弟子編・11『駆け出し冒険者』
本日2話更新。1/2
2話目は昼更新予定です。
エルニネールの冒険者登録は、とくに問題もなく終わった。
俺が登録した地元に比べて冒険者ギルドはかなり小さく、冒険者の姿もちらほらといるだけだった。やっぱりダンジョンがある街は他に比べて盛況しているんだな。
子どもだからとバカにしてくるような人はおらず、むしろ受付のお姉さんも偶然居合わせた冒険者たちも、俺とエルニネールのふたりがカウンターの中を背伸びするように覗いているのを見て、笑顔で見守っていたのだった。
「師匠、今日もクエストいいですか!」
「いいわよ。みてらっしゃい」
「あざます!」
閑散としたクエストボードに駆け寄る。後ろからエルニネールがテコテコついてくる。
Gランククエストは基本、雑用ばかりだ。書類の運搬、便所の汲み取り、民家の草刈り……誰でもこなせるかわりに危険はほとんどない。
Fランククエストになると街の外に行くものもそれなりにある。とはいっても、近場で済ませられるものばかりで報酬は少ない。討伐系のクエストはこの街では最低でもEランクからのようだ。
まあ、Fランクをキッチリこなしていけば昇格できるのだ。最初はコツコツやるぞ。
「薬草採取、木の実の採取、川で魚の採取……街の外だと採取系がほとんどだなぁ」
「ん、さいしゅはとくい」
エルニネールもクエストボードを覗いて言う。
「初めてのクエストですし、エルニネールが選んでいいですよ」
「ん……じゃあこれ」
指さしたのは『赤カキシメジ5株の採取』だ。
カキシメジって言ったら日本じゃ毒キノコで有名だな。こっちの世界では違うんだろうか。
……あ、依頼書の最後に「※研究用に傷の少ないものをお願いします。毒があるため注意を」って書いてる。やっぱ毒キノコか。
「毒キノコみたいですけど、いいんですか?」
「ん。もんだいない」
コクリとうなずいたエルニネールだった。
そうと決まれば早速出発だ。
クエストを受注すると、受付のお姉さんが心配そうな顔で話しかけてきた。
「あなたたち、このクエストは街の外に出るけど大丈夫?」
「はい。大丈夫です。念のために保護者も同伴しますから」
「そう……ならいいけど、秋は獣も魔物も森にたくさんいるから気を付けてね。それと毒キノコは素手で触らないこと、ちゃんと袋に入れて持って帰ってくること。これはお姉さんとの約束ね」
優しい受付嬢さんだなあ。
雰囲気おっとりしてるけど美人で子どもに優しいなんて、冒険者ギルドの受付嬢大会があれば優勝間違いなしだな。いかんいかん、この街に定住したくなってしまうじゃないか。
「ん、ルルク変なかおしてる」
「気のせいですよ。キリッ」
お姉さんと約束をしたあとは、入り口の近くで待っていたロズに受けたクエストの説明をした。
ロズはアイテムボックスから皮の手袋と小さな麻袋を出して渡してくれた。エルニネールがポシェットに仕舞ったなら、さあ、クエストに出発だ!
□ □ □ □ □
……どうしてこうなった。
俺は呆然としていた。
ただの毒キノコの採取クエストだったはずだ。近くの森の入り口あたりに自生しているというから、軽い気持ちでやってきただけだ。
キノコの見分け方ももちろん勉強済みなので、たいした苦労もせずに5株見つけて袋にしまった――ところまでは、まあ良かった。
まず最初の原因は、後ろでずっと待機していたロズだ。
俺は考えておくべきだったのだ。
そもそもロズが、俺とエルニネールにどうやって神秘術と魔術を教えていくつもりなのかを。その方法が、昨日の盗賊の一件でなんとなく察することができたはずだったことも。
「『閾値編纂』」
毒キノコを採って喜んでいた俺たちの後ろで、ロズが森の奥にむけてお馴染みの神秘術を使ったのだ。
それに気づいたときには、何をしたのか問うヒマはなくなっていた。
森の奥から、赤褐色の毛のクマの魔物――ブラッディベアがさっそうと姿を現したのだ。
ブラッディベア。Cランク魔物だ。
つまりCランクの冒険者ならば倒せるという強さだ。まかり間違っても、駆け出し冒険者の9歳と幼女が戦えるような相手ではない。
なのに神秘王――いや、鬼畜王ときたらなんて言ったと思う?
