聖域編・24『何一つ勝てなかったから』
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本日は〝時間と空間の数秘・5日目〟です。
夜。
聖都サインの隅にある小さな教会に、不穏な空気が張り詰めていた。
ひと気のない礼拝堂の隅に座るのはミラナ=エークス枢機卿。
その後ろでは全身鎧で身を固めて顔を隠した聖騎士が、隠しきれない威圧感を放って立っていた。
礼拝堂の扉がゆっくりと開き、人影が三つ入ってくる。
先頭にいるのは俺だ。
「お待たせしましたエークス卿。帝王をお連れしましたよ」
俺の後ろにいるのは帝王レンヤと、ハーフエルフの執事ネフェルティ。彼はレンヤが最も信頼を置く部下らしく、レンヤともどもレベルはカンストしている。ただレンヤ曰く、戦闘よりも後方支援が得意なんだとか。
レンヤはエークス卿から少し離れた場所に座った。ネフェルティがレンヤの少し後ろに立ち、周囲に防音の魔術を展開してレンヤとエークス卿だけを音の結界で包んだ。
これで舞台は整った。
俺は仲介役として、互いが武力行使に出ないよう近くで待機している。
交流のない二国間の密談だ。
この会合を公にすることは絶対にできない。密談内容に関してはもってのほかで、俺や側近たちでも聞くことは許されなかった。
レンヤとエークス卿は、二人だけ防音壁のなかでじっくりと話をしていた。
どちらも表情を変えず目も合わせなかった。どんな駆け引きがあるのかは定かじゃないが、少なくとも、酸いも甘いも経験した百戦錬磨の大人たちだ。順調に話し合いが進むことを願いながら、俺は黙って見守っていた。
それからおおよそ一時間ほどで、密談は何事もなく終了した。
握手をすることもなく、レンヤが席を外してネフェルティとともに礼拝堂を出て行った。そのあとしばらくして、何かを考えていたエークス卿も騎士を伴って礼拝堂から退出した。
両者ともに伏兵もなく、口約通り相手を追跡することもなかった。
無事に会談が終わったのを見届けてから、俺も教会を後にしたのだった。
「え? エークス卿がクラスメイト?」
会談後、レンヤが拠点にしている空き家に向かった。
何を話したのか教えてもらおうと思って訪ねたら、開口一番そう説明されたのだった。
「名前は金城美咲。おまえのことだから、どうせ憶えてないんだろうけどな」
「そ、そんなことないぞ。なんかうっすらとは……ほら、その、人型だったよな?」
「誤魔化すの下手か。金城はおまえと同じ図書委員だったんだぞ?」
「……あ、もしかしてあの背の低い?」
「そうだ。小柄で髪の長い女だ。俺もあんま絡んだことはなかったけどな」
レンヤは腕を組んで唸るように言った。
俺もぼんやりと思い出してきた。同じ図書委員だから同じ日に図書室の当番になったこともあったっけ。あまり話した記憶はないが、なんか変な距離感の子だった気がする。
「橘の『転生者リスト』に書いてただろ? 枢機卿で女はあいつしかいないのに、気づいてやってもいいだろうに」
「激動の展開でそれどころじゃなかったから……まあ、サーヤはとっくに気づいてるかもだけど」
「とにかくだ。ミラナ=エークスは元クラスメイトだが、前世に戻りたい気持ちなんて微塵もないらしい。もし逆転生できるとしても誘わなくてもいい、だとよ」
「そっか」
枢機卿という国家の大幹部のひとりだ。
今世は大成功したと言っても過言ではないから、レンヤの誘いに乗らなかったのは当然かもしれない。俺たちも知らないフリをしていたほうがよさそうだな。
「それとおかげさんで聖女との面会は約束できた。三日後に聖地に招いてくれるらしい」
「それは正式に?」
「もちろん非公式だ。〝はじまりの丘〟には枢機卿それぞれの管理領域があるらしくてな。そこならお互いに安全だし他の誰かにバレる心配もないから大丈夫なんだと。だが、それにはひとつだけ条件がある。その条件を当日飲めばいいんだけど……ルルク、おまえの同意が必要だ」
「なに?」
「〝七色楽の転生先を教えろ〟だってよ」
え?
