賢者編・21『魔王暗殺の奸計』
■ ■ ■ ■ ■
「どうするクロウリーさん。結界内で魔術を使えるのは私だけだけど、結界、解いてみる?」
サーヤは挑発するように言った。
クロウリーは結界装置に指をかけたが、すぐに思い留まる。
腐っても魔導十傑だ。研究一筋で生きてきた戦闘素人とはいえ、サーヤになら魔術勝負で負けない自信はあるんだろう。だが結界を解除するとエルニネールが自由になる。
どちらにせよ窮地に立たされたクロウリーは、拳を握りしめながら怒りに震えていた。
「ぐ……所詮冒険者の分際で……」
「その冒険者に理解できない魔術を使われた気分はどう?」
「き、貴様あぁっ!」
激高したクロウリー。
中央魔術学会の大幹部だからか、普段から傍若無人に振舞っても咎める相手は少なかったんだろう。顔を真っ赤にして持っていた空瓶を投げてきた。
サーヤの足元に転がってくる空瓶。
いまさらそんな子供じみた行為に意味はない。
「ポイ捨てはダメだって教わらなかった? 返すわよ、コレ」
サーヤは瓶を手に取って、クロウリーに向かって投げ返した。
返したと言えば聞こえは良いが、軽く投げてもサーヤのステータスなら瓶ひとつでも凶器だ。目にもとまらぬ速さでクロウリーの腹に直撃した。
「ゴハッ!?」
後ろに吹き飛ばされて、口から泡を吐いて痙攣してしまうクロウリーだった。
「他のひとはどうするの? 私たちと一戦交えてみる?」
「……。」
研究者たちは項垂れてその場に座り込んでしまった。
クロウリーを心配するような人はいなかったが、彼らも彼らでエルニネールを本気で手中に収めたかったようだった。
兎に角、もう敵対するような相手はいなさそうだ。
「じゃあさっさとリーセロッテさんに報告して、国兵でもなんでも呼んでもらいま――」
その時。
後ろにいたエルニネールが、杖でサーヤの首を引っ張った。思わず上半身をのけぞらせてしまう。
その瞬間、さっきまでサーヤの頭部があった場所を、レーザーのような光線が通り過ぎていった。
レーザーは壁にぶつかると、音を立てて焦げ跡を残した。
……エルニネールがいなければ、いまので即死していただろう。
サーヤは肝を冷やしながら振り返った。
「避けてしまいましたか」
こっちを見ていたのは、名前も知らない研究者ひとり。
街ですれ違っても記憶に残らないくらい、平々凡々な顔立ちの女性だった。
「……いまの、あなたがやったの? 魔術は使えないんじゃなかったの?」
「魔術ではありませんよ」
女性はそう言って、手元にあった筒のようなものを振って微笑んだ。
「溜めたエネルギーを直線状に放射する装置ですよ。人ひとりくらいは軽く貫通する威力なのですが、欠点は照射範囲が狭く連射ができないことですね。もうひとつくらい手元に置いておくべきでした」
「あなた、何者?」
さっきまでとは打って変わって、明らかに他の研究者たちと雰囲気が違っていた。
彼女はてくてくと歩いていくと、気を失ったクロウリーのそばに落ちている魔術結界のスイッチを拾いながら言った。
「〝クイーン〟と名乗らせてもらいましょうか。訳あってこちらの施設に潜り込んでいたのですが、このままだとこのバカのせいでワタシも逮捕されかねませんので、計画を早めることにしました」
「……計画?」
「ええ。とても単純で、とても魅力的な計画です。クロウリーももう少し役に立つと思ったのですが、残念ながら貴女の実力は計算外だったみたいですね。この期を逃せば機会すらなさそうなので、無謀ですが挑ませてもらいますね」
「何をするつもりなの?」
「魔王暗殺」
クイーンと名乗った彼女は、エルニネールを舐めるように観察しながらそう言った。
サーヤは眉をひそめた。
「随分物騒な計画ね。あなたが主犯……じゃないわよね。誰の差し金なの?」
「それは秘密にしておきます。女は秘密を着飾って美しくなる、と雇用主からのアドバイスですし」
クイーンは微笑みながら、おもむろに白衣を脱いだ。
その下にはほとんど裸同然の服しか着てなかった。あの破廉恥な格好はたしかボンテージと言うんだっけ。その腰に鞭が括りつけてあって、いわゆる夜の女王様スタイルだ。
白衣に隠されていたが、かなりメリハリのある体だった。スタイル抜群といっても差支えがないが、さすがにそれでどうにかなるとは思えない。
「鞭ひとつでどうするつもり?」
「……あら、貴女たちには通じないようですね。やっぱりレベル差が大きいからですかね。なら、貴女はどうです〝女帝〟さん?」
クイーンが視線をリリスに向けた瞬間だった。
リリスが突然、クイーンに向かって膝を折った。
「はい、なんでもお申しつけくださいクイーンお姉様」
