聖域編・18『バケモノばっかりじゃん』
「あ~もう! どうしてこんなことになっちゃったのよ~」
俺たちが屋敷に戻った頃にはすでに日は沈み、外は暗くなっていた。
サハスの屋敷のキッチンからは、サハスが楽しそうにイスカンナに料理を教える声が聞こえていた。
そのすぐ隣のダイニングで、テーブルに突っ伏しながら頭を抱えているのはサーヤ。
「よりにもよって『数秘術』がバレるなんて……そんな使ってないのに~」
「疑問だよな」
俺も腕を組んで唸る。
バレた以上は仕方ないし、それをエークス卿に利用されたのも害を加えられたわけではないから許せるとしても、どうして知ったのかだけは気になった。
とはいえ、それよりもサーヤが怒っていたのは別のことらしい。
「それになによ〝聖母〟って! こちとらまだ花も恥じらう十二歳なのに!」
「そうだな聖母はないよな。まあ、確かにサーヤはママみがすごいけど」
「ふっ、サーヤに比肩する母性などない」
「うむ。サーヤは良い母親になるであろう」
「ちょっとは気を遣って!?」
ツッコミが響く。
俺たちはみんな正直なので、目を逸らした。
「とまあ冗談はともかく、だ」
「良かったわ。冗談よね…………ねえ?」
「コホン。ともかく聖教国側がこれからどう動くか考えないとな。俺としては全部無視して転移で帰っても良いかなと思うんだけど」
「妾も賛成じゃ。これ以上教会に関わる必要もあるまい。サーヤはどうするつもりじゃ?」
「私はサーベルさんのお手伝いがあるからしばらくこの国にいるわ。それが終わったら……うん、教皇には会いに行こうかと思ってる。呼び出されてるし」
そうだった。獣王国の姫が誘拐されてて、異端審問が終わったら捜索を手伝う約束をしていたっけ。
確かに勝手に帰るのはダメだな。
まあそっちはともかく、教皇の面会は義務ではないはずだけど。
「いいのか? またややこしいことになるかも」
「そのときはそのときよ。それに私、サハスさんにまだ恩返しできてないし……むしろ私のせいで余計に迷惑かけちゃってるから何かできることがあるか考えないとね」
義理堅いサーヤは、拳を握ってやる気を見せる。
ミレニアが感心していた。
「律儀じゃのう……じゃが、それがおぬしの良いところじゃな」
「ふつうよ。ミレニアさんだって似たようなもんじゃない」
「妾はサーヤほど万人に優しいわけではない。どちらかといえば祖国と愛する者だけを大事にするタイプなのじゃ」
「ふうん。じゃあルルクに優しいのはそういうこと?」
「……あっ!? ち、違うのじゃ! いまのは、まあ、その、言葉の綾というか……」
顔を真っ赤にしてゴニョゴニョするミレニアだった。
サーヤは慌てるミレニアを見てニマニマしていた。
「やーん。ミレニアさん可愛い~」
「う、うるさいのじゃ! 子ども扱いするでない!」
「……というか、このちびっこ誰なの?」
と、それまで俺たちの隣で傍観していたレナが口を挟んだ。
現在サハスの屋敷ではセーシン一家の護衛団が警護にあたっている。
同じ暗殺教団の仲間だが、レナだけは正式な護衛団ではないからこうして堂々とくつろいでいるのだ。
ミレニアのことをなんて説明しようか迷っていたら、ちょうどキッチンからサハスが出てきた。後ろに湯気が立ち上る大きな鉄皿を抱えたイスカンナもついている。
サハスは話が聞こえていたのか、レナの言葉に同意していた。
「それは私もお聞きしたいところでした。ミレニウム総帥が見当たらず、そのお嬢様が同行している……何かご事情があると思い黙っておりましたが、差支えなければそろそろ教えていただいてもよろしいでしょうか? あ、イスカンナさん、お料理はそこに」
