聖域編・33『瞳と樹』
突如として、聖地〝はじまりの丘〟が暗闇に覆われた。
あらゆる光が遮断され、自分の手すら見えなくなる完全な闇だった。誰もが驚き、とっさに身を固めてしまう。
だがその瞬間、俺は走り出していた。
幼い頃から目を閉じていても自由に動けるよう訓練されてきた。盲目の鬼教官の弟子はみんな、音や気配だけで戦えるよう厳しく鍛えられているのだ。
「なんなのよコレ! ここは聖域よ!?」
動転して叫ぶエークス卿。
たしかに聖域内は干渉不可能だが、抜け穴その三――丘の少し上からは魔素が存在している。光源をすべて聖域外で遮れば、内側が真っ暗になるのは道理だ。
もっとも広大な聖地の周囲すべてを闇魔術で包み込んでいるなんて、エークス卿には想像もできないだろう。
だからこそ生まれた大きな隙。
その一瞬をついて、俺はエークス卿の腕からナイフを奪い取った。
さすがに素手で『均衡』の腕輪はどうにもできないが、これくらいなら非力な俺にだってできる。
「ナイスだエルニ! ナギ、あとは任せた!」
そのまま駆け抜けてエークス卿から離れた。
エルニが魔術を解除すると、世界に光が戻った。
一瞬の光量の変化に目がチカチカするが、それは亜神になったエークス卿も同じようだった。いくら存在の格が上がっても、肉体のスペック自体はまったく変わらないらしい。
そこに駆け寄るナギ。
太刀は拾っておらず、無手だ。
一瞬焦りを見せたエークス卿だったが、武器がないことに気づいて鼻で笑った。
「バカね! 刀がなければ攻撃すら――」
「さっさと来いです、『神薙』!」
その瞬間、太刀がナギの手元に出現した。
呪いの装備でもある『凶刀:神薙』は、他の装備を許さず、離れると自ら所有者のもとに召喚される性質を持っている。ナギはその特性を利用したのだ。
「なっ!?」
「鬼想流――『瓦割り』!」
振り下ろされた太刀は、『均衡』を破壊した。
ついに、粉々に砕け散るミスリルの腕輪。
エークス卿がその光景に気を取られているあいだに、ナギは振り下ろした腕をくるりと返して、振り上げた。
「『薊狩り』!」
エークス卿の首を真っ二つに断った。
生首が、ぼとりと落ちる。
やったかーーと思った瞬間、背筋がゾクリと粟立った。
首の断面が輝いて、光のような何かが漏れ出していた。
それは神々しい光などではなく、何か不吉なもののように感じた。
「下がるのじゃナギ! 触れてはならん!」
「はいです!」
大きく後退したナギ。
だが寒気は消え、エークス卿の首はもとに戻っていた。逆再生……いや、最初から首が斬られていなかったような錯覚さえする一瞬の復元だ。
落ちた首は、粒子となって消えていった。
「あは、あはは……」
エークス卿自身も、自分の首がくっついていることに驚いていた。
引きつった笑みを浮かべながら、まるで自分に言い聞かせるようにつぶやく。
「ワタクシは死なない……そうよ、ワタクシは神になったのよ。死ぬわけがないじゃない……」
「いまの光る血はなんです? あれが怪我を治したです?」
ナギがちらりと振り返りながら問う。
ミレニアはほんの少しだけ考えてから、
「おそらく、あやつの神性そのものじゃ。そもそも神性とは概念に近しいものでの、八つの権能を得たあやつは、『疑似創世期の概念』を宿しておるはずじゃ。肉体の内側にその創世期の概念が封じ込められておれば、妾たちが溢れた神性に触れたらその存在に魂が耐えられんじゃろう」
「なるほど。寒気がしたのはそのせいです」
