賢者編・6『暗黒の街』
それから三日間、俺たちはレスタミア王都を思う存分観光して回った。
レジャー施設では『動く大迷路』や釣り堀、洞窟で鉱石探しなどがあって、大人から子どもまで楽しめるアトラクションが多かった。
食事はこれといった名物料理はなかったが、炭鉱で栄えていた地域なので市民料理は全体的に味付けが濃いのが特徴だった。とくに芋と肉料理にバリエーションが多く、くわえて夜の禁酒の反動か昼間から飲酒する人が多かった。
工芸や手芸も盛んで、職人気質な人が多い国という印象を受けた。冒険者など外から来た人にとっては少し居心地が悪いが、慣れてしまえば住みやすそうな街だ。
「ルルクよ、つぎはノガナ共和国に向かうのだったな」
「はい。バベル伯爵はシャブームへ直帰ですか? 道中お気をつけて」
「うむ、また会おうぞ。そちらも息災でな」
ノガナに向けて出発する日、ちょうどバベル伯爵も会合がすべて終わったらしく帰国の準備をしていた。
俺たちは通算四日間、バベル伯爵は二週間の滞在をしていたようだ。
「サーヤ嬢もな。次会う時はさらに美しくなっているであろうな、おおいに楽しみである」
「ご期待に沿えるよう精進します。父にもよろしくお伝えください」
「そうだな、会ったことをカールに自慢せねば。あやつは悔しがるだろうが」
「あはは」
軽く挨拶を交わして、宿を出発した俺たち。
少し曇り空だが雨は降らなさそうな天気だった。
「それで、ノガナまではどうするの? 南の海沿い経由で行くか、戻ってバルギア経由かの二択なんでしょ?」
「そうだな……せっかくだし、少し遠回りだけど南側から行くか」
ここからノガナ共和国に行くには、この国とノガナ共和国を隔てる三日月型の大きな山脈を迂回しなければならない。距離だけならバルギアを経由したほうが早いんだけど、どうせなら初めて通る道を選んだほうが旅行っぽい気がする。
それに大陸最南端には、一度行ってみたかった場所もある。
「では南門から出発ですね。サーヤお義姉様、旅の物資の補充はよろしかったでしょうか?」
「大丈夫よ。全員分しっかり買い足したから」
しっかり者の二人がきちんとリードしてくれる。
なんて快適な旅だろう。
「ルルクがリードすべきでは? 仮にも唯一の男です」
「この二人が最強クラスに頼りになるから順当では?」
「……言い返せないです」
性格的な面でも、スペック的な面でも。
というか戦いに関しても、この世界は平均的に女性陣のほうが強い傾向がある気がする。いままで出会ったチート能力所持者、七割女性説を推したい。
「でも個人の強さならルルクに敵う人はいないですが」
「相性もあるだろ。俺だってナギに勝てないだろうし」
なんせ全ての術を無効化して斬る太刀だ。俺のチート防御すら紙装甲。
とはいえナギは質量物理攻撃を防げないからプニスケにはまず勝てない。そのプニスケはエルニには絶対勝てない。
エルニは……あれ? エルニが勝てない相手っている?
「……エルニ最強説だな」
「あれはチート代表です」
プニスケを頭に乗せて前をテトテト歩く幼女が議論を終わらせてしまった。
そんな雑談をしていたら、先頭でサーヤと話していたリリスがさがってきた。
「お兄様、少しよろしいでしょうか」
「うん、問題ないよ」
「では失礼します。今朝方、この国の王宮に潜り込ませている商会員から連絡がありまして、気になることを耳にしたので報告しますね」
気になること、か。
俺はここの王宮に商会員を潜入させてるって話がかなり気になるけどな?
そんな俺の些細な疑問は置いといて、
「これはケタール伯爵がこの国に来ている事情とも関係するのですが、どうやらレスタミア王国が、ノガナ共和国へ直通の地下通路を開通したようなのです」
「……直通? 山脈があるのに?」
「はい。その山脈の下を掘り進めていたらしいのです。その影響が多方面に及ぶかと思いまして」
「へ~。まあ土魔術の国だし地下トンネルくらいは作れるか。たしかに直通路ができたら経済にも物流にも影響も出るだろうな」
さすがだなぁと感心してたら、リリスが言いたかったことはそうじゃないらしい。
「実は、その通路は軍が開通させたらしいのです。ケタール伯爵はマタイサ南西部――つまりレスタミア王国との国境を守る軍貴族なので、軍事行動の真意を問うために今回の四ヵ国会議に出席していたようなのです」
「へえ、意外な理由だったな。それで気になるってのは?」
「レスタミアがノガナ共和国に軍事行動を起こそうとしていること自体おかしいのです。少なくとも、表面上は両者の関係はうまくいっております。特に中央魔術学会とゴーレム師団は、深い友好関係にありますから」
「共同研究するくらいだしな。それで行軍する理由はわかってるの? 国民を見る感じ、戦争する気配みたいなのは全然なさそうだけど」
「この国にとって戦争はゴーレム師団の派兵だけですから、戦いが起こっても物資は減れども人材はほとんど減りません。理由については……それが最も懸念している点で、実は王国側もよくわからないようでして」
どういうこと?
