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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅳ幕 【夢想の終点】

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賢者編・8『学術都市』

 

 ノガナ共和国に入って約半日。


 三日月型の山脈をぐるりと迂回した俺たちの視界に見えてきたのは、ノガナ共和国首都――通称『学術都市』だった。


 学術都市のおおまかな場所は、山地を抜けて稜線が途切れてしまえばすぐにわかる。

 丘や林に遮られて都市自体はまだ見えないんだが、都市のシンボルになっている建造物(・・・)がはるか遠くにいても見えるのだ。


 それが雲の上まで伸びる塔――地上最高ダンジョン〝天空の塔〟だ。


 天空の塔はかつて難攻不落のダンジョンと呼ばれ、ストアニアの〝最深ダンジョン〟とともに二大高難度ダンジョンとして名を馳せた。

 その塔には階段がなく、一階進むごとに魔物が巣食う外壁(・・)をよじ登る必要があるため、頂上の二百階層まで進むことが恐ろしいほど難しかったのだ。


 しかし二百年前、禁術『重力支配(ザ・グラビティ)』を操る謎の冒険者が現れ、またたく間にダンジョンを制覇してしまった。その相棒であった女性も土魔術の腕がすさまじく、巨大なゴーレムを働かせて天空の塔の外側に昇降機を作ってしまったのだ。


 そしていま、天空の塔は彼らをサポートした冒険者ギルドの総本部になっているというわけである。

 学術都市のシンボルは、冒険者ギルド総本部となっている天空の塔。まさに天を衝くほどの驚異の建物なのだ。


「ものすごく高いわね……二千メートルくらい?」

「目算だとそれくらいだな。それなのにあの細さで折れないのはすごいな」

「ダンジョンだからでしょ。たぶんまだ生きてるし」

「そりゃそうか」


 塔は下部は黒色で、上部にいくほど白くなっている。今日は空が晴れているからかなり見えやすい。同じくらい高い山脈が無ければ、もっと遠くからも見えるはずだ。

 林を走るこの馬車からも、木々の隙間からチラチラ顔を覗かせている。


「あそこに向かうです?」

「まあね……いずれ行かなきゃならんのは確かなんだよなぁ」


 俺はため息を吐き出した。

 この旅の目的のひとつ、ギルドマスターたちが出した『SSSランク推薦状』のことがある。


 俺のレベルもさるものながら、エルニやサーヤが覚醒したら魔王や勇者がいる冒険者パーティになってしまう。そのうえ真祖竜もいるのだ。

 立場だけでもSSランクじゃ足りないと判断されたようだ。俺だって選んで勧誘したわけじゃないんだけどな、不可抗力だよ不可抗力。


 当然、総帥(グランドマスター)と同じランクになるにはグランドマスターの承認がいる。その手続きのために面会をしないといけないらしい。

 俺としてはランクなんて自由にできればなんでもいいから、許可されても却下されてもどうでもいいんだけど。


「ふっ……笑止! 我が主の大器は何者にも測れぬ!」

「そうそう俺の懐は海よりデカいんだからな」

「背丈はチビですが」

「でもその理論だと、私たちBランクにもなれないわね」

「万年Cランクの魔王とか勇者……面白すぎだよな」


 確かに。

 器デカすぎて審査全落ちはもはやギャグだよ。

 俺たちが笑っていると、理解できてないセオリーがひとりでオロオロしていた。


「さ、サーヤ……どーゆーことか我に教えるのだ……」

「あのねセオリー、実は冒険者ってBランクから審査があるのよ。誰にも測られなかったらそもそもBランクにすらなれてないってことでね……」


 常識に疎いセオリーが説明してもらっているあいだに、俺はリリスに問いかける。


「話は変わるけど、学術都市にはルニー商会はないんだっけ?」

「そうなのです。まとまった土地を確保できず、まだ商業許可申請が通っておりません。お兄様、サポートが満足にできずに申し訳ありません……」

「気にすんなって。ないならないで楽しみ方が違うしな」


 詳しい観光マップはないようだが、それもまた旅の醍醐味だ。

 さて、まずはどうするかな。


 必須な冒険者ギルドにまず立ち寄るか、あるいは中央魔術学会に行くでもいい。個人的には秘術研究会も気になるし、きっと理術の研究機関もあるだろう。

 学術都市っていうくらいだ。知識欲が刺激される場所に違いない。


 ワクワクしながら、俺たちは学術都市に近づいていくのだった。



■ ■ ■ ■ ■



「「ミリィ様、報告がございます」」


 冒険者ギルド総本部、その百階部分。


 ダンジョンとしての機能を停止しているこの天空の塔は、もともと五階までは階段があった。ここから外壁伝いでのみ上に登ることを許されていたが、いまでは百階までなら昇降機を使えば誰でも登れるようになっている。もちろんお金はかかるし、魔力で動く魔術機である。