「ほら、練習台が来たわよ」
完全に耳を疑った。
盗賊のときもそうだったけど、この師匠は弟子に教えるために無茶振りをするのが当然らしい。
ってことはさっきの『閾値編纂』は、魔物を呼び寄せる情報を拡散するためだったんだろう。エサがここにあるよ、という情報を器用にも森に書き込んだのだ。
涎を垂らして走ってきたブラッディベア。
とっさに逃げだしそうになる足を踏ん張って、とりあえずエルニネールを背にブラッディベアを睨みつける。
こっちが小動物にしか見えていないのだろう。止まることなくまっすぐ向かってきた。
背に腹は代えられない。
「〝止まれ〟!」
『言霊』をぶつけると、ブラッディベアは足をもつれさせて転倒した。
よし、Cランクの相手なら通用するぞ。
そう喜んだのも束の間、ブラッディベアはすぐさま体勢を立て直してふたたび走り出す。
思ったより効果時間が短い。
まがりなりにもCランク魔物だ。楽観視できるような相手じゃないか。
しかし俺は『言霊』以外に遠距離戦闘用の術は持っていない。一か八か、『夢幻』で惑わすことはできるかもしれないけど――
と思った時だった。
「『ファイヤーボール』」
背後から炎の塊が飛び出した。
炎属性の初級魔術、ファイヤーボール。
それは手のひらサイズの火の玉を、敵にぶつける魔術……のはずだ。
だがエルニネールが放ったファイヤーボールは、あきらかに俺の身長よりも大きかった。
『ガウッ?』
ブラッディベアも「マジで?」という顔をして、その炎の塊を正面からモロに喰らっていた。
これが原因二つ目。
恐るべし幼女魔術士。
炎はブラッディベアをあっというまに焼き尽くすと、火の粉は周囲に飛び散った。
みるみるうちに森中に燃え広がっていく炎。
やべえ……山火事じゃん。
「『アクアシャワー』」
と、またもや魔術の気配。
今度は大量の水が空へと放たれて、土砂降りの雨となって森へ降り注いだ。
もちろん俺たちもその下にいるわけで、ぜんぶ身に浴びた。
雨が止んでいたるところが焦げた森には、びしょ濡れになった俺とエルニネール、そしてなぜか水滴ひとつついていないロズが立ち尽くしていた。
「エルニネール」
とロズが厳しい声を出す。
うん、さすがに説教だろうなこれは。
「魔力を練る精度が低いわね。豊富な魔力に任せて初級魔術をその規模にするなら、最初から中級魔術にしたほうが魔力効率がいいわ。それに、もう少し放出する力を絞ったら威力も上がるわよ」
「ん、わかった」
え、この状況へのコメントはないの? ふつうに指導するタイミングなの? というか途中の詠唱を完全に省略してたけど、それは普通なの? ヴェルガナですら二小節くらい言葉必要だったよ?
「ルルク」
「あっはい」
「『言霊』はなるべく使わないように」
「えっ」
戦闘で安全に使える唯一の生命線なんですが?
これを封印したら俺にできることはただひとつ。囮になることだぜ。
「いいこと? 私もレベル1のあなたの術がCランクの魔物相手に通じるなんて思ってなかったわ。たしかに『言霊』は神秘術にしては融通も効きそうで、いろんな場面で使えるでしょう……でも、使い勝手がいいと工夫が減るし、他の技術が成長しない。さっき『言霊』の効果時間が一瞬で切れたとき、つぎの一手を思いついていた?」
「……いえ、なにも」
焦っていただけだった。
「なら別の術を鍛錬して。独自の術を生み出せるってことは、あなたは想念法とも相性がいいみたいだから、想念法とまだ数が少ない置換法を磨くといいわ。だから今後は『言霊』を使うのは最後の手段にしておくこと。それがあなたにとって一番いい選択よ」
「はい、かしこまりました」
さすがの神秘王、言うことに説得力がありすぎた。
なんだかんだ言っても神秘術の頂点に立つ実力者だな。一度の戦闘で弱点と改善点を指摘できるなんて簡単なことじゃないはずなのに、経験値は伊達じゃないってことか。
俺が師匠の教育能力にだけは感心してうなずいていると、
「じゃ、次いくわよ――『閾値編纂』」
「ってちょっとまてええ!」
森の奥から駆けてきたのは、大きな牙の生えた虎。
サーベルタイガーじゃねえか。これまたCランク魔物。
「ほらルルク、新しい術を身につけるのよ」
「スパルタにも程があるだろーっ!」
新しい術を成功させるまでのあいだ、魔物が襲ってきては逃げ回り、エルニネールが規模を間違えた初級魔術を連発し、とばっちりで森が破壊され、また別の魔物が襲ってきてを繰り返すのだった。
一応、毒キノコ採取のクエストは達成できた。