少なくとも山脈を越えるほどのトンネルを掘っている以上、少なくない労力と予算をかけているだろう。いくら土魔術が優秀な国とはいえ、そう簡単にできることじゃない。
「誰が主導しているのか、いっさい不明らしいのです。国王が指示したことではないのは確かなようで、先月からずっと調査しているとのことです」
「もしかして、軍上層部の独断?」
「いえ、それもまた違うようでして。例の総指揮官もこの異常事態を止めようとしているようなのですが、まったく命令が届かないらしく。直接現場に赴こうとしても、まるでたどり着けないんだとか」
一気にホラーになったな。
事態がまったく理解できないが、リリスの情報網なら誤報ってわけでもなさそうだ。
謎のゴーレム暴走事件に、国王や総指揮官ですら掴めない謎の軍事行動。なかなか闇が深そうなことが多いな、この国は。
「そういえば前に他の街を通りがかった時も貴族が暗躍してたっけ」
メレスーロスと再会した時のことを思い出した。
ちなみに彼女はいま、先輩冒険者としてカルマーリキとふたりでパーティを組んでいる。いつもケンカしてるらしいけど、戦いになるとなんだかんだ言って息は合うらしい。
兎に角、レスタミアも一枚岩ではないらしい。国だから当然だが。
とはいえ俺たちにはいまのところ関係ない情報な気がする。
「お兄様、どうしましょう。追って調査させましょうか?」
「いいよ。俺たちが直接何かされるわけじゃないんだし」
「そうですね。しかしお兄様の旅行の邪魔になるようなら、リリが許しません」
「息巻くのはいいけど変なことはしなくていいからな?」
どうせ面倒に巻き込まれれば逃げればいいんだし。
「かしこまりました。では情報を集める程度にするよう指示しておきますね」
「頼んだよ」
俺が言うと、リリスは腕輪の共話石に話しかけていた。ちなみに共話石はグループ通話と留守電機能のある導話石で、幹部たちに指示ができるらしい。
リリスとの話が終わると、黙っていたナギが怪訝そうに言う。
「ナギたちがノガナに向かうタイミング……偶然です?」
「さすがに偶然だろ」
「ならよいですが」
イヤな予感でもするのか、かすかに不安そうな表情を浮かべるナギだった。
俺はその頭を軽く撫でながら、
「まあ、危険になったらなんとかするよ。だから心配するなって」
「べ、べつに心配はしてないですが……って、何勝手に撫でてるです!」
プンスコ怒って、前方に離れていくナギ。
髪を撫でつけてチラチラ振り返りながら、サーヤの隣で歩くのだった。
それから予定通り、俺たちはレスタミアの南部に来ていた。
大陸南端の向こうはもちろん広大な海が広がっており、このあたりの気候はそれなりに肌寒かった。雪が降るほどではないが、吐き出す息は白くなっている。
この世界の海は一部の海域を除いて航海できるほど優しくはない。海には大型の魔物がうじゃうじゃいるから、浅瀬くらいしか進むことはできないのだ。
海洋性の大型魔物といえば、代表的なのはマタイサ王国東部の海にいる〝災厄の島〟だ。体の大きさだけでもマタイサ王都よりデカいらしい。話によると二千年以上前からいるらしく、危険度は測定不能だという。
災厄の島は例外としても、レスタミアの南の海でも漁船が出られるような場所ではない。漁業も地引網が主流になり、このあたりの漁村もあまり栄えているとは言えなかった。
そのため海沿いの道はあまり使われることはなく整備も行き届いていない。ふつうの馬車であれば、このルートはまず選ばなかっただろう。
おかげで誰もいないから、俺たちは飛ばし放題なんだが。
「海は広いです」
「ね。この世界の海、初めて見たかも」
ナギとサーヤが窓から海を眺めて感心していた。
肉眼で見たのは俺も初めてだ。波で荒れた海洋は地球の海とそこまで大差はないように見える。波が無ければもうちょっと澄んでて綺麗なんだろうけどな。
「う~……風がくさいもん」
「ん。べとべと」
潮風がお気に召さないのはセオリーとエルニ。
景色を楽しむこともなく仏頂面で過ごしていた。エルニはいつも通りの表情だけどな。
