賢者編・4『誤認逮捕』
レスタミア王国の観光名所といえば、ほとんどの人が【ゴーレム博物館】の名前を上げるだろう。
リリスが用意していた〝レスタミア王都観光マップ〟を片手に、俺たちは朝から王都観光を楽しんでいた。
夜は静かな分、早朝から街は賑わっていた。とくに各所で朝市が盛大に開かれていて、こんなに人がいたのかと驚く程どこもかしこも混雑していた。
俺たちも早起きして朝市に出かけ、露店などで色々な食事を楽しんだ。そのあとは王家御用達の菓子店に訪れてティータイムを過ごし、大目玉の【ゴーレム博物館】へとやってきたのだった。
「ふっ。漆黒の闇を纏いし体躯に我が魂が共鳴している……」
セオリーが三世代前の自動ゴーレムの展示を眺め、大好きな漆黒の闇(黒ゴーレム)を前にいつもの病を発症させていた。
全身真っ黒な人工魔石でできているので、たしかにスタイリッシュでカッコイイ。
しかしこの自動ゴーレム、高性能の反面あまりに黒いので夜間のゴーレム同士の認識がうまくいかなかったため、すぐに改良されたと説明書きがあった。白く発光するようになったのはコレが原因かもしれない。
博物館にはその他にも、初代から現行までの全ての自動ゴーレムや人工魔石のサンプル、各国の土壌品質の違い、地質の調査結果、地盤と地震の関係など、かなり本格的な博物館になっておりすごく楽しかった。
「リリも来たのは初めてです。なかなか興味深い研究もしているようですね」
リリスが興味を持ったのは、駆動術式と土の品質の相関性の研究だった。この研究は中央魔術学会との共同研究らしく、参加した学会研究員のコメントもいくつか掲載されていた。
解説をじっくり読んでいたサーヤが、あることに気づく。
「……あれ? この名前ってあの人じゃない?」
「あ、変態だ。ほんとに上院議員だったんだな」
共同研究員のひとりに、ノガナ共和国上院議員ベルガンドと記載があった。
思い出したくもないレベルの変態だが、自称してた通りちゃんと優秀な魔術士だったらしい。
「へ~、あのひと土魔術の権威なんだって。ねえエルニネール、今度いっしょに研究してみたら?」
「いや」
即答するエルニだった。
さすがに他の研究員に知っている名前はなかったが、確かに研究内容としてはどれも面白いものばかりだった。
とはいえ魔術理論なんて俺の人生と交わることのない知識だから、読んだあと五秒で忘れた。
ちなみに見学中、セオリーはずっと自動ゴーレムの展示コーナーに入り浸り、プニスケはエルニの頭の上でスヤスヤ寝ていた。わかりやすい二人だ。
「いや~、めっちゃ面白かったな」
「はい。勉強になりました。術式の詳しい記述がなかったのは残念でしたが」
「そりゃ国家機密を展示するわけにはいかないだろ」
およそ数時間かけてゆっくり回った俺たち。
博物館を出るときには、すでに陽も傾き始めていた。
観光マップを開きながら、次はどこに行こうかと考えいていたときだった。
〝ルル――を――て〟
「ん?」
また声が聞こえた。
すぐに顔を上げて周囲を見渡した。仲間たちがキョトンとしている。
「なあ、いま俺の名前呼ばれてなかったか?」
「え? 聞こえなかったわ」
「ナギもです。ついにクスリでも始めたです?」
「いやいや……ハッキリ聞こえたんだけど」
今度は間違いなく俺の名前を呼んでいた。
女の声だった。美しい旋律のような声で、どこか懐かしいような感覚がしたのだ。聞いた事があるような、そんな声色だった。
でも仲間たちは誰も聞こえなかったらしい。
「おかしいな……確かに聞こえたんだけど」
「もしかして体調悪い?」
「いや本当なんだって」
「疑ってないわ。でもふだん聞こえないものが聞こえるときは疲れてるっていうし、念のためどこかで休みましょ」
心配するサーヤの提案に従って、ちょうど喉も渇いていたので近くの喫茶店に寄ることにした。
俺に代わってリリスが店を探し、すぐに向かおうとしたときだった。
「きゃああああ!」
悲鳴が道の先から聞こえてきた。
何事かと足を止めて見てみると、買い物かごを抱えた女性がうずくまっている。その隣には、顔の魔石が真っ赤に染まった自動ゴーレムがいた。
女性は足から血を流しており、ゴーレムの鋭い腕に血がべっとりとついている。
ゴーレムはそのまま腕を振り上げて、今度は女性の頭めがけて――危ない!