「え、ちょっとリリスさんどうしたの!?」
「なんですかサーヤさん。私、いまクイーンお姉様とお話をしているところなんです。邪魔しないで下さい」
「いきなり何を――」
「みりょう」
エルニネールがぼそっとつぶやいて、杖でリリスの襟首を引っ張って転ばせる。
「きゃっ」
「これ、たべる」
リリスの口にスゴ玉を放り込んでいた。
不味くてすぐに吐き出したリリスの腹を、杖で軽く叩いたエルニ。リリスが呻いて息を吸うタイミングで、スゴ玉をもう一粒放り込んだ。
その瞬間、ハッとするリリスだった。
「……あ、ありがとうございますエルニネールさん」
「ん」
お腹をさすりながら立ち上がったリリス。
さすがエルニネール、冷静で容赦のない動きだった。
「魅了スキルだったのね」
「そのようです。すみません」
申し訳なさそうなリリス。
すぐに魅了を解いたが、クイーンはそれも想定通りのようだ。
「もう対応されましたか、さすが高ランクの冒険者ですね。しかしこちらも準備を終えましたよ」
見ると、いままで傍観していた研究員たちが全員立ち上がっていた。おそらく彼らも魅了にかかってるのだろう。
そしてその手には、さっきクイーンが使ったレーザー兵器の筒が握られている。あれほどの数があったとは驚きだ。
「今度は全方位です。避けられますか?」
クイーンが笑みを浮かべ、研究員たちに指示を出そうとした。
その直前、
「〝動くな〟」
リリスが右手の指輪を掲げながら、英語を唱えた。
この場にいたリリス以外――エルニネールもサーヤも含めた全員が、その『言霊』の効力によって全身を硬直させてしまう。
ハイレベルのエルニネールですらその効力から逃れられない。いままで何度か体験させてもらっていたが、やはり英語の『言霊』はとても強力だ。
今度こそクイーンが驚愕していた。
「う、動かない……!?」
「魔術がダメなら神秘術でフォローする。サーヤ義姉様のようにはいきませんが、これくらいなら私にもできます」
リリスはそう言って、右手でサーヤとエルニネールに触れる。
するとサーヤたちの拘束だけが解けた。
「助かったわリリスさん」
サーヤは無防備な研究員たちに素早く近づいて、その手から筒を奪い取っていく。ひとまずアイテムボックスに回収しておいた。
クイーンはリリスに視線だけ向けて、落胆の声を漏らした。
「……どうやら〝女帝モノン〟を侮ってたようですね」
「その手のスイッチも貰うわね」
サーヤはクイーンの手から魔術結界の装置をかすめ取った。
すぐにスイッチを押すと、この一帯で不規則に乱れていた魔力が少しずつ戻っていく。
クイーンはこれ以上なく悔しそうな表情を浮かべた。
「……残念ながら失敗ですね」
「そうね。まったく、この結界のおかげで苦労したわ」
「クロウリーは嫌いですが、権威とやり方だけは賞賛すべきようでしたね」
「それももう終わりでしょうけどね」
いくら権力があろうが、研究欲に負けて直接手を出してきたのは明らかな犯罪行為。
エルニネールが魔王候補である以上、その責任は学会からも追及されるはずだ。かつリリスは公爵令嬢だから、もしノガナ国内で裁けなくても外交的な圧力がかけられる。無罪放免だけはあり得ないだろう。
このクイーンもそれは同じ。
「……そうですね。では最後にひとつだけ悪あがきを」
クイーンがつぶやいた瞬間、リリスが慌てて叫んだ。
「下がってサーヤお義姉様っ!」
「えっ」
クイーンの体内から、膨大な魔力を感じた。
局地的に熱量が膨れ上がる。おそらく体内で何かの術式が起動したんだろう。
自爆。
そうとしか思えない圧が、目を閉じたクイーンから広がり――
パンッ
小さな破裂音がして、クイーンの体がぐらりと傾いて崩れ落ちる。
……爆発はしない。ただ倒れただけだった。
クイーンは体内の急所を撃ち抜かれて既にこと切れている。何が起こったのかわからなかったようで、驚いた表情のまま息絶えていた。
何が起こったのか……は、サーヤには分かっていた。
間違いない。いまのは『裂弾』だった。
ルルクが心配して『神秘之瞳』で見てくれてたんだ。
サーヤとエルニネールが自分たちでなんとかすると息巻いていたから、本当に危険になるまで手は出さなかったんだろう。さすがにサーヤでは自爆を防ぐことはできないから、最後だけ援護してくれたんだ。
「さすがお兄様ですね」
「ありがとね、ルルク」
声は聞こえないだろう。
だけどいまも見ているはずのルルクに向かって、サーヤは微笑んでおいた。
その後すぐ、死んだクイーン以外の全員を拘束しておいた。
「こんなもんでいいわよね? エルニネールもそろそろ魔術戻った?」
「ん。ばんぜん」
