聖域編・8『そういう星の元に生まれてきたんだな』
【書籍化のお知らせ】このたび本作が第12回ネット小説大賞を受賞いたしまして、書籍発売となります。ひとえに読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございます。詳細は追って活動報告、X(旧Twitter)などでご報告します。
なお連載は今まで通り続けますので、今後ともよろしくお願いします!
荷馬車の復旧はすぐにおこなわれ、日暮れ前には街に入ることができた。
街の中心には大きなオアシスがあり、湿気のおかげで砂塵はほとんどなく快適だった。
交易の中継点のような街なので、宿や酒場はあるが観光的な場所はなかった。まあバルギアのように治安がよくなければ、都のような場所じゃない限り観光地なんて作りはしないだろう。
夜はオアシスのそばの宿に泊まった。
宿は満員でサーヤとミレニアは個室を予約していたが、俺とセオリーは部屋が余っておらず困っていたら、カルマーリキとメレスーロスの相部屋にベッドが余っていたので、そこに泊まらせてもらうことになった。
「セオリー殿下につきましては、この街で最も安全な場所を用意させますので私にお任せください」
「や!」
ラインハルトはセオリーの宿泊場所として領主に屋敷を使わせてもらえるよう交渉する気まんまんだったが、セオリーが拒否していた。
対応としては間違ってないだろうけど、気合が空回っていて可哀想だった。
「異端審問か。あたしたちエルフにとっては死刑宣告と同じことかな」
ベッドに腰かけて、濡れた髪を櫛で溶かしながら言うのはメレスーロス。
「各地の教会や信徒たちを悪く言うわけじゃないけどさ、やっぱり聖教国は別だよ。あそこは大昔からエルフにとってはなるべく入りたくない国だよね。他の国でも多少の差別はあるけど、完全に蔑まれている土地なんて聖教国だけだから」
人族至上主義の国か。
聖教国は他種族を亜人と蔑み嫌悪する。
エルフにとってそれは常識らしい。
「よく考えたら意味がわからないけどね。キアヌス神の庇護を受けたのは全ての種族なのに、種族差別ってなんで起こるんだろ。ルルクくんもそう思わない?」
「思いますね。むしろエルフのほうが俺たち人族よりも上位どころか最高の種族なのに。崇めるべきはキアヌス神ではなくエルフでもいいんじゃないでしょうか。エルフ教に変えさせましょう!」
「いやそれはどうかと」
苦笑したメレスーロスだった。
「ほんと、ルルクくんはエルフが好きだね」
「ええまあ」
「じゃあカルマーリキから猛アタックされるのもまんざらじゃないんじゃない?」
クスリと笑いながら言うメレスーロス。
ちなみにカルマーリキはシャワーを浴びに行っているので部屋にはおらず、セオリーは俺の後ろでとっくに寝ている。数日知らない相手と一緒に行動していたので、精神的にかなり疲れていたらしい。
「カルマーリキはなんていうかエルフって言うより……小型犬?」
「わかる。大きなペットって感じだよね」
「ホントそうです。飛びついてくるのはどうにかして欲しいですよ」
「へー。けっこうまんざらじゃなさそうだね」
え?
いまの会話のどこからそう思うんだろう。
「いくらメレスーロスさんでもそれは聞き捨てなりませんね」
「あはは、ルルクくんはツンデレだって知ってるからね」
「なんでみんなそう言うんですか?」
こんなに素直なのに! きゅるん!
