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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅳ幕 【夢想の終点】

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賢者編・5『筋肉伯爵ふたたび』

 

「誠に申し訳ございませんでした!」


 レスタミア王都の中央区兵舎。


 応接室のような広い部屋で、俺たちに頭を下げているのは初老の杖持ちの魔術士だった。

 ゴーレム破壊の現行犯で任意同行という形になった俺たちだったが、調査が始まるや否やすぐにレスタミア王国ゴーレム師団の総指揮官――目の前の男性が現れて、謝罪をしたのだった。


 レスタミアが誇るゴーレム軍団のトップがいきなりこんな態度を取る理由は単純。

 リリスが他国の公爵令嬢で、俺たちが冒険者【王の未来(ロズウィル)】と知っており、そしてなによりセオリーがいたからだ。

 

「セオリー殿下ならびにお連れの皆様には大変失礼な対応をしてしまいました。なんとお詫びしてよいか……」

「も、申し訳ございませんでした!」


 総指揮官の隣では、さっきの兵士が顔を真っ青にして土下座している。

 レスタミア王国は、かつてバルギア竜公国に戦争をけしかけて竜王の一撃で敗北し、いまは賠償中の身だ。大陸の国で唯一バルギアに敵対した過去があり、竜王の気分ひとつで滅びる力関係だ。これだけ焦るのもわからなくはない。

 とはいえまさか竜王の娘が普通の旅行客に混じってのんきに観光しているとは誰も思うまいて。


 大人たちが揃って低頭姿勢なので、当の竜姫はオロオロしている。


「あ、あるじぃ」

「許してあげて。そもそも悪いことはされてないし」


 勘違いはあったが、職務を全うした結果だ。

 怒る理由はない。


「りゅ、竜姫として許す。汝ら、おもてをあげよ」

「「はは~!」」


 冷や汗をダラダラかいている兵士がちょっと可哀想なので、


「あの、本当に気にしないで下さいね。こっちも正式な訪問じゃなくてプライベートな旅行なので、ふつうの冒険者として対応して下さって外交的にも問題はないですから」

「な、なんという寛大なお言葉……ルルク殿にも大変ご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。それより、ゴーレムが暴走した理由はわかりましたか?」


 このままだと恐縮されっぱなしで話が進まないので、俺が話題を変えた。

 総指揮官は眉根を寄せた表情になり、


「それが原因不明なのです。特殊な魔力痕跡もなく術式も正常……しかし間違いなく暴走したと市民からの証言も集まっておりまして。被害者は特定でき、対応しているところでございます」

「そうですか……難儀な事件になりそうですね」


 やはりリリスの想像通りだったか。


「当該のゴーレムは破棄が決まりましたが、正直、同じような不具合が出る可能性もあります。取り急ぎ同一製作者の別固体は回収し、調査を始めるつもりです」

「そうでしたか。ご苦労様です」


 さすがゴーレム国家、大企業の不良品回収みたいな対応の早さだな。

 今後のことは俺たちには無関係だろうが、一応許可はとっておこう。


「もし今後同じような場面に遭遇した場合、対応も同じようにしてよろしいでしょうか?」

「無論でございます。この度は市民をお守りいただき、心から感謝いたします」

「いえいえ」


 兎に角、俺たちの戦闘行為は不問にしてもらえたようで何よりだ。

 そうとなればもう用事はないので、俺たちは足早に兵舎を立ち去った。とくに事故みたいなものだったので、これもレスタミア独自のイベントだったと思えば悪くない経験だったな。

