賢者編・11『五属性魔術』
※前回のあとがきTipsが長すぎておそらく全文読んだ方はいないだろうということで、今後重要になりそうな情報(予定)を簡潔にまとめました。
・無詠唱魔術はヒト種単独では不可能(魔王含む)
・永久機関を作ろうとしてる研究チームがある
・先代魔王がめっちゃ頭良かった
・元桜木メイは天才。けど性癖終わってる
・五属性複合魔術の研究チームがある
今回は一番下『五属性複合魔術』の話です。
中央魔術学会は大きく分けて四つのエリアに分かれている。
一番東側にあるのは見学エリア。観光や入会希望者に見せるため一部の研究を公開していて、魔術初心者でも比較的理解ができる区画だ。
次に運営エリア。研究者以外の学会員が集まり、事務など裏方作業の中心にしている区画だ。見学エリアの隣にあり、全体でここが一番面積が小さい。
一番巨大なのが研究室エリア。おおよそ全体の七割を占めており、多くの研究者たちが熱心に研究に取り組んでいる区画だ。
そして最後が地下エリア。
ここは万が一にも部外者に見られないよう、地下深くに設営された極秘研究の区画。五つの部屋だけで構成された秘匿エリアだ。
そんな超重要な場所に、いま俺たちは案内されようとしている。
その理由を教えてもらいたいところだったが、その前に。
「……まさかエレベーターがあるとは」
「びっくりよね」
いま俺たちが乗っている鉄の箱は、魔力で動く昇降機だった。
さすがに現代社会のエレベーターより揺れるしデザインもただの箱なのだが、この世界で上下移動が全自動でできるとは思ってもみなかった。
転生者組が感心してたら、リリスが首をひねった。
「あらお兄様。大型昇降機はマタイサ王都にもありますよ」
「えっそうなの?」
「王城の地下に特級裁判用の牢屋がありまして、そこに向かう途中で使います。一部昇降機を使うことで、脱獄の可能性を下げているようですね」
「なるほど」
「それと昇降機に使われている駆動術式はシンプルですしそれほど目新しい技術ではありませんから、探せば各地にあると思います」
あっけらかんと言うリリスだった。
そういえば地球でも、人力昇降機なら鉱山なんかでかなり昔から使われてたんだっけ。この世界には高層ビルなんかないから、単に造る必要が少ないってことか。
とはいえ珍しいものには違いない。俺はちょっとテンションが上がっています。
「ちなみにガウイお兄様も経験されてましたよ」
「なんだって!? くそっ、あいつに先を越されてたなんて……」
俺が悔しがっている横で、珍しい技術じゃないと聞いて興味を失ったナギがリーセロッテに話しかけていた。
「で、なぜナギたちを極秘エリアに? いくらエルニネールが魔王候補だからって見せて良いものではないと思うですが」
「上司の判断です」
キッパリというリーセロッテだった。
「そもそも【王の未来】の皆様にこの場所を隠せるとは思っておりません」
「なぜです?」
「高精度の遠視スキルを防げるような結界技術は、まだ我々も開発できていませんから」
さすがに俺が遠視スキル持ちってことは調べられているらしい。
具体的な性能までは知らないだろうけど、最近はそのあたりも隠していないからな。視覚系スキルは転移系スキルよりはありふれてるし。
「それにエルニネール様の『全探査』を一度使えば、我々の研究所内部など丸裸も同然です。それならば、最初にこちらから手の内を見せておいたほうがよいという判断でしょう」
「ん。えらい」
なぜか褒めるエルニ。
対して、ナギは目を細めていた。
「……そういうことにしておくです」
何か思うところがあるんだろう。
直感が鋭いやつだから、俺も裏があるかもしれないと思ってたほうがよさそうだ。
そのまま昇降機が止まると、地下通路がまっすぐ続いた。
案内された一室は大きな地下空間の部屋。魔鉄を使って、かなり強固に作られた実験室だった。床には魔術陣がいくつか描かれており、研究員も十人くらいいる。儀式魔術の研究室かな?