「あいつが持ってる『啓示』って神器があるだろ? それで俺が七色楽の転生後を知ってることをつきとめたようだ。だが、どこの誰になってるか見当もつかないから、その先の情報を『啓示』に頼ることはできないみたいだけどな」
「俺の転生先を『啓示』に質問すればすればいいんじゃ?」
「あいつの口ぶりからすると、そこまで便利なもんじゃないらしい。あくまで質問は推測の段階まで達してないと無効になるんだろう。さすがの枢機卿も、この短期間で転生者を探すことはできなかったらしいな」
つまり同じ転生者のレンヤに出会ったことで〝七色楽が転生していること〟は推測できても、〝こいつが七色楽じゃないか〟というところまで推理しなければ、正解を教えてくれることはできないってことかな。
ならエークス卿が俺に『啓示』を向けない限り、俺が七色楽だったとバレないのか。しかも一日一回だけだから、誰彼構わず乱発もできないだろうし。
「でも、なんで俺……?」
「さあな。それでルルク、おまえのこと教えても良いか?」
「いいけど、理由が知りたいな」
同じ図書委員ってだけで、深く関わった記憶はないのだ。
「聞いてみる。だが言うつもりがなさそうなら諦めて教えても?」
「もちろん。もともとクラスメイト相手に前世のこと隠す気もないし」
金城美咲が何を考えて七色楽を探しているのか知らないが、あくまで前世のしがらみだろう。もしかしたら図書委員の仕事に関する後悔でもあるのかな……? えっちな本借りたままだったとか? いや、それはないか。
ま、俺は前世のことは気になる程度でしかないから、それ以上のことを求める気はない。
レンヤは渋い表情を作った。
「それも含めて色々と話はしたが、あいつ相当なキレ者になってたぞ。おまえたちが腕力で負けるとは思わないが……今後気をつけておけよ」
「わかってるよ。ずっと警戒してる相手だしね」
サハスが敵対してる派閥で、俺たちにとっても厄介な相手だ。
元クラスメイトだったとしても俺の選択にあまり関係はない。
結局、俺の優先順位はハッキリしているのだ。
「仲間たちに明確な危害を加えない限りは、いままで通りだよ」
「はぁ……おまえってホント自由だな」
呆れたような、少し羨ましそうな声を漏らしたレンヤだった。
■ ■ ■ ■ ■
「ルルクが聖教国に? ミラナ=エークスに会ったって?」
「ええ、そうですけど……それがなにか?」
コネルが驚いた声を漏らしたので、リリスも作業の手を止めて顔をあげた。
リリスはとっくにエルニネールとナギ、プニスケとともにルルクの屋敷に帰っていた。
ノガナ共和国は学術都市以外にとくに観光地があるわけでもないので、用事が済んだらすぐに戻っていたのだ。
もちろん屋敷に戻ってからも、時々『万里眼』でルルクたちの動向をチェックしている。
今日はコネルが遊びに来ていたので、リリスの私室で器具製作をしながら雑談していたら、ルルクの現状を聞いたコネルが何とも言えない表情をした。
「前世の話なんだけどさ、七色と金城って、ふたりとも中学生の頃からずっと図書委員だったの。七色は本にしか興味なくて本の虫だったんだけどさ……金城はそうじゃなくてね」
「どんな方だったんですか?」
「良く言えば、向上心が強い子だったかな。けっこう自意識が強くて孤立するタイプ」
コネルは苦笑していた。
「金城は頭良くて成績もトップクラスだったし、ちょっと地味目だったけど顔もよく見たら可愛かった。実際、小学校の頃は人気があったらしくて、お姫様扱いされて可愛がられてたって聞いたよ……でも、中学からはとたんに目立たなくなった。どうもそれが不満だったみたい」
「どうして目立たなくなったんです?」
「サーヤと同じ中学になったからだよ。成績も、顔も、スタイルも、運動も、性格もあずさに何ひとつ勝てなくて、人気者って言葉が誰のためにあるのか思い知ったんだと思う。大抵のひとは嫉妬なんかせず『あずさなら仕方ない』って納得できるんだけど、金城は負けん気が強くてね。性格もあずさと正反対でキツかったから孤立してって、それで図書委員に入ったのさ」
「なんでですか? 関係ない気もしますけど」
「あずさから七色を盗ろうとしたんだよ。何も勝てないなら、せめて恋慕してる相手を……ってね。あからさまにライバル意識がわかるくらいだったもん」
「あぁ、なるほど。それでうまくいったんですか?」