そのあとも少しカルマーリキについて押し問答はあったが、ほとんど冗談のようなものだったのでおいておく。
それよりも、俺は少し気になっていたことを聞いた。
「メレスーロスさん、ハイエルフのスカラマギってひとのこと聞いていいですか?」
「……あたしはスカラマギ様と結婚はしないよ。いくらルルクに言われたってダメだからね」
「わかってますって」
それでひと悶着あったんだから、重々承知している。
「『聖樹の使徒』のことなんですけど、使徒の力って何か知ってます?」
ミレニアが言っていた『叛逆者』は、全員が使徒だという。
それぞれが大きな力を授かっている……とは言うが、具体的なことを知っておきたかった。スカラマギはどう考えても『叛逆者』ではないだろうけど参考にはなるだろう。
メレスーロスは少し思い出すように窓の外を見つめてから、
「そうだね……あたしが知ってるのは『召喚』『聖魔術』『魔力結界』だね。『召喚』は、指定した相手を聖樹様のもとに呼び寄せる技だよ。エルニネールちゃんも聖樹様に召喚されたよね」
「ああ、あれですか。エルニは随分ご立腹でしたね」
「あたしも一度経験あるけど、前触れないから驚くよね。それで『聖魔術』は〝樹木の成長〟だね。生命に干渉していたから、まず間違いなく聖樹様の力だよね。最後は『魔力結界』だけど、これは聖樹様というより魔樹の力かな。魔樹は聖樹様の眷属だから、スカラマギ様は魔樹の力も使えるんだと思う」
「なるほど……」
直接〝祝福〟を与えている存在の力だけでなく、その眷属の力まで使えるのか。
それはなかなか強いな。ミレニアも苦労するわけだ。
「あとは『不老』だね。聖樹はこの星に根付いているから、寿命がないんだよね。生命力も星と同期してるみたいだし」
「……生命力を、星と同期?」
聞き慣れない言葉に首をひねる。
「そうだよ。聖樹様の根は星の核まで伸びているから、それを根こそぎ消去しない限り枯れないって言われてるよ。あたしたちエルフがヒト種で一番長寿なのも、たぶん聖樹様の眷属だから恩恵があるんじゃないかって教えられてきたよ」
「なるほど。聖樹は眷属の生命力そのものを底上げしてるかもしれない、と」
「うん。あたしたちは魔樹に近づくだけで聖樹様の方向がわかるし、けっこうしっかり加護を受けてると思うんだよね。スカラマギ様はさらに上位の加護を受けてるから、あたしたちエルフの象徴なんだよ。スカラマギ様がちょーっとマイペースでちょーっと他人の話を聞かないひとでも、みんな敬意を払ってるのはそれが理由だよ。結婚するかどうかは別だけどね」
なるほど。
今まではあまり意識してなかったけど、エルフたちの価値観ようやく根底から理解できるようになってきた。
そりゃ俺たち人族とは根本的に考え方が違うわけだ。便利になるからって森を伐採しないのも当然だな。
「って、そういえばエルニも眷属になってたな……」
「そうだったね。聖樹様がエルフ以外に加護を授けるなんて異例中の異例だよ。たぶん寿命も延びてるんじゃないかな?」
「かもしれないですね」
平均寿命が二百年の羊人族だけど、エルニはもしかしたらエルフと同じくらい生きるかもしれない。もしかしたらセオリーと同じくらい長生きするかも。
「ありがとうございます。色々と参考になりました」
「いいんだよ。それよりルルクくん、縮んだ理由は詳しく教えてくれるのかな」
「もちろん。カルマーリキが戻ってきたら――」
「ただいまルルク様ーっ!」
扉が開いて、すぐに飛びついてきたカルマーリキ。
「しーっ、セオリーが寝てるから」
「あっごめん……ふたりきり……ルルク様、メレスーロスに変なことされなかった?」
「されてないされてない」
隙を見てセクハラしてくるサーヤじゃあるまいし。
カルマーリキは俺の隣に座る。小柄だからいつもは見下ろしていたけど、やはり今の俺ではカルマーリキすら見上げるようになっている。
「はやく元に戻りたいな」
「そういえばルルク様たちってどうして聖教国にいくの?」
「それはだな――」
俺はもう一度、さっきメレスーロスに話した内容を学術都市に訪れたあたりから時系列順に話した。
中央魔術学会の魔導十傑たちに出会ったこと、〝黙示録の獣〟のこと、ミレニアを助けたら縮んでしまったこと、聖女が治せるかもしれないから聖教国に向かおうした直後、異端審問に呼ばれたこと。
「へ~色々あったんだね。ウチもクエスト行かずについてけばよかったな~」
「カルマーリキの護衛クエストはどう? ちょっと訳ありっぽかったけど」
「じつは獣王国の依頼でね、攫われた王女様を助けに聖教国に潜入ミッションだよ。さっきまで一緒にいたのは獣王国の兵隊さん。ルルク様のことを話したら、ぜひ手伝って欲しいって言われちゃった。もちろん断ったけどさ」
「まあSSランクになったからな。指名依頼料ハンパないぞ」
「「え」」
目を点にする二人だった。
そういえばまだ言ってなかったっけ。
でもまあ、SランクでもSSランクでも俺たちにとってはあまり変わらなかった。みんなダンジョン探索を楽しんでいるから、ギルドが困っている高難度クエストくらいしか普段は依頼受けないし。
そう思っていたら、カルマーリキが半泣きになって言った。
「ウチ、いつかちゃんとルルク様のパーティに入れるの……?」
「あっ」
【王の未来】に入るため、この半年間必死にクエストを受け続けてきたカルマーリキ。
