賢者編・3『だから飲みすぎるなと言ったんだ』
リリスのゴーレムケンタウロス(美女)が爆速で街道を駆け抜けた結果、翌朝にはレスタミアに到着していた。
自動運転なので夜も止まることはなく、そのおかげであっという間に国境に着いたのだ。せっかくなら道すがらイケオジエルフのコーヒー農園にでも寄ろうかと思っていたが、寝ている間に通り過ぎてしまった。
それと入国の際、意外とゴーレムについては何も言及されなかった。
明らかに『なんだコレは』と不審な目を向けられていたが、俺の冒険者カードを確認した途端に目を逸らされた。なんだか腫れもの扱いをされているようで、ちょっと納得がいかない。
兎に角、無事にレスタミア王国に踏み入れた俺たちは、国境付近の街で朝昼兼用の食事を摂ることになった。
向かったのは『狩人飯店』で、これはリリスのリクエストだった。以前、俺たちが来たことを知ったら行ってみたいと言ったので、連れてきたのだ。
またもや満腹で動けなくなったエルニとサーヤを抱えて馬車まで戻ることになったのはご愛敬。
そのまま俺たちはレスタミアの王都を目指した。
元は小国群だったとはいえ、領土はマタイサ王国の半分もない。
もとから王都は離れてなかったこともあり、予想通り、その日の夜には王都についていた。
「では次の者、身分証明書を」
陽も沈み空が闇に染まり始めた頃、俺たちは通行審査を受けていた。
レスタミアの王都は高い黒い壁に囲まれている。独自のゴーレム技術を持っているレスタミアは、土魔術の技術が他の国よりも進んでいるらしい。この壁も合成素材で、鑑定したところ強度は鋼鉄以上にあるらしい。ただし経年劣化に弱く、定期的なメンテナンスが欠かせないようだ。
壁を眺めながら冒険者カードを差し出したら、門番はギョッとして俺たちの顔を見た。まあこういう視線には慣れてしまったので、いまさらどう思うわけでもない。
「し、失礼しました! どうぞお通り下さい!」
「あっはい」
なぜに敬語?
レスタミアという土地は冒険者に対してわりと辛辣なお国柄なので、丁寧な応対は少し違和感なのだが……ああそうか、セオリーがいるからか。
レスタミアからすると首根っこを掴まれている国のお姫様だから当然か。兵士はセオリーを見送る時に頭を深く下げていた。
「ふっ。我が威光に恐れをなしたか」
得意顔のセオリー。たぶん裏事情はわかってなさそう。
そのまま王都に入国する。またもやゴーレムは何も言われなかった。とはいえこのまま連れて歩くのは目立ちすぎるからやめておこう。
リリスがすぐにマルチボックスに収納した。また後で会おうな美人ゴーレムさん。
「へ~、思ったより広々してるわね」
「です。綺麗な街です」
サーヤたちの感想に、俺も深く頷く。
外壁から伸びる道は広くて真っすぐで、足元の石畳もかなり丁寧な造りになっていて段差がほとんどない。『神秘之瞳』で上空からチェックしてみたが、外壁付近だけではなく中央の城までほとんどの道が真っすぐだ。
区画整備をしっかりした京都みたいな碁盤の目状の街だった。
夜だからかひと気は少なく、商店もすべて閉まっている。このあたりは商人や冒険者が出入りする区画だろうに酒場もなく閑静そのものだった。
他の国とはまた毛色が違うな。
「とりあえず宿を探すか」
「すでに手配しておりますので、ご案内しますね」
適当に歩き出そうとしたら、リリスがそう言った。
「いつの間に?」
「この街にもルニー商会がございますから、前もって連絡をしておりました。万が一にもルルお兄様に不便を強いることのないよう、商会が全力でサポートいたします」
「おお。さすが頼りになるな」
ということは面倒な旅行の手続きはぜんぶ任せていいってことか。
「こりゃ楽でいいなぁ」
「もちろんこの国で最高級の宿をとっておりますのでご安心ください。それとこの街の旅費はすべてルニー商会の経費として落としますので、どうぞ存分に観光をお楽しみください」
「え、マジ? 他人の金で食べる焼肉は最高だぜ!」
「ヒモクズ野郎です」
いや冗談だよ?
