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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅳ幕 【夢想の終点】

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賢者編・18『科学の申し子』

 

 この学術都市には、ひとつ有名な菓子がある。


 その名も『ブックパイ』というもので、しっとりとした薄いパイ生地に細かく刻んだドライフルーツとクリームを混ぜたものを塗り、それを何層にも重ねて四角くカット。その上から溶かした飴をかけて冷やせば、まるで本のような形のミルフィーユパイが出来上がる。

 ナイフを入れるとパリッと割れ、表面はサックリ中はしっとりとした食感を楽しめる。さっぱりとした甘みは紅茶にとてもよく合った。

 これを食べれば午後の勉学がはかどると、もっぱらの話題らしい。


 このブックパイを出しているレストランは人気店で、ランチタイムは予約客のみの営業だ。

 しかし今回はガトリンが気を利かせ、昨日のうちに予約してくれていた。

 本当に優秀な案内役である。今日もチップを弾む理由が出来たぜ。


「至高にして至純、まさに至福の味!」


 甘味好きのセオリーは珍しく、素直に褒めている。


 食欲旺盛なサーヤとエルニ、プニスケも一心不乱に食後のブックパイを食べていた。ガトリンを含めた全員でランチ時にわいわい騒いでいる俺たちだが、満員のレストランで騒がしいのはなにも俺たちだけじゃない。

 周囲では、観光客や常連の学者集団などが和気あいあいと話しながら食事を摂っていた。値段もリーズナブルで、家族連れもちらほらいるレストランだ。


「お兄様、はいあーん」

「あーん」


 ちなみにリリスは糖質が気になるようで、俺と半分ずつ食べている。

 リリスにあーんされてうまさ百倍増しブックパイを頬張りながら、俺は物珍しそうに店内を眺めていたガトリンに話しかける。


「そういえばガトリンさんって、学術都市の出身なんですか?」

「違うッス。生まれも育ちも聖教国ッスよ。この国に来たのは五年前ッス」

「それにしては、かなり馴染んでますよね」

「そうッスか? だとしたら嬉しいッス」


 照れたように笑ったガトリン。

 コミュ力が高いのは羨ましい。


「どうしてこの国で地図屋をしてるんですか?」

「オイラ、義足のためにこの街に連れて来られたッス。稼働テストで街中を歩きまわるって聞いて、せっかくなら地図でも作ろうと思ったッス。じつは地図屋はついでやってるだけで、本当は〝何でも屋〟ッス。手紙の配達や買い物代行なんかかもやってて、いつも街中を走り回ってるッスよ」

「そうだったんですか。それで走り屋って呼ばれてるんですね」

「そうッス! でもオイラの地図は評判いいんスよ? 各ギルドにも卸してるッス」

「そうだったんですね。じゃあ、ガトリンさんが直接声をかけてくれて俺たちは幸運でしたね」

「そ、そう言ってくれるなら嬉しいッス……」


 少し言葉を濁して苦笑していた。

 何か言いたそうな雰囲気でもあったが、なぜか気まずそうに黙り込むガトリン。


「お兄様、あーん」

「あーん……それとガトリンさん、この次に行く予定の国立図書館なんですけど、どれくらい広いんですか? なんでも昔の王宮を使ってるって聞いたんですが」

「昔から図書館は〝宮殿書庫〟って呼ばれてて、リーンブライトの遺言で造られた大陸一の大図書館なんスよ! 広さは中央魔術学会とほぼ同じで、蔵書数はもはや数えられないらしいッス」

「世界中の本が集まってるって噂は本当なんですか?」

「そうッスね! 販売されてる書籍なら、すべて写本にして納めてるって政府が喧伝してるッス!」

「くっ……おさまれ、俺の膝……!」


 ウズウズが止まらない!

 すぐにでも向かいたい気持ちが湧いてきたが、仲間たちがまだ食事中なので我慢。そう、ステイだ俺。ステイ!


「ルルクさんは本が好きなんスね! 冒険者なのに意外ッス」

「お兄様は幼い頃から本の虫ですから。屋敷の本も五歳ですべて読破してたんですよ」


 なぜかリリスが誇らしげに胸を張った。

 ガトリンはリリスが少し苦手なのか、若干離れながら返事をしていた。

 

「そ、そうなんスね……というか今更ッスけど、ルルクさんってリリスさんの実の兄なんスか?」

「言ってませんでしたっけ? 冒険者としては家名は名乗ってないですけど、本名はルルク=ムーテルでリリスの腹違いの兄です」

「えっ……じゃあルルクさんも公爵家の直系?」

「そうですよ」

「ええっ!?」


 スタンピード事件の後から、マタイサ王国では公然の秘密になっている俺とムーテル家の関係。

 あのあと実は父親(ディグレイ)と話し合って、もはや隠しておく必要もないと合意していた。わざわざ自分から公表はしないが、リリスがルニー商会のトップであることと同じく情報通ならとっくに知っている。