最初の頃はパーティを組んでくれる相手がいなくて、ソロでひたすら泣きながらクエストを達成していた。メレスーロスが組んでくれなければ、いまだにソロだったに違いない。
とにかく、SSランクにパーティ加入する条件はどうなるんだろう。
もかしたら新規加入不可とかあるかもしれない。
「あとで確認してみるけど……なんというか、そういう星のもとに生まれてきたんだな」
「ルルクさまぁ」
俺の膝の上に覆いかぶさって泣くカルマーリキだった。
さすがにこればっかりは俺も同情した。
翌朝、カルマーリキとメレスーロスは俺たちより早く出て行った。
結論からいうと、SSランクへの新規加入条件はSランクと同じだったが、試験がかなり厳しいということだった。そもそもSSランク昇格はミレニアの承諾がいるため、試験もミレニアがおこなうらしい。
いままで数度挑戦者がいたらしいが、合格したひとはいないんだとか。
つぎに会ったら伝えるつもりだけど……カルマーリキ、がんばれよ。
そんなこんなで宿の一階で朝食を摂ったあと、俺たちは迎えに来たラインハルトとともに宿の厩舎へ向かった。
ガトリンは先に来て馬の世話をしており、軽く挨拶をしてから車庫を開く。
すぐにラインハルトが息を呑んだ。
「なっ! 何が起こったのです!?」
馬車は傾いていた。
後ろの車軸が折れて、後輪が車体に潰されていた。
「み、みなさん申し訳ございません。出発の時間が少々遅れることになりそうです……」
「みたいですね。修理、できそうですか?」
「すぐに手配します。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
頭を下げるラインハルト。
馬屋ならまだしも車庫はさすがに夜中は無人になる。こういうイタズラはたまにあるので、ラインハルトを責めるのは筋違いだろう。
「俺たちは大丈夫ですよ。オアシスのそばに露店街もあるみたいですし、買い物でもして待ってますね」
「申し訳ございません。なるべく急がせますので」
ラインハルトは慌ただしく走って行った。
車軸が折れた馬車に近づいて、様子を見ているのはサーヤ。傾いでいるので危ないが、サーヤのステータスなら倒れて来ても怪我はしないだろう。
「サーヤ、ミレニア。偶然だと思う?」
「妾は疑っておる。イタズラにしては手が込んでおるのでな」
「私も誰かの作為を感じるかな。昨日の倒れた荷馬車も車軸が折れてたけど、通り過ぎるときに見た感じだと折れた部分に切断痕があったのよね。誰かがわざとやったのかなって思ってたの」
「そうなのか?」
全然気づかなかった。
さすがサーヤ、周りをよく見ている。
「この馬車は潰れてて見えないけど、もしかしたら私たちの旅を誰かが妨害しようとしてるのかもしれないわね。異端審問にかけたくないとか」
「異端審問を邪魔するメリットがあるやつなんているか?」
俺たちに悪意があるなら、むしろ異端審問なんて喜んで送り出すはずだ。
逆にもし俺たちを手助けするつもりでも、教会を敵に回してまでこんなことをするメリットは思い浮かばない。時間は稼げても異端審問そのものはとりわけ期限などないはずだ。
サーヤは少し考えて、
「もしかしたら聖教国も一枚岩じゃないのかもね」
「というと?」
「私を異端審問に呼びたいひとと、それを阻止したいひとがいれば、呼ぶと同時に妨害工作をするのも理解できるわ。私たちをどうこうするっていうより、駆け引きに巻き込まれてるのかも」
「それはあり得るのう。特に今回の異端審問の件、あきらかに誰かの思想が絡んでおるからの」
ミレニアも同意していた。
確かに、この旅路を妨害することそのものが目的ってこともあり得るか。
策謀や知略が苦手な俺は、同じく思考放棄しているセオリーと一緒にウンウンうなずいておく。
「どっちみち時間稼ぎが目的よね。ここで半日ロスしたら野営ポイントも変わるから……この先も妨害があったら数日は遅れるかもね」
「直接何かしてくることはないと思うが、気を配っていたほうがよさそうじゃの」
「わかった。俺も気をつけておくよ」
もとより仲間たちへの直接的な悪意には『神秘之瞳』を光らせているが、さすがに馬車までとなると目が足りない。まあ妨害されて到着が遅れても俺たちに実害はないので、身の回り優先に変わりはない。
「とにかくしばらく復旧待ちだし、オアシスの市場でも観に行こうぜ。露店街で掘り出し物でも探そう」
「はい! 私デザート食べたい!」
「我も甘味を所望する!」
サーヤとセオリーが小走りで先を行くので、俺とミレニアもすぐにオアシスへ向かったのだった。
あとがきTips~仲間たちの寿命の変化~
情報整理がてら、現在時点のルルクと仲間たちの想定寿命と、変化状況を記載。
・ルルク(廻人種) 80年 →不老。不老なくても残り300年以上
・エルニ(羊人族) 200年 →400~500年?
・サーヤ(人族) 80年
・セオリー(真祖竜) 500年以上
・ナギ (魔族) 400年以上
・リリス(人族) 80年
・カルマーリキ(エルフ族) 400年以上
・ミレニア(人族) 不老。不老なければ残り30年
〇〇以上という表記は、個体差が大きい種族。
ちなみに元気が有り余っている竜王は現在400歳くらいだが、人間で言うとまだ30代程度の肉体。たぶん1000歳まで生きる。
加護や祝福のさらに細かい説明は、おそらく本編ストーリー上で説明があると思うため省略。




