賢者編・26『物理のスーパースター』
ベルガンド卿。
以前バルギアの盗賊団を壊滅させたときに出会った、わざと拷問を受けて興奮していたド変態のなかのド変態だ。
しかしその正体はノガナ共和国の上院議員であり、『土賢』の名を冠する魔導十傑の一人。土魔術においては世界トップと言われる凄腕の魔術士だった。
「久しいなルルク少年。ますます吾輩好みに育っておるようで何よりだ」
「こっち見んな」
「その刺すような目線もまたよい……吾輩、大・歓・喜!」
おい上着脱ぐな!
総帥として振舞うミレニアが咳払いをして、ベルガンドに話しかけた。
「卿よ、いまはそれどころではない」
「おっと失礼総帥殿。とんでもない気配が肌を撫でてくるせいか滾りが抑えられぬのだ。して、前方から来る妙なものが脅威の正体かね?」
「うむ。理術要素しか通じん、不可視の超巨大生物である」
「ほう。魔術は受け付けぬと?」
「純粋な質量のみが影響を与えられるようだ」
「どれ――『メタルスナイプ』」
ベルガンドが軽く手を振ると、地面からなぜか金属の弾丸が生成して射出された。
……土の中から金属元素のみを抽出して、弾丸として生成したのか。なんという土魔術の練度だ。
しかし魔術で結合していた弾丸は『悪食』の体に触れると拡散してしまい、巨体に金属粉が当たったところでダメージは通らなかった。やはり魔力の影響もゼロになるのは間違いなさそうだ。
「なるほど厄介な相手のようだ。これが生成系魔術だと、触れる事すら叶わぬのではないか?」
「その通りだ」
実際、ミレニアの水魔術は触れた瞬間に水そのものが消滅する。そのおかげで『悪食』の輪郭がわかったが。
ベルガンドは薄く笑うと、こっちに向かってくる脅威に向かってキラリと歯を光らせ、
「でれば吾輩が操作系魔術の神髄を見せてやろうではないか――『陸殿』」
発動したのは土魔術の禁術だった。
瞬間、さきほど崩れた土山がみるみる動いて形を変えていく。
さらに周囲の地面を巻き込んで、ミレニアが作った超巨大ゴーレムよりもさらに巨大になっていく。
完成したのは、『悪食の山』よりも一回り背の高い筋肉質ゴーレム。
……いや筋肉質どころではない。
鍛えられた下半身、引き締まった臀部、そして筋骨隆々の上半身にニッコリと笑った顔……高名な造形家が彫ったフィギュア並みに、高精度な肉体美を輝かせた超巨大な自刻像。
つまり、土でできた超巨大ベルガンドだった。
「……ふぅむ、少し前髪を失敗したな。よし作り直そう」
「魔力の無駄遣いやめろ!」
「そうか。では妥協しておこう」
造形を見て不満そうなベルガンド。俺が止めなければ絶対やってた。
色々とツッコミどころが多いが、スカイツリー並みにデカいゴーレムを作れるのはおそらくこの世界でベルガンドくらいだろう。都市ひとつを包み込めばこれだけで強固な要塞になる。確かに禁術になるレベルだ。
ベルガンドゴーレムで殴っても腕は分解させられるだろうが、ミレニアとは違って反動のダメージはないだろう。
「攻撃は趣味ではないが――フン!」
ベルガンドがシャツをはだけると、ゴーレムが拳を振るった。
『悪食』に直撃したその腕は、やはり魔力を消失させて結合が解ける。しかし土自体は消えず、大質量の土砂が『悪食』を引っぱたいたようになる。
さすがの『悪食』も、たたらを踏んだようだ。地面が揺れる。
「まだまだゆくぞ――ソイ!」
ベルガンドが服を脱ぐと、もう片方の腕を振り上げて下から土砂を叩きつけるゴーレム。
その後も魔力を練って崩れた土砂を拾い集め、ゴーレムの腕として再利用していくベルガンド。
ゴーレムがひと叩きするごとに、耳をつんざくほどの轟音が鳴り響く。降り注ぐ土砂が一帯を揺らし、ジリジリと『悪食』を後退させていく。
「……すごい」
素直な感想が、つい口をついた。
まるで怪獣大戦争だ。
透明生物を殴る巨大ベルガンドという絵面はかなりシュールだが、文句は言えない。
「ホレ! セイ! オォン!」
ゴーレム操作でなぜ脱ぐのかも疑問だが、効果があるから聞くに聞けない。でも頼むからバトルとギャグを混ぜないで欲しい。緊迫した場面が台無しになるだろ。
