聖域編・15『異端審問』
夜が明け、異端審問の日がやってきた。
昨夜の暗殺者ギルドの襲撃は、暗殺教団とイスカンナの活躍により事なきを得た。
俺も認識阻害を使ってサハスの身代わりになって寝ていたが、手を出すまでもなかった。レナとイスカンナは互いに補い合って難無く退けていた。
それぞれ得意な部分は違うが、それゆえ自分の欠点にも気づいただろう。
とくにイスカンナは体を鍛えたいと意気込んでいた。あの様子だと、サハスの護衛メイドとしてこれから強くなっていくと思う。
あと最後に焦って状況判断を誤ったレナは、ナギの説教が必要だろうな。
ちなみに暗殺の主犯の男は死んだが、それ以外は捕まえて衛兵に引き渡している。死刑とまではいかないだろうが、長い間牢屋で過ごすだろう。
「お待たせしました。ではみなさん、出発致しましょう」
からりと晴れた青空が広がっていた。
正午前になると、サハスの屋敷前に迎えの騎士が来た。もちろん昨日会ったフェグルスではなく、立派な髭が生えた男性騎士が隊長の一団だ。
サハスの号令を待っていた騎士は、それから俺たちを先導して歩いた。自己紹介がなかったのでどこの派閥かはわからないが、俺たちに敵意も無ければさほど興味もなさそうだった。
するとラインハルトが教えてくれた。
「彼は第一騎士団の副団長フーリン殿です。第一騎士団は教皇様直属ですので、派閥には属しておりません」
「そうでしたか。なら妨害はなさそうですね」
「はい。さすがに第一騎士団に歯向かう者などこの都市にはおりませんから」
そりゃそうだろうな。
なんせ簡易ステータスをチェックしたら、騎士たち全員がかなりの高レベルだった。フーリンに至ってはカンストしている。
この一団だけでSSランク冒険者パーティと互角かそれ以上の実力だろう。この国の最大防衛戦力だと思う。
サハスとサーヤを中心にして、前をフーリンたち聖騎士団、後ろをレナたち護衛チームが守りながら歩いた。見るからに物々しい雰囲気なので、すれ違う人たちは何事かと驚いて避けていく。
何事もなく俺たちは聖都の中央に進み〝はじまりの丘〟のすぐ手前にある建物についた。
大きな門に高い壁。かなり立派な建築物で、まるで国会議事堂みたいな様相だった。
俺たちが到着すると門兵が敬礼してゆっくりと扉を開く。
「ねえサハスさん、ここで異端審問するの? すごく大きい建物ね」
「はい。異端審問は教皇様の立ち合いのもとにおこなわれるため、こちらの外堂を使います」
「え? 教皇さんもくるの?」
「異端審問はただの審判とはワケが違いますからね」
そりゃそうか。
そもそも神の秩序に逆らう、なんて考えてもそうそうできるもんじゃない。
「無論、我々からは教皇様のお顔は拝見できないようになっております。このような機会でもなければ、教皇様と同じ場に立つということはたいへん名誉なのですけどね」
「裁判だもんね。ま、名誉はまた次の機会にするわ」
気軽に言うサーヤだった。
そう話しているうちに案内されて建物に入った。
最初に案内されたのはただの控室のようで、護衛の傭兵団は部屋の前で待機していた。レナがこっそり抜け出そうとして、セーシンたちに捕まって叱られていた。
俺たちは控室でゆっくりとくつろいだ。ラインハルトだけは鎧を着ているので、相変わらず扉のそばで立って待機している。ほんと真面目な騎士だな。
しばらくして正午になろうかというとき、ついにお呼びがかかった。
リラックスしていたサーヤが立ち上がり、迎えの案内役について部屋を出る。俺たちもその後に続く。
途中、サーヤとミレニア、サハスは別の通路に案内されていた。俺とセオリーはそのまま法廷のような大きな部屋に入る。
すでに多くの人が法廷にいた。百人以上はいるだろう。
俺たちは案内人に連れられて傍聴席に。
傍聴席とはいうが、セオリーが同行しているおかげか、仕切りが組まれていて特別仕様で個室みたいになっていた。
おお、明らかにVIP席だ。
それにしても人が多い。
法廷内の被告側らしき席はまだ空席で、原告側にはサハスが着座している。
傍聴席側の最前列は偉そうな人たちが何人かいるが、それよりすごいのは裁判長席のようなところだ。
かなり高いところに巨大な椅子がひとつあり、その一段下にも大きめの椅子があった。
だが、どちらも布で覆われており下からではそのふた席はほとんど見えないようになっている。
とはいえ俺は透視ができるので、二段目のほうにいる女性が少し身を乗り出して布の隙間から下を眺めているのが丸見えだった。
綺麗な女性だ。
ウェーブがかった金髪にエメラルドグリーンの瞳。かなりの美人で、身だしなみはとても豪華だ。煌びやかなドレスを普通に着こなしている。
簡易ステータスで名前を見た瞬間、その女性が誰かはすぐにわかった。
「えっ……聖女?」
名前はペルメナ。
話を聞く限り、その名は聖女のものだった。
彼女は誰かを探しているのか、しきりに視線を彷徨わせている。何度か目が合っているような気がするけど、俺を見る度に首をひねっていた。
……教皇だけでなく、聖女まで?