 リリスはゴーレム師団とのコネクションができて喜んでいた。総指揮官にルニー商会の名刺を渡していたら、かなり驚かれていたな。


「さて、気を取り直して観光し直すか」

「その前にカフェに行くです。喉が渇いたです」


 確かに、もともとその道中だったからな。

 俺たちは改めて、紅茶が評判の喫茶店に足を運ぶのだった。






 ひとつ誤算があるとするなら、竜姫が観光しているという噂がレスタミア王都に即座に広まったことだ。

 おそらく外壁の門番はセオリー来訪の報告を上長に報告していたんだろう。総指揮官がすぐに飛んできたのも、その情報があったからだと思う。


 だが今回で兵士にも知れ渡り、それはつまり一般市民にも広がるということだ。

 夕暮れになる頃には、街を歩けば道を空けられて遠巻きに見つめてヒソヒソと話をされるようになっていた。


「避けられてんな……噂の広がりって早いんだな」

「ルルク変態紳士説がようやく巷にも流れたです?」

「俺じゃねえよ」


 変態じゃないし。

 あとそんな俗説を推しているのはナギだけ……あ、一応サーヤにも言われたことが……そういえばセオリーとエルニにも……うん、よし、この話はなかったことにしよう。


「にしても居心地悪くなってきたな。店も閉まり始めたし、そろそろ宿に帰るか」

「観光はもう終わりなの? まだお腹空いてないし、もう少し歩きたいのよね」

「じゃあ最後に手芸品の店にでも行くか。土産も買っておきたいしな」


 観光案内マップを頼りに、王都でも人気の手芸店に寄ることにした。

 レスタミアは南部が鉱山地帯なので、色々な鉱石が取れるのが特徴だ。ゴーレム産業が発展した背景としては特に驚きはないが、そのおかげで価値のつかない端材を利用した手芸品が土産として人気になっているようだ。


 オシャレが好きな女子たちは閉店まで粘っていた。

 サーヤとナギは可愛いアクセサリーを多く選び、リリスは服や鞄につかえる布製品を、セオリーはゴスロリファッションに似合うものをひたすら探していた。エルニはひたすら指輪を見ていた。


「お、これはリーリンさんに似合いそうだな」


 アメジストの欠片を綺麗に嵌めた髪留めがあった。髪留めなら重くもないし消耗品だから、お土産としては悪くないだろう。

 

「お兄様、お母様へのプレゼントはどちらがよろしいと思いますか?」

「リーナさんにか……そういえば、しばらく会ってないな」

「お母様も寂しがっておりますよ。ぜひお会いになって下さい」

「よしわかった」


 そういうことなら俺もプレゼントを選ばないとな。

 そんな風に楽しいショッピングを過ごして、本日の観光を終えた俺たち。

 宿に帰る頃には日も沈み、周囲の店はほとんど閉まって静かな街に戻っていた。


 特に異変もなく、ひと気の少ない街道を闊歩する自動ゴーレムたち。

 これがレスタミア王都の夜の景色なんだなぁ。

 

「……ルルク、誰かに尾けられてるです」


 宿の近くまできたら、ナギがボソッと言った。

 俺は返事をせず振り返らずに『神秘之瞳(プロビデンス)』を発動。ストーカーは名が売れてから時々つくようになったから、あまり驚きはない。

 エルニが何も言わない以上は敵意はないんだろう。あればエルニの『危機察知』がすぐに発動するからな。


「あ、見つけた。後方二百メートルくらいの屋根上だ。よく気づいたな」

「それくらいの距離なら」


 かなり小柄な男性だった。

 屋根上で身を隠しながら俺たちをゆっくり追いかけている。かなり目がいいのだろう、薄暗い街でも見失うことなくこの距離を保ったままついてきていた。


「何者です?」

「小人族だ。たぶん国の偵察じゃないか?」


 小人族は小柄で素早く五感が鋭い。戦闘力は低いが偵察向きで、冒険者では斥候として活動していることが多い。

 それなりに数が少ない種族だが、珍しいというほどでもない。少なくとも羊人族よりは頻繁に見る。


 視線には悪意も害意もないので、単に監視役ってだけだろう。

 こっちにはセオリーがいるから何かあったらすぐに報告する役目なのかもしれない。


「放っておいても良さそうだな」

「ならいいです。風呂を覗いているようなら適度にお仕置きしてくれです」

「大丈夫だろ、ナギじゃあるまいし」

「……何か思い出したです?」

「さ、最近物忘れが激しくてな。何かあったか?」


 ついうっかり記憶が蘇ってしまった。忘却忘却。

 まあ国の監視がつくのは当然としても、こっちの探知能力が高すぎて気づいてしまうのはちょっと問題かもしれない。敵意がないなら知らないほうがいいかもな、気になっちゃうし。