「じゃが肉体そのものが治るのは別の原因のはずじゃ。神性は概念ゆえ不死性を持っておるが、傷が治ることとはまた別の話のはず。あやつの首が戻ったのはなんじゃ……」
「『不変』の仕業であろう。本来ならステータスなどの状態を保つ神器だが、亜神になったことにより肉体そのものにも効果が及ぶようになったのやも知れぬ。魔族の剣士よ、エークス卿の腰についている盾を壊すがよい。さすれば肉体の復元は止められるであろう」
顔を隠したままの教皇がそう告げた。
ナギは再び剣を構え、前を睨む。
「ついでに神器全部ぶっ壊してやるです」
「調子に乗るなよ小娘!」
エークス卿が吠えて手を大きく振った。
その瞬間、またもやナギが消える。
装備者以外も別次元に飛ばせるようになった『安寧』の首飾り。さすがのナギも空間ごと飛ばされたら戻ってくるのに少し時間がかかる。
その数秒の間に、エークス卿は青銀の剣を取り出して地面に突き刺した。
「『知恵』の剣よ! ワタクシに従いなさい!」
地面がぐにゃりと波打つかのように大きく揺れる。
まるで俺やミレニアの『錬成』を使ったときのようだった。
『知恵』は第0神モーマンの神器――つまり物質ではなく情報そのものを扱う権能のはず。決して地面を動かせるなんて能力はないはずだが……いや、まさか。
「情報を書き換えてるのか!?」
それは神秘術の置換法そのものだ。
神秘術自体がもとは霊素を使った神々の術式、というのはどこかで聞いた話。もしや本来の置換法は、下位の神々がモーマンの権能を模倣するための術式なのか。
ならばあらゆる情報を閲覧し、あるいは書き換えてしまう第0神の〝虚構と空想を司る権能〟こそ、置換法の最終地点か。
『わわっ!』
波打つ地面にバランスを崩し、転倒するセオリー。
その背に乗っていた俺たちも地面に投げ出される。
そこでようやくナギが別次元から戻ってきたが、俺たちとはまだ距離が離れていた。
エークス卿が操る地面は、津波のように俺たちに迫り――
「『ウィンドブースト』」
シュピン。
空から、矢が降ってきてエークス卿の手を貫いた。
「あぐっ!」
一瞬で傷は塞がったが、つい『知恵』から手を離してしまい動きは止まった。
エークス卿が顔をしかめながら真上を睨む。
「亜人の魔術士風情が邪魔を――え?」
息を呑んだ。
空中に立つエルニの周囲に、ものすごい数の矢が浮遊していたのだ。
その全ての先端を向けられて、エークス卿はビクリと硬直した。いくら神性により不死性を得ており『不変』で傷が治るからといって、痛みや経験が消えるわけじゃない。
数えきれない武器を向けられて平常心を保てるほど、エークス卿は戦いに慣れていなかった。
カルマーリキが空に向けて放った矢を、エルニは風魔術ですべて空中で受け止めていく。その数は百本を軽く超えていた。
そして――
「『ウィンドブースト』」
気流を制御し、自分にのみ強い追い風を生む魔術だ。
それをエルニは矢に纏わせて、まるで閃光のように放った。
聖域は、物理要素は防げない。
エルニが次々に放つ矢は、エークス卿の足を、腕を、肩を、的確に貫いていく。
「痛っ! なにを、やめっ、待ちなさい! うぐっ! あがっ!」
傷は治る。
だがエルニは構わず攻撃を続けた。反応速度が並みの人間と同じ程度のエークス卿は、エルニが放つ矢に反応できない。
痛みは思考を鈍らせ、動きを止め、そして――
「『安寧』っ!」
エークス卿は別次元に逃げた。
今度はすぐには出てこなかった。さすがのエークス卿も、淡々と表情ひとつ変えずに攻撃を続けるエルニに対して恐怖を感じたようだった。トラウマを植え付けたかもしれない。