「まさか。あの朴念仁が女同士の駆け引きに気づくと思う?」
「思いませんね。まあ、そこがお兄様の純粋で素敵なところですけど」
うっとりと声を弾ませるリリス。
コネルは呆れていた。
「はいはい。で、そんなミラナ=エークスだから、ある意味ルルクとは因縁があるわけよ。まあ正確に言うとサーヤと、なんだけどね」
「納得しました。見たところ、お兄様やサーヤお義姉様のことには気づいてはなさそうでしたが、腹の底で何を思ってるかはわかりませんね。……それとコネルはどうして枢機卿が転生者だと?」
「それは簡単だよ。聖教会が発表した資料のなかに免疫機能の論文があってね。それがまんま前世で読んだことある内容だったから、ミラナ=エークスが転生者なのはすぐにわかったよ。正体が金城だってわかったのは偶然なんだけどね」
「やはり理術知識ですか。それはさすがにコネルじゃなければ気づけませんね」
転生者は総じて理術知識が高い。
あきらかに技術改革を起こすような理術知識がある場合は転生者の疑いが強いのだが、その判断は同じ転生者でないとなかなか見極められないのだ。
「でもちょっと不思議なのが、ミラナ=エークスの情報を集めてたら、ある日を境に人が変わったってくらいに行動がまるきり変化したんだよね」
「お兄様のように途中で転生したんじゃないですか?」
「その可能性もなくはないけど……たぶん違うと思う。ルルクは本来のルルクが死んだから、その体を使って転生したんでしょ? でもミラナは死んでない」
「ならその時に前世のことを思い出したのでは? 記憶と魂の関連性は未研究分野ですが、必ずしも記憶を保ったまま転生するなんてことはないと思います」
「あーなるほど。そういう路線で考えれば確かにあり得そうだね。見つけたクラスメイトはみんな最初から記憶あるから考えてなかったよ」
手をポンと打ったコネル。
するとすぐに何かに気づいたようで。
「……待って。そしたらもしかして、前世のことを思い出せてない転生者がまだ近くにもいるかもってことだよね?」
「そうですね」
リリスがうなずくと、コネルは目をキランと輝かせた。
「これは商機! 転生者見つけたらレンヤから情報料しこたま搾り取るチャンスだし……ねえリリス、転生者レーダーとか作れない!? 半径数メートル内の転生者を示す術器具とか!」
「ムリです」
「そこをなんとか! 魂を視るメガネとか!」
「それも不可能ですが、魂を視るスキルを持った子はいるじゃないですか」
「……あっ! ニチカ!」
踊り子のニチカ。
ルルクたちの元クラスメイト山柿聖也で、女として生まれ変わったという現状唯一の性転換転生者だ。
彼女は魂を視ることで転生者を見極められるという。
リリスもコネルも直接会ったことはないが、彼女なら転生者レーダーになることも可能だ。
「よし、協力してもらお」
「いきなり頼んで断られません?」
「ルルクが好きならそれを取引に使うだけだよ。しかも弟くんはルルクの親友なんでしょ? めっちゃ使える状況じゃーん」
「そうですが……コネル、あまり悪いことはしないでくださいね。お兄様のお友達なんですから」
「ちゃんと加減はするって。それに山柿は前世であたしに大きな借りがあるし、断らないっしょ。じゃあさっそく交渉準備したいから、寮までおねがーい」
「わかりました。では、また後日の生徒会で」
リリスが胸に提げた鍵型の魔石――『ルーンゲート』で空間を繋げると、女子寮にさっさと帰っていったコネル。
お金のことになるとすぐに目の色が変わる親友に、リリスは苦笑しておくのだった。
「しかし……記憶のない転生者、ですか」
もしかして。
ルルクの近くにも、まだまだいるのかもしれない。
もしかしてそれが自分かも……と考えが浮かぶが、リリスは首を振った。
記憶がなくても、転生者は何かしら前世からの影響は受けているだろう。
リリスはそんな違和感はまったくないし、術器具職人としての技もスキルもルルクのことを想って行動した結果身につけたものばかりだ。
転生者だからできたことは何一つない。
それに何より、
「魂の縁などなくとも、リリはお兄様の身も魂もまるごと愛してます」
リリスはそうつぶやいて目を閉じ、『万里眼』でルルクの様子を眺めて夢中になって兄の姿を追い続けたのだった。
ちなみに夢中になりすぎて、夕飯を食べ損ねた。




