聖域編・1『ルルクという五歳児ふたたび』
拝啓、前世の両親へ。
お元気ですか?
俺はヘリコプターに潰されて異世界に転生してしまったけれど、なんだかんだあって元気にやってます。色々と成長してない部分もありますが、優秀な仲間たちに助けられてます。
いまも仲間たちに囲まれて楽しくやっています。
……いえ、嘘をつきました。
いま楽しんでいるのは仲間たちだけです。
俺は現在、もみくちゃにされてます。
理由を聞いて下さい。
どうやら俺は、十歳近く若返ってしまったようなのです。
原因は不明です。これから調べるつもりですが、仲間たちはみんな「戻らなくていい」とか言うんです。ちょっと酷くないですか?
俺が小さいのをいいことに、目をキラキラさせて順番に振り回したり締め上げたり匂いを嗅いだりとやりたい放題やってます。セクハラモラハラのオンパレードで、拒否しても無視されます。
……人権って、なんですか?
母さん。
あなたなら父さんが若返ってもそんなことしませ…………いえ、いまのは忘れて下さい。
父さん。
あなたは若返ったことなんて…………いえ、いまのも忘れて下さい。
父さんと母さんのことを思い出したらなんかどうでもよくなりました。
俺なんてまだまだ経験が浅い若輩者ですね。文句を言ってすみませんでした。
とにかく元気でやってるので、心配しないで下さい。
そっちも風邪を引かないようご自愛くださいね。
転生した息子より。敬具。
□ □ □ □ □
「……で、そろそろ決まった?」
ノガナ共和国、学術都市の高級宿の一室。
月が煌々と照らす銀の夜、議論に白熱しているのは仲間たち。
あくび混じりの俺の質問はスルーされた。
「笑止! 今宵、主は我の腕で眠る!」
「順番は守るです! 本来のローテーションはナギの番のはずです!」
「ん、ちがう。わたしのばん」
「旅の間はローテーションは休みと約束したじゃないですか。特別な日にお兄様と寝るのは妹の特権です!」
ギャーギャーと言い合う女子たち。
かれこれ一時間、同じような口喧嘩を続けていた。
俺はため息をつきながら首を真上に向ける。
「なあサーヤ、なんで止めないの?」
「こうなったら私でも無理よ」
サーヤは膝の上に座る俺の頭を撫でながら肩をすくめていた。
そう、いまの俺は五歳児なのだ。
だからサーヤの膝にも余裕で座れてしまう。
そんな小さな俺との添い寝の権利を賭けて、女性陣はヒートアップしているところだった。
たくさん並んだベッドはすべてシングルサイズ。
一緒に寝れても一人が限度なのだ。
「愚問! 我こそが主の隣に相応しいと深淵が囁いている!」
「ナギの番です! たまに譲ってやってるから今回ばかりは譲るです!」
「わたし」
「みなさんお兄様の意見を聞きましょう。ねえお兄様、リリがいいですよね。ね?」
こわい。
小さくなっただけなのに、なんでみんな獲物を狩る肉食獣みたいな目で見てくるんだよ。
あと誰を選んでも角が立つので、俺は静観すると決めている。どうせ眠ったら誰が隣だろうと一緒なのになぁ。
「ねえルルク、今日は屋敷に帰ったらどう?」
「あ~そうしよっかな」
良い提案かもしれない。
このままだと朝まで生討論って勢いだしな。
「サーヤお義姉様なんてことを!」
「サーヤひどい!」
「裏切り者です!」
「さいてい」
総口撃を食らったサーヤは、苦笑いを浮かべていた。
ちなみにプニスケはとっくに寝ている。ひとりがけのソファでぐっすり気持ちよさそうだ。一緒に寝るならプニスケが良かったよ。
本気で屋敷に帰って一人で寝るか考えていると、
「……みなさん、お兄様が逃亡した場合は協定を結びましょう。まずはセオリーさんがお兄様の居場所を特定し、エルニネールさんが転移する。知らない場所に転移されても私の遠視スキルで補助しますので大丈夫です。もしお兄様が術を使って妨げるようならナギさんの出番ですね」
「もしかして俺詰んでない!?」
仲間たちが手を組んだら、世界のどこにも逃げ場がないことを知ってしまった。
そしたら屋敷に帰っても同じことか。
ここでどうにかしなければならない。睡眠を賭けた仁義なき戦いが、いま始まる!