とにかく、エルニとカルマーリキの援護で時間は稼げた。
「いまのうちに退避しよう! セオリー、もう少し頼めるか?」
『御意!』
再び俺たちを背に乗せて、すぐに走り出したセオリー。丘を一気に下っていく。
まだエークス卿は姿を見せない。
「ナギ、異変を感じたら頼む。『安寧』のなかから攻撃はしてこないと思うけど……」
「『安寧』は自分と触れた相手をあらゆる干渉から切り離す神器だ。空間内では他の術やスキル、権能すら使えん。彼女が隠れている間はこちらも安全だ」
答えたのはローラン。
まるで使ったことがあるような言い草だ……と思ったらローランはうなずいて、
「ノガナ共和国の湖で〝ポーン〟を助けたのは私だ。基礎性能は理解している」
「あなたが……どうりで彼が消えたと思ったんですよ」
ずっと引っかかっていた謎がこんなタイミングで解けるとは。
「その際はすまなかった」
「我も謝罪しよう。すべては我がエークス卿の本意を見抜けなかったせいであろう」
どこか悲し気に言う教皇。
いまだにサーヤのローブを頭から羽織っており顔は見えない。長い黒髪がローブの隙間で揺れていた。足が不自由なこと以上に体調も思わしくないのか、後ろからメイドが教皇を支えていた。
「その話は後です。とにかく、聖域から出れば俺も戦えますからね」
「それは心強い。だがエークス卿も一筋縄では行かぬだろう。彼女の聡明さには我もよく助けられた。敵に回ると厄介だがな」
教皇が確信をもって言った。
その直後、俺たちの進路上ーー丘の下に突然現れたエークス卿。
エルニがすぐに空から矢を放つ。
だが、
「『安寧』よ。ワタクシを守りなさい」
まるでエークス卿の周りを包むかのように空間が揺らいで、すべての矢を消し去った。
次元の壁か。
上からエルニ、背後からカルマーリキが直接狙うも、泡のような壁で包まれたエークス卿には、もはや一本も届かない。
エークス卿も神器の使い方がどんどん上手くなる。さすがに一筋縄ではいかないようだ。
さすがにそのまま突っ込むのは危険と判断して、セオリーは慌てて足を止めた。
『あるじ、どうするの!?』
「ここはナギが――」
「いや、俺が行く」
俺はセオリーから飛び降りた。
エークス卿も急速に神器を使いこなし始めている。さっきは亜神になったばかりの全能感で油断していたが、いまは慎重な立ち回りに戻っていた。ナギの攻撃範囲もすでに割れているし、油断や隙はもはやない。
エークス卿を完全に無力化し、後ろの聖域外にたどり着くためには『疑似創世期』を終わらせる――つまり、神器をすべて破壊するか奪うしかない。
後が無くなったエークス卿も手心を加えるつもりはないだろうが……少なくとも、俺のことはまだ殺すつもりはないだろう。
予想通り、少し表情を緩めたエークス卿。
「あら。ついにワタクシの元に来る気になったのかしら」
「それはごめんだね」
「薄情ね。これでもあなたと同じ日本人なのよ。六年間も図書委員で仲良くしたじゃない」
「金城だっけ? 悪いけど、全然憶えてないんだよね」
そう言うと、引きつった表情を浮かべたエークス卿。
「それに俺は元日本人だ。いまはしがない冒険者だよ」
「どうしてもワタクシのものにはならないと?」
「ああ。俺は自由に生きるって決めたんだ」
「……そう。ならもうあなたに用はないわ。ワタクシの思い通りにならない男なんて必要ないもの」
ゆっくりと俺の前まで歩いてきたエークス卿。
手には『知恵』の剣が握られている。その瞳には、ギラギラとした野心がさらなる輝きを放っている。
俺のことは諦める?