さすがに不思議に思ったが、もはや俺の疑問に答えてくれる人たちは近くにいない。隣でキョロキョロしているセオリーが知っているはずもないので、大人しく黙っていよう。
俺が椅子に背を預けたとき、ちょうど司会っぽい男性がやってきた。それと同時にサーヤとミレニアも入室する。
進行役の男は下段正面の中央席に座り、全体を見渡して言った。
「静粛に、静粛に。……それではこれより審問会を執り行います。はじめに、天におわします神々よ。我ら敬虔なる信徒は崇高なる御身に偽りなき答弁を誓います……ラ・ヴィレ」
「「「ラ・ヴィレ」」」
聖都の民は祈りを捧げていた。
俺とセオリーもマネしてつぶやく。かなり久々に言ったな、ラ・ヴィレ。
「続きまして、教皇様のお言葉です。傾聴あれ」
進行役がそう言うと、かすかに足音が上から聞こえてきた。
最上段の椅子に誰かが座ったらしい。
せっかくなら透視して姿を拝見しようかと思ったら、すぐに中性的な声が聞えてきた。
「我、教皇の名において、ここに平等で厳粛たる審議を開く――『聖域』」
その瞬間だった。
この場すべての魔素や霊素が、消失した。
「……え?」
『神秘之瞳』が強制的に中断し、『領域調停』をはじめとするスキルもすべて使えなくなった。
それだけじゃない。導話石の腕輪やアイテムボックスすらも反応がなくなった。
あらゆる術式やスキルが封じられたようだった。
そしておそらく、加算ステータスまでもがゼロになっている。手を握ったり閉じたりしてみても、五歳児らしいひ弱な力しか出ない。
なんだこれ。
さすがに驚いた。
だが……まず間違いなく、教皇の力によるものだろう。
「教皇様ありがとうございます。ではこれより弁論を始めます」
進行役は、慣れた様子で場を進めていた。
この場に敵意や害意は感じない……どころか、それを排除するために力を振るったようだから、信徒たちがなんの疑いもなく受け入れているのも理解できる。
俺もちょっと驚いて警戒してしまったが、全員平等に力を封じられているようだった。
特に危険なものではないなら慌てる必要はないだろう。法廷に暴力を持ち込まない、という理屈からするとこの上なく便利な能力だ。
教皇、ただ者じゃないな。姿は見えないけど。
「証言席に子どもが紛れてるぞ!」
そう考えていたら、傍聴席から野次が飛んだ。
見ると認識阻害の術が解け、目を丸くしたミレニアが五歳の姿で椅子に座っていた。
進行役が驚いてすぐに騎士に指示を出す。
騎士は駆けてくると、
「きみ、迷子になったのかな? そこにいた人はどうしたのかな?」
「ええと、トイレ……かのう。妾は、その……まちがえたのじゃ」
「そうかそうか。そこは大人の席だから、ひとまずこっちにおいで」
「うむ……」
さすがにイケオジエルフが幼女に変わったとは誰も思わなかったようだ。
ミレニアは困惑しながらも、バレないように子どものフリをして騎士と外に出て行った。
常時発動型の術式も解けるとは。
さすがのミレニアも予想外だっただろう。
まあ、なんとか誤魔化しは効いたようで正体はバレなかったが……しかし、サーヤの弁護役がここにきて退場してしまうとは。
不測の事態にサーヤも苦笑している。
「ゴホン。ミレニウム総帥が席を外しているようですが、弁論を開始します。まずは告発者のサハス=バグラッド卿、訴状の読み上げをおこなって下さい」
「はい。今回、私サハス=バグラッドはサーヤ=シュレーヌに対し、枢機卿の権限において異端審問の招集をおこないました。審問の議題は三つです。一つ、冒険者として常識を逸脱した速度での成長について、邪神の力を借りているという噂の検証。二つ、上位神の加護を持っていると嘯いているという情報の検証。三つ、聖女の名を騙っているという情報についての検証。議題は以上になります」