部屋の入り口に立っていると研究者のひとり――背の低い初老の男性が、杖を突きながら歩いてきた。
「これはこれはエルニネール様。中央魔術学会にようこそおいでくださいました」
足腰は悪そうだが、視線はかなり鋭い。
エルニのことをギラギラした目でまっすぐ見ている。
「ん。だれ?」
「これは失敬。ワタクシはシモングスと申します。魔術界から名誉ある『風賢』の称号を賜っております。憶えて頂けると重畳でございます」
「ん、エルニネール」
挨拶を交わすエルニとシモングス。
俺は隣にいるサーヤにこっそり聞く。
「……『風賢』ってなに? 偉いの?」
「〝魔導十傑〟の称号のひとつよ。このお爺さんが風魔術の権威で、中央魔術学会の大幹部のひとりでしょうね」
なるほど。つまりとても偉いひとってことだな。
魔術界隈にはサッパリだったので最近まで知らなかったが、どうやら世界トップの魔術士と言われる〝魔導十傑〟は、魔術界で並々ならぬ成果をあげ、『賢者』にちなんだ称号を与えられた者たちのことを言うらしい。
あの変態政治家もそのひとりだから、なんか手放しに凄いとは思えないけど。
「で、その風の権威とやらがエルニネールに何の用です? わざわざ学会の最奥まで連れてきて、挨拶だけっていうのも不自然です」
相変わらず物怖じしないナギがストレートに聞いた。
シモングスはかすかに不快そうな表情を浮かべた後、
「……無論、お誘いをするためで御座います。とはいえ興味を持っていただかなければ難しいとは存じ上げておりますよ。いままでワタクシの誘致をすべてお断りになっている以上、並大抵のことではエルニネール様のご興味を引けないことも重々承知ですので」
「なるほどです。エルニネールにしょっちゅう使者を送ってたのは貴方ですか」
「そうで御座います……してエルニネール様。やはり我々とともに魔術の深淵を求めるおつもりはありませんか?」
「ない」
あっさりと断るエルニだった。
とはいえシモングスも予想通りなのか、特に気を落とすことなく話を続けた。
「かしこまりました。しかしせっかく足をお運びになられたこの機会、ぜひとも我々の研究を披露させていただきたい。無理に勧誘は致しませぬので、ただ見学を楽しんでいただければと思いますが、いかがでしょう?」
「ん。わかった」
「恐縮で御座います。ではご覧ください」
シモングスはそう言うと、他の研究員たちに合図を送った。
彼らは方々に散らばると、床の魔術陣に魔力を通していく。複雑に絡み合って輝き始めた魔術陣は、いままで見たことのないほどに複雑な紋様を描いていた。
かなり丁寧に魔力を流しているのがわかる。寸分たりとも魔力バランスを崩してはいけないんだろう。
シモングスが解説を始めた。
「あちらの儀式魔術はこの中央魔術学会でも屈指の構築技術を搭載しております。まずは初式ですが、リーンブライト方式をもとに並列術式を取り入れた世界初の五層式魔術陣です。魔術に聡い方なら、これだけでも我々が実現しようとしている魔術の全容を理解していただけると存じますが……いかがでしょう?」
「ん。五属性魔術」
即答したエルニ。
リリスが目を丸くしていた。
「五属性複合ですか? そんなこと可能なのでしょうか」
「これまでは不可能と言われておりましたが……ワタクシが構築した新論を用いれば可能だと考えて御座います」
「では属性複合による魔力飽和現象問題は解決したのですね。四属性ですらリーンブライトさんの『爆裂』を再現した儀式魔術で、飽和現象を逆手に取ることでようやく実現した、と聞いておりますが」
「ほう……貴公は歳の割に相当に知見が広いご様子。お名前を伺ってもよろしいですかな?」
「リリス=ムーテルです。それで魔力飽和現象をどう解決したのです?」
「そのための並列術式で御座います。並列術式のことは?」
「存じ上げています。魔術器製作の一部に並列構造を使用しているので、理解度もそれなりに」
「なんと、そこまでの技術者でしたか。ではご理解できるはず……飽和限界状態であのように並列術式に魔力を流した場合、臨界域に転換が生じて保有属性反応が自然変化するのですよ」
シモングスが合図した途端、魔術陣がいきなり書き換わった。
俺には理解できないが、専門家にとっては驚くべき現象らしい。
「す、すごいです。術式状態の属性値を転換するなんて……」
「ワタクシは風魔術の権威と言われておりますが、本来の専門は【属性相関研究】で御座います。しかしこれが本題ではありません。むしろ、ここからで御座いますよ」
魔術陣がどんどん勝手に書き換わっていく。
じつに摩訶不思議な現象に見えるが、これが理論に裏打ちされた現象だと研究員たちを見てわかる。ひとつ反応が起こるたび、成功したと安堵している表情を浮かべていた。
そして最後は――
「「「『ペンタレイ』」」」
