弟子編・10『ロズのコーディネート』
本日投稿2話目です。2/2
ふわふわだ。
ふわふわな夢を見た。
雲の上で人をダメにするソファに座りながら、綿あめを抱きながら食べる夢だった。
ああきもちいい。
「ふわふわ……ふわふわ……ふわ……ん?」
目が覚めた。
いつもの自室のベッドじゃないからか、いつもより背中が固い。
なぜか床で寝ていたようだ。でもお腹側はとっても柔らかくて、軽く重みがある。
ゆっくり視線を下げる。
「ぬあっ!?」
白い幼女が体の上で寝ていた。
夢の中で抱きしめていたのは目の前の幼女――エルニネールだったらしい。すやすやと寝息を立てて眠る羊っ子は、ベッドから転げ落ちてきたのか俺の腹のうえで気持ちよさそうな表情をしていた。
あかん、これは事案や。
俺も9歳だから許される?
いやいや、事故だろうが何歳だろうが同意がない時点で立派な加害者だ。ごめんで済んだらケーサツはいらんのです。
慌ててエルニネールを持ち上げてベッドに寝かせておいた。さすがに同衾するわけにもいかずベッドは譲って床で寝たせいで、体がちょっと痛い。
ちょっとで済むのは、子どもの体の柔軟力のおかげだろうけど。
「ふぅ」
ひと息ついて落ち着く。
慣れない場所で、慣れないシチュエーションで目が覚める。
……本当に、家を出て旅を始めたんだなぁ。
似合わない感傷を抱いてしまう。二秒くらい。
さてと、朝食でもつくりますか。
とりあえず昨日の約束通りエルニネールにご飯を作ってやらねば。
まずは顔を洗ってからだな。
そう思って洗面所に入ったら――
「……。」
「……失礼しました」
そうだった。
ロズもいたんだった。
頭を下げながら洗面所から出る。
名誉のために言っておくが、決してラッキースケベのイベントが発生したとかそういうんじゃない。
ロズが鏡に向かって、キメ顔(笑顔)の練習をしていただけだ。首をかしげて若い少女の魅力をたっぷりと伝えるように。擬音語を当てるなら〝きゅるん〟とか〝きらりん〟だった。
……うん、何も見てない。
そういうことにしておこう。
顔を洗うのはあとにして、食事の下ごしらえをしていこう。
鮮度が落ちた野菜は小さく切って、まだ鮮度が高くてサラダでもいけそうなものは細く切って塩を塗りこんでいく。
肉は骨とその周囲少しだけを切り出し、刻んだニンニクを練り込んでから鍋に入れる。
ちょうどそこでロズが洗面所から出てきた。
「おはようルルク」
「あ、おはようございます師匠。水と火をもらってよろしいですか?」
「はい」
昨日のエルニネール同様、触れもせずに魔術器を起動したロズだった。しかもロズは視線すら向けずに。
さっきのことはお互いの記憶から消えていることになったみたいだな。
鍋の水が煮えると灰汁が出てきたので丁寧に取り除き、弱火に変えてしばらく放置。いい感じに肉の脂と骨のうまみが染み出したら、野菜を放り込む。中火に戻して野菜に火が通ったら、甘辛ソースを投入してもうひと煮立ちさせて角を飛ばす。風味が飛ばないうちに火を止めて、塩を入れて味を調えておき、胡椒をつぶして振りかければ完成だ。最初に作った野菜スティックは揉み込んだ塩をしっかり洗い流してから、皿に移す。
あとは硬い黒パンをスライスして、フライパンで軽く焼いておく。
「よしこれでいいな。エルニネール、朝ごはんできましたよ」
まだ寝ているエルニネールを起こす。
「ん……もうあさ?」
「朝ですよ。ほら、顔洗ってきてください」
「ん~……」
一度起き上がったと思ったら、また寝ころんだエルニネール。
「朝ごはん出来てますから、二度寝は禁止ですよ」
「ん……ルルクいじわる」
「なに言ってるんですか」
なんだかリリスを思い出した。
つい先日別れたばかりなのに懐かしいような気がしてしまった。寝ぼけているエルニネールを抱きかかえて床に立たせる。
昨日は18歳だからって身構えたけど、こうしてみればやっぱりただの幼女だ。単純に人族の俺とは年数の感覚が違うんだろう。
はぁ、なにを意識してたんだか。
「ほら、顔洗いますよ」
「ん……わかった」
洗面所に連れて行って顔を洗わせる。
ついでに俺も顔を洗う。
さすがにここまでくればエルニネールも目が覚めたようで、朝食の匂いに気づくと顔を拭くのもそこそこにリビングにテトテト駆け込んでいった。小走り可愛いね。
「いただきます」
「ん。たべる」
朝食は野菜スープと野菜スティック、焼きパンだ。
骨と肉の出汁がしっかりでてるおかげで、スープは奥深い味になってくれた。そこに焼いたパンをひたして食べると出汁のうまみがパンに染み渡り、ただ硬いパンがとても美味しくなってくれる。ラーメンがあれば入れて食べたいんだけどな。さすがにないか。