「よし、じゃあリーセロッテさん呼ぼう。驚くでしょうけどね」
大幹部のクロウリーが気絶してて、研究員も全員拘束。
そのうえ一人は死亡しているのだ。
これは説明がややこしいだろうなぁ、と思った時だった。
「……さて、これはどうしたものかね」
鍵がかかっていたはずの扉が開いて、杖をついた小柄な老婆が部屋に足を踏み入れてきた。
背は低く、腰は曲がっている。鼻が鉤爪のように歪んでおり、緑のローブを深くかぶっていた。まさに絵にかいたような魔女だった。
魔女の後ろには武装した兵士が大勢いる。リーセロッテがその脇で混乱している様子が見えた。
彼らに敵意はないようだが、剣呑とした雰囲気なのも事実。
魔女はただ者ではなさそうだが、ひとまずサーヤは前に出て挨拶をしておく。
「初めましてかしら? 私はサーヤ=シュレーヌよ。まずはこの状況を説明したいんだけど」
「……ふむ。クロウリー卿が魔術結界を発動したことまでは知っている。それ以降の状況を説明しな」
鋭い視線を走らせて、魔女は部屋の現状をつぶさに観察していた。
サーヤは事情を説明した。クロウリーの目的も、研究員のひとりがクイーンと名乗って襲ってきたことも、エルニネールの暗殺計画があることも。
ただしルルクが介入したことは黙っておいた。クイーンはサーヤが手を下したことにしておく。
魔女は説明を受けると、静かに目を閉じてつぶやいた。
「アンタらには迷惑をかけたようだね。ワシもクロウリー卿の見境ないやり口には手を焼いておった。ここまであからさまに愚行をする男ではなかったはずだが……功を焦ったかね。近年は並列術式や純魔術と革新的な研究が多いから、古い派閥は追い込まれているとでも思ってたのかね」
「そうなのね。じゃあ私たちのことは――」
「だが殺人の罪は問わねばならん」
魔女はギロリとサーヤを睨んだ。
「卿のしでかしたことは謝罪しよう。だがね、研究員をひとり殺めたことに関しては不問にはできん」
「でも彼女、クイーンって名乗ってた密偵だったのよ? 妙な兵器まで使って私たちを殺そうとしてたんだから」
「無論、酌量の余地はある。卿の一派がもろとも貴殿らに危害を与えようとしたことも事実。だが殺人行為をまるきり不問というわけにはいかん。いくらエルニネール嬢の仲間だろうと、それだけは曲げられん」
「私たちを逮捕するの?」
「それは司法が判断する。だが無罪放免とはいかんはずだよ、その研究員が密偵だったという確実な証拠でもない限りね」
つまり完全擁護はできないってことか。
サーヤは理解したが、やはり納得はできない。まさか殺人罪そのものに問われるわけじゃないだろうけど。
と、そこでエルニネールが魔女に向かって首をかしげた。
「……だれ?」
「おや失礼、名乗っておらんかったかね。ワシはガノンドーラ。中央魔術学会の学会長をしている者だよ」
魔女の名は、中央魔術学会の最高権力者――ガノンドーラ。
もちろんその名前はサーヤも知っていた。
『時賢』の称号を持っている〝魔導十傑〟のひとり。
現時点で、世界最強と呼ばれる魔術士だ。
最強の呼び声高いその魔女は、エルニネールに向かって試すような言葉をかけたのだった。
「さてエルニネール嬢。アンタの叡智は、この局面にどう答えを出す?」
あとがきTips ~魔導十傑~
〇現在登場している魔導十傑
・『土賢』ベルガンド
>ノガナ共和国上院議員。中央魔術学会の幹部。土魔術のスペシャリスト。
>代表研究は『魔素溜まりの原理』
・『風賢』シモングス
>中央魔術学会の幹部。風魔術のスペシャリスト。
>代表研究は『属性相関研究』
・『導賢』クロウリー
>文部省の省長。中央魔術学会の幹部。医術ギルドの支部長。駆動術式のスペシャリスト。
>代表研究は『駆動術式による神経伝達』『種族因子における魔術的素養遺伝』など
>>ザックバーグ(現ゴーレム師団総指揮官)と同門でライバルだった。学生時代、駆動術式の研究にザックバーグの研究を一部盗用しているのではないかと学府内で噂があったが、証拠はなかった。研究者としては一流だが、人体実験を躊躇わない非情な性格のため黒い噂が絶えない。聖遺級レベルの義体を構成できるのがクロウリーだけであり、医療界や政界でも確固たる地位を持っている。
・『時賢』ガノンドーラ
>中央魔術学会の学会長。聖魔術のスペシャリスト。
>代表研究は『時間素子分析学』『聖属性因子分類学』
>>研究者としても超一流だが、戦闘においても世界最強の魔術士と呼ばれている。聖属性研究の第一人者だが、神々の力を借りる聖属性魔術に関して分析的なレポートをいくつも発表しているため、ハリーウッド聖教国とは犬猿の仲にある。