「ナギ!」
「鬼想流――『蘇鉄断ち』!」
一瞬でゴーレムと間合いを詰めたナギが、その腕を斬り飛ばした。
ゴーレムは顔の魔石を点滅させながら、すぐにナギから距離を取る。
「事情はわからないですがリーダーの指示です。助けるです」
「あっ、ありがとうございます!」
顔を青くしながら、怯えた目でゴーレムを見て頷く女性。
普通の買い物中の主婦のようだった。ゴーレムに襲われるような犯罪者には見えない。
周囲の人たちも慌てて遠ざかっているから、明らかな異常事態なのだろう。
リリスが頷いた。
「はい。魔石が赤く変色するのは、魔力回路の異常動作を検知した時だと聞いています。おそらく暴走してるのでしょう」
「そうか。危ないところだったな」
ほっとした。
とっさに助けて正解だったらしい。
「ナギ、まだ暴走するようだったらやっていいぞ」
「わかったです」
ゴーレム相手ならナギの独壇場だ。魔力回路ごと魔石をぶった切れるナギの太刀なら、どうあがいても人形ごときに勝ち目はない。
ナギが距離を取ったゴーレムを睨んでいると、顔の魔石がチカチカと点滅してから白色に戻った。
それを見て、太刀を納めるナギ。
「たぶん正常に戻ったです。ほら怪我見せるです……ひどい刺し傷です、サーヤ」
「あ、うん」
ナギに呼ばれて女性の元に駆け寄ったサーヤは、すぐに治癒魔術で女性を治していた。
ふくらはぎを貫かれていたらしくかなりの重傷だったが、最近憶えた『ハイヒール』ですぐに完治させていた。
女性は泣きながらサーヤとナギに礼を言い、二人は念のため医者に行くようにアドバイスしていた。あくまで怪我を治したのは魔術だ。ポーションなどと同じく自然治療ではないし、神経や他の機能に異常がないか診てもらった方がいいのは確かだ。
女性は何度も頭を下げながら、そのまま去っていった。
片腕を斬り落とされたゴーレムはなぜかその場から動かずにじっとしている。観衆は遠巻きに見ているか、あるいは逃げるように去っていくだけでこっちには近づかなかった。
さて、これからどうしたものか。
「これって兵士に報告とかしたほうがいい感じかな?」
「そうですね。一応、ゴーレムを壊したのは事実なので報告義務はあるかと」
めんどいな。
まあゴーレムの暴走に居合わせたのは不運だったが、被害者が無事でなによりだったか。
気を取り直して兵士を探そうとしたときだった。
「何をしている!」
警笛が鳴り響いた。
道の向こうから、自動ゴーレムをゾロゾロと連れた兵士が走ってきた。
おお、探すまでもなかったようだ。誰かが通報してくれたんだろう。
俺が手を振って兵士を迎え入れようとすると、
「貴様ら、両手を上げて地面に伏せろ! さもなくば実力行使にでる!」
「……え? 俺たちですか?」
「貴様ら以外に誰がいる! その恰好、冒険者か……ゴーレム破損の現行犯め神妙にしろ!」
俺たちを取り囲むように、自動ゴーレムたちが配置されていく。
なんか勘違いしてるっぽいな。
「あのですね、そのゴーレムが暴走して一般人を襲ってたので止めたんですが」
「ウソをつけ! どうみても正常な状態を維持しているだろう!」
「腕斬り落としたら戻ったんですよ」
「そんなワケがあるか! 第一、新型の自動ゴーレムが暴走するなんて出鱈目を信じると思ったか! 言い訳するならもっとマシなウソをついたらどうだ!」
話を聞いてくれる様子はなさそうだな。
最新のゴーレムが暴走するなんて滅多にないことなんだろう。この国自慢の技術の結晶だから、その自負もあるに違いない。
だが実際、俺たちの前で暴走していたのは確かだ。
「信じられないなら、観衆や被害者に聞いてみたらどうです?」
「そうやって煙に巻くつもりか? そもそも、どこにその被害者がいるというんだ!」
「ああそっか。もう帰ってもらったんだったな」
もう少し引き留めておくべきだったもしれない。
「現行犯のうえ罪も認めないとは、所詮は粗野な冒険者め。抵抗するなら痛い目をみるぞ」
「別に抵抗するつもりはないですよ。話を聞いてもらえれば」
「何を偉そうに……いいからさっさと武器を捨てろ!」
「ん、たおす?」
「待てエルニ。手を出したら本当に罪になっちまうだろ」
血の気が多い羊っ子をなだめておく。
信じてもらえないのは残念だが、兵士も状況証拠を見て仕事をしているだけだ。俺たちが冒険者だから言葉に重みがないのは、この国に来る前から分かっていたことだし。
「……どうしたものかな」
「何を悠長にしている! さっさと武器を捨てて伏せなければ――」
