弟子編・13『不穏な旅路』
本日2話更新。1/2
2話目は昼12時更新予定です。
ラスクの街を出発したのは午後一番だった。
ここから馬車で5日ほど進むと、マタイサ王国最北西の街があるらしい。
そこからさらに北にまっすぐ進めばストアニア王国だ。
この経路は山を越えたりすることはないので、ストアニア王国に向かう行商人たちも利用するゆったりとした街道だ。それゆえ乗合馬車もそれなりに人がいた。その多くは商人だったが、冒険者も数人乗り合わせている。
午前に冒険者ギルドで知り合ったエルフのお姉さん――メレスーロスは、そんな乗合馬車の護衛としてクエストを受注して同乗していたのだった。
メレスーロスはBランク冒険者で、長らく一緒に活動していたパーティと別れて大陸最南端の国から故郷があるルネーラ大森林へ帰省する途中らしかった。
「ルネーラ大森林というと、この大陸を東西に横断してる天然要塞っていうところですか?」
「よく知ってるね。大森林は魔境だから、森の眷属じゃないと安全に通り抜けられないんだよね。確実に大森林を越えられるのは、他種族だと竜種くらいだからね」
「やっぱりドラゴン、いるんですね」
「滅多に見ることはないけどね。あたしも見たことはないなあ」
メレスーロスの素の一人称はあたしらしい。
スレンダー美人だけどかなり中性的というか、さっぱりとした喋り方をするエルフさんだ。
勝手にイメージしてたエルフっぽさはなかったけど、これはこれでアリだな。好みの美人だから何でもアリなんだろって? そうだよ悪いかよ。
「ちなみに大森林の北側は魔族領っていうのは本当なんですか?」
「そうだね。魔族がたくさん住んでるから、近づいたら食べられちゃうぞ~」
がおーっと子どもを脅かすように言うメレスーロスだった。
ちょっと笑ってしまった俺の陰で、それまで黙って話を聞いていたエルニネールが怯えたように俺の服を掴んで縮こまった。
「エルニネールは魔族が怖いんですか?」
「ん……まぞくわるいひとたち。みつかったらたべられる」
「そうなんですかメレスーロスさん?」
「さあ。本当をいうと魔族も見たことないんだよね。エルフたちもわざわざ魔族領には近づかないからさ。でも大人はみんな「悪いことしたら魔族に食べられるぞ~」って子どもに教えてるよ。エルフの民話だね」
「その話ぜひとも詳しく!」
ナマハゲみたいな扱いだな。
予想外のところで異世界の民間伝承のひとつを聞けて、ちょっとテンションがあがってしまう俺だった。
じつはマタイサ王国にも似たような話があって、それが大陸最南端の地にある〝暗黒の街〟というものだ。
なんでも真っ黒な球体に包まれた街があって、一度入ったら二度と出られないんだとか。言うことを聞かない子どもに「〝暗黒の街〟に連れてくよ」って脅すらしい。リリスも何度かその話に怯えてた。
兎に角、俺が勢いよく迫るとメレスーロスはちょっと驚いた顔をしていた。
妙に戸惑うような視線だった。
「どうしましたか?」
「……ううん、なんでもないよ」
フッと彼女から変な雰囲気も消える。
なんだったんだろう。ちょっと気になるけど、魔族にイヤな思い出でもあるのかもしれないからこれ以上触れるのはやめておこう。
そのあとも他愛ない話を続けて、野営地につくまでゆったりと親交を深めるのだった。
□ □ □ □ □
とくにトラブルが起こるわけでもなく、初日の野営地までやってきた旅団一行。
御者や商人、冒険者たちがテキパキと野営の準備をするなか、俺とエルニネールは岩に座って温かいお茶を飲んでいた。
初の野営なので色々手伝ってみたかったけど、大人たちが口をそろえて「子どもは見てなさい」と言うもんだから、大人しく過ごすことにしたのだった。
残念だ。子どもの体も善し悪しだなぁ。
そんな大人の一人であるロズは、野営地につくなりどこかに消えてしまった。