手元の書類を読み上げたサハス。
これが今回、サーヤを呼び寄せるために使った名目らしい。もちろん三つとも事前にサーヤに共有して、この答弁を問題なく進めるようにすでに作戦会議は終わっている。
つまり出来レースなのである。
……邪魔が入らなければ、だけど。
「よろしい。ではサーヤ=シュレーヌ。この三つの内容に関して自身で説明して下さい」
「はい。まずは一つ目の噂ですが、恥ずかしながら実力よりも噂が先行していることを根拠に否定致します。確かにSランク冒険者としての実力は最低限ありますが、仲間内では平均的な実力です。リーダーのルルクと仲間のエルニネールの実力を笠に着ているだけであり、もちろん邪教徒ではありません。ラ・ヴィレ」
これは真っ向から否定するサーヤ。
進行役がサハスをちらりと見ると、サハスは首を振った。
「告発側からの追問はないようですので、被告側の陳述を結論と致します。他に異議のある方は?」
「はい」
手を上げたのは、傍聴席の最前列に座っている四十代後半くらいのマダムだった。
やや吊り目で、サハスと似た法衣を着ている女性だった。
……明らかに周囲と雰囲気が違う。
すると進行役が彼女に話を振った。
「ではミラナ=エークス枢機卿。発言をどうぞ」
「ありがとうございます」
彼女がエークス派の代表か。
現聖女の後ろ盾で、サーヤを異端者に仕立て上げようとしている張本人だな。
派閥争いの状況的には、サハスの暗殺をギルドに頼んだ可能性が一番高い相手だ。俺たちからすれば敵対しているといっても過言じゃない。
エークス枢機卿は、睨みつけるようにサハスに視線を向けた。
「ではバグラッド卿に質問いたします。サーヤ=シュレーヌが邪教徒ではないという証明が仲間の実力の有無で納得するのであれば、なぜ異端審問の対象が仲間ではなく彼女になるのでしょう? 疑惑に論拠があって招集したのでなければ、虚偽審問になるのではないでしょうか?」
「私が招集した理由は、あくまでサーヤ殿の実力が清いものかを問うためです。お仲間の実力の論拠はしっかりと情報を得ておりますので、いまの討議に矛盾はありませんよ」
「ではその情報開示を求めます」
「拒否します。本答弁の趣旨を外れております」
サハスがそう言うと、エークス枢機卿はキラリと目を光らせた。
「ではサーヤ=シュレーヌの具体的なステータスの開示を求めます」
なるほど、そうくるか。
おそらく言及した虚偽審問の件や、俺とエルニネールの情報開示を求めたのはブラフだ。本題と違う部分だと指摘されたら、今度はサーヤのステータスを求める。こっちは本題ではあるので、本来ならステータス開示は高度なプライバシーなので義務ではないが、このタイミングで拒否すると心証が悪くなるように仕向けているのだ。
もちろん冒険者に対してステータス開示はタブーな行為。なおかつ、サーヤのスキルは見せられないものだらけだから、俺たちが応じる気はない。
サハスがどうやってこの場を切り抜けるか……と思いきや、ふつうに微笑んでいた。
「拒否します。もとより私は彼女の情報を持っておりませんからね。開示のしようがございません」
「……では邪教徒を否定する論拠はないと?」
「肯定する論拠がないのです。そこはお間違いのなきようにお願いします。それと重ねて申し上げますと、議題の二つ目と関連する話ですが、サーヤ殿の力の源泉は竜神様の御力ということで十分でしょう。私も審問申請をしてから知ったことですが、近ごろ竜王殿が喧伝していることを含めサーヤ殿が竜神様の加護を持つことは、正しい情報のようですからね。確認が不足して申し訳ございませんでした」