呪文を唱えた瞬間、魔術陣の上に五色混じりの光球が浮かび――――しかし弾けて霧散した。
「……とまあ、このようになってしまいましてのう」
シモングスの表情は優れなかった。
「複合時の飽和限界や変換時の減衰などの問題は対処し、構築理論は完璧だと自負しております。しかし発動時になぜか現象化されず、魔素状態に戻ってしまうので御座います。いやはや簡単にはいかぬものですな……ところでエルニネール様」
「ん」
「いまの実験を見て、何かアドバイスを頂けぬでしょうか?」
シモングスの眼がギラリと輝いていた。
「御身はかの魔王リーンブライトですら晩年でようやく成せた四属性魔術を、その歳ですでに身に付けている至高の才の持ち主。そのような貴方様であれば、我々が行き詰っている問題もまたたくまに解決していただけるかもしれぬと考えておりますが……いかがでしょう」
「……。」
エルニは無言だった。
いつもの無表情なので、答えられないのか答えたくないのか、どちらかは俺たちにもわからない。
シモングスは挑発するように言う。
「もしやいまの実験がご理解いただけなかったですかな? 我々の勧誘を一蹴できるほど聡明な貴方様が、まさか御身の得意分野でもある属性複合に関して、我々以下の知識というわけでもありますまい?」
「……。」
「おや、本当にそうだったのですかな? やはり魔王の素質といってもまだ未成年。冒険者という粗野な世界での活躍を頑として続けるのは、まさか学問で我々に負けることを恐れておりますので?」
「……。」
無表情のまま、エルニはゆっくりと魔術陣に視線をやった。
そして、挑発するシモングスにひとこと。
「ふかのう」
それはシモングスだけでなく、研究員全員に聞こえるような声だった。
「……どういう意味でしょう?」
「それ、むだ」
エルニは魔術陣を杖で指して、ハッキリと言った。
無駄なのだ、と。
その理論では五属性魔術など実現不可能だと。
シモングスはその言葉の意味を理解したのか、みるみる顔が真っ赤になっていく。
「な、何をおっしゃいますやら……理論構築に破綻は御座いません。必須三工程のうちふたつは完璧に制御しております。あとは最後のひとつ〝呪文による現象化〟だけで御座いますぞ? 問題があるというならそれを具体的にご指摘頂きたいで御座いますな。そんな否定の言葉だけでは、まるで我々の理論に嫉妬しているようにも聞こえますぞ。どうですかなエルニネール様。しっかりと説明していただけますかな?」
おそらく、シモングスは自信があったのだろう。
五属性魔術という前代未聞の魔術に、自分が一番近いのだと。これであればエルニの興味を引ける――あるいは助言を貰えれば、より正解に近づけるのではないかと。
そこにあったのは強い自尊心と、希望と、そして期待だった。
だがエルニは、そのすべてを否定してしまった。
「……。」
「ぜ、ぜひともお答えいただきたい! この理論の何を以って、御身が無駄だと断じたのでしょう! 我々にも納得できるよう、理解できるようにきちんとご説明頂きたい!」
シモングスは唾を飛ばしながら叫んだ。
殺気すら籠っているが、それは彼だけではなく他の研究員も同様だった。
自分たちが精魂込めて続けてきた研究を、たった一度見ただけで否定されたのだ。それがたとえ天才と呼ばれる魔王候補とはいえ、年端も行かない少女に。
本心からつまらなさそうにしたエルニが、彼らに返したのはため息ひとつ。
それと、初めて聞く詠唱だった。
「――我は御す」
その瞬間、空気が変わった。
たった冒頭の一言で、いまから始まることが歴史上どんな意味を持つのか、この場にいる者なら即座に理解できていた。
誰もが息を止めてしまう。
それと同時に、エルニの膨大な魔力が渦を巻いていく。
「祖は海、祖は地、祖は空、祖は零、祖は天。遍く領域を隔てる絶なる虚よ、其の無垢なる御心にて悉く連理を導き給え。先駆たる者の陽は陰、影は真、ただ表裏となりて現世を写し、象となりて顕現せよ――『ペンタレイ』」
エルニの杖の先から生まれたのは、五色に輝くひとつの光球。
それらは弾けることなく、水、土、雷、氷、光の属性を纏ったボール系の初級魔術として空中に浮かんでいた。
「な、なっ……」
シモングスは言葉を失っていた。
五属性魔術は不可能と言われていた。その不可能の壁を破るために、心血注いで研究を続けていたはず……だが、それを目の前でアッサリと実現されたのだ。
しかしエルニはそれだけじゃなかった。
すぐに杖を振るい、光の球を遠くの壁にぶつけた。そこについたのは初級魔術がぶつかった時の、ほんのわずかなくすみだけ。
それを見てエルニは言う。
「できてもいみない。むだ」
エルニが言いたかったことを、そこでようやく理解した。
五属性魔術は不可能ではない。エルニにとって自分ができる範囲の技術なのだ。