「は、はい」
ダイニングテーブルの真ん中に、大きな鶏肉をまるごと焼いて彩り豊かな野菜を添えた料理がドンと置かれる。
美味しそう。
イスカンナが食器を配膳していくなか、俺はミレニアに視線を送る。
ミレニアは覚悟を決めたように大きくうなずいて、口を開いた。
「冒険者ギルドのミレニウム総帥とは、妾の仮の姿じゃ」
「……お嬢さんが、ですか?」
「妾の本当の名はミレニア=ダムーレン。かつて冒険者ギルドを創設し、世間では〝神秘術の賢者〟と呼ばれておる。いまはルルクと同じく幼子の姿じゃが、これでも八百年は生きておる老骨なのじゃよ」
「な、なんと……!」
息を呑むサハス。
レナが元気よく手を挙げた。
「そのひと知ってる! セーシンの家に本があったよ! ってことは有名人?」
「そうだぞ、ミレニアは超有名人だ。ちっちゃくて可愛いけど、ものすごく強いぞ~」
「レナより?」
「まあな。なんたって俺と互角以上だから」
「えぇ……ナギお姉さんの仲間ってバケモノばっかりじゃーん」
ドン引くレナ。
まあ〝生者の王〟たるミレニアに抗える生物なんて滅多にいないから、実質人類最強と言ってもいいだろう。
サハスが震えながら言葉を絞り出していた。
「なんと……賢者殿がご存命だったとは。改めまして、お目にかかれて光栄です。冒険者ギルドが盤石な発展をしているのも道理です」
「最初は苦労したがのう。ヘルメスの遺志を守っていたら、いつのまにかここまでの組織になっておったわ」
「ご謙遜を。しかし、驚きました。ルルク殿にサーヤ殿に竜姫殿下に、そして賢者殿までも……知らぬ間にとはいえ、隔絶した才人の方々をこうも一様にお招きしていたとは……なんと恐れ多いことでしょう」
「そうかしこまるでない。妾は賢者じゃが、いまはただのルルクの仲間だと思ってくれればよい」
「それを言うなら俺がミレニアの部下なんじゃない? 総帥なんだしさ」
「むぅ。そしたら妾だけ仲間外れじゃ……」
しょぼんとするミレニア。
さすが寂しがりを自称するだけあって、こういうところは本当に素直だな。
「妾も総帥やめて【王の未来】に入ろうかのう。お師様の名を冠したパーティじゃし……う~ん……」
本気で悩み始めるミレニアだった。
ギルドはどうするんだとツッコみたいところだったが、いまはその話ではない。
「ミレニアはどうしたい? 今回の件で、聖教国の重要人物相手には認識阻害も効果が薄まっただろうし、いままでみたいに完全に隠すのは難しいと思うけど……」
「ふむ……良い機会じゃ。ミレニウム総帥の正体は公表することにしようと思う」
「いいの?」
「うむ。いままで賢者が生きていることを隠していたのは余計な混乱を抑えるためじゃが……師匠亡きいま、秩序を守るためにも妾の名が役に立つであろう」
確かに、神秘王という存在が抑止力になっていたのなら、それに代わるものがあったほうがいい。
それをミレニアに背負わせるのはどうかと思うけど、いまの俺じゃまだまだ力不足だ。
「というわけでサハスさん、特に口止めはしないのでご安心を」
「かしこまりました。ではご事情もうかがえたことですし、冷めないうちに食事にしましょうか。イスカンナさんが腕にヨリをかけて作ってくださったのですよ」
「が、がんばった……です」
それから俺たちは、舌鼓を打ちながらイスカンナお手製の料理をいただいた。
いろいろあった異端審問の日は、こうして落ち着いて夜を迎えることができたのだった。
■ ■ ■ ■ ■
「ペルメナ、今日は悪かったわね。偽聖女とまで呼んでしまって」
「いえ、気にしてませんわ」
聖地〝はじまりの丘〟にある大聖堂。
その一室で、聖女ペルメナはミラナ=エークス枢機卿と顔を合わせていた。
