかった。リーンにとって大事なことなんでしょ」
「ええ。とても」
ワタシは二つ返事でオーケーした。
魔王リーンブライト。
何を考えているかわからないニコニコした表情の、底の見えない女性。
ワタシたち【獣の掟】――ひいてはラランドの住民たちが最も畏怖し、そして頼りにしている存在だ。
何を考えているかわからない不思議なひと。
温和は雰囲気と裏腹に、いつも戦いに出ているけれど、帰ってくる度にワタシとアリスを可愛がってくれた。模擬戦や訓練で手合わせをしても強すぎてまったく歯が立たなかったけど、よく「ファサンの隠形は本当に凄いわね。私でも見失うことがあるもの」とよく褒めてくれた。
自分より強いひとに認められることが、こんなにも嬉しいことだとは思わなかった。
彼女の笑顔の下に隠されているのがどんな願いだろうが、ワタシが親友の姉の頼みを断るわけがない。
それに、少し彼女には思い入れがあった。前世の苗字がリーンだった私と、同じ愛称で呼ばれる相手。たったそれだけのことだけど、ワタシにとってはなぜか無視できない共通点なのだ。
「アリスは?」
「あの子にはここを守ってもらわないと。これが罠だとも限らないから」
「確かに、あの国ならそれくらいやりそうだね」
リーンブライトを会談に誘い出し、その隙を突いて国を攻める。
そんなことをすればリーンブライトの逆鱗に触れるのは目に見えているが、国は政治で動くもの。誰が見ても愚かな真似だが、万に一つもあり得る。
狐人族の魔王・リーンブライトを故郷に連れて帰る。それが今回のワタシのミッションだ。
こうして、二年ぶりに聖教国に戻ることになってしまった。
それがワタシの――ひいてはアリスやリーンブライトの運命を、大きく変えることとは知らずに。
この続き、古伝・後半はまたいずれ公開します。
次話からは第Ⅴ幕【彼岸の郷土】がスタートです。