「さてお兄様。どなたを選びますか? もちろんリリですよね?」
「我こそ至高の眷属!」
「しょうがないです。ナギが寝てやるです」
「うわき」
「ちょっとみんな、落ち着いて」
迫ってくる女子たちを、サーヤが止める。
やはり頼れるのはみんなの世話役か。
「そんなにルルク抱っこして寝たいならさ、勝負にしない?」
「勝負ですか。しかしお義姉様、特技もバラバラなこの面々で公正な勝負ができるとは思いません」
「そこは私がなるべく不公平にならないよう選ぶわよ。もちろん私は参加しないわ。これならどう?」
「……サーヤお義姉様がおっしゃるなら」
「異議なし」
「わかったです」
「ん」
なんとなく落ち着く一同。
サーヤは軽く手を叩いて、
「なら夜も遅いけど、抱き枕争奪戦を開催するわね。勝負は……そうね、実力差が出ないように運にしましょうか。ステータスの幸運値は差があるけど、短期的な運ならそこまで差は出ないはずだし」
サーヤはあえて言わなかった。
どんな勝負にしても、勝負運がやたら低いセオリーだけは勝ち目がないことを。
俺もそれを分かっていたが、セオリー本人はやる気満々で拳を握っていたので黙っておいた。
まあ今夜だけは勝てるかもしれないからね。ウン。
「勝負方法はいかがしますか?」
「そうね……じゃあ、私がこの窓から適当に紙飛行機を飛ばすから、それがどこに落ちるか当てるっていうのはどう? 落ちる家の屋根を選んで、誰かが当たったらそれで終わり。これなら楽しいでしょ」
「気流を読む力が試されるわけですね」
「適当に折った紙飛行機なんてそんな素直に飛ばないわよ。本当に運なのよコレ。あ、エルニネール、当然魔術は禁止だからね」
「ん」
「こっそりやっても私とリリスさんは魔力視えるからダメよ」
「……ん」
エルニが不満そうだ。
ナギとセオリーも同意して、着地点当てゲームを始めたサーヤたち。
「じゃあ最初の一投よ。どこに行くと思う?」
「では、あそこの白い屋根の家にします」
「ふっ、漆黒の住処なり」
「ナギはあの赤い家にするです」
「きいろのいえ」
それぞれが指をさして、サーヤがそれを確認すると紙飛行機を投げた。
ふわりと風に乗り、飛んでいく。
ゆらゆらと揺れ、前に行ったり左右にぶれたり、不規則な軌道で落下していく。
固唾をのんで全員が見守るなか、紙飛行機は誰も指定しなかった青い屋根に落ちた。
「残念ね。『装備召喚』っと」
サーヤが紙飛行機を手元に戻した。
「じゃあ次は?」
「あちらの白い屋根にします」
「漆黒の住処なり」
「いまと同じ青い家です」
「あかいいえ」
サーヤがまた投げる。
また全員外れ。
ほとんど風はないが、やはり角度や気流の違いで大きく軌道が変わっているようだ。
その後も何度も投げては戻してを繰り返した。
驚く程に全然当たらない。みんななんとか気流を読んで当てようとするが、惜しい時はあっても正解することはなかった。ちなみにセオリーは最初から最後まで漆黒の住処一択だった。
しばらく投げていると、まずセオリーがあくびを我慢できずにうつらうつらをし始めた。
「我は……しっこくのぉ……」
「セオリーはちょっとそこで休んでて。黒い家に当たったらセオリーの勝ちにしてあげるからね」
「うん……」
よたよたとベッドに近づいて、倒れるように眠るセオリー。
一名脱落。
「じゃ、続けるわよ」
サーヤはそれからも何度も投げ続ける。
月が雲に隠れても正答者は出ない。
次に諦めたのはナギだった。
「……これ以上は無駄です。不眠は背が伸びなくなるので寝るです」
そう言いつつも、眠気を我慢できないようで半分目は閉じていた。
ナギはセオリーの隣に寝ころぶと、すぐさま寝息を立て始めた。
「二人はまだ大丈夫なの?」
「もちろんです」
「ん」
おそらく徹夜も苦じゃないリリスと、負けず嫌いのエルニの戦いは続く。
だが、何度やっても当たらない。まるで誰も当たらないよう運命を操作されているようだ。
……ん?
運命を操作?
「ま、まさか……」
俺が小さくつぶやいたとき、紙飛行機を飛ばしたサーヤがちらりと振り向いた。
パチリ、とウィンク。
……や、やってやがる!
確かにサーヤのスキルなら結果は思いのままだ。
しかも器用にリリスの死角で発動しているので、霊素の動きがバレることもない。
明らかなイカサマだ。
しかし!