畳みかけるように頭を下げるサハス。
一気に二つ目の疑惑も解いていた。
言うまでもないが、原告側が弁護している状況は普通ならあり得ないことだ。まあ、この場にいるほぼ全員が派閥争いのことを知っているから、いまさらではあるんだが。
エークス卿はサハスの主張に目をスッと細めたものの、意外にも質疑を打ち切っていた。
進行役がうなずいて、
「では第一議題の弁論は以上となります。続いて第二議題の弁論です。念の為、サーヤ=シュレーヌは説明をお願いします」
「はい。先ほどサハスさんがおっしゃったように、私に竜神の加護があるという噂は真実です。以上です」
「よろしい。ではこれについて異議のある者は?」
進行役が問いかけるが、これにはさすがに誰も手を挙げなかった。
「では三つ目の議題に移ります。サーヤ=シュレーヌは説明して下さい」
「はい。私は一度も聖女様の名を騙ったことはありません。以上です」
「よろしい。では告発側は追問の前に、まず本議題の論拠を詳しく提示して下さい」
「はい。こちらの噂はマタイサ王国で流布されていたものになります。何故か大陸西側ではまったく聞こえない噂ですが、多くの者がサーヤ殿は聖女ではないか、という内容が出回っております」
「よろしい。この件に関して、サーヤ=シュレーヌから反駁はありますか?」
「はい。その噂はおそらく、この吟遊書が原因かと思われます」
そう言ってサーヤが掲げたのは一冊の本。昨日、作戦会議中にサハスから預かっていた本だ。
タイトルは……『神秘の子』だと!?
いつのまに俺の吟遊書があったんだ……あ、そういえばスイモクが俺の詩を本にしていいか聞いてきたことがあったな。もちろん親友の頼みを断るはずないので、気軽にOKしたっけ。
ならいいや。スイモクじゃなければ許さなかった。
「こちらのところどころに『サーヤはまるで聖女のように』と書かれています。この本の版元がマタイサ王国の商会なので、大陸西側にはまだ届いてないのだと思います」
「よろしい。原告側から意見は……ないようですね。ではこの陳述にて結論とします。他に異議のある方は?」
「はい」
「ではエークス枢機卿、発言を許可します」
またもや挙手したのはエークス枢機卿。
今度はサーヤに視線を向けた。
「貴女は上位神の加護を持ち、治癒の力がある。これは認めますね?」
「はい。事実です」
「聖女と呼ばれている、というのも?」
「まるで、と形容されただけですけどね。聖女様の名を騙るようなことは一切してません」
「そうですか」
と、エークス卿はかすかに笑みを浮かべた。
だがそれ以上は発言するつもりはなさそうだったので、進行役が話を進める。
「他にご質問はございませんね。では、これにて審問会を終了いたします。これより教皇様ならびに枢機卿団の皆様は、評議室にて審議に入ります。傍聴席の皆様は、判決までしばらくお待ちください」
そう言うと、進行役はサハスたち枢機卿を連れて部屋を出て行った。
サーヤも騎士に連れられていった。沙汰が決まるまで別室待機だろう。
思ったよりあっさり終わったが、いまの感じなら、どう考えてもサーヤに異端判定が下ることはないだろう。それは安心できる。
だが少しひっかかるのは、他の枢機卿の動きだった。
てっきりもっと妨害や誘導があると思っていたが、ほとんど見守っているだけだった。ここまできたら介入するのは諦めたんだろうか。
それならそれでいいんだけどな。
それとエークス卿が、最後の質問が終わったあと意外にも満足そうな笑みを浮かべていたのだ。
まるでコレが狙い通りの流れかというような、そんな表情だった。