他の人たちは旅が始まってからロズに関わろうとしなければ気にもした様子もなかった。これも認識阻害の術によるものだろう。ロズの着ているローブには認識阻害が二重にかけられていて、ロズの存在すら気にしなくなる効果を発揮する。俺には真似できない芸当だ。
『閾値編纂』の術式も、もっと練度を上げないとな。
商人たちが夕食の準備を進めていると、ふと冒険者たちが何人か立ち上がって森の方角を睨みつけた。
メレスーロスも険しい表情になり、背中の弓に手を回していた。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと森のほうでざわざわしてるんだよ。たぶん、近くにナニカがいる」
魔物でも出たんだろうか。
隣のエルニネールに聞いてみると「ん、たぶん」とうなずいた。俺にはまったく感じられないけど……経験なのか野生の勘がなさすぎるのか、どっちにしても役立たずだな。
それにしても、こっちはそこそこ大所帯の旅団だ。少数の魔物くらいなら避けてくれるはずなんだけど……。
念のため俺も警戒しておく。
しばらくじっと待っていたが、結局森から魔物が出てくることはなかった。
ざわつきも収まったようでみんなも野営の準備を再開した。
商人たちが作ってくれたのは簡単なスープと、あとは見慣れた黒パンだ。あまり美味しいとは言い難かったけど、無償で食事も提供してくれるのはありがたい。
後で知ったことだが、乗合馬車には食事を担当する役目を名乗り出る商人が多く乗ってくるようだった。冒険者は護衛の手伝い、商人は食事などの雑事を受け持つことにして助け合って旅をするのが通例なんだそうだ。何かの役目を積極的に受けていないと、有事のさいに護衛が守ってくれないこともあるんだとか。
異世界は旅をするのも大変なんだな。
「そういえば、キミたちの保護者さんはどうしたんだろうね。夕食にもいないなんて……まさか森の奥に入って獣に襲われた、なんてことはないとは思うけど」
メレスーロスが隣に腰かけて、スープをすすりながら聞いてくる。
心配してくれているようだったが、あのチート美少女にそうそう危険があるとは思えない。魔術で貫かれても無傷の不老不死だし。
「わからないですけど、大丈夫だと思いますよ」
「ん。ロズならだいじょうぶ」
俺もエルニネールもまったく意に介さない様子だったので、メレスーロスは追及してこなかった。
師匠の安否よりも気になることが。
「メレスーロスさん、ずっと警戒してるみたいですけど何かあるんですか?」
「え、わかる? そういう気配は隠してるつもりなんだけど」
たしかにメレスーロスは気取られないように振舞っていたけど、さっきから霊素の集合体――準精霊たちが野営地の周囲を守るように飛び回っているのだ。霊素が視えたら丸わかりなんだけど、わざわざ気づいた理由を教える必要はないだろう。
「参ったな。あんまり心配させたくなかったんだけど……ここで黙ってるのも変か」
メレスーロスは俺とエルニネールだけに聞こえるように声を抑えた。
「じつはこの森の奥の廃坑に、ある魔物たちが住み着いてるって噂を耳にしてね。魔物は数が多くて厄介らしく、そのせいでここを根城にしてた盗賊たちが別の場所に流れてってるくらいなんだって」
「そうなんですか。だから警戒を?」
「うん。さっきの気配は、きっとその魔物たちのものだと思うんだよね。こっちに気づかなかったのか気づいて襲ってこなかったのかはわからないけど、警戒して損はないだろうから」
「なるほど」
「あ、でもみんなにはまだ言わなくていいからね。他の冒険者ならもともと油断はしてないだろうし、守るべき商人たちにも無駄に不安を与える必要はないから。どうせもう夜だから移動はできないしね」
そういうメレスーロスの言葉に納得して、俺も黙っておいた。
日が沈んで暗くなると、商人たちは雑談もそこそこに就寝を始めた。見張りは大人の冒険者たちが順番に担当するということなので、俺とエルニネールは焚火の近くで身を寄せて眠ることにしたのだった。
熟睡から叩き起こされたのは、魔物の襲撃があった夜中のことだった。




