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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅳ幕 【夢想の終点】

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243/333

賢者編・16『数秘術3』

■ ■ ■ ■ ■



 少しだけ時を遡る。




 ミレニアは森の上で空に浮かび、三日月形の山脈――セレン山脈を一望していた。


 セレン山脈はノガナ共和国を半分ほど包むように連なっており、東にあるレスタミア王国へは北のバルギアか南の海岸沿いを進まなければたどり着くのは困難な天然要塞になっている。

 その大地の鉄壁の地下を掘り進めてくるとは、さすがに誰も予想していなかった。土魔術の大国とはいえ驚きだ。


 ノガナ側に地形の理があるとするなら、セレン山脈の西側には巨大な湖があることだろう。それゆえ地下通路の出口は、おそらく湖のない南寄りにしか開けられないはずだ。


「出口を作るとすればこの辺りじゃろうが……」


 巨大湖を空から眺め、森林部分に糸を走らせる。

 ミレニアの糸は蜘蛛の糸よりも細く、強靭で、そして敏感だ。地面の振動を感知すれば、モグラ一匹見逃すことはない。近づいてくるゴーレム軍団の行進などすぐにわかるはずだった。

 が――


「余計なことをされてハ困りますヨ、ミレニウム閣下」

「――っ!?」


 とっさに振り返る。

 知らぬ間に、ミレニアの背後に男がひとり佇んでいた。


 シルクハットを被りステッキを携えた、燕尾服の男だった。

 胡散臭い笑みを浮かべてこっちを見ている。

 ミレニアに気配を悟らせず背後を取るだけでなく、当たり前のように空中に浮かんでいる。あきらかに只者ではない。

 男は丁寧に頭を下げてぎこちなく笑った。


「お初にお目にかかりまス閣下。吾輩は〝ナイト〟と申しまス」


 おそらく偽名だろうが、そんなことは些細な事だろう。

 問題は敵意が見え隠れすることだった。


「貴様、何者だ。ここに何の用だ」

「閣下の介入を止めるためニ、参りましタ」

「……我の行動を知っていたと?」

「ハイ。閣下であれバかならず自ら動くであろうト、我がマスターが予見しましたノデ」

「マスター? 誰の手先だ」

「シツレイ。マスターの正体を話す許可ハ頂いておりませン」


 朗らかに会釈するナイト。

 その紳士然としつつも人を食ったような態度に、かすかに苛立ちを覚えてしまう。


「……誰であろうと、我が道を塞ぐのであれば容赦はしないぞ」

「手厳しいことですネ。しかし吾輩の役目は閣下の足止メ、元より遠慮はいりませんヨ」

「そうか。では果てるがよい」


 明らかにミレニウムという存在を知っており、実力行使で立ち塞がるつもりらしい。ろくな相手ではないと分かり切っていた。

 ミレニアは即座に鋼糸を操り、ナイトに巻き付ける。


「オヤ、動けませんナ」

「大人しく帰るなら見逃してやろう。だが抵抗するというなら――」


 細切れにしてやる。

 そう言おうとしたミレニアだったが、予想外のことが起きた。

 

 ナイトがニィッと笑ったかと思うと、()()()