エルニネールも俺のマネをして、パンをスープに浸して食べる。
「んふ~」
頬がゆるゆるになっていた。
俺は幸せそうな幼女の顔に満足しつつ、野菜スティックで口直しをしながらパンとスープをゆっくりと食べすすめた。
エルニネールはスープがなくなるまでお代わりを続けて、ようやく満足したようだった。
「ごちそうさまでした」
「ん。おいしかった」
よし、これで今日もご飯をつくるという約束を果たせたな。
ほっと一息ついていると、エルニネールがテーブルに顔を乗せてこっちをじっと見て言った。
「ん、ルルク」
「はい? なんでしょう」
「つぎもつくって」
「……わかりました」
どうやら、エルニネールの食事係になりそうだった。
「それじゃあ冒険者ギルドに向かうわよ……と言いたいところだけどその前に、あなたたちの服を新調しておかないとね」
そう言うロズに連れてこられたのは、街の一角にある服屋だった。
なんの荷物も持ってこなかった俺はもちろん、エルニネールもゆるっとしたシャツとショートパンツ以外は何も持っていなかったみたいだ。
さすがに冒険者として活動する以前の問題だな。
「せっかく弟子がふたりできたんだもの。しっかり着飾らせてあげないとね」
どれだけ生きててもやはり淑女、ウキウキな気分を隠そうともせずに服を選んでいるロズだった。
日本にいたときから服装に興味がなかった俺としては、ロズの選ぶがままに任せるつもりだった。公爵家のときも、クローゼットに入ってる服を適当に着てただけだしな。
隣で興味深く店内を見回しているエルニネールは自分でも服を選びたそうだったが、他の客が近づくたびに俺の後ろに隠れてしまっていた。結局、ロズにまかせることになってしまっている。
ちなみにエルニネールはロズ謹製の認識阻害ローブを羽織っている。
もちろん羊人族を隠すためだ。認識阻害っていうのは不思議なもんで、認識阻害を知っている俺にはエルニネールの角が見えてるけど、他の人には見えなくなっている。知ってるか知らないかで効果が変わるみたいだ。
「ルルクはこれでいいでしょ。あ、短剣用のベルトポーチもいるわね。靴はどうせすぐ成長するからこんなもんでいいとして、あとは防寒用のマントくらいね。ねえルルク、黒と緑どっちがいいかしら?」
「どっちでもいいです」
「じゃあ黒ね。緑は魔術士の色だからエルニネールのローブにしましょうか」
俺の服はかなり手早く選んだ。
男の子の服にそこまでこだわる必要がないのは理解しているようだ。
結局できあがったのは、いかにも駆け出し冒険者っぽい無地の長袖のシャツとロングパンツ、動きやすそうなブーツと黒のマントを羽織った9歳児だった。小物は短剣を挿しておけるポーチつきのベルトだけ。
「つぎはエルニネールね……あっ、これ可愛いわ! エルニネール、ちょっとこっちにきて!」
対してエルニネールは着せ替え人形のごとく、ありとあらゆる種類の服を着せられていた。
試着すること数十回、ロズが満足するまでこだわりを重ねた結果、エルニネールの冒険者服が決定したのだった。
「可愛い! ほんっと可愛いわね! 隷属契約しちゃいたいわ!」
おい。
冗談でもやめてやれ、エルニネールが青ざめてるから。
しかしロズのテンションが爆発しそうなのもうなずけるな。
魔術士が好む緑を基調とした組み合わせにしたようだ。
胸元に細い緑のリボンをあしらったフリル付きの白シャツ、黒と緑のチェック柄の短いスカート、足元にはほんのすこし底上げされた艶のある革のブーツ。
靴以外はどこぞのお嬢様学校の制服みたいなファッションで、フワフワのショートカットとの相性は抜群だ。羊人族特有の手足のモコモコ羊毛もワンポイントになっていて、たしかにお洒落で可愛く仕上がっている。
もちろん深緑のローブには同じ認識阻害の術式を組み込んでいるので、知らない人からだと角や羊毛がバッチリ見えていても羊人族だと認識できなくなっているから安心だ。
育ちのいい箱入り娘にしか見えない。
「どうかしらルルク。嫁にしたくなった?」
「……似合ってますけど、冒険者っぽくはないですよね。どっちかっていうと淑女学院生みたいな」
「カワイイは正義なのよ。見た目重視で防御力は捨てたから、ちゃんと守ってあげるのよ?」
「師匠としてそれでいいのか」
やはりこの師匠、何かが間違っている気がする。
とはいえエルニネールはその服装を気に入ったようで、キラキラした瞳で自分の恰好を見下ろしていたからそれ以上の文句は言えなかった。
俺とエルニネールそれぞれ二着ずつ同じ服を購入したロズは、駆け出し冒険者ふたりを連れて冒険者ギルドに向かうのだった。




