聖域編・20『レンヤと聖騎士』
11/29発売記念で7日間連続更新します。
よろしくお願いします。
本日は〝存在と確率の数秘・1日目〟です。
「タイミング良かったね~」
「そうだな~」
情報屋ギルドを出た俺たちは、サーベルが待っている宿屋に向かって歩いていた。
ひとまず姫様が無事だという情報を伝えるためだ。
ギルドに同席していたレナには先に屋敷に戻ってもらっている。ここで手に入れた情報を先んじてミレニアたちに伝える役目を担ってもらった。
「カルマーリキたちにも教えないとね」
姫様の居場所が判明した以上、余計な労力は必要ない。
そう思ってカルマーリキの居場所を確認したら、すでに宿に戻っていた。ちょうどサーベルに報告しているようだ。
転移でさっさと戻っておくか
そう思っていたときだった。
「逃げろ逃げろ! こっちはヤバいぞ!」
叫び声が聞こえた。
横道から何人か走ってくる。何かから逃げているようだ。
「みんな離れろ! ケンカに巻き込まれるぞ!」
「ケンカ? 誰か聖騎士を呼べ!」
「戦ってんのがその聖騎士だよ! しかもモレー様だ!」
「〝暴れ姫〟が!? 誰だよ怒らせた命知らずは!」
通行人たちが足早に去って行くなか、俺とサーヤは顔を見合わせた。
「ねえ、あっちの方向って確か……」
「枢機卿たちが住んでる区画だな」
また何かトラブルか――と思ったら、意外と近くてここからでも見えた。
道の先にある噴水広場。そこで、激しい戦いが繰り広げられていた。
「そこをどきやがれ!」
「笑止! 通すわけがないでしょう!」
フードを被ったマント姿の男と、軽装の女騎士が戦っていた。
噴水は壊れて水が噴き出し、石畳はいたるところがめくれあがっている。
広場を囲む植え込みや近くにあるベンチも、原形を留めているものを探すほうが難しいくらいにボロボロだった。
「『フレアパージ』!」
「『アイスウォール』!」
「ちっ! 魔術は当然防がれるってか。なら――『バーニングナックル』!」
「燃える拳とは風情がありますが、所詮はこけおどし!」
炎と氷が、まるで舞踏会のように踊り狂っていた。
どちらも長剣を片手に持っており、マント男のほうはもう片手に炎を纏わせて剣と拳を織り交ぜて戦っていた。
女騎士は片手に氷の盾を持っており、炎の拳を巧みに受け流している。
マント男が拳を振るたび火炎放射器のように火が舞い散り、広場の周辺の木々が燃えていく。
そして女騎士が魔術を唱えるたび地面が凍り、衝撃で粉々になっていく。
野次馬はいないが、単純にふたりの力も魔術もあまりに強いため余波だけで広場が滅茶苦茶になっていく。
両者ともあからさまに強い。すぐに鑑定してみた。
【『ジャクリーン=モレー』人族。レベル99】
【『レンヤ』人族。レベル99】
なんとマント男はレンヤか。
情報屋ギルドマスターが言ってたとおり、この国に来ていたらしい。
指名手配犯なので聖騎士から隠れてるって言ってたが、なにをどうすればこんな派手なバトルになるんだろう。
モレーという女騎士のほうもただ者じゃないが、レンヤも帝国最強の戦士だっただけはある。
ほぼ互角の戦いが繰り広げられていた。
「ねえルルク……」
「わかった。止めるよ」
サーヤが周囲の被害を心配してるようだったので、俺はうなずいた。
レンヤが何の用でこの国に来てるのかは、少し考えればわかる。あいつは最初から最後まで、徹底してクラスメイトを日本に帰すために暗躍している。今回もその一環だろう。
この国に悪意があって潜入したわけじゃないだろうし、クラスメイトを帰す手伝いはすると約束してしまったからな。
さすがに見て見ぬふりはできない。
「あ~……そこのおふたり、いますぐ戦いをやめて下さーい!」
広場に近づいて、とりあえず叫んでみた。
だが、完全に無視される。目の前で容赦のない魔術が飛び交い、剣戟が繰り広げられている。
……しゃーない。
俺は何度か屈伸をしながら、殺意を向け合うふたりをどう止めるか少々悩んでいたら。
「彼岸の灰をも燃やし尽くせ! 『極――」
「あまねく燈火に終焉を! 『絶対――」
こんな街中で禁術かよ!