「フゥ……なかなかタフな怪物のようだ」
「あんたもだよ」
パンツ一丁になったベルガンドに言っておく。
とはいえ確かに『悪食』もさほど動いてはいない。数百メートルは後退させただろうが、数歩で元に戻ってくる位置だ。
足止め以上の効果があるのかも怪しい。
「このあたりが岩石地帯であればもう少し衝撃を与えられるのだが……仕方あるまい。総帥よ、頼みがある」
「なんだ」
時間を稼いでくれているあいだ、ミレニアは残っている動物たちを北へ北へと退避させていた。
その手を止めて振り返ったミレニアに、ベルガンドは真剣に言った。
「脱いでくれたまえ」
「……よし、殺そう」
「俺も同意です」
「待ちたまえ。そういうことではないぞ?」
俺とミレニアの殺意に、鼻息を荒くしながらも首を振ったベルガンド。
明らかに興奮してるし、そういうことにしか聞こえないんだが。
「吾輩、そろそろ魔力が尽きそうなのだ。ルルクよ、貴殿は鑑定スキルがあるそうだな」
「ええまあ。それが?」
「吾輩を鑑定してくれ」
「わかりました」
緊急時なので、とっくに鑑定は済ませている。
ベルガンドの戯言の理由はこれだろう。
【『悦びの超人』
>等級なしのユニークスキル。
>>性的な興奮状態の間だけ、皮膚に触れている物質の相対質量を限りなくゼロに近づける。物理の超星。】
純粋に強いスキルだ。
触れたモノの質量が体感だけでもすべてゼロになるなら、どんな攻撃も通らないだろう。重さとは力そのものだ。硬かろうが鋭かろうが、本人にとって綿毛と同じ重さなら滅多に傷など負わない。
なるほど拷問で斬られようが殴られようが、完全にノーダメージだったワケだ。
俺はミレニアに手早く説明しておいた。
「――というスキルがあるみたいです。脱ぎますか?」
「脱がぬ」
ピシャリと言ったミレニア。
そりゃそうだ。脱いだら認識阻害が解けて正体がバレるし、さすがのベルガンドも幼女には興奮しない……と思いたい。
「総帥殿の裸体を拝見できれば、吾輩、三日三晩でも戦い続けられましょうぞ!」
「……ル、ルルク……」
困った顔でこっちを見るミレニア。その手をゆっくりと上着にかけてしまう。
おい落ち着け! 変態が求めているのはイケオジエルフの肉体だ! それにもしこの変態が幼女にまで興奮できるとしても、世界を守るために幼女が脱ぐなんて展開は誰も望んじゃいない! 倫理委員会がカットインして俺たちの冒険がダイジェスト版になってしまう!
「し、しかし我の裸ひとつで力になれる可能性があるのなら……」
「俺が脱ぎます! 脱ぎますから!」
さすがに選択肢はなかった。
ベルガンドゴーレムもほとんど崩れており、さすがに何度も再生できるような無尽蔵な魔力はベルガンドにもない。
背に腹は代えられない俺は、不承不承、上半身をすべて脱いだ。
「おお! 細くしなやかな筋肉に美しい曲線美! やや幼いが見事な肉体だ!」
ベルガンドが完全に『悪食』から視線を外して、目を輝かせる。
その瞬間、ゴーレムが粉々に崩れ落ちた。『悪食』が体当たりを食らわせたらしい。
ものすごい量の土砂が降ってきて、俺はとっさに隣にいたミレニアと共に転移。少し離れた場所にいたベルガンドは、その土砂と『悪食』の踏みつけをモロに喰らってしまった。
「ベルガンドーっ!」
俺はつい叫んでしまう。
全長数キロの巨大生物の重量だ。さすがにその衝撃は計り知れない――
「呼んだかね!」
土煙を吹き飛ばし、平然と笑っていたのは言うまでもなくベルガンド。
白い歯を輝かせながら、片手で『悪食』の足を受け止めていた。
興奮が間に合ったらしい。
「ハッハッハ。たとえ山ほど重かろうが海ほど巨大だろうが、吾輩の前に〝重さ〟は意味など成さぬ――ソイヤ!」
ベルガンドは、『悪食』の巨体を片手で転がした。
衝撃が大地を揺らした。
……まさに超人。
シリアス展開もギャグにしてしまう、そんな規格外の人物だった。
「さあ不可視の脅威よ、吾輩と殴り合おうぞ!」
人生で初めて使ったワード。
「興奮が間に合った」