そんな軽口を言い合いながら、リリスの案内で王都の中央まで歩く。
「どこも静かね~。門限とかあるのかしら」
「ん。ごはんたべたい」
『ボクもおなかすいたなの~』
開いている飯屋を探しながら歩いているようだが、日没直後だというのにどこも閉まっているようだ。まさか酒が法律で禁止されてるってワケじゃないだろうが……。
「おおむねその通りです。この王都では、公共の場での日没後の飲酒が禁止されております。それゆえ皆様、家に帰ってお酒を嗜んでいるようですね」
「そうなのか。なかなか厳しい国なんだな」
「自動ゴーレムがおりますから。ほら、あちらに」
リリスの視線を追うと、細身のゴーレムが街道を歩いていた。
光沢のある人型の白い石でできた、手足が細長く尖ったゴーレムだった。顔の部分には大きな人工魔石が埋め込まれており、センサー的な役割があるのか小刻みに首を動かして周囲の様子をうかがっているようだ。
歩くたびにカツンと足音が響く。一定のリズムで足音を響かせ、街道を警備している。
「お~。あれがレスタミア特産の自動ゴーレムか」
「はい。とくに夜間は攻撃性のある気配を感知すると警告なしに制圧行動を取るため、飲酒は厳禁なのです」
「なるほど納得だ」
かなりシャープな形状なのでちょっと怖い。ぼんやり白く発光しているのもあり、子どもが夜中に見たらチビりそうだ。
「戦闘能力も高そうだな」
「王国ゴーレム師団は、単身でBランク魔物を討伐できると喧伝しておりますよ」
「そりゃ強い。それがわんさかいるのか……見学もそこそこにさっさと宿に向かおう」
「はい」
俺の提案に頷く一同だった。
気になってた自動ゴーレムも見れたし、もういいだろう。というか先にリリスの作った美女ケンタウロスを見たせいで、思ったほど感動しなかったな。強度も動きの滑らかさも段違いだからなぁ。
俺が苦笑しながら歩いていると、ふと、何かが聞こえた。
〝――――き―――て〟
「……ん?」
誰かに呼ばれた気がした。
つい足を止めて振り返る。もちろん後ろには誰もいない。
「どうかしたの?」
「なんか声が聞こえなかったか?」
「そう? 私は何も。ナギは聞こえた?」
「なにも」
パーティメンバーで一番五感が鋭いナギも首を振った。
気のせい……か?
念のため耳を澄ましてみるが、それから聞こえることはなかった。
「まあいいか」
俺は気を取り直して、リリスが用意してくれた宿に向かうのだった。
「……あのナギさんや。この状況に納得のいく説明が欲しいのですが?」
「何か文句でもあるですチキン野郎」
高級宿、その屋上。
リリスが自信満々に案内したのも納得の、まさに一等級のホテルだった。
その最上階の部屋に案内された俺たちは、ホテル自慢のコース料理を美味しくいただいた。
料理も紅茶も食後のデザートも素晴らしい味だった。舌も腹も満足だ。
部屋は4LDKで寝室は三つ。ひとつは俺とプニスケ、二つは女子たちが使うことになった。久々にベッドで手足を伸ばして寝れるよう、リリスが配慮してくれたようだ。本当にできた妹だぜ。
それから俺は、ホテルの屋上にあるという貸切浴場をこっそり予約しにいった。ちょうど誰も使ってない時間らしく、オネムなプニスケを置いてひとりで湯船につかりに来たのだ。
ここまではいい。
だがなんの因果か、いま俺の目の前には同じ湯船につかったナギがいた。
もちろん湯舟マナーに厳しい元日本人である俺たちは、しっかりガッツリ全裸である。
きわめて紳士な俺は、なるべくナギの素肌を見ないようにしつつ、
「文句はない。文句はないしむしろ嬉しいことなんだが……なんでいるの?」
「ルルクが鼻歌まじりにスキップしてたので、何するのかなと思ってついてきたです」
「え、俺そんなウキウキしてた?」
「してたです」
「うそん。恥ずかし」
「……ちょっと可愛かったです」
「ん?」
幻聴かな?