 液体のようになったナイトは、数メートル落下するとウネウネと変形しながら元に戻った。

 さすがにミレニアも驚く。


「……液状化スキルか。珍しいものを持っているようだな」

「吾輩に物理攻撃は効きませんヨ」

「くだらん――『錬成』」

「オオ!?」


 状態変化スキルなら、こちらも状態変化スキルで対応するまで。

 触れることなくナイトの体を固体として限定させたミレニアは、再度鋼糸を飛ばしてナイトを絡めとる。


「我にその術は通じんぞ」

「さすがグランドマスターですネ、これは手厳しイ……シカシ、吾輩がアナタの力を知らずに来たト思いますカ?」


 不意にナイトの眼が光った。

 瞬間、猛烈に嫌な予感がしてミレニアはとっさに回避行動を取った。

 上半身を逸らしたミレニアの右頬を、光のようなものが掠めて後ろに飛んでいった。頬から血が流れる。


 なんだ、いまのは。


 何かしらのスキルだろうが、眼から光線を放つスキルなんて聞いた事がない。しかもミレニアが避けなければ頭部を貫通して即死だっただろう。威力も速度も尋常じゃなかった。

 背筋に冷や汗が流れる。


「……貴様、何者だ」

「ですかラ〝ナイト〟と申しまス」

「あくまで教えぬ気か」


 想像よりも不気味な相手だ。甘く見れば命取りになるだろう。

 ならば油断も情報収集も必要ない。


 ミレニアは即断すると、鋼糸を周囲に展開させたまま()()()を発動した。


「『生成想操(マニュピレイト)』」

「……オヤ?」


 鋼糸が触れる間もなく、ナイトの体が固まった。


 これこそ、八百年間すべての冒険者を纏める総帥(グランドマスター)としてミレニアの圧倒的な支配力を示してきたスキル――『数秘術3・生成想操(マニュピレイト)』。


 効果は〝すべての生物の動作を思いのまま操ることができ、無生物なら自らの命を分割付与することで完全操作することができる〟という極級スキルだった。


 ミレニアは王位存在――神から認められし冠名は〝生者の王〟。


 この世界で、彼女の意思に抗える生物はほとんどいない。

 同じ王位存在でなければミレニアの支配から抜け出すことはほぼ不可能だった。彼女の知る限り、いまはルルクと竜王以外に逃れられる相手はいないはず。


「コレが噂の〝生者使い(ビオスマンサー)〟のチカラですカ……これは困りましたネ」

「喚くな。いま楽にしてやる」


 周囲に展開させた鋼糸を、ナイトに向かって収束させる。

 ミレニアの意志のままに鉄すら切り裂く極細の刃は、なすすべもなくナイトの体を切断する――ハズだった。

 だがその直前、ミレニアの腹部を衝撃が襲った。


「なんてネ」

「がっ!?」


 鈍重な一撃だった。

 ミレニアはレベルカンストした不老者だが、ステータスは()()()()()によりさほど高くない。全ての生物の動きを意のままに操れる力があるから、戦いになればそもそも攻撃を向けられることすら稀だった。

 ましてや同じ相手から攻撃を二度も受けるなど、お師様の特訓以来のことだった。


 血を吐きながら後方に吹き飛ばされたミレニアは、即座に『生成想操(マニュピレイト)』を発動。

 他者に対しては〝動作〟という縛りがあるが、自らに対してはあらゆる生命活動が思いのままだ。治癒にも制限はない。


 とはいえダメージは回復して体勢を立て直しても、いまだ強烈な痛みが体の芯に残っていた。

 完全に予想外の展開に動揺するミレニア。


「な、なにが起こった……」

「フフフ……吾輩の役目は閣下を足止めすることデス」


 両手を広げて余裕綽々に笑ったのはナイト。

 その右腕は肩から外れ、ミレニアのそばに浮かんでいた。しかし断面からは血が出ていないどころか、その内部は金属や魔石で埋まっていた。

 あきらかに義手。しかも遠隔操作できるほどの高性能の義手型術器だ。


「貴様、まさかその体――」

「フフ、ようやく気付きましたカ。そうですヨ、吾輩のカラダは()()()()。閣下では戦いづらい相手でショウ?」


 やられた。

 こいつは想像以上に()()()()()()をしてきたらしい。

 そんな常軌を逸した身体改造をするなんて正気の沙汰じゃない。一歩間違えていれば死んでいたかもしれないのだ。それどころか改造に成功したとて長くは生きられないだろう。


「さてどうしますカ? 吾輩に〝生者使い〟のチカラは効きませんヨ?」

「……確かに驚いた」

「そうでショウ? 閣下のためニ吾輩努力いたしましタ。共に死んでいただけると最高なのですガーー」

「なら、これはどうだ」


 ミレニアは再度『生成想操(マニュピレイト)』を発動。


 身体部分が非生物なら、今度はミレニア自身の命を分割付与することで支配することができる。

 リスクを伴うが、その操作自由度は相手が生者だった時よりも遥かに優れている。体の可動域どころか重力も無視して、ミレニアの手足のように支配空間内を動かすことができるのだ。

 これなら万が一反撃をもらうこともない。


 そう確信したミレニアだった……が、しかし。

 ナイトは彼女の想像以上にミレニアの対策をしていた。


「やはりマスターの言うとおりですネ。アナタは優しすぎル」

「……なに?」


 ミレニアに誤算があるとするなら、それはミレニウムが〝生者使い(ビオスマンサー)〟として名を馳せていた期間が長すぎたことだった。彼女の正体はバレずとも〝グランドマスターに関する情報〟は蓄積し、解析され、そして弱点までも知られてしまっていたのだ。