そんなのは嘘なことくらい、俺にもわかっている。
エークス卿が欲しい物を妥協するような人間なら、そもそも、ここまで大それたことはしなかっただろう。
ならば彼女がやることはただ一つ。
「ワタクシのオモチャにしてあげる」
『知恵』の剣で、俺の情報を書き換えることだ。
記憶かあるいは感情か。あらゆる情報を司る〝虚構の権能〟があれば、それも可能かもしれない。
だからこそエークス卿が振り降ろした剣を、俺は正面から片手で受け止めた。
手のひらを貫通して血が吹き出る。
激痛が走るが、こんなもん竜王のパンチに比べたらたいした痛みじゃない。
俺はエークス卿の手ごと剣をぎゅっと握りしめた。
「『知恵』の――」
「『知恵』の剣よ。聞いてるか」
虚構の神モーマンが置換法の最終地点だというのなら、俺はこの剣で負ける気はしない。
俺の二つ名は〝神秘の子〟だ。
神秘術にかけて、特に置換法にかけては、神秘術士でもない亜神ごときに負けるつもりはない。
エークス卿が操る『知恵』の剣の力が俺の中に入ってくる。
だが俺もまたその権能に自ら意識をぶつけた。
ここに霊素はない。だが、情報の書き換えという本質は、俺がずっと得意としてきたことだ。
ただで負けるつもりはない――
『見事なり。我らの子よ』
――剣が、喋った?
そう思った瞬間、俺の意識はプツリと途切れた。
□ ■ □ ■ □
「……えっ?」
「どこだここ?」
気づけば、俺とエークス卿はまったく別の空間に立っていた。
何もない灰色の大地だった。空には星空が広がり、まるで月面に立っているかのような光景だった。
いつのまにかエークス卿は法衣姿に戻り、俺も十四歳の体に戻っていた。精神世界か……あるいは、別の空間か?
「いったいなにが……?」
俺よりも困惑するエークスだったが、自分の手に『知恵』が握られてることに気づいて笑みを浮かべた。
「まあいいわ。ここなら邪魔も入らないでしょう。まさか、わざと刺されて所有権を奪おうとするなんて驚いたわ……でも『知恵』はワタクシを主と認めたようね」
俺と対峙するエークス卿。
その目に灯っているのは野望が、あるいは執念か。
どちらにせよ、彼女の目に映るのは俺を手にすることで得られる何かであり、俺自身ではない。そんな相手に爪のひと欠片たりともくれてやる気はなかった。
それに。
「創造神モーマンの権能よ……おまえは、エークス卿に従うのか?」
俺はエークス卿の背後ーー空を見上げて問いかけた。
そこに浮かんでいたのは巨大な目だった。
まるで惑星のような眼球がひとつ、ギョロリとした視線を俺たちに向けていた。
虚構の権能はまず視ることに特化している。俺もその一端を使う身として、この目が『知恵』の剣の正体だとすぐに理解した。
エークス卿も振り返り、空の半分を埋めている巨大な瞳に驚いていた。
瞳は、俺の問に答える。
『我はただそこにある力。強靭な意志のもと振るわれるのみである』
「そ、そうよ! この力を使えるのはワタクシよ! ワタクシが望めば、あなたの心すらワタクシの思い通りにーー」
『だが忠告はしておこう、我が主よ。その者に我が力を振るうべきではない』
「ど、どういことよ! いまなら無防備なのよ! ワタクシのものにするなら、いましかないの!」
『二度は言わぬ。あとはおぬしの望みのままにするがよい』
沈黙する瞳。
エークス卿はかすかな迷いを見せた。
だが、ここまできて尻込みするような選択は、彼女には取れなかった。
その切っ先を俺に向けて宣言した。
「『知恵』の剣よ! ルルクの精神を書き換えなさい!」
『承った』
空の瞳が白く輝いた。
その瞬間、光でできた剣が俺に向かって落ちてきた。回避などできようもない、これが物理的なものならば国一つ滅ぼせるほどの巨大な光の剣だった。
権能そのものが、俺を書き換えようと迫り、そしてーー
『愚かだね』
いつの間にか、俺の後ろの空には樹が生えていた。
空のもう半分を覆い尽くすほどの大樹だった。
樹は薄い紫色の光を放っていた。その光に触れると、剣が霧散していく。
樹はのんびりと喋った。空いっぱいの枝や葉を揺らしながら。
『ただの権能の君が、僕に敵うとでも?』
『思わぬ。だが命には従わねばならぬのでな』
『そっか。なら悲しいけど、君はここまでだ』
樹が大きく揺れると、その葉が一枚ゆっくりと瞳のほうへと舞ってゆく、触れた。
その瞬間、ピシリと瞳に亀裂が走った。
『じゃあね。モーマンの虚像』
『うむ。我が神座に戻るとしよう……』
パキン!
