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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅳ幕 【夢想の終点】

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聖域編・21『取引材料』

11/29発売記念で7日間連続更新中です。

よろしくお願いします。

本日は〝秩序と混沌の数秘・2日目〟です。


 レンヤと別れてすぐ、俺たちはサーベルの部屋に戻った。


 部屋にはカルマーリキとメレスーロスも待っていて、三人に手に入れた情報をひととおり話した。

 サーベルは交渉の席に自分も着きたいと主張したが、それをメレスーロスが止めていた。もし認識阻害で種族を隠したとしても、『聖域』のようなイレギュラーが起こらないとは限らない。バレたときのリスクが高すぎる。

 それに、嘘が苦手なサーベルは交渉事は向いていないと説得されていた。


「くっ……心得た。姫様のためであれば……」


 断腸の思いで我慢したサーベルだった。

 もちろんカルマーリキとメレスーロスも留守番だ。面識のあるサーヤに任せたほうが話は早いだろうという判断だ。それにこの中で交渉事が一番得意なのはサーヤだし、エークス卿も立場的にもサーヤの言葉を軽々しく扱えないはず。


「どのような礼も尽くします……よしなに、よしなに……!」

「わかってるわ。姫様はかならず返してもらうわね」

「頼みもうした!」


 土下座までするサーベルだった。


「あとの問題は、どうやって返してもらうかよね。交渉には何か取引材料が必要だけど……」

「こっちにはなんの手札もないな」

「そうなのよね。そもそもエークス卿がどんなひとか詳しく知らないもんね。ちょっとサハスさんに聞いてみよっか」

「おう。じゃ、屋敷に戻ろう」


 まずは材料探しだ。

 俺はサーヤを連れて屋敷に戻った。


 だが予想外なことが起こった。

 サハスの屋敷に、すでにエークス卿が来訪していたのだ。

 しかもサハスと対談している。


 俺は転移してきた裏庭から屋敷に入り、ひとまずリビングに向かった。

 リビングではミレニアとセオリーがくつろいでいた。


「おかえりなのじゃ」

「あるじ!」

「よしよし、ただいま。なあミレニア、エークス卿が来てるみたいなんだけど何しに来たか知ってる?」

「さあの。何やら交渉事のようじゃが詳しくは聞いておらん」

「交渉か……」


 応接室にはエークス卿とサハスが膝を突き合わせて座っており、サハスの後ろにはイスカンナがいる。エークス卿の護衛は部屋の外だ。

 さすがに声は聞こえないから、何の話をしているのかはサッパリだ。邪魔するわけにもいかないから、無粋なことをする気もない。


「サーヤの処遇についてではないか? 後ろ盾を変わるよう交渉しようとしてるんじゃないかのう」

「そんなのお断りよ。私、この国でつくならサハスさんだって決めたもん」


 サーヤが頬を膨らませる。

 俺たちがいまさら寄り家を変えるメリットはないから、もちろんサハスもうなずくことはないだろう。派閥争いとは無縁のほうがサハスにとっては良いはずだが、いまさら後戻りはできないし。


「でもミレニアさん、それはエークス卿もわかってるんじゃない? 私が向こうの派閥につくなんて、どんなにポジティブ思考でも考えないでしょ」

「確かにの……なら、別の件かのう」

「終わったみたいだぞ」


 エークス卿が立ち上がり、応接室から退室した。

 サハスたちも玄関先まで見送りについていったが、イスカンナはずっと暗い顔をして俯いていた。

 何か言われたのかな。


 そのままエークス卿が帰っていくと、イスカンナを連れたサハスがリビングに戻ってきた。


「お疲れ様です」

「おや、お帰りになっておりましたか。いましがたエークス卿がいらっしゃいましてね。少々お話をしておりました」

「知ってます。何か言われたんですか?」


 見るからに気落ちしているイスカンナを見て言う。

 サハスも小さくため息をついた。


「ええまあ。エークス卿はイスカンナさんが暗殺者ギルドに所属していたことを調べてきたようでして……取引を持ち掛けられました」

「取引ですか? どんなものです」

「イスカンナさんの一時的な身請けです。なんでもエークス卿にとっては、イスカンナさんの体質を調べたいのだとか。数日預けるだけで、イスカンナさんのことは不問にするとのことです」

「つまり脅し、ですか」

「ええ。そういうことになりますね」


 確かにイスカンナは元暗殺者ギルドのメンバーで、いままでかなりの数の暗殺をしてきた。改心したとはいえ、罪そのものが消えることはない。サハスの権限で贖罪させているが、正式な手続きを踏んだわけではない。

 もし同等の権限を持っているエークス卿が口を挟めば、禁固刑になる可能性もあるだろう。


「それでイスカンナさんはどうするつもりですか?」

「わたし……行く。サハス様に、迷惑かけられない」

「イスカンナさん……」

「それに数日だけって約束した。すぐ、戻ってくる」


 不安そうになりながらも、そう決意したイスカンナだった。

 おそらくエークス卿が気になってるのは〝毒娘〟たらしめているスキル『極毒』だろう。イスカンナを鑑定すればその正体がわかるし、対処法もわかる。あるいは利用することもできる。