 全身の自由を奪われたナイトは、(わら)った。


「その力があるナラ、ムリヤリ他人を戦わせるほうが余程強いのではないですカ? 誰も逆らえズ、誰も歯向かうことなどできないその王のちからデ、世界中の生物を従えることができるハズ。そうすればきっと、アナタに勝てる相手など存在しまセン。しかしアナタは自ら前線で戦い続けていタ。アナタの失敗の理由は、その王として愚かなまでの責任感デス」

「まさか、貴様――」

「もう遅いですヨ。サヨウナラ」


 ナイトの体が、爆発した。

 爆炎自体は小さなものだった。爆発術式か、あるいは自爆用の装置が組み込まれていたのは明白だった。

 ナイトの体はバラバラに散らばり、重力に引かれて森に落ちていく。

 一瞬のことにあっけにとられたミレニアの体を、突然激痛が襲った。


「う、ぐ」

 

 心臓を杭で貫かれたような痛みだった。

 付与した生命力は対象が壊れると戻らない。それはつまりミレニアの生命力の器――最大値が減少することを意味する。生命力の最大値は治癒では戻らない。何を試しても、いままで戻ったことはなかった。


 完全にしてやられた。


 あまりの痛みに耐えかねて、ミレニアも森へ落下していく。

 なんとか鋼糸を操作し、地面に激突することは防いだ。歯を食いしばって痛みに呻きながらも、脳や臓器を殴られるような不快感が津波のように押し寄せる。

 滝のように汗を流しながら地面に這いつくばっていると、地面に落ちたナイトの頭部と目が合った。


 その顔には嘲るような笑みが浮かんでいた。間違いなく死んでいるが、ミレニアを止めるという目的を果たしたからか満足そうに死んでいた。

 誰の傀儡か知らないが、厄介な男を差し向けられたようだった。


「く、そ……」


 ミレニアは混濁していく意識を手放すまいと必死にあがいた。

 だが失った生命力は大きすぎたらしい。

 やがて限界が来て、視界は薄れていった。





 ――気を失ったミレニアを光の繭ようなものが包み込み消えたのは、それから間もなくのことだった。



□ □ □ □ □



 俺は真剣に悩んでいた。


 もう、寝てもいいだろうか。

 ミレニアの容態はかなり安定していた。プニスケのおかげで発熱は下がり、苦しむ様子はほとんどなくなっていた。プニスケは仕事を終えてソファで眠りについている。

 夜も更けてきたし、俺もそろそろ眠くなってきた。

 そのまましばらく悩んでいたが、この様子なら目を離しても大丈夫だろう。

 寝るのはOKだ。


 では次の問題。

 俺はどこで寝ればいいのか。


 ソファはプニスケが寝ているし、看護の功労者の邪魔はしたくない。

 ならばベッドはどうかというとミレニアが寝ている。ベッドは広いから触れない距離で寝るのも難しくはないが……ミレニア=ダムーレンは立派なレディなうえ未亡人だ。亡き夫のことをいまも強く想っている。

 目が覚めたら俺が隣にいれば、色々と誤解されるかもしれない。今度は手加減した腹パンじゃ済まないかも。うーんどうしよう。


 ……いや、でも眠いな。

 そもそもここは俺が借りた部屋で、俺のベッドだ。無断で侵入して寝てるミレニアが悪いのだ。 

 