なんかナギの口から、普段聞けないデレ音声が聞こえた気がしたんだが、まあ、たぶん気のせいだろう。
それよりも。
「ついてきたのはいいとして、なんで一緒に入ってんの?」
「そこに露天風呂があるからです」
「そっか~なら仕方ないか~」
露天風呂見つけたらはいっちゃうよな~それは納得……いやできねぇよ?
しかしナギはとても気持ちよさそうに顎まで湯につかっている。頬も赤く上気しており、トロンとした目でこっちを眺めていた。
……ん? もう顔赤いのは早すぎないか。入ってきて数分だぞ。
「つかぬことをお聞きしますがナギさん」
「なんです?」
「お酒……飲みました?」
「無論です」
そういえば夕飯の時、ひとりだけやたら飲み物頼んでたっけ。
ってことはつまり……こいつ酔っ払いか!
「なんです? そんなにナギのこと見て」
「寄るな寄るな! 本当に見えるだろ!」
辛うじてお湯と湯気が隠してくれてるんだぞ!
そんな俺の紳士的対応はお構いなしに、ナギはちゃぷちゃぷとお湯をかきわけて俺のすぐ目の前までにじり寄ってくる。
「べつに見えてもいまさらです。出会った初日に裸なら見せたです」
「確かに見たけど……あっ! 見てない! 見てないから慰謝料は請求しないで!」
「もう遅いです。ルルクは責任をとるべきでは?」
「いや近い近い! 当たってる! 色々当たってるから!」
俺を湯舟の端に追い詰めて、俺にしなだれかかって上目遣いに見上げてくるナギ。ふつうに息が酒臭い。
ちょ、ちょっと酔っ払いすぎじゃありませんか?
「もっと喜んだらどうです。乙女の肌に密着して興奮しないなんて、それでもルルクです?」
「俺をなんだと思ってんの!?」
正直言うとギリギリ耐えてるんです! 『冷静沈着』センパイがめっちゃ仕事してるんです!
というかここで欲望のままに手を出そうものなら、酔いが醒めたあとに絶対殺される。それだけはイヤだ酒の失敗なんかに巻き込まれて死にたくはない。
「……それともルルクは、ナギのことなんて興味もないです……?」
いつもじゃ考えられない反応を見せるナギ。
これはどう答えるのが正解なんですか? 肯定しても否定しても、後で殺される未来しか見えないんですが。教えてナギえもん。
「やはりルルクにとって、ナギのような女は魅力的ではないのです? 血で汚れた女なんて、ルルクのそばにいる資格なんて……ないです……?」
「そ、そんなことはないぞ! 泣くな、自分に自信を持て!」
くっ、俺の中の紳士がルートを確定してしまった!
こうなればヤケクソだ!
俺はナギの肩を掴んで、まっすぐ目を見て言った。
「俺にとってのナギは、思ったことを真っすぐに言える賢くて正直な女性だ。確かにナギは復讐の鬼になったし、それで色々な人の恨みも買ったかもしれない。でも俺はそんなナギの背中を押して復讐が終わった後も支えると誓ったんだ。それにナギは俺には厳しいけど誰彼構わず暴力を振るうわけでもないし、他の仲間にはめちゃくちゃ優しいじゃないか。不器用だし毒舌な部分があるかもしれないけど、本当は素直で優しい子だって知ってるし尊敬もしている。もちろん女の子としてもすごく魅力的だと思ってるからな」
ほぼ息継ぎなしで言った。
ちょっと息が荒くなったかもしれないけど、一応、俺の本心だ。嘘はついていない。
「……ほんとです?」
「ああ本当だ」
「ほんとの、ほんとです?」
「本当の、本当の、本当だ」
目を逸らさずにしっかりと両目を見て言った。
ナギは少し安心したのか、かすかに微笑むと俺の胸に額をくっつけた。
……本当はずっと不安だったのかもしれないな。
自分が復讐鬼になってしまったことを自覚し、それでもなお俺やサーヤと一緒にいたいと願ったナギ。あの時俺たちはナギを心から受け入れたけど、それでナギが自分を許せたかどうかは、また別の話なんだろう。
きっとその不安は、この先一生取れないかもしれない。過去はなくなることはない。
……だったら。
「ナギ。不安になったらいつでも言えよ。そのたびに俺が、お前を安心させてやる」
たとえ酔った勢いじゃないと本音を語れないというのなら、いくらでも晩酌に付き合ってやろうじゃないか。
「……ルルク」
「どうし――んんんッ!?」
不意打ちだった。
視界いっぱいにナギの顔があった。
唇が塞がれ、甘い香りが鼻腔をくすぐる。
俺は湯船とナギに挟まれて動けず、数秒間そのままの状態を維持して――ようやくゆっくりと離れる。
「……。」
耳の先まで真っ赤なナギ。
立ち込めていた湯気はいつのまにか消えており、彼女の四肢も感情もハッキリと俺の目に映っていた。
紳士な俺は同意がない相手に手を出す気はないが、もちろん同意があれば自重しない。だってそれこそが紳士だから!
