賢者編・9『走り屋ガトリン』
「ルルクさん、まずはどこに行きたいッスか?」
「先に宿屋を確保しておきたいので、おススメのホテルがあれば紹介してくれませんか。できれば中央エリアがいいです」
「りょうかいッス!」
地図屋のガトリンが元気よく先導し始める。
すると、すぐにナギが首を傾げた。
「待つです地図屋。貴方、左足が義足です?」
「おお、よくわかったッスね! 隠しててバレたのは初めてッス……どうして気づいたんスか?」
「左右の足の接地角度が違うです。それと関節を曲げた時、かすかに金属音がするです」
「ほほ~! 剣士さんは目も耳もいいッスね」
「それほどでも。しかし義足なら無理して案内しなくてかまわないです」
ナギの言うとおり、義足は体に負担がかかるらしい。
サービスで案内役を任せるってなると、なんか悪い気がする。
しかしガトリンは笑った。
「お気遣い感謝ッス! でも大丈夫ッスよ、これでもオイラ走るの得意なんで!」
「……義足で、です?」
「そうッス! あ、疑ってるッスね。じゃあ見ててくださいよ……そりゃ!」
ガトリンが駆け出した。
意外にも速かった。少なくとも生身の足より明らかに速いだろう。ナギの言うとおり注意して見ればわずかに体重が傾いているが、それでも誤差の範囲内だ。それよりも義足の蹴り出す力が尋常じゃない。
明らかにただの義足じゃなかった。
「魔術器の義足ですね。すごく精密です……駆動術式もさることながら構成パーツが術式と一体化してます! なんと美しい」
リリスが目を輝かせている。
あたりをぐるりと回って戻ってきたガトリンが、得意げに左足をポンポンと叩いた。
「どうッスか? これでもオイラの案内を遠慮するとは言わないッスよね?」
「ガトリンさん、ぜひとも義足について詳しくお話を聞かせて頂けないでしょうか! そちらの義足はどなたが製作したものになりますか? 搭載したパーツはどこで? 駆動術式はどの年代の構築理論を参考に組み合わせましたか?」
「ちょ、ちょっと待つッス!」
リリスの勢いにたじろいだガトリン。
「オイラ、義足のことはサッパリなんスよ。これはオイラが身を寄せてた教会のツテで、中央魔術学会の実験台になったときにもらったものなんス。オイラのサイズに合わせて作ったッスけど、誰が作ったのかは教えてもらえなかったッス」
「そうですか……大変失礼しました」
「わかってくれたらいいッス」
ガトリンは詰め寄っていたリリスが離れると、ほっと息をついていた。
というか中央魔術学会は義足も作ってたのか。分野としては医療関連になるはずだから、ほんと手広くやってるんだな。
「お兄様、リリは中央魔術学会に興味が湧きました!」
「はいはい。じゃあ宿取ったらまず学会に行こうか」
「ありがとうございます!」
これで最初の目的地は決まったな。
リリスほどじゃないけど、俺も義足は気になっていた。
この世界の冒険者はもっとも危険な職業のひとつだ。年間でも多くの冒険者たちが怪我で引退を余儀なくされている。
高ランクの冒険者なら貴族の私兵の指南役になったりできるが、中堅層だと再就職がかなりキツくなる。ここまで生身と変わらない――むしろより機敏に動ける義足があれば、かなりの引退者の助けになるだろう。
量産できればいいんだけどな。
「おっ〝走り屋〟じゃねぇか。どうした今日は休みか?」
「今日は道案内ッス! おっちゃん、あとで野菜買いに来るからいつもの置いてておくれッス!」
「おうよ。仕事がんばんな」
歩いていると、おもむろに八百屋の店主に声をかけられたガトリンだった。
ガトリンを呼び止めるのは八百屋だけじゃなく、
「あら〝走り屋〟の坊ちゃん! 今日は手紙配達してないの?」
「〝走り屋〟じゃん。またパシリしてんの?」
「あっ! 〝走り屋〟のお兄ちゃんあそぼーよー!」