 そう判断した俺は、愛用のパジャマ(猫耳フードつき)に着替えてミレニアの反対側に座る。

 彼女の寝顔はとても穏やかになっていて、体を丸めて眠るふつうの幼女にしか見えない。


「……これ。勝手に頭を撫でるでない」


 冷ややかな声がした。

 ミレニアがうっすらと目を開けていた。起こしてしまったか。


「すみませんつい癖で。おはようございます、体調は大丈夫ですか?」

「おなごと同衾するのに随分慣れておるようじゃの。……体調はまあ、万全とはいかぬ」

「そういうミレニアさんだって毛ほども動揺してないですよね。……ムリはなさらず。水は枕元にあります」

「妾を何歳(いくつ)だと思っておるのじゃ。異性を意識するほど若くない。……すまぬな。いただこう」

「いえいえ師匠に比べたらまだまだ十分お若いですよ。……では隣、失礼しますね」

「おいおぬし、お師様を年齢ネタでいじってたのか? 雷落とされんかったか? ……まあ失礼も何もおぬしのベッドじゃろ」

「師匠の折檻なら慣れましたよ。コツは感電するときに何も考えないことです。……あれ? ミレニアさんちょっと縮んでません?」

「おぬし、その性格でお師様と暮らしてよく死なんかったのう」


 呆れたミレニアは、その後すぐに自分の手足を無言でじっくりと見つめた。

 ……明らかに、昼間より体が小さくなっている。

 会った時はエルニと同じくらいだったのが、いまでは五歳児くらいのサイズになっていた。


「あと一度……いや、もはや限度か……」

「もしかしてアポトキシン的なもの飲みました?」

「なんじゃそりゃ毒薬か? 飲んどらんわ」

「アポトキシン知ってるんですか!? もしかしてミレニアさん前世の記憶とかあったりします!?」

「何をバカなことを言っておる。死後転生ができるのは〝超越者〟の特権じゃろ。妾は()()()()()()()ウィルミス神の加護を受けたことはない」


 超越者スキルを普通に知ってるとは。

 それとやっぱり俺のことは報告受けてるらしい。ストアニアのギルドマスターにバレてたから、当然と言えば当然か。

 なら隠す必要はないだろう。


「つかぬことをお聞きしますが、俺以外に超越者を知ってるんですか?」

「……いまは知らん。カーリナは前世がそうだったがの」

「そうでしたか――って、カーリナって理術の賢者ですよね? 転生者だったんですか!?」


 さすがに驚いて、つい上半身を起こす。

 カーリナ――またの名を〝理術の賢者〟。

 世界でもっとも有名な名前のひとつだ。


 ミレニアは天井を見つめながら、懐かしむ表情を浮かべた。


「らしいのう。あやつは幼少の頃から前世の記憶があると言っておったな。妾の夫もそのことを随分気にしておっての。詳しい話は聞いとらんが、かなり理術が発展した世界におったようじゃ」

「……前世の名前とか、聞いてませんか?」

「なんじゃいきなり真剣になりおって。おぬしが転生できるのは今世で死んでからじゃろ? まさか二度連続でウィルミス神の加護を手にしたワケでもなかろうに」

「お願いします、知っていたら教えてくれませんか? 大事なことなんです」

「……まさか、おぬし……」


 目を見開いたミレニアだった。


 俺も自分の秘密を軽々しくバラす気はない。でももし八百年前に亡くなった理術の賢者が転生者なら、クラスメイトの可能性はかなり高い。

 だがその転生者には二度と会えないのだ。


 もしそれがサーヤやナギの親友だった九条愛花なら、俺はミレニアに口止めしなければならない。彼女たちを悲しませるようなことは、少しでも避けたいのだ。


「……なるほどのう。まさしく〝神秘の子〟じゃの」


 ミレニアは何かを納得したようにつぶやく。


「じゃが聞いてどうする。おぬしがカーリナの前世を知っておったとして、もはや全ては取り戻せぬことじゃ。いくらおぬしでも〝遡及者〟――()()()()()()()()まではないじゃろうに」

「だからこそです。もう二度と救えない命があるからこそ、知っておかなければならないんです」


 じっと目が合う。

 しばらく沈黙が流れたが、根負けしたのはミレニアだった。


「……しかたあるまい、看病の礼じゃ。カーリナの前世の名は『ミサキ』だったようじゃぞ。まだ学生だった時分に死んだ、と言っておった」


 ミサキ……二十重(はたえ)(みさき)か。

 コネルのリストで見てたからすぐに思い出せたが、やはり顔はうろ覚えだ。たしか俺と同じく地味めで大人しい子だったような気がするけど……正直、憶えているのはそれくらいだった。


 でも、そうか。

 九条じゃなかった。まだ彼女が生きてる可能性はあるのか。

 それはひと安心…………。


 俺はひと息つこうとして――ハッとした。

 とっさに拳を握って振りかぶる。


「な、なにをしておるのじゃ!」


 俺は、自分の顔を思い切り殴った。口が切れて血が出る。

 いきなりの自傷行為にミレニアが焦っていた。


 バカか、俺は。


 何が安心なんだ。何をホッとしてるんだ。いったい何様なんだよ俺は。

 顔も忘れたクラスメイトなら、二度と会えなくても良いって思ったのか? そうじゃないだろ。

 

 よく知らないクラスメイトだろうが、よく知ってるやつだろうが、二度と会えなくなって悲しい思いをするやつはたくさんいるんだ。それを何勝手に差別化してるんだ、何様なんだ。サーヤとナギにとってどれだけ大事だったかってだけで判断してるんじゃねえよ!