いままでデレの割合が低すぎて半信半疑だったが、どうやらこの状況は据え膳だったようだ。据え膳食わぬは以下略なので、ここは紳士が淑女を優しくリードしてやらねば――
「あーっ! ナギが抜け駆けしてる!」
はい。スンッってなりました。
背後からサーヤの声が聞こえてきた途端、『冷静沈着』パイセンが本気で仕事をしやがりました。
ぞろぞろとメンバーたちが風呂場に入ってくる。
もちろんみんなタオルを巻いているから、紳士な俺でも直視できますねヤッター。
「ぬ、抜け駆けなんてしてないです!」
ナギがいつのまにか湯船の反対にいた。
鬼想流は水中移動もできるのかぁ。
「で、でもそうですねちょっと湯当たりしたようなので先に出るです! みんなはごゆっくりです!」
慌てて湯船から出てタオルを巻いて、脱衣所に駆けこんでいくナギだった。
入ってきたばかりの女子たちは首をかしげていた。
俺は素直に思ったことを言う。
「というか、なんで普通に入って来てんの?」
「え? だってルルクが貸切風呂予約したって聞いたから」
「いや俺が入るためだが」
「いいでしょ。たまにはこういうのも」
「よくない。混浴は精神に毒だから俺もあがる」
「ナギとはゆっくり入ったのに? てかナギのあの様子……なんかあったでしょ」
ジト目で見てくる女子たち。
「ナニモアリマセン」
「ん、うわき」
「あるじ嘘はよくないもん」
「ウソジャナイヨ」
記憶から消しました。今後のためにも。
まあそうだな。あまり根掘り葉掘り聞かれたくないし……ここは大人しく従おう。
「わかったわかった。じゃあみんなでゆっくりつかろうか。星空もよく見えるしな」
「あ、ほんとだ! 綺麗ね~!」
「ふっ、我が天命よ! 宵闇に煌めくのだ!」
「ちょっとセオリータオル落ちてる!」
「ひゃぁっ!」
せっかくの静かな風呂場が慌ただしくなってきたな。
まあ、たまにはいいか。旅行だし。
俺はワチャワチャする女子たちをぼんやり眺めつつ、今度こそゆっくりと湯に身を沈めるのだった。
そんな俺の隣で湯につかったリリスが、こっそりと耳打ちする。
「お兄様。ナギさんのフォローはしておきますね」
「……もしかして透視てた?」
「すみません。周囲を警戒してたらつい見えてしまいまして」
そうか。わざとじゃないならしょうがない。
「そうだな……じゃあ任せるよ」
「はい。リリにお任せを」
俺の隣で、なぜか嬉しそうに微笑むリリス。そのまま肩をくっつけてきた。
もちろん妹に邪な感情は抱かないので、しっかりとリリスの成長具合はチェックしておいた。紳士であるよりも前に俺はリリスの兄なので、妹の健康状態は確認しないとな。そう、兄なのでね。
ちなみに翌朝、ナギが睨み殺さんばかりの視線を俺に向けながら「昨日のことは何も覚えてないから他言するなよ」と言ってきた。矛盾してるだろ。
まだ死にたくない俺は、もちろん黙って頷いておいた。