「はいじょ?」

「しなくていいから」

「ん」


 不満そうなエルニだった。

 そのまま監視をつけた俺たちが宿に戻ると、宿のロビーに意外な人物がいた。


「おおルルク、やはり貴殿もここに泊まっておったか!」


 入ってきた俺たちに気づいてソファから立ち上がったのは、バベル=ケタール伯爵だった。

 ひとりだけ劇画調の巨体の筋肉貴族が、門下生にしか見えないの護衛十人くらいを連れてニカっと笑みを浮かべていた。

 ホテルのロビーが筋肉で圧迫されてる。やたら狭く感じるぜ。


「バベル伯爵!? どうしてここに?」

「レスタミアとの外交でしばらく滞在中なのだ。さきほど貴殿らの噂を聞いて、もしかすると同じ宿ではないかと思っておったところよ。そなたも久しいなサーヤ嬢、背も伸びてきたか? 相変わらず美しいな」

「光栄です。そちらもお元気そうで何よりです伯爵様」


 膝を曲げて挨拶を返すサーヤ。

 その隣にいたリリスも、スカートの裾をつまんで挨拶をする。


「お初にお目にかかりますケタール伯爵様。私はリリス=ムーテルと申します。父とも懇意にして頂いているようで感謝いたします」

「おお!? そなたがディグレイ殿の娘か。社交界でしきりに自分に似て優秀だと自慢しておったが……ははは、外見はあまり父上には似ておらんようだな」

「ふふ。褒め言葉として受け取っておきます」

「無論よ。それから、そちらのご令嬢はもしやセオリー=バルギリア王女殿下でございましょうな?」

「う、うむ。よきにはからえ」

「お会いできて光栄ですぞ、竜姫殿!」

「ひゃっ」


 バベル伯爵の圧力に耐えかねて、サーヤの後ろに隠れるセオリーだった。

 最後にバベル伯爵が視線を止めたのは褐色の少女ナギ。


「そなたは……ふむ……なんとも奇縁なものだな」

「? ナギと会ったことあるです?」

「いや。違ってたら申し訳ないが、そなた……魔族であろう?」


 俺たちだけに聞こえるよう、小声で言ったバベル伯爵。

 さすがに驚く俺たちだった。認識阻害をしているから見た目じゃわからないはずだが。


「そうですが、なぜわかったです?」

「魔族は僧帽筋(そうぼうきん)の付き方が我々と微妙に違うからな。首を鍛えていれば一目でわかる」


 どんな視点だよ。でもまあこれもある意味慧眼か……なんの参考にもならないが。

 そういえば白腕の魔族――ナギの兄が最初に襲撃したのがケタール家だったっけ。

 伯爵は目を細めて、


「しかもあの魔族と筋肉バランスが瓜二つだな……ルルク殿、もしや……」

「そうですね。ナギは白腕の妹です」

「やはり。この度は大変お悔やみ申し上げる」


 ペコリと頭を下げたバベル伯爵。

 困惑するナギに、俺は事情を説明しておいた。


「そ、そうですか……兄様が襲った貴族だったです……」

「うむ。しかし恨んではおらん。彼は決して弱者に手は出さん誇り高き戦士だったからな。抗えんかったのは我の鍛錬不足よ」

「……兄様……」


 久々にナギが兄様モードになってしまった。

 俺はすぐにバベル伯爵に提案する。


「せっかく他国の土地で会えたことですし、夕食をどうですか? 今日はレストランで食事する予定ですし、よければ護衛のみなさんもぜひご一緒に。詳しければ、この国の名所などを教えてもらいたいですし」

「おお、我々もレストランでの予定ゆえ願ってもないことだ。お嬢様がた、暑苦しい我々だが同席してもよろしいか?」

「もちろんですわ、伯爵様」


 ちょっとビビってるセオリー以外、特に文句はなさそうだ。

 こうして偶然再会したバベル伯爵率いるマッスル軍団と、レストランで食事を摂った。


 バベル伯爵の領地はレスタミア王国と接しているからか、この国の文化や名所にかなり詳しかった。

 それと意外にも伯爵と武術マニアのナギは意気投合し、酒を飲みながら鍛錬方法などの話に熱を入れていた。門下生たちもナギの知識を受けて大盛り上がりだった。

 

 ……ナギの兄様にとって、きっとこの光景は悪くないものになっただろう。


 ちなみにマッスル軍団は、特注した高たんぱく低脂質の筋肉食堂メニューを高級レストランのテーブルにズラリと並べていたのだった。


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