 さらに百階以上の立ち入りは総帥の傍付きメイド――ミリィの許可がいる。すべての報告書も伝言も、一度彼女を通さなければならなかった。


 たまたま報告のタイミングが被ったため、職員がふたり同時に訪れた百階のミリィの待機室。

 声をハモらせて言う二人の職員は、火花をバチバチに散らせて睨み合っていた。


「あのな……そなたたちもたまには仲良くせんか」

「「……わかりました」」

「不満そうじゃの」


 やれやれと肩をすくめたのはこの部屋の主――ミリィと呼ばれる女。

 豊満な胸を持ち上げ、鉄扇を揺らしている美麗な淑女だった。

 その垂れ目がちな瞳で、報告にきた二人を呆れながら見つめていた。


 このふたりは元受付嬢の同期で、働き始めたときからずっと争っている仲だった。

 ただし少しばかり問題を起こしやすく、優秀な冒険者を取り合ったり、人手が足りない時には自らクエストをこなしたり、受付嬢としてはとんと向いていないやつらだったが、やる気だけはあるので裏方に回ってもらっている。

 もっとも、ふたりとも不器用すぎて雑用くらいしかできないのだが。

 

「で、報告とはなんじゃ」

「「では私から――ちっ」」

「おいケンカすな。では、おぬしから言うがよいレフトナ」

「はい! では報告です。先日申請があった【王の未来(ロズウィル)】の件ですが、さきほどカムロック殿から正式に伝書が届きました。彼らは六日前にバルギアを出立し、こちらに向かっているとのことです」

「ああ、それなら先んじて複写器で報告してもらっておるから知っておるよ。届いた公式文書はいつもどおりおぬしが処理しておけ」

「かしこまりました!」


 すでに知っている連絡ひとつにもわざわざハンコが必要などと、本当に面倒な手続きである。巨大組織なので仕方はないが、面倒は面倒なので部下に丸投げするミリィだった。


「で、ライトラ。おぬしの報告は?」

「はい! いましがたレフトナのバカが報告した【王の未来(ロズウィル)】ですが、すでに学術都市に到着しているとの門番からの報告です!」

「……いくらなんでも早すぎないかの?」

「ですが、そう言う報告が来ております!」


 元気よく言い切ったライトラ。


「誰がバカだアホライトラ!」

「あなたですがバカレフトナ?」

「ケンカすなっちゅうんじゃ」


 鉄扇でふたりの頭を叩くと、涙目になって黙り込んだ阿呆(ライトラ)馬鹿(レフトナ)


 しかし、もう到着か。まだバルギアを出発して六日しか経ってないのに。

 行商人なら平均一ヶ月半はかかる距離だというのに……いや、もとより転移が使える冒険者という触れ込みだ。移動速度に常識が通じるようなやつらではないか。


「では報告は承ったからの。おぬしら、ケンカせず戻るのじゃよ」


 ミリィは報告を受けると、専用昇降機を使ってすぐに総帥の部屋に向かうのだった。



□ □ □ □ □



 意外なことに、学術都市には通行税がなかった。


 広さはマタイサ王都と同じ程度。国の規模はレスタミアと同じくらいなので、かなり人口が首都に集中しているのがわかる。確かに国境から学術都市まで他の街を見た記憶はない。全体の規模としては同じ高難度ダンジョンがあるストアニア王国に近いかもしれない。