 ディグレイは俺の家名はともかく〝女帝(モノン)〟の正体を隠さなくなったことを嫌がっていたが、むしろ国王(ブレッド)はかなり喜んでいたっけ。

 したたかな王様だよ、ほんと。


「そ、そうだったんスか……馴れ馴れしくしてすみませんッス」

「いえいえ公爵家の地位はほとんど捨ててますし、気にしないで下さい。むしろもっと気楽にしてくれると嬉しいです」

「努力するッス……」


 なんだか恐縮されてしまった。

 せっかくできた知り合いに立場のせいで距離を置かれるのは、俺も本意ではない。とはいえ無理に友人の距離感で接しろとは言えない。それはそれで命令になる気がするしな。

 いまになってママレド殿下の気持ちが少しわかった気がする。


「あらお兄様、カップが空ですね。つぎも無糖でよろしいですか?」

「うんありがと。ここの紅茶ほんとにパイに合うんだよなぁ」


 紅茶好きとしてはたまらない。


 しばらく優雅なデザートタイムを過ごし、全員が食事を終えてそろそろ図書館に向かおうか――という時だった。

 店を出る前に手洗いに立ったナギが、戻ってくるときにある人物がいることに気づいた。


「サーヤ、隅の席にあの子がいるです」

「え、だれ?」

「元桜木です」


 ナギが指さしたのは、店のカウンター席の端っこに座って、皿に顔を突っ込むようにして食事を摂っている白衣姿の銀髪だった。

 分厚い瓶底メガネをかけて表情は見えないが、あの風貌と脂でテカっている長い髪は間違いなく彼女だ。研究の合間に食事を摂りに来たんだろう。

 サーヤは少し迷って、俺に相談を持ち掛ける。

 