「オイコラ〝走り屋〟! いつになったら壁の穴塞ぎに来るんだよ!」
この辺りではかなり顔が売れてるようだ。
進むごとに挨拶をされるガトリン。絶えない笑顔で、そのすべてに返事をしていた。
とはいえ足を止めることも迷うこともなく、サクサク進んでいく。地図を見てもいまどこにいるのか俺にはまったく理解できない。道案内を頼んで大正解だ。
「ほんと迷路みたいだな」
「ね。レスタミアにあった迷路のアトラクションよりも難しい……」
この都市には区画整備なんて言葉には縁がなさそうだ。
ガトリンが歩きながら説明するには、民間組織が自分たちの都合のいいように街を作り替えるので、いつのまにかこんな有様になったんだとか。
一応、これでも建築法には則って建てているらしい。
そんなことを教えてもらいながら歩いてしばらくすると、少し大きめの水路が地階を走っているのが見えた。上水路でも下水路でもなさそうだ。
たぶん防火用水路だな。ってことは……。
「水路を越えたら中央エリアッス! 宿はもうすぐッスよ」
やはりエリアが変わったようだ。
とはいっても複雑具合は何も変わらない。
ウネウネした道を進み、階段を上り、そして下りと忙しい。じっくり景色を楽しむ余裕もない。まあ建物以外に見えるのは天を衝くような巨塔だけだから、とくに不都合ってわけでもないけどな。
中央エリアを進んでまたしばらくした時――
「危ない!」
上から声が聞こえた。
ふと視線を上げると、俺たちの真上を通る石橋から大きな木箱が落ちてきた。蓋がズレて、中身のリンゴがばら撒かれようとしている。
俺たちだけならその程度のことは脅威じゃない……が、ガトリンは別だ。リンゴが詰め込まれた大きな木箱が降ってきたら、一般人ならふつうに死ぬ。
「『確率操作』」
サーヤが慌てることなくスキルを発動。
その瞬間、まず隣の家の窓が風でバタンと開いた。
近くで日向ぼっこをしていた猫が驚いて飛び上がる。
猫が驚いたことで水路のそばで休んでいた大きな鳥が慌てて飛び上がる。
ひさしに引っかかっていた服が、鳥の足に絡まる。
ひっぱられた服に木箱の角がひっかかって、木箱はぐるりと角度が変わってガトリンの隣に落ちた。
服が破れて外れたことで、鳥はヨロヨロと飛んでいった。
「あ~……ごめんね鳥さん。重かったよね」
鳴きながら飛んでいった鳥に、サーヤが謝っていた。
相変わらずチートなスキルだな。
「ガトリンさん大丈夫?」
「は、はいッス……いやぁビビったッスよ」
冷や汗を流したガトリンだった。
「にしてもお嬢ちゃん、いま何したんスか? 絶対死んだと思ったッスよ」
「単なる偶然じゃない?」
「……そういうことにしておくッスよ」
深く聞くのは諦めたようだった。
そりゃスキルひとつで本来起こるはずだった結果――つまり運命を変えられるなんて、口が裂けても教えられるはずがない。
うまく使えば世界そのものをコントロールできるような破格のスキルだ。気軽に使っていい能力じゃないと、いつも自分に言い聞かせている。
それでもガトリンを迷わず助けたのは、サーヤらしい行動だ。
リンゴを運搬していた業者がガトリンに平謝りする様子を見たサーヤの、少し嬉しそうな横顔を俺はそれとなく眺めるのだった。
ちなみに案内してくれた宿はかなり高級なところだった。
ガトリンくんわかってる。
「ようこそおいで下さいました。こちらは中央魔術学会の受付窓口になります。見学ですか? それとも面会希望ですか?」
「見学ッス!」
「かしこまりました。ご人数は?」
「八人ッス! あ、オイラは待機してるんで七人ッスね!」
「承りました。では入構前に所持物検査がありますので、あちらのスペースでお待ちください」
場所は中央エリアの西寄り、巨大なドームの入り口だった。