俺がそれを指摘することはもちろんない。サーヤの意図を感じ取った俺は、悠々自適にベッドに寝転がった。
サーヤのスキルが絡めばどんな可能性も百パーセントだ。待ってても決着がつくわけがない。
「そろそろ当ててよね二人とも」
「では白い家で」
「あお」
俺が寝ていることにも気づかずに、勝負に熱中するのだった。
ちなみに、明け方まで飛行機を飛ばし続けたらしい。
「どれだけ感謝しても足りないくらいじゃ」
翌朝。
徹夜したせいで爆睡中のサーヤたちを置いて、俺は冒険者ギルドの総本部に来ていた。
正しくは元総本部だ。
天空の塔は崩壊して、わずかに残った外壁の内側――酒場の跡地に仮設ギルドが建っている。
ギルドにはほとんど人がいなかった。クエストボードには復興手伝いの依頼書が溢れ返っている。
いまは学術都市総出で東街の復旧作業中だった。
とはいえ『中央魔術学会』がある都市だ。土魔術のスペシャリストも大勢いるため、かなりのハイペースで瓦礫が撤去され、新しい家が建っていくようだ。
この世界の建築技術は本当に凄い。
ミレニアは総帥としてギルド周辺の建設指揮を執っていたが、俺が顔を見せるとすぐに現場を抜けて仮設ギルドに案内してくれた。
防音魔術器が設置された応接室に入ると、ミレニウムのフリをやめたミレニアはまたもや頭を下げた。
「ありがとうルルク。礼は必ず」
「いいですよ、俺がやりたくてやったことですから」
俺が断ると、やや不満げな顔をしたミレニア。
そんなに礼をしたいのかなと思ったら、予想の斜め上の発言をした。
「ルルク、なぜ敬語に戻したのじゃ? 昨日は敬語を使わなかったじゃろ」
「そりゃあ大先輩だからですよ。姉弟子ですしね」
「……そうか」
捨てられた子犬のような顔をした。
……あれ、これってひょっとして。
「敬語、ないほうがいいの?」
「よいのか!?」
パァっと顔を明るくした幼女。
うん、幼女の笑顔はプライスレスだね。
昨日は本気で友人扱いされたのが嬉しかったんだろうな。それなら俺も面倒な敬語なんてポイだ。
「ならこれからは呼び捨てにするよ」
「うむ! 恩に着る!」
「いいってば。ミレニアも俺のことはパパって呼んでね」
「そ、それは……」
頬を染めてごにょごにょするミレニア。
父性が刺激されるぜ。
「お、おぬしも妾と同じ背丈になったのじゃ。さすがにパパ呼びはマズいじゃろ」
「なら二人だけの時でいいよ。それとも神秘術の賢者は恩も返せないとでも?」
「今回の見返りがそれだけとは……わ、わかったのじゃ。パパよ……」
「え? 声が小さいなぁ?」
「パパ……」
「もっと甘える感じで」
「パパ~」
「百点だぜ!」
「なにをさせとるんじゃ!?」
恥ずかしそうにツッコむミレニアだった。
まあ冗談はさておき(冗談ではないが)、
「それで昨日は詳しく話せなかったけど、俺が縮んだ原因って心当たりあったりする?」
「妾の時と同じく生命力が尽きかけておるのではないのか?」
「それはないよ」
さすがに確信があった。
生命力そのものは隠しステータスらしく鑑定では判定できないが、ある程度自分で感じることはできるし、レベルで上昇するステータスなので俺の生命力が尽きかけているなんてことはあり得ない。
なぜなら俺は超越者。しかもレベルは250超えだ。
人族のままだったならまだしも、廻人となって種族制限がなくなったいま俺の生命力は人間のソレではない。
ミレニアにたっぷり力を分けてなお、三百年分くらいは残っているはずだ。
体感的にはそれほど余裕があるのに、俺の姿は縮んでしまった。
そこが謎なのだ。
さすがに俺も自由自在に見た目の年齢を変えることはできないから、こうして知識豊富な姉弟子を頼っているのである。
「そうじゃな……なら、おぬしが使った数秘術の影響かもしれんの」
「『領域調停』の?」
「妾とステータスを同化させたことが原因の可能性がある。例えば、赤と青の重さの違う液体を混ぜたとき、元に戻すためには攪拌するじゃろ? その攪拌が不十分じゃと相手の色素が一部残ることがある。それと同じで、おぬしが同化を解いたときに外見年齢だけが妾の状態に引っ張られたのかもしれん」
「……あ、なるほど」
その可能性は高そうだな。
あの時は肉体も同化していたから、赤ん坊のミレニアに生命力を与えてから戻ったとき、俺の肉体も五歳になってしまったかもしれない。ステータスだけ同化させる程使い慣れてなかったから、単純な調整ミスが起こったんだろう。
「というかミレニアもけっこう生命力を与えたのになんで五歳で止まったの?」
「それが妾にもわからぬのじゃ」
