聖域編・17『星誕神の加護』
【11/29発売決定!】&書影公開
そんなわけで11/29に発売が決定しました。各サイト・本屋で予約開始です。
一巻の内容も加筆をおこない、より重厚な物語になっております!本編ではあまり活躍しないあのキャラも大きく株を上げる……!?
あ、それと発売しても更新はいままでどおりですのでご安心を。
今後ともよろしくお願いいたします!
それでは、本編の続きをどうぞ。
「ペルメナ。貴女を偽りの聖女として告発いたします」
エークス卿の声が、静寂の法廷に響いた。
聖女たる資格。
それは上位神の加護を持ち、治癒の術を使える者が条件だという。
ペルメナの治癒は過去類まれない性能と認められており、いままで多くの人々を救ってきた実績がある。
ガノンドーラの見立てでは、その実態は時間を司る権能の『数秘術5』によるものらしい。確かに、それなら聖魔術ではないのだが……。
とはいえ治癒魔術以上の性能なのは間違いない。
時間逆行となると、俺の『領域調停』とはプロセスが違うが、同じく強制的に肉体を元に戻すスキルだろう。
そしたら聖魔術の有無なんて正直どうでもいいと思うんだが。
そして当の聖女は、あまりの展開に呆然としてしまっている。
自分を聖女にした張本人の枢機卿から、あろうことか偽聖女と呼ばれたのだから無理もない。いや、誰もが疑問に思っているはずだ。
ペルメナが偽聖女になったら一番困るのはエークス卿自身なのだから。
怖いくらいの沈黙のなか、最初に怪訝な声を上げたのはサーヤだった。
「どういうこと? 聖女のいままでの実績はウソってこと?」
「いいえ、それは確かに本物です」
「ならなんで偽者なんて呼ぶのよ。それに、なんで私が真の聖女になるわけ?」
至極当然な疑問をぶつけるサーヤ。
「ペルメナの実績は、本当は治癒によるものではないからです」
「じゃあなんだっていうの?」
「キアヌス神の加護です」
そう断言した瞬間、聴衆が大きくざわめき始めた。
ペルメナの治癒は時間を操る……ここ最近そんな噂が流れており、誰もがその真実を知りたがっていたはずだ。なんせ時間操作はキアヌス神の領域。
この世界を管理する創造神の加護があるなら、聖女どころの騒ぎではないはずだ。
これにはたまらず進行役も口を挟んでいた。
「静粛に! エークス枢機卿、それは本当なのですか?」
「もちろんです。噂の通り、ペルメナが治癒と称して使っていたのは時間を操るスキルです」
「なんということ……ぺ、ペルメナ様。本当なのでしょうか」
「は、はい。本当ですわ。いままで隠していてごめんなさい」
混乱しながらもうなずくペルメナ。
またもや聴衆のざわめきが大きくなった。なかには手を合わせて涙ながらにペルメナを拝んでいる人もいる。
エークス卿が凛と声を張った。
「聖魔術が使えないペルメナには、聖女たる資格はありません。聖女を騙るのは異端者の証。本来ならすぐに断罪し、国外追放すべき大罪……ですが、みなさまもそれは望んではいないでしょう?」
「当り前だ!」
「どこが偽物だ! 彼女こそ真の聖女様だ!」
聴衆が口々に叫ぶ。
ペルメナは口の端をかすかに上げた。
偽聖女として告発してからのこの流れを、エークス卿は完全にコントロールしていた。一度印象を下げてから上げることで、民意はペルメナに大きく傾いている。
エークス卿の狙いがわからず、教皇も他の枢機卿も沈黙で見守っていた。
「そうでしょうとも。キアヌス神の加護がある者など、歴史を紐解いてもわずかしかいないでしょう。ペルメナを真の聖女とする気持ちも理解できます……ただ、想像してみてください。もしそれ以上の加護を持つ者がいればどうでしょう?」
ピタリ、と喧騒が止まった。
法廷そのものが息を潜めたようだった。教皇までも身を乗り出して、わずかな目隠しの布の隙間から階下を凝視している。
誰もが、エークス卿のつぎの言葉を固唾を飲んで見守っていた。
衆人の注目のなか彼女は冷淡な表情をおおきく和らげ、微笑みながら言った。
「星誕神トルーズ。サーヤ=シュレーヌは、すべての神を統べる星誕神様の加護を持っています」
しん、と。
すべての聴衆が、呼吸すら忘れてサーヤを注視した。
無数の視線を浴びたサーヤは目を見開いていた。
さすがに予想外だ。
『数秘術1』はちゃんと隠していた。
認識阻害で鑑定できないようになっているし、運命を操作するという強力すぎるスキルだから滅多に使うことはない。使っている場面を直接観察でもしなければ、王級スキル以上の看破術じゃないと見破れないようになっているはずだった。
いつバレたんだ。
困惑する俺たちと、驚きのあまり固まる衆人。
沈黙を破ったのは教皇だった。
「サーヤ=シュレーヌよ。それはまことか?」
「……さあ、身に憶えは――くぅ!」
否定しようとしたら、すぐに胸元を抑えて苦悶の表情を浮かべたサーヤ。
教皇が布の向こう側で淡々と言う。
「『聖域』はあらゆる悪意と暴力を許さん。それは自身の嘘による罪悪も含めてだ。しかし、正直に話しづらいことでもあるだろう……よって、ここに我の名において緘口令を敷こう。皆の者、よいな」
「きょ、教皇様より直々の勅令です! これより、この場で得た情報を議会後に口外することを禁じます!」
進行役が慌てて宣言していた。
それを聞いたサーヤは観念したように大きくため息を吐いた。