俺は二人の肩を叩いて、
「文句言うのもわかるが、いまは窓の外見てたほうがいいぞ」
「きょうみない」
「我もいい」
「そう言うなって。あ、ほら見えてきたぞ……漆黒の闇が」
「漆黒の闇!?」
セオリーが跳びはねて窓にへばりついた。単純なやつめ。
とはいえ俺の言葉にはなんの嘘もない。ちゃんと前方海側に、巨大な黒い球体が見えてきた。
光を吸収するかのような、あるいは世界に穴があいたような景色。
あれはまさしく、
「〝暗黒の街〟……本当にあったんだ」
サーヤがかすかに声を震わせた。
この世界で最も有名で、もっとも恐れられている街がここだった。
『三賢者』をはじめ、数々の物語で語られている場所だ。
教育的な面では、言うことを聞かない子どもをおどかすための場所になることが多い。日本で言うナマハゲ的な役割をしているのだ。エルフだと「魔族に食べられるよ」らしいが、人族だと「暗黒の街に連れてくよ」が一般的だ。
その伝承のとおり、一度中に入れば二度と出て来られない空間なのだ。
「あそこが、師匠が止められなかった場所か……」
『三賢者』の物語で、主人公の仲間の師――神秘王が唯一失敗したエピソード。それがこの街にまつわる一連の出来事だった。
とある少年が闇を抱え数々の人に裏切られて発狂し、そしてこの空間を作り出した。主人公と神秘王が少年を救って止めようとしたものの時すでに遅し、街はあらゆる闇に飲み込まれた……という話だった。
その後主人公――魔術の賢者が街を覆うような壁を作ったが、それも風化していまはまた暗黒の球体が露出しているのだ。
物語上では少年が暗黒空間を作った理由を〝人は誰しも狂気を持ち、深い絶望とともに世界を飲み込む〟と描いていたが、もちろん、誰しもこんなことができるわけがない。
俺も読んでいた時は創作だと思ってさほど詳しく考えなかったが、いまなら理解できる。
あれは、あの暗黒の街の正体は――
「……私も、一歩間違えてたらあんな風になってたのね……」
ポツリとサーヤが漏らした。その声は寂寥と後悔で震えていた。
暗黒の街は、とどのつまり存在と確率を操る『数秘術1』が負化してしまった結果だった。
俺とサーヤで数秘術の負化について考えた結果、その結論に至ったのだ。
永遠の闇とは、存在の消滅。
つまりあの空間ではあらゆる物質が〝無〟に帰る。どんな小さなものでも、どんなに速いものでも、どんなに強いものでも関係ない。あらゆる物質が消え、この世界ができる以前にあった闇に帰るのだ。
ロズが俺の心臓となってサーヤを止めていなければ、ここと同じような街がもうひとつ増えていたのだろう。
「……私、取り返しの付かないことをするところだった……」
サーヤが泣きそうな顔で、チラリと俺を見る。
俺は小さく首を振って、サーヤの手を優しく握った。
「大丈夫だ……大丈夫。サーヤはああならなかった。サーヤは誰も巻き込まなかった。そうなる可能性はあったけど、確かにその未来は来なかったんだよ」
「でも、それはロズさんが……」
「そうだな、確かに俺たちに師匠がいたからだ。師匠のおかげで俺たちは大罪人にならなくて済んだ。だけどそれも含めて、俺たち全員はこの未来を選ばなかったってことだ」
きっとロズは、この街のことを後悔してたはずだ。
サーヤと出会ったときから彼女を敵視するくらい、この暗黒の街を自らの失敗として心に残し、戒めようとしてきた。
きっとロズは、サーヤを殺してでもこの未来を防ごうとしたんだろう。
けど彼女は、その選択は取らなかった。
自らを犠牲に俺を生かすことで、希望を与えることでサーヤを止めたのだ。
「ロズさん……ごめんなさい、ありがとう……」
サーヤはポロポロと泣きながら、俺の胸――心臓に額をくっつける。
そこにいる俺たちの師に、少しでも感謝を伝えようとしていた。
俺はそんなサーヤの肩を抱きながら、通り過ぎていく暗黒の街をじっと見つめた。
もう二度と、こんな未来が訪れないように。
サーヤの心がこんな暗闇を生んでしまわないように。
俺はただそれだけを心臓に誓うのだった。
 