近づいて分かったが、直径五百メートルくらいありそうなドーム部分は特殊な金属膜でできているようだった。俺の『神秘之瞳』では【合成魔鋼:熱は遮断するが光と空気は通す】と鑑定結果がでてきた。リリスも食い入るように見つめている。
入り口には小さな建物があり、受付嬢に案内されたのは待合スペース。病院の診察前で待っているような、そんな椅子が並んだ場所だった。
「ガトリンさんは入らないの?」
「見学にも料金がかかるッス! オイラじゃとてもじゃないけど出せない額ッスよ」
「せっかくだし私たちが出すわよ。案内してもらってるんだし」
「遠慮するッスよ! 正直、オイラじゃ見てもなにもわからないッスからね。大人しく休憩しておくッス」
「そう……それじゃ終わるまでここで待てってね。コレで何か食べてて」
サーヤが財布から金貨を一枚出してガトリンに渡していた。
ガトリンは驚いて断ろうとしていたが、サーヤは「チップよ」と言って押し付けていた。なんかめっちゃ旅行感のある風景だな、とぼんやり見ていた俺は思い出した。
「あ、そういえばこの国はチップの文化があるんだっけ」
「そうですね。お兄様はチップに慣れていないのですか?」
「まあね。そんな文化で育ってなかったから」
「そうですか。でもコネルは慣れているようでしたが……」
「萌は日本だけじゃなく海外にもよく行ってたです。ボッチの地味男とは違うです」
「そういうナギは海外経験あったのか?」
「……剣道は日本のスポーツだったです」
ヒトのこと言えないじゃねえか。
そんな無駄口を叩いていたら、さっきの受付嬢とは違う人がやってきた。
「お待たせしました。案内員のリーセロッテです。案内前にあちらで所持品の検査がありますので、身分証の用意と、お持ちの武器を外す準備をお願いします」
エメラルドグリーンの髪を綺麗に巻いた、スタイルのいい眼鏡美人だった。
これはラッキーだ! よしいくぞみんなさあ俺に続け!
つい先頭に出てしまった俺だったが、当のリーセロッテは一番後ろにいたエルニを目に入れた途端――
「ま、まさか貴方たち【王の未来】!?」
声を裏返した。
ロビーがしんと静まり返る。リーセロッテだけでなく受付嬢や案内員が、全員こっちを見て目を見開いていた。
やはり顔が割れてたか。
どうせ身分証を出すから早いか遅いかだけの違いではあるけど、バレたようだ。
「そうですが、何か不都合でしたか?」
「い、いえ……も、問題ありません……こちらにどうぞ」
リーセロッテは明らかに動揺しながら、チラチラと視線をエルニに向けていた。
「ねえ、見られてるわよ」
「ん」
「スカート短すぎるんじゃない?」
「ふつう」
「可愛いけど丸見えよ。ムチムチの太ももが」
「『グラビディナックル』」
「『シャインボール』」
おい施設でじゃれ合うな。もし間違って壊したら弁償しろよ。
「おまえら会話すればすぐケンカするよな」
「エルニネールが怒るんだもん」
「おこってない」
「怒ってるじゃない」
「おしおき」
「それ怒ってるって言うのよ」
おい、ケンカ続けるなら外で待っててもらうぞ。
睨み合う低身長ふたりを、横にいた同じ低身長が諫める。
「ふたりはまだまだ子どもです。ナギを見習うです」
「え~ナギもそんな変わらなくない?」
「何を言うですナギは酒も飲める年齢です。幼稚なケンカなんてしないです。大人なので」
「え~そうかなぁ」
「いぎあり」
なんか大人レースが始まったんだが。
すると今度はリリスが口を挟む。
「あらナギさん、大人は酒を飲んでも飲まれませんよ?」
「黙るですブラコン妹。ナギは妹にはわからない大人な世界にいるです」
「……泥酔して風呂場に突撃するのが大人なんですね。確かに知らない世界です」
「おいそこで足を止めるです! 今度こそぶっ飛ばすです!」
「だからケンカするなって」
あとナギもたいがいブラコン妹だから。
というかこれは久々に、お姉さん選手権でも開催すべきかな?