「わかったわ、認める……私はトルーズ神の加護を持ってるわ」
「「「ッ!?」」」
その瞬間だった。
この場にいるほぼ全員が膝を折ってかしずき、祈りを捧げ始めた。
聖女や枢機卿全員を含む、教皇以外の国民がすべてサーヤに向かって頭を下げたのだ。
「おお、神よ……!」
信徒たちは口々に祈りの言葉を捧げていた。
星誕神トルーズは、最高神だ。
彼らにとってその加護を持つサーヤは、教皇並みに崇拝対象になるんだろう。
サーヤはまったく嬉しくなさそうに、
「エークスさん、なんで知ってたの?」
「優秀な部下がおりますので」
「……そう。でもトルーズ神の加護があったとしても、私は聖女じゃないわ。それは揺るがない事実よ」
「貴女はそう思うかもしれません。ですが、すべての信徒たちはそうは思わないでしょう」
エークス卿の言葉のとおり、信徒たちは口々にサーヤを「本物の聖女様だ」「彼女こそ神が定めた聖女!」「サーヤ様! 我らに福音を!」と評していた。
現聖女のペルメナでさえも、自らの地位などおかまいなしにサーヤに向かって祈っている。
「サーヤ=シュレーヌ……いえ、サーヤ様。これは立場や呼び名の話ではないのです。我々ヒトが紡いできた長い歴史上、おそらく貴女だけが本当の意味での聖女と呼ばれる資格があるのですよ」
「それは……」
ペルメナのような聖教国内の立場としての聖女ではなく、最高神の加護を持つ聖なる女性。
エークス卿の言葉の意味を、この場にいる全員がようやく理解した瞬間だった。
それはサーヤにも否定のしようがない事実だった。
「教皇様。ここにミラナ=エークスの名により、サーヤ=シュレーヌに聖女を超える聖者の称号――〝聖母〟の名を冠することを提言します」
「よかろう。許可する」
「ありがとうございます。さあ信徒たちよ。我らが母なる神の加護を持つ聖母に、永遠の崇敬と祈りを捧げましょう……ラ・ヴィレ」
「「「ラ・ヴィレ」」」
再度、膝を折ったエークス卿。信徒たちもその言葉に続いていた。
頭を下げたエークス卿の横顔がちらりと見えた。その口元には、隠しようのない笑みが浮かんでいた。
……しまった。
エークス卿の狙いは、これだったのか。
聖教国のトップが認めたいまの言葉は、サーヤと言う存在をエークス卿が見出し、新たに聖母という確固たる地位を与える、というものだ。
星誕神トルーズの加護を持つ聖母サーヤ。彼女を見つけたのはエークス卿……という記録が残るだろう。
ペルメナが持っているキアヌス神の加護も相当にすごいものだが、サーヤの加護に比べたら一段見劣りする。それをわかったうえで、一度聖女とは何かを聴衆に問いかけて答えを出させ、それをさらに超えてきたのだ。
これでサーヤは教会に所属していなくとも、新たに聖母という名で崇められるようになる。
現状、聖教国に縛られるような立ち位置ではないから、いまはサーヤも文句のつけようがない。
そしてペルメナは偽りの聖女とレッテルを張られたが、民衆の総意によりそれは否定される。それによって地位が下がったわけではないし、むしろ今後、創造神の加護を持つ聖女としてより信仰を集めるだろう。
結局、エークス卿は何ひとつ手札を失うことなく、この状況をすべて利益にしてしまった。
おそらくペルメナの噂も、いずれタネを明かすつもりだったのだろう。その場をここに選んだだけ、という迷いのなさだった。
これで今回の異端審問は、こと派閥争いに関したらエークス卿の圧倒的な一人勝ちになった。
ミラナ=エークス枢機卿……なんという策士だ。
サハスもそれに気づいたようで、すぐに顔を蒼白にしていた。
派閥争いを止めるどころか、ひとつの陣営に権力が傾きつつあるこの状況は、彼が危惧したよりももっと悪いものになっている。
いままで実直に枢機卿としての教務だけをこなしてきたサハスでは、さすがに策謀が日常のエークス卿の狙いには辿り着くことができなかった。
すると、状況を見守っていたミレニアが唸るように言った。
「……おかしい。他の枢機卿に動揺がないのう」
「ほんとだ。悔しそうにもしてないね」
「すでに買収済みか? いや、じゃがそれまでは派閥争いも均衡がとれていたはず……何か裏がありそうじゃの」
冷静に分析していたのだった。
それから興奮冷めやらぬ法廷は、しばらく喧騒が止まなかった。
居心地の悪そうなサーヤに、悔しげなサハス、そして勝ち誇った顔のエークス卿。
三者三様の表情を浮かべていたのだった。
進行役がそろそろ話を進めようかというとき、
「サーヤ=シュレーヌよ。聞きたまえ」
教皇がつぶやいた。
サーヤは上階を見上げて、
「はい、なんでしょう?」
「話をしたい。差支えのないときに聖地に参じたまえ」
「えっと……まあ、はい」
直接話がしたいと言われ、首をひねりながらうなずいたサーヤ。
そりゃ聖母という呼び名を与えるだけじゃ、教皇としては済まないだろう。
教皇はそのまま席を立ったのか、それ以降は気配すら感じられなくなった。
しばらくしてざわめきが治まると、進行役が宣言した。
「で、ではこれにて議会を閉廷と致します。みなさま、くれぐれも正式な発表があるまでは、この場で得た情報を口外することは禁止です。わかりましたか、禁止ですよ!」
帰っていく聴衆たちに、何度も念を押す進行役だった。
俺たちはすぐにサーヤとサハスと合流し、帰路につくのだった。