俺は即座に全力で地を蹴った。
「〝止まれ〟!」
二人の間に割って入りながら『言霊』を発動。
レンヤも女騎士も、ぴたりと動きを止めた。
ふたりとも言葉すら封じているので、ただ目を見開いているだけだった。当然、練った魔力は霧散していく。
ふぅ。なんとか街の半壊は防げたな。
「ひとまず落ち着いて……とくにレンヤ、ここにも戦争しに来たのか?」
まずはレンヤにかけている『言霊』を解除する。
すぐに俺をまじまじと見つめて、
「いまの技……まさか、おまえルルクか?」
「そうだよ。で、何してんの?」
「聖女に会いに来た。だが、交渉のために枢機卿を訪ねようとしたらそいつに襲われてな。応戦していたところだ」
「なるほどね」
いまだ『言霊』の影響下にある女騎士を睨むレンヤだった。
そういえば、俺がルニー商会経由で聖女に関する情報を伝えておいたんだっけ。聖女のスキルで〝逆転生〟に協力してくれるか、頼みに来たんだろう。
つぎは女騎士の『言霊』も解除する。
「騎士のお姉さんももう動けますよ」
「……この私を止めるとはさすが〝神秘の子〟ですね」
「知ってましたか」
「昨日、審問会で拝見しております。私は教皇様のそばに控えておりましたから」
女騎士はそう言って、レンヤを警戒しながらも剣を納めた。
「私は第一騎士団団長のジャクリーン=モレーです。お見知りおきを」
「ジャクリーンさんですか。強さと美しさにたがわぬ素敵なお名前ですね」
「恐縮です。しかし、まさかこうも簡単に止められるとは思いませんでした。神秘術を見たのは初めてですが……これほどとは。さすが王位存在」
やや俺のことも警戒した面持ちになるジャクリーン=モレー。
第一騎士団の団長、か。
さっき呼ばれていた〝暴れ姫〟という二つ名は気になるけど、つまり聖騎士団で一番強い騎士ってことなのかな。まだ二十代後半っぽい若さだけどレベルもカンストしているし禁術まで使えるから、かなりの腕なんだろう。
凛としていて、カッコいい女性だな。
まあそれはとにかく。
「どうして戦ってたんですか? というかふたりとも、この広場になにか恨みが?」
俺に言われて、ふたりはようやく破壊し尽くされた広場の無残な姿に気づいたようだった。
ジャクリーンは申し訳なさそうに、
「面目ない。私は昔からつい熱くなりやすい性格でして……治そうとは思っているのですが」
「悪を許さない正義の裏返しですね。悪いことではないですよ」
「かたじけない」
「おいルルク、悪ってのは俺のことじゃねえだろうな」
不満そうに言うレンヤ。
俺は当然のようにうなずいた。
「そうだけど? 指名手配犯なのはともかく、他国に私欲で戦争ふっかけておいて何言ってるんだって感じだけどさ」
「いや、まあ、その件に関しちゃそうなんだけどよ……だからってコイツらが正義ってのは気に喰わねえ」
不服そうなレンヤに、ジャクリーンが突っかかる。
「何が言いたいのですか? 悪が正義に意見ですか?」
「ハッ。おたくら聖騎士ってのは、『亜人狩り』と称して罪も何もない他種族を狩ることを正義と呼ぶのかよ。なあ?」
あきらかにケンカ腰のレンヤだった。
その言葉を受けたジャクリーンは、語気を強めた。
「無論、罪のない者を裁く権利は我々にもありません! 罪を犯した他種族を捕まえることを『亜人狩り』と呼ぶのは個人の自由ですが、そのおこないがまるで恣意的であるような物言いはやめなさい!」
「まるでも何も、冤罪なすりつけて暴力振るう悪だって言ってんだよ。部下がみんな善人ばっかりだと思ってんのか? 騎士団のトップがまるで現状を把握してねぇとは、二十年前からなんにも変わっちゃいねえな聖騎士団ってのは」
「聖騎士を貶めるか、この罪人め! そっちこそ二十年前、騎士団をひとつ壊滅させた大悪党でしょうが!」
「確かに俺は大悪党だが、俺は同じくらいのクソ野郎どもしか殺してねえよ。二十年前何があったか具体的に知ってんのか? なあ正義の騎士団長さんよ」
「無論聞いていますとも。あなたは異端者の元聖女の逃亡を手助けし、追跡していた聖騎士たちを皆殺しにしたんでしょう?」
「異端者? あいつが何の罪で裁かれたっていうんだ? 言ってみろよ」
「それも知ってますよ。亜人にも関わらず、人族と偽って聖女として長年私欲を満たしていたからです。聖女を騙るのは、紛れもなく異端者です」
「やっぱりそんなことだろうと思ったよ。聖女と偽っただと? てめぇらが、冤罪なすりつけて殺したんだろうがよ!」
レンヤは拳が震えるほど怒りをあらわにしていた。
「あいつは逃亡中ずっと泣いてたぞ。人族として生まれ育って聖女として暮らしていたある日、突然獣人に変えられたってな。無理やり種族を変えられて、聖女から罪人に貶められて……挙句の果てに殺された。あいつは、どうして神はこんな試練を与えたのかって泣きながら死んでったんだぞ!」