軽い音を立てて砕け散った瞳。
その直後、光が俺たちを包み、景色は元の聖地に戻っていた。
□ □ □ □ □
「ワタクシの『知恵』が……!」
エークス卿が砕け散った剣を見つめて呆然と佇んでいた。
夢だと言われても信じるほどの光景だった。瞳と樹ーーふたつの権能が支配する世界のようだった。
俺を護った大樹がなんなのかよくわからないが、それは後回しだ。
『知恵』も失ったいま、エークス卿が持っているのは残り『安寧』『啓示』『不変』『慈愛』そして『創造』。
これ以上使える神器が増える前に、そろそろ決着をつけないとな。
「まだよ……まだワタクシにはーー」
なおも足掻こうとするエークス卿。
俺はその背後に声をかけた。
「エルニ、頼む」
そこにいたのは、空からの攻撃をやめて降りてきていたエルニ。
彼女は杖を地面にカツンと打ち、唱えた。
「『陸殿』」
凄まじい魔力が迸る。
陸地そのものを操ると言われるほどの広範囲魔術でエルニが動かしたのは、丘の下の地面だった。
まるで天変地異。
俺たちが立っていた〝はじまりの丘〟は、凄まじい量の土に持ち上げられてひっくり返るように傾いた。
当然、横になっても聖域に変化はない。
だがそこに立っていた俺たちは、重力に引かれるように真横に落ちる。
全員まとめて空中に投げ出された俺たち。
エークス卿は、慌てて『安寧』の首飾りを発動しようとして――
「〝動くな〟」
動きをピタリと止めたエークス卿。
すでに俺たちは聖域の外へと放り出されていたのだ。
極位存在のエークス卿に対して『言霊』が効いたのは、ほんのわずかな一瞬だった。だが、すでに聖域の外側に出た俺にとってその一瞬があればすべては事足りた。
「『裂弾・複式』」
左の耳飾り、腰の小盾、髪飾り、首飾りをすべて同時に破壊した。
砕け散る神器。
いくつものミスリルの破片が、目を見開く彼女の表情を反射する。
まだ最後のひとつ――ペンケースの中身の『創造』だけは残っている。
だがそれは、直感に過ぎないが、決して壊してはいけない気がした。
「ワタクシの……ワタクシの力が……!」
傾いた地面に倒れ、飛び散った神器の欠片を集めようとするエークス卿。
最後のひとつが残っているからまだ完全に神性を失ったわけではない。
おそらくどんな傷をつけても死ぬことはないだろう。たとえ首だけになっても死ぬことができない。それが不死特性だ。
しかも不用意に傷をつけたら、その神性そのものが溢れ出して空間に影響を与えてしまうかもしれない。俺たちの魂では、おそらく神界の環境には耐えられないだろう。
だから。
「……悪いな、ミラナ=エークス」
俺は謝った。
彼女は元クラスメイトだ。記憶は薄くとも同じ図書委員として六年間を過ごした相手だし、まったく思い入れがないわけじゃない。できることなら仲良くやりたかった。
でも、だめだ。
いくら転生者だとしても、彼女は仲間たちを殺そうとした。
「ワタクシの神器が……あああああ! 殺す! 殺してやる! 七色楽ぅううう!」
歯を剥き出しにして掴みかかってくるエークス卿。
俺は返事をしなかった。
七色楽はもう死んだんだ。
俺の名はルルク=ムーテル。
いまの仲間たちを守るために生きる、ひとりの冒険者だ。
俺は迫りくる彼女に向けて術を唱えた。
「『伝承顕現』」
――その瞬間、世界が繋がった。