とても大変な一日だった。
状況としてはほとんど変わってはいないものの、噂があったとはいえペルメナの秘密を公開するとは思わなかったし、それ以上に星誕神の加護を受けている少女がいるとは思いもしなかった。
謝罪したエークス卿に、ペルメナは首を振る。
「あれがミラナ様の演出だったことは理解しておりますわ。まるで演劇のように目まぐるしい展開に、わたくしもつい驚いてしまいましたが、これも経験ですわ」
「そう、ありがとうね」
「ですが、サーヤ様をこれからどうするおつもりですか? わたくしのときと同じように、エークス様が後見人となって正式に役職を設けるのでしょうか?」
「あら。自分の立場が脅かされると思ってるのかしら」
「いえ、脅かされると怖れることもおこがましいですわ」
すぐに否定するペルメナ。
実際のところ、本来の聖女としての資格はペルメナにはなかった。キアヌス神の権能を授かっている身だから、治癒魔術がなくても聖女のままで許されるのだろう。もしこの座を剥奪されたとしても何の文句もない。それは、エークス卿に連れて来られたときから理解していたことだった。
それにサーヤのほうが格段に加護の力は上位だ。むしろ最高位の神の加護なので、彼女が望めば教皇よりも上の立場に立つことも容易いはずだった。
自分が争うなど、そこまで分不相応なことは考えていない。
「ただ少し気になったのです。ミラナ様は意味のないことはなさらない方です。ただ発言力を強めたいだけで、あのような大立ち回りをしたのではないのでしょう?」
付き合いの長いペルメナだからわかることだった。
ミラナ=エークスという女は、出会った頃から知的で芯の強い人間だった。枢機卿という立場を得て権力闘争に身を投じているのも、何か明確な目的があったからだ。
広げた派閥を活かして情報を集め、何かを探し続けていたのをペルメナは知っている。それが何かは知らないが、今回もその一環だとわかっていた。
「よく分かってるわね。さすがワタクシの可愛いペルメナだわ」
「恐縮ですわ」
「でも安心して頂戴。サーヤ=シュレーヌをどうにかする気はないのよ。彼女に関してはもう用はないの。教皇様は、何かご執心している様子だったけれど」
「そうですね。まさか教皇様がお会いになりたいとおっしゃるとは……」
教皇がいままで自ら誰かを呼んだことはなかった。
ペルメナでさえも、同じ聖堂内に住みながら顔を合わせたことは一度もない。専属の使用人しか、教皇の正体は知らないのだ。
「ではサーヤ様は、これからも冒険者を続けられるのでしょうか」
「教皇様が無理強いしなければ問題ないはずね。それにしても、随分あの娘を気にかけるのね? 星誕神様の加護があるとはいえ、冒険者なんていう野蛮な娘よ?」
「だからこそです。サーヤ様はルルク様のお仲間なので……」
「そういえば、貴女は随分とあの冒険者たちに執心していたわね」
「は、はい。素敵な方々だと思いました」
手を振ってくれたし、目が合った。
いまも思い出すだけでテンションが上がる。
エークス卿は小さく舌打ちして、小声でつぶやいた。
「……忌々しい……」
「ミラナ様、何かおっしゃいましたか?」
「なんでもないわ。それよりペルメナ、明日は午後からバグラッド卿とともに教会の視察だったわね」
「はい。それがいかがしましたでしょうか」
「キャンセルになるわ。たぶんね」
「そうなのですか、珍しいですわね。何かバグラッド卿にご予定が?」
「ええ。急用ができるはずよ」
そう言うエークス卿は、口元をかすかに歪めていた。
「ようやく……ようやくよ。ワタクシの悲願達成まで、あと少しなのだから」