いままでサーヤが連覇してたけど、リリスが加わったらまた結果も変わるかもしれない。
そんなことを考えながら歩いてたら、検査室とやらについた。
やかましい俺たちに遠慮しているのか、みんなが黙るまで検査室の扉の前でじっと待つリーセロッテだった。
……はい、みんなが黙るまで三秒かかりました。意外と早かった。
「では女性はこちらへ。男性はこちらへお願いします。入室前に武具をお預かりするので、装着している方はお願いします」
「ナギは呪いで外せないですが」
唇を尖らせるナギ。
『凶刀・神薙』はその凄まじい性能の反面、武器変更不可の呪いが付与されている。他の武器を持つことも外すこともできない。五メートル以上の距離に武器が離れると、自動で手元に召喚されるという仕組みだ。
ちなみにリリスいわく、装備側が自ら持ち主に召喚されるのは世にも珍しい現象らしい。
ふつうの呪いは持ち主側に制限をかける効果になるんだとか。手放したら死ぬほど痛いとか、体が麻痺して離せない、とか。
俺が知る限り『神話級』の武器なんてコレだけだから、他の呪いとはまた違う構造なんだと思う。
リーセロッテはかなり困った顔をして、
「……す、少し上の者に相談してまいります」
そう言って従業員通路へ消えた。
見学するだけでもかなりのセキュリティみたいだから、もしかしたら許可は出ないかもな。
「まあナギは魔力ないですし、見てもよくわからないです。待機でも問題ないです」
「そしたら俺も待機にしとくよ」
「なぜです? ルルクは魔力視れるのでは?」
「視えても使えないしな。それに、ナギも一人で待ってるのは退屈だろ?」
「……そういうとこです」
なぜか顔を背けて、ぼそりとつぶやいたナギだった。
あれ、もしかしていまのキモかったか?
そう思っていたら、パタパタと足音を立てて走って戻ってきたリーセロッテ。
「す、すみません。皆様は身体検査も武器預かりも不要になりました。そのままご案内致します」
「太っ腹ですね。いいんですか?」
「はい。た、ただしエルニネール様にはこちらを着けて頂きたいとのことです」
リーセロッテが差し出してきたのは金色のブレスレット。
念のため鑑定してみたが魔力のないふつうの合成金属だった。
「なんのためか聞いていいですか?」
「特別対応客の目印です。普段であれば、他国の王族くらいにしか使われないのですが……その、エルニネール様は我々にとっては似たようなものですので」
ひたすら恐縮しているリーセロッテだった。
エルニはしばらく腕を見つめてから、
「ん。わかった」
大人しく着けた。
ただの金属に伸縮機能はないので少しブカブカだが、ふわふわな手首の羊毛が良い感じに受け止めていた。
「で、では案内致します。まずは歩きながら全体の説明からになります。後ほど質問を受けますので、ひとまずご静聴をお願いします」
そう言ってリーセロッテは見学路を進みながら説明を始める。
俺たちはゆっくりと彼女について歩いた。
その最後尾のエルニは、腕にはめた金色をいつもの眠そうな目でじっと見つめていたのだった。
あとがきTips~『凶刀・神薙』~
〇ナギの武器『凶刀・神薙』のおさらい
>神話級の武器。形状は太刀。
>>〝あらゆる術式やスキルを切り裂く〟という、等級不問の斬撃効果を持つ。効果は刀身が振られた風圧や斬線でも発動できるが、柄や鞘は対象外。その性能の反面、武器変更不可・防具装備不可の呪いが付与されている。
>>>別の武器を持つ、防具を装備しようとするとその装備が問答無用で破壊される。装備の特性や等級には関わらず、『凶刀・神薙』の呪いより強い加護を持たなければ防げない。ただし極めて防御力の低いもの・食器や工具に分類されるものは呪いの対象から除外されている。
EX)もし『凶刀・神薙』で攻撃したらどうなるか
・ルルクの『領域調停』→破壊。ダメージをすべて通すが、即死でなければ回復する。
・ロズの『森羅万象』→ダメージを通す。ただしロズ自身が不死特性を持つため、いくらダメージを重ねても殺すことは不可能。元に戻る。
・超硬素材→硬度によるが、ほぼ破壊可能。魔鋼ではない純粋な高硬度金属はヒヒイロカネが最高硬度だが、『凶刀・神薙』のほうが強度が勝っている。オリハルコン含む魔鋼などは特性上簡単に斬れるため、現状『凶刀・神薙』に斬れないものはない。その真名のとおり、神すら斬る太刀。
※注意点
>鬼想流の防御型では基本的に刀身を当てないと効果は発動せず、ナギ自身は常に防具ナシ状態。状態異常や拘束技や質量攻撃にはめっぽう弱い。
ちなみにこの超レア武器を手に入れたのはナギの兄・白腕の魔族ゲール。
刀を振ることしかできなかった妹のため、ゲールが村に伝わっていた伝承をもとに魔族領深度Ⅳのとある場所に赴き、魔素毒や魔物に襲われて重傷を負いながらも手に入れて帰ってきた。
それゆえナギがこの武器を手放すことはない。
 