「俺のアホ!」

「お、おいよさんか!」


 本当にガキだ、俺は。まだまだガキのまんまだ。

 二十重岬が転生後に幸せだったかどうかは分からない。少なくとも彼女は、賢者として語られるくらい偉大な存在になった。恋に冒険に、波乱万丈人生を送ったことは未来に転生した俺たちにも伝わっている。きっと不幸ではなかっただろう。

 だが、それでも。


 彼女にも、会いたかった友達がいたかもしれない。

 寂しかったかもしれない。

 それを俺の物差しで測って、勝手に自己満足に浸るなんてクソみたいな考えは――


「『生成想操(マニュピレイト)』!」


 ピタリと体が止まる。

 全身の自由を奪われたのは一瞬だったが、そのわずかな時間でミレニアが俺の頭を胸にギュッと抱いていた。まるで幼子を守る母親のように。

 今度は、俺が頭を撫でられる。


「もうよすのじゃ。そなたのそんな姿を見たら、お師様も悲しむであろう」

「……はい」


 少しだけ罪悪感を抱く。

 ボコボコに殴った自分の顔は、雑に一瞬で治った。

 傷が治ると、すぐに腕を解いて俺を解放するミレニア。顔を眺めまわして傷が残っていないか確認すると、安堵の息をついていた。


「殴るなら殴るで、もうちっと手加減せんか」

「……すみません」

「いや、妾も軽率じゃったわ……もしやカーリナの前世はおぬしの想い人だったのか?」

「いえ名前しか知らないひとでした」

「そ、そうか……」


 とたんにドン引きするミレニアだった。

 事情を知らなければ、俺の自己嫌悪の理由なんてわからないだろう。ただの発作だったことにしておこう。


「とはいえ教えてくれてありがとうございます。助かりました」

「そうか。ならよい」

「それよりスキル使えるくらいには体調戻りましたね」

「そのようじゃの。よっこいせ」


 ババ臭い声を出しながら、ベッドから降りたミレニア。

 スキルは使えるようになったが、まだ足に力が入らないのか少しふらついていた。

 それと、床に立ったら明らかに背が縮んでいるのがわかる。


「『閾値編纂』」


 ミレニアはおもむろに自分に認識操作の術をかけた。

 また総帥(グランドマスター)ミレニウムとして動くつもりだ。


「ミレニアさん、さすがに朝まで休んではいかがですか?」

「ならん。そんな余裕はないのじゃ」

「……なにか緊急事態ですか? 手伝いましょうか」


 どう見ても万全じゃないのに、もう外に出ようとするなんて。

 さすがに同じ王位存在として、弟弟子として、手伝えることなら助力しようと思った――が。


「おぬしに手は借りん」


 明らかな拒絶だった。

 だけど強がりでもなければ嘲りでもない。


 鋼のような強固な使命感が、その小さな背中に見えた。

 

「……ですが、」

「世話になったな。いずれ礼はする。ではな」


 窓から夜の闇に躍り出るミレニア。

 糸を操り、あっという間に鳥のように飛んでいってしまった。

 彼女の姿が見えなくなると、俺は窓を閉めた。


「……結局、何にも説明なしか」


 最初から言う気はなさそうだったが、なぜここで寝ていたのかも、明らかに衰弱していたことも一回り小さくなった姿のことも、何もかも教えてくれる気はなさそうだった。

 完全に蚊帳の外だ。

 

 冷たいというか、こっちの気持ちなんかまるで気にしてないというか。

 俺が役に立つかはわからないが、たとえ役に立つとしても決して踏み込ませないぞという妙な意地のようなものを感じた。


 まあ素直じゃなくて頑固なのは、今日一日でわかったけどさ。

 だけどやっぱり、そんな背中が()()()()によく似ている気がした。

あとがきTips ~『生成想操(マニュピレイト)』~


【『数秘術3・生成想操(マニュピレイト)

 >生と死の神:第三神ブラットの権能を宿した極級数秘術スキル。

 >>生物の生体動作を思いのままに操ることができる。また無生物に自らの命を分割付与すれば、自由操作をすることが可能。自分自身に対しては制限はなく、生命活動のすべてを操作できる。

 >>>この世の生命すべての行動を従えられるようになるが、代償として、自らは新たに命を生み出すことはできなくなる。孤独な傀儡の主。】

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― 新着の感想 ―
[一言] 九条だけババアになってるか生まれてすらいないパターンなら生まれてすらいないパターンの方が今後楽しめますね
[一言] 結婚してたのにミレニアに子孫がいないのは数秘術の副作用だったのか。
感想一覧
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