「種族を変えられた? 何をあり得ないことを言ってるのです。そんな与太話を真に受けて、あなたは聖騎士を何人も殺したんですか!?」
「与太話じゃねえ。だからこそ今日俺はここに来たんだよ」
意味深に言うレンヤだった。
種族を変える、か。
それが可能かどうかはおいといて、似た結果を再現するのは『閾値編纂』にもできる。特定の情報を誤魔化すのは置換法の得意分野だからな。
もっとも素直にうなずけないジャクリーンの気持ちもわかる。もし種族の変更が上辺だけでも簡単にできるなら、聖教国の価値観を根底から覆すようなことなのだ。
レンヤはそこでようやくジャクリーンと口論する無意味さを思い出したのか、俺に向かって言った。
「なあルルク。おまえ、俺の目的はわかってるよな」
「まあね」
「なら頼みがある。ミラナ=エークス枢機卿と交渉がしたい。仲介役を頼む」
「待ちなさい! そのようなこと許可できるワケないでしょう!」
ジャクリーンが噛みついてくる。
指名手配犯を枢機卿に会わせるなんて、拒否されるのは当然だろう。
それが可能かどうかはさておき、気になったことを聞く。
「なんでエークス卿なんだ?」
「理由はふたつ。ひとつはいまの聖女の後ろ盾らしいからな、交渉さえうまくいけば聖女に会える可能性が高いこと。そしてもうひとつは……」
レンヤはジャクリーンをチラリと見ながら言った。
それは、さっきの口論の答えでもあった。
「俺は、種族を変える能力の正体を知っている。この知識はおそらくミラナ=エークスの弱みだ。だから交渉すれば勝てると思ってる」
「ハッタリです!」
「そう思うなら思ってていい。だが、闇も知らないうちにその存在を否定するのはただの愚かだぜ?」
「き、詭弁です!」
「……おまえは確かに強い騎士だろうが、清濁併せ吞んでの一人前だぞ。お嬢ちゃん」
レンヤがどこか悲しい目でにそう言った。
この世界でかなり苦労してきたのが言葉の節々にわかる。
だからこそ、平和で幸せに暮らせた日本に帰りたいんだろう。
「どうだルルク。協力してくれるか」
「それは構わないけど、レンヤはこの国では犯罪者だろ。協力するって言っても俺がどうこうできる気はしないけど……」
「安心しろ、ルルクが何かする必要はない。ようは向こうから俺に会いたくなりゃいいんだ。おまえはその仲介をしてくれればいい」
レンヤは広場の先――枢機卿たちの屋敷がある方角を指で示して、
「俺も、何も無鉄砲に枢機卿に会おうとしてたワケじゃねえ。手札はちゃんと用意してある。というか、おまえたちにもらった情報なんだけどな」
「……どういうこと?」
「やっぱり気づいてなかったか。ま、おまえらしいっちゃらしいけどな。俺の予想じゃおまえにも連絡があると思う。もし連絡が来たら俺に教えてくれ。俺はまた街のどこかで隠れてるけど、おまえなら簡単に見つけられるだろ?」
そう言いながら、俺たちに背を向けたレンヤ。
ジャクリーンが慌てて追おうとする。
「待ちなさい! 私が逃がすと――」
「そうそう、正義の団長さん。俺の長話に付き合ってもらってたけどさ……あんた、俺が囮だって可能性は考えなかったのか? そもそも帝王の俺が単身で動いてることに疑問を感じねえってのか?」
「なっ!?」
ジャクリーンは、慌てて枢機卿たちの屋敷の方へ駆けていった。
足が速い。あっという間に見えなくなった。
「……囮だったのか?」
「まさか。仲間は連れてるけど、あくまで後方支援だ」
「じゃあなんで嘘ついたんだよ」
レンヤは透明になるマントとか、転移の宝玉とか、色々貴重なアイテムを持っていることは知っている。
本気で逃げたらジャクリーンも追えないはずだ。
するとレンヤは意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。
「世間知らずの嬢ちゃんには、社会勉強してもらわないとな」
ちなみに。
案の定街中を駆け回ったジャクリーンだったが、まったくレンヤの手が回っておらず揶揄われたことに気づいて、悔しそうにしたのだった。
あとがきTips ~ジャクリーン=モレー~
〇ジャクリーン=モレー
>人族・女性。二十七歳。レベル99。
>>教皇直属の第一騎士団の団長。今日はオフの日で街の見回りをしていたため軽装。
>>>真の正義を目指す熱血騎士。純粋で曲がったことが大嫌いだが、融通が利かない。聖騎士はみんな同じ志を持った善人だと思い込んでいる。感情的で怒ると手がつけられなくなることから、信徒たちに〝暴れ姫〟と畏れられている。暴れる彼女を止められるのは総団長か、第一団副団長のフーリンだけと言われているが、じつは子どもが大好きで子どもが視界に入ったらとたんに冷静になる性格。ルルクに止められてすぐに反省したのもそのおかげ。ちなみに給料はほとんど孤児院に寄付しており、貯金が無さすぎて彼氏いない歴=年齢。正義が恋人。