「兵士さん、よろしいでしょうか」
実力行使もやむなしという気概の兵士に、リリスがやんわりと言葉をかけた。
「貴様も仲間か……あ、いや、その恰好はもしかして貴族位の方でしょうか?」
「はい。私はリリス=ムーテルと申します。マタイサ王国の公爵家の者です」
「公爵家!?」
狼狽えた兵士くん。
さすがに大国の公爵令嬢が目の前にいることに戸惑っている。まあ下手なことしたら外交問題になるからなぁ。
というか外交問題か。なるほどその手があったか。
「彼らは冒険者ですが、私の護衛をしてもらっております。彼らの責任は私の責任。彼らの言葉は私が保証します。自動ゴーレムの暴走は信じがたいことかと思いますが、まずは適正に調査をお願いします。こうして身分も明かしましたし、逃げも隠れもしませんから」
「な、なるほど護衛でしたか……いやしかし、そちらが公爵令嬢だという証拠を確認しなければなんとも言えませんが」
「身分証はこちらです。淑女学院の学生証ですが確認お願いできますか?」
「……確かに。これは失礼しましたリリス嬢。では護衛の冒険者を含め、兵舎まで同行願いたいのですが」
「かしこまりました。みなさん、行きましょう」
あっというまに兵士の勢いを削いで、平和的に場を治めたリリス。
これが公爵令嬢パワーか。
俺たちは左右を自動ゴーレムたちに囲まれ、往来を歩いていく。
待機モードになった片腕ゴーレムは別のゴーレムたちが運んでいた。
俺は歩きながら、リリスに話しかける。
「というか、暴走した履歴とかって残るもんなのか?」
「通常であれば……ですが今回は少々難しいかもしれませんね」
眉をひそめるリリスは、小声で言った。
「暴走しているゴーレムを『解析之瞳』で確認しましたが、魔力回路を暴走させるような原因が特定できませんでした。偶発的なものなら元に戻る可能性は低いですし、人為的なものなら痕跡は視えるはずですが……」
「その眼でも見えない過去情報があるのか?」
「あくまで王級スキルですから制限はあります。例えば術式を書き込んだ人の情報など、間接的な情報は何も視えません。それに、格上のスキルや術式の痕跡は当然まったく見えません」
「極級スキル以上? そんなもん滅多にないだろ」
「あるのかないのか、それが視えないのが厄介なのです」
神妙な面持ちのリリス。
俺はこの誤認逮捕ギリギリの状況を面倒に思っていたが、リリスはむしろ暴走の原因が特定できないことのほうを危惧しているようだった。
とはいえさすがにゴーレムを一時的に暴走させるなんて、イタズラにしては難しいし得るものは少ないはずだから、何かの事故だとは思うんだけどな。
俺たちは少し戸惑いつつも、兵舎に連れられたのだった。
あとがきTips~レスタミア王国の歴史・簡略版~
・約150年前
大陸南部の戦乱期・小国群のひとつレスタミア公国に土魔術の天才が生まれ、国軍に参加。彼は独自のゴーレム技術を用いて全戦全勝。レスタミア公国は怒涛の勢いで戦に勝ち進み、すべての国を統合して彼を王とするレスタミア王国が誕生。同年、ストアニアとの相互技術提供条約を結ぶ。
・約130年前
王の弟子たち三人が協力してゴーレム師団を創設。王はゴーレム専門の研究機関を設立し、他国から優れた土魔術士たちを招致して独自の術式を開発する。初代自動ゴーレムが誕生。
・約110年前
小国でありながら三大国のひとつマタイサ王国と同盟条約を結ぶ。
・約105年前
中央魔術学会と相互技術提供条約を結ぶ。ゴーレム師団の規模が過去最大に。
・約100年前
王は晩年、大陸の覇者バルギア竜公国へ攻め入ることを決断。しかしあっけなく返り討ちに会ってしまい、竜種たちに王都を囲まれて制圧される。王は責任をとって自死し、二代目国王へと王位を譲る。
バルギアと同盟という名の賠償契約を結び、実質的な属国となる。
・約70年前
二代目国王が逝去し、三代目国王に。〝要塞ゴーレム〟が開発されバルギア以外のすべての国境関所に配備される。
・約25年前
三代目国王が逝去し、現在の国王へと譲位。新国王は積極的に都市開発を推し進め、整った街並みと自動ゴーレムによる安定した統治により王都周辺の治安は大陸随一と評価を受ける。
ちなみにレスタミア王国で冒険者があまり良い扱いを受けない理由は、王都近辺の魔物討伐や盗賊退治はほとんど王国ゴーレム師団がおこなっており、冒険者は仕事が少なくなり荒くれ者ばかり残ったり悪事に手を染める者が多くなったから。