 街の様子はかなり混沌としている。

神秘之瞳(プロビデンス)』で空から確認したら、碁盤の目のようなレスタミア王都とは打って変わって、ほとんど真っすぐな道がなかった。

 道は複雑に入り組んで迷路のようになっており、至るところに階段があって上下に分岐している。他人の家の屋根を橋の脚にしているような目を疑う建築もいくつかある。


 学術都市というからには知的な街並みなのかと思ったが、むしろ真逆のようだ。混沌としすぎている。


 巨大な建物は五つほど見つけた。

 ひとつはどこからでも見える天空の塔。これは言うまでもない。


 その近くには巨大なドーム型の建物があった。直径はおそらく五百メートルくらいありそうだった。話を聞く限り、そこが中央魔術学会(セントラル)だろう。


 北と西と東の区画にもそれぞれ大型施設のようなものがあった。そのどこかに秘術研究会があれば迷わなくて済むんだけど……いや、小規模組織だろうからそれはないか。


「どうするの? このまま進んだら絶対迷うわよ」


 サーヤが渋い表情で言った。

 街に入ってすぐなのに、道が五本に分岐している。


 しかもすべて同じくらいの道幅で、どれも曲がりくねったり階段になったりしていて先が見えない。この街には大通りという概念はなさそうだ。


「うーん……中央魔術学会があるから杖持ちもかなりいるだろうし、万能索敵使うのもの面倒なことになりそうで嫌だしな」

「ルルクの眼なら俯瞰して見れるんじゃないの?」

「上下にも入り組んでるから、上から見ても理解が追いつかないんだよな……」

「リリスさんは?」

「すみません、私も同じようなものです」


 平面の迷路ならすぐにわかるんだが、今回は役立たずだ。

 というかこの街を観光できるやつがいるんだろうか。宿屋すら探すのも一日かかりそうだぞ。こんなことならどんな森でも迷わないカルマーリキを連れてくるんだった。

 俺たちが街の入り口で途方に暮れていると、


「そこの旦那、腕の立つ冒険者とお見受けするッス!」


 少し年上くらいの、小柄な男が近づいてきた。

 腰には紙束を括りつけている。俺たちを狙いすまして近づいてきたってことは、彼が何者か聞くまでもないだろう。


「地図屋さんですか?」

「お、察しがいいッスね旦那。どうッスか一組」

「値段と範囲は?」

「東西南北、それぞれひと区画につき金貨一枚ッス。ちなみに中央区画は地図作成禁止だからないッスよ」


 他の街の地図屋に比べてなかなか高いな。まあこの街の混沌具合だと当然かもしれないが。

 しかし中央区画のことを隠さず教えてくれたのか。かなり良心的な地図屋だな。詐欺まがいの地図屋だったら、黙って五枚セットで売ろうとしてくるだろう。買ってみたら一枚は中央区画じゃなくて都市外部の地図だった、とかはこの世界ではザラにある。

 ストアニアで【発泡酒(エール)】の三人が同じような手に引っかかってたっけ。


 そう考えるとこの小柄な地図屋は信頼できるだろう。あとは地図の精度だ。


「縮尺はどれくらいですか?」

「ざっと二千分の一ッス。地階エリア分は全ルート完璧ッスよ」

「地階エリア?」

「いまいる高さより一段下の道ッス。ちなみにこの学術都市は、階層エリアによって地面の色が違うッスよ。ここは白い石畳なんで二階ッス。三階は茶色、四階は黒、地階は灰色ッスから地面を見ればどの地図を使えばいいのか一目瞭然ッスよ」


 そう言って、四枚ひとセットの地図をヒラヒラ振る地図屋だった。

 なるほどそういう仕組みで道を作ってたのか。確かによく見たら地面の色が階段の途中で変わっている。これは迷子防止にかなり役立つ仕組みだな。

 道そのものが複雑なのには変わりないけど。


 というか、この地図屋めちゃくちゃ良心的じゃないか。買う前からそれも教えてもらえるなんて。

 初めて訪れた観光客には、その情報だけでも地図分くらいの価値はあるだろう。


「わかりました。では四エリアすべて買います」

「まいどッス! ……と、言いたいところッスけど旦那、ついでに道案内を雇う気はないッスか?」

「道案内ですか。確かにあったほうが心強いですけど、料金と案内屋はどこに?」

「オイラが案内するッスよ。地図四エリア分買ってもらえたら、一日だけ無料でサービスするッス。二日目からは金貨一枚でどうッスか? もちろん不要だったら一日目だけでいいッスよ」


 それはお得だな。

 金に困ってはないが、無暗に出費する気もないのだ。

 俺はルルク。大金を持っても衣食住以外の贅沢ができない男……。


 ひとまず仲間たちに振り返り、


「どう? 初日だし地図があっても確実に迷うだろうから、俺は頼んでも良いと思うんだけど」

「賛成ね」

「ん」

「はい。よろしいかと」


 よし、多数が賛成したので決定です。

 俺は料金を払い、地図屋から地図を受け取った。


「ではよろしくお願いします。俺はルルクと言います」

「オイラはガトリンって言うッス。よろしくッス」


 ガトリンと握手する。

 都市全体が迷路みたいに無秩序な街か。


 まさに異世界情緒溢れるロマンみを感じて、俺はワクワクするのだった。

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 重力支配はズルすぎるwww [一言] ガトリン君めちゃくちゃ良心的だな
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