「……どうする? 声、かけてみる?」

「うーん。食事中だしいいんじゃないか?」

「そうよね。じゃ、そっと帰ろうか」


 サーヤがそう言った時だった。

 何かを感じ取ったのか、彼女はぐるりと首を回してこっちを見た。口の端にパンくずをくっつけたまま立ち上がり、スタスタと歩いてい来る。

 テーブルの横まで来ると、メガネの奥から俺の顔をじっと見つめてきた。


「……あ、やっぱり。昨日のイケメンくんだよね」

「ええっと」


 まさか向こうから話しかけてくるとは。

 元桜木メイは顔を俺にずいっと近づけて、鼻息を荒くした。


「にゅふふ、やっぱあたしの好みのタイプだ」

「そ、そうか。それは何より……」

「どうかな? あたしと交配の実証実験でもしてみないかい?」

「昼間から何言ってんだあんた!?」


 指をスコスコし始めた変態に、ついツッコむ。

 変態はニチャっとした笑みを浮かべた。


「にゅふふ冗談だよ。でもここでせっかく会えたんだし名前くらいは教えてほしいな? あたしのセンサーが反応してる感じ、君たち、ただ者じゃなさそうだし」


 変態の視線は食後で眠そうなエルニを向いた。

 おそらく昨日、特別対応の腕輪をつけていたのに気づいたんだろう。


 俺はサーヤと顔を合わせてうなずいた。


「わかった。こっちも少し話があるし」

「ほんと? じゃあちょっとまって、お皿取ってくるから」


 そう言って変態はカウンターから皿と荷物を持って、俺たちのテーブルに移動するのだった。






「あたしはフェリス。知っての通り中央魔術学会の研究員だよ。イケメンくんは? 名前なんていうの?」

「俺はルルク。冒険者パーティ【王の未来(ロズウィル)】のリーダーをつとめてる」

「じゃあその子が魔王候補ちゃんで、噂の竜姫ちゃんは……そっちのゴスロリっ子でしょ」

「ん」

「我が正体を看破するとは……その瞳、貴様も邪眼使いか」

「このとおり不愛想なのがエルニネールで、少々不治の病を患ってるのがセオリー。そんでこっちがサーヤで、隣がナギ。それとこの天使が俺の妹のリリスだ」

「シスコンも不治の病では?」


 ナギちゃん黙ってて。

 俺たちが自己紹介をすると、フェリスはまたじっと俺の顔を見つめる。

 ちなみにガトリンは気を遣って席を外してくれている。


「ハーレムだ。イケメンくん、あたしも一員に加えてみない? あたし右手は恋人だけどまだ非貫通だから新鮮取れたてが食べられるよ」

「あんたも黙ろうか」


 白昼堂々、やばいくらいの変態だな。

 そんな冗談とも本気ともつかないことを言うフェリスに、サーヤがため息まじりに返す。


「ほんと変わってないわね、メイ」

「……うん?」

「私、あずさよ。そっちも前世の記憶あるんでしょ? 桜木メイとしての」

「ありゃ、あずさだったの。よくわかったね~」


 さほど驚きもせず、感心するような反応のフェリス。


「あたしそんなわかりやすい? てか、あずさは全然わかんないね。あれじゃあもしかして……」

「そうよ。ルルクとナギも同じクラスメイト」

「ってことはイケメンくん、もしかして七色?」


 え?


 一発で当てられたのはサーヤ以来だったからさすがに驚いた。

 転生前の俺、だいたい忘れられてるからな。ぐすん。


「そうだけど、なんでわかったんだ?」

「だってあずさがラブる相手って、七色しか想像できないもん」

「ちょっとメイ!?」


 焦るサーヤ。

 判断基準がかなり謎だが、とにかく再会の場だ。


「こっちのナギは誰かわかるか?」

「喋り方と雰囲気的に鬼塚でしょ? ふてぶてしい目つきがそのまんま」

「誰がふてぶてしいです。たたっ斬るです」

「ねえ、あんたがあたしの実験道具落として割ったのに知らんぷりしたの、憶えてるんだからね。いま謝って。ほら謝って!」

「そんな昔の話は忘れたです」


 すごい。

 ろくに話してないうちに、俺とナギのことを言い当てた。ただの変態じゃなかったようだ。

 フェリスはひとしきりナギと言い合うと、感心したように何度か頷いていた。


「そっか~みんなも転生してたんだね~。気にしたことなかったよ」

「メイ……フェリスはどう? いま楽しい?」

「そりゃもちろん! 魔術ってスゴイね、奥が深すぎるよ」


 またもや鼻息を荒くするフェリス。

 俺はふと疑問に思ったことを聞いてみた。


「でも前世では元々科学の申し子だったんだろ? なんで理術研究じゃなくて魔術研究に進んだんだ?」

「だからだよ。だって、こっちには演算機もなければ電子顕微鏡もないし、記録媒体も紙に手書きだよ? やりたかった研究しようにも前提環境がないから地味にイチから自分で設計してかないとダメなんだよね。基礎知識を証明するだけでも何年かかるかわかったもんじゃないよ。そんなの時間の無駄でしょ? そりゃあ神童だなんだって呼ばれて優越感に浸って、やれ科学無双だの知識チートして気持ちよくなりたけりゃそれで良いけどさ、そんなの研究には何の役にも立たないでしょ? だからあたし、科学は捨てたの。いまは魔術研究がすっごい興奮する!」


 メガネをキランと輝かせたフェリスだった。


 なるほど納得した。

 知らないことを解き明かしていく知識欲が生き甲斐なら、持っている知識をなぞっていてもなんの楽しみもないんだろう。それよりも、知らないことだらけの魔術を研究したほうが何倍も喜びは大きい。


 科学の申し子にとって、この世界はつまらなかったらしい。


「それよりイケメンくん、このあと時間ある? イケメンくんて魔素欠乏症なんだよね? 魔素欠乏症ってみんな幼い頃に死んじゃうから研究サンプルが全然ないらしくてね、魔素毒のろ過機能と臓器の関係を調べたいんだけどちょっとだけ付き合ってくれないかな? もちろん切開したり解剖したりはしないから、触診だけでいいから……先っちょだけでいいからねえお願い!」

「あ~……俺たちこれから予定あるから、その話はまた今度で」

「ええ~! ねえお願いだよイケメンくん! ヤらしいことはしな……ちょっとだけだから! ねえあたしと一緒にめくるめく探究の世界に飛び込もう!?」


 鼻を膨らませて迫ってくるフェリス。

 さすがにレストランでする会話じゃないから、ちょっと声を抑えて欲しいんだが。


 というか人気店で長話する必要もない。

 俺たちは顔を合わせて頷くと、まだ食事が残っているフェリスから逃げるようにしてレストランから去るのだった。

 一応、再会記念に奢っておこう。

 

「ああん待ってよ! じゃあまた今度ね! 絶対だからね!」


 うん、今世も楽しそうで何よりだ。

 こうして転生者(元クラスメイト)の一人との顔合わせは、無事(?)に終わったのだった。

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