 サハスは心配そうにしているが、とはいえ断る方法が思いつかなかったようだ。


「かしこまりました。では、約束したとおりこのあとの午後にはエークス卿のお屋敷に向かいましょう」

「はい……」

「それ、俺たちもついて行って良いですか?」

「ルルク殿も? 何かエークス卿に御用でしょうか」

「じつは――」


 サーヤがとある知り合いから、エークス卿が保護している獣人の子を取り戻す交渉を一任されていることを話した。

 もちろん獣王国の姫とは言っていない。

 俺たちはエークス卿の屋敷の場所も知らなかったし、丁度いい機会だ。


「なるほど。ではお連れしましょう。あちらもサーヤ殿の訪問を断る理由もありますまい」

「ありがとねサハスさん」

「いえいえ。ただ、保護された獣人の子を引き取る交渉はどうされるおつもりですか? おそらく彼女なら、保護していないと言い張ると思います。交渉のテーブルにつくところも肝心ですよ」

「それなんだけどサハスさん。まずエークス卿のことを教えて欲しいの。どんな人で、どんな信念をもって生きてるのか」

「かしこまりました。私が知っている限りですが――」


 サハスは話し始めた。

 ミラナ=エークスがどのようにして枢機卿になり、派閥争いでリードできるようになったのかを。



■ ■ ■ ■ ■



「ミラナ様。お手紙が届いております」


 サハス=バグラッドの屋敷から自宅に戻ったミラナ=エークスは、執務室の椅子に腰を据えてすぐに使用人の報告を受けた。


「見せて頂戴」

「はい。ですが検閲したところ、差出人不明の奇妙な文字が書かれた手紙が混じっておりまして……魔術的な痕跡は見つからないので、危険なものではないと思いますが、いかがしましょう?」

「見るわ」


 ミラナはいくつかの手紙と、一通の手紙に挟まれたメモのような紙を受け取った。

 そこに書かれていたのは、確かに奇怪な文字だった。

 使用人にとってはまったく読めないだろう。

 ……だが、ミラナは目を細めた。


「帝王レンヤ……レンヤ……そういうことね」


 差出人はマグー帝国レンヤ。

 そして手紙の中身はたった数行。


『〝金城美咲へ

 会って話がしたい。

 それと、おまえの秘密をもうひとつ知っている。

 冒険者ルルクに連絡を取ってくれ。

 マグー帝国王レンヤ、改め五百尾憐弥〟』


 日本語だった。

 何十年も見ていなかったその文字に、ひどく懐かしさを感じる。それと、強い焦燥感も。

 動揺しながら何度も文章を読み返した。


「ミラナ様……具合がよろしくないようですが……」

「なんでもないわ」


 ハッとして答え、気丈なフリをして他の手紙を読んでいく。

 自分以外に転生者がいるなんて、いままで考えたこともなかった。

 自分だけが特別だと……ずっとそう思っていた。


 彼女の脳内には様々な想いが巡る。


 ミラナ=エークスはかつて小さな村で生まれ育った。


 聖都サインから北に少し離れた山の麓にある村だった。そこは麦の産地で、住んでいる者はみな農家だった。

 ミラナも例外じゃなく、大人になったら農家になれと言われて育ってきた。

 しかし、ミラナはそんな未来なんて望んでなかった。

 自分はこの村で生まれ育った人間だったが、なぜか、その生き方がとても窮屈だった。

 その違和感の正体に気づいたのは、ミラナが十歳の頃。


 村から、ひとりの聖女が誕生した。

 彼女は村長の娘で、可憐で、みんなの中心だった。ミラナとは同世代で、まるで姉妹のように育ってきた。

 そんな彼女が聖女の才能を持っていることが知られ、すぐに教会から偉い騎士や司祭が迎えに来た。当時は聖女の席が不在だったため、すぐにでも聖女として即位するとのことだった。


 ミラナはそんな彼女を快く送り出した。彼女のことが誇らしくすらあった。

 その、直後だった。

 村に紛れ込んだ猪の魔物に、ミラナは突き飛ばされた。


 頭を強く打ち、数日間生死の境を彷徨った。 

 そして目が覚めたとき、彼女は思い出したのだった。


 自分は、元々は日本人だったことに。

 金城美咲。それが前世の名前だった。そして思春期を過ごしていくうちに積み重ねていた、小さくない焦燥感もハッキリと思い出した。


 彼女はすぐに行動を開始した。

 村を抜け出し、聖都に赴き、どうすればこの二度目の人生で成功できるかを考えた。かつて才能あるクラスメイトに押しやられ、スポットライトなど当たらなかった記憶をバネに、決意したのだった。

 そのときの強い思いは、いまでも思い出せる。


「今度こそ……」


 それからミラナは、聖都でシスターとなり、持てる知識をすべて使って頭角を現し始めた。

 それから三十年以上経って、盤石の地位を築き、ようやく悲願に大きく近づきつつある……そんなタイミングで、この手紙が来た。


 レンヤがどうしてミラナを金城美咲だと断定できたのかは謎だ。

 だが、バレているというのなら。

 そしてレンヤがいるというなら、おそらく、他のクラスメイトも転生しているだろう。


 ならば。

 ミラナは『啓示』にあることを問いかけた。そして、その疑念に返ってきた答えは『真』だった。


「帝王レンヤ……こいつは使()()()


 ミラナはそうつぶやいた。

 その瞳には、黒々とした炎が灯っているのだった。

ミラナ=エークスが、転生者メモに記載されていた金城美咲(枢機卿)の正体。(前回記載はep.265 聖域編・4『聖魔術の見解』のあとがきにて)

彼女の詳しい解説は本編でする予定なので、あとがきTipsには記載しません。ご了承ください。

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― 新着の感想 ―
最初は前世の記憶を持っていないパターンもあるのか どんな仕組みで転生が行われているのか興味あるな
レンヤはあえて囮として手紙出したのかな? しかし、転生者で出世欲に凝り固まったのがエークス卿だったのか。こういう人って損得でしか動かないから協力できるか否かで扱い変わりますね。敵対の場合は再起の芽がな…
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