与えた生命力はたっぷり数十年分はあるはず。本来なら全盛期のミレニアに戻ってもよかったはずなのに、五歳の見た目になってしまった。
こっちも謎だな。
まあ、そもそも二人の人間が同化したこと自体がトンデモ現象だったはずだ。勢いでやったけど、最悪は元に戻れなかった可能性もあるから、副作用が俺たちの外見年齢だけだったら幸運だったとも言えるだろう。
前向きにいこう。
「しかしその体は何かと不便じゃろ」
「そうそう聞いてくれよ~。昨日の夜にさ、自分が俺を抱き枕にして寝たいって女子たちが騒いでさ、サーヤがいなければ今頃は寝不足まっしぐらだったよ。俺はひとりで寝たいって言ってるのにさ。俺はぬいぐるみじゃないっての」
「……気持ちはわからんでもないがの」
「え?」
「な、なんでもない」
なぜか目を逸らすミレニア。
「それより体を元に戻せるか、妾が情報を集めてみよう」
「いいの? 俺たちふたりとも不老だし、強制的に年をとらせるのはかなり難しいと思うけど」
「できる限りのことはさせてくれ。頼む」
さすがに真っすぐな目で見つめられたら、俺もうなずくしかなかった。
「わかった。頼むよ」
「うむ。それとおぬし、他に欲しい情報はないかの? ギルドがこの有様じゃから、情報以外のものはろくに提供できぬが」
「うーん」
何があるかな、と考えてすぐに思い出す。
アイテムボックスから小さな袋を取り出して、中身を見せる。
「そうだ。コレに見覚えはある? 俺の前世ではコメって呼んでた作物なんだけど、この国のどこかの村にあるらしくて」
「ああ、これなら知っておる。ホンマイと呼ばれる穀物じゃの……ちょっと待つのじゃ」
ミレニアは棚から地図をひっぱり出してきた。
ざっくりとしたノガナ共和国の地図だ。
その南西部を指さして、
「このあたりに小さな隠れ里がある。そこで太古から栽培されているものじゃな。滅多に出回らんが、それゆえ印象に残ってての」
「ここ? かなり山奥だな」
地図を見る限り、まったくと言っていいほど村も道もない。
ミレニアはうなずいた。
「当然、議院の管理も届かぬ秘境の地じゃ。じゃがもしホンマイを求めてここに行くなら、気をつけるのじゃぞ」
「魔物の生息地だったり?」
なんせ人里離れた山奥の山奥だ。
さぞかし強い魔物も棲んでいるんだろう――と思いきや、ミレニアは首を振る。
声を低くして、真剣な顔で言った。
「むろん魔物も強いが、おぬしの敵ではないじゃろ」
「なら気をつけるのは何?」
俺が首をひねると、ミレニアは目を細めて小声になった。
「いまから教える情報は完全に極秘じゃ。決して仲間以外の者には伝えてはならん。よいな?」
「それはいいけど……なんで?」
「知った者は殺されるからじゃ。妾やおぬしでも、完全に安全とは言い切れぬ相手にの」
なんと物騒な。
なら言わなくてもいいよ――なんて言うような空気じゃないので、俺は黙ってうなずいた。
「黙ってるよ。師匠に誓って」
「ならよい。おぬしが探しているホンマイを栽培しているのは、古来より独自の文化と能力を備えた集団じゃ。そこにおる者たちはみな、幼い頃から特殊な訓練を受けておる。村に住む者が全員じゃ」
「……特殊な訓練とは?」
「暗殺じゃ」
想像よりも、さらに物騒だった。
ミレニアは少しばかり不安そうな目で、俺を見て言った。
「かつて最強の魔王リーンブライトを暗殺したのも、その村の者と言われておる。ルルクよ、いくらおぬしとて敵対せぬよう気をつけるのじゃ。彼ら【暗殺教団】は、決して狙った獲物を逃がさぬ」
あとがきTips~ステータスの種族制限~
〇種族制限
以前、廻人の説明で記載しててましたが今回おさらいしておきます。
ステータスはレベルが上がると上昇しますが、種族によって上昇値に制限がかかります。それが種族制限です。
例えば、人族なら魔力値以外の全ステータスにバランスよく制限がかかってます。そのためどれか一つだけが飛びぬけて高いことは稀。羊人族なら魔力値と抵抗値(隠)の制限が少なく、エルフなら知力と生命力(隠)の制限が少ない、などなど(裏設定です)。
ゲーム的な言い方だと、制限が少ないステータス=成長補正が高い、とも言えますね。
『超越者』となったルルクはすべての制限がないため、レベルが上がれば全てのステータスが爆上がりします。隠しステータスの生命力も同じで、不老じゃなくてもエルフ並みに長生きできます。
……そういえば竜王もメレスーロスの母親も、ルルクに対して寿命が長ければうんぬんと言っていましたね。以上、隠しフラグってやつでした。