だができたところで初級魔術程度の威力しかないものだった。それなら膨大な魔力を消費してまで使う必要がない――それだけのことだった。
唖然としている研究者たちにそう言ったエルニは、もはや興味を失ったのか部屋の出口に引き返そうとした。
「ま、待ってくだされ!」
そこでようやく我を取り戻したシモングスが、慌ててエルニを止めた。
「お、御身の隔絶した才はしかと理解できもうした! しかし! しかし教えてくだされ! なぜそうも簡単に五属性魔術を実現できたのか! その理論を! 理屈を! 方論を!」
「……ん」
めちゃくちゃめんどくさそうなエルニだった。
だが、ここまできたら一緒だと思ったのか、シモングスを杖で引きはがすと、
「『ウォーターボール』」
なぜか水の初級魔術を浮かべる。
え? それがどうした――と目をパチクリさせるシモングスの前で、その状態を維持したままエルニは次の魔術を発動した。
「『アースボール』」
「に、二重発動!?」
もの凄く驚いていた。
俺は首をひねりながら、
「なあサーヤ、あのお爺さんなんでビビってんの?」
「多重発動は超高等技術なのよ。それを模倣するための並列術式って技術が、近年ようやく開発されて最優秀賞を取ったくらいなのよ」
「へぇ」
知らなかった。魔術使えないから。
俺と同じくナギ、あとセオリーもその凄さを実感できずにボケーっとしていた。
自分で言うのもなんだけど、場違いにも程があるぜ。
しかしそんなものでエルニが終わるはずもなく。
「『ライトニングボール』」
「三重発動っ!?」
あ、シモングスの目玉が半分出た。
「『アイスボール』」
「よっ――!?」
「『シャインボール』」
「…………。」
五つの魔術を同時に行使しているエルニを見て、もはやシモングスは天に召されそうだった。
ここまで見せられたらさすがの俺でもわかる。
五属性魔術がサラッとできるのは、そもそも五つの魔術を同時に実行できる技術があるからだ。エルニにとっては複合用の魔術陣も並列術式もいらない。ただ同時に発動すればいいだけのことだから。
だからこそ一度の術式に混ぜて膨大な魔力を使う必要が、そもそもないんだろう。
エルニはそのまま五つの魔術を同時に、さっき打ち込んだ壁に寸分たがわず当てていた。どこぞのスナイパーかな。
そんなエルニに、サーヤがこっそり聞いていた。
「ねえエルニネール、聞いてもいい?」
「ん」
「魔術、いくつ同時に使えるの?」
「きゅう」
「……全属性同時にってこと? さすがにチートすぎない?」
それは俺も思いました。
しかし当のエルニは褒められても自慢げな態度は取らず、いつも以上に退屈そうに研究者たちを眺めていたのだった。
あとがきTips~同時詠唱(多重発動)とエルニの「むだ」~
〇多重発動について解説。
魔術はそもそも魔力と言葉とイメージを使って非物質的要素を現象化する技術。
個人での多重発動が難しいのは、魔力で固定化させた現象を寸分の狂いなく維持することが必要だから。現象を理論(術式)として術者以外の人間にもわかるよう顕在化させるとき、この部分を明確に数値化できないため、結果を似せた『並列発動』という発想が生まれた。
この多重発動ができる人は非常に少ないが、得意な人はふつうにできる。さらに言うなら、二重発動できるひとは、基本三重発動もできるし四重発動もできる才能があることが多い。現代で例を挙げるなら、サヴァン症候群の一例のように映像記憶が狂いなくできる天賦がある人が該当しやすい。エルニはまさにそういう系の偏った才能マン。その代わり感情表現が不得手でいつも無表情で、執着する相手もルルク一人だけという性格。
〇エルニの「むだ」について。
五属性魔術の陣を見て言ったエルニの「むだ」は、単に自分が別の方法でできるから無駄だ、という意味ではない。
シモングスたちは気付いてなかったが、発動時に術式が霧散して魔素に還元される理由は『出力時の効果固定方法の構築不足』。前回のあとがきTipsで触れているように、儀式魔術を使う場合も十三通りの魔力反応制御を行わなければならない。五つの属性を使うために途中で属性変換を行うことで魔力飽和を緩和していたが、その際に未使用の出力式にもわずかな変化があった。その極微妙なズレを5属性×出力3通り分=15箇所見逃していたので、出力時に制御できずに魔素還元が起こったという理由。これを直すためには最初から術式構築を変えないとダメだった。エルニは魔力視がずば抜けて優れているので、このズレに初見で気づいた。
なお、じつは魔王リーンブライトも五属性魔術・九属性同時出力ができた。ただエルニと同じく使う必要がなかったため歴史には残らなかった。
〇補足:リーンブライトの詳しい話はいずれ本編で出るかもしれません。




