弟子編・7『よし待て、話し合おう盗賊さん!』
本日投稿2話目。
2/2です。
「あれは……うん、盗賊ね。まだ街に近いのによくやるわ」
ロズがのんびりと言う。
盗賊が襲っているのは荷馬車だった。ここから見た限りでもかなりの量の荷物を積んでいるので、きっと商人なんだろう。
護衛の戦士たちが数人応戦しているようだが、盗賊の数は二十人よりも多そうだ。あまりに多勢に無勢で、すぐさま護衛の戦士たちは馬車を背にして防戦一方になってしまっていた。
「し、師匠……」
異世界は治安が悪い。
それくらい理解していたけど目の前で人が人に襲われている瞬間を目撃しては、つい動揺してしまう。焦って駆けださなかったのは、4年前に人攫いと対峙した経験があったからだ。
無鉄砲に動くのは命の危険に直結する。
見知らぬ商人や護衛の者たちに義理はない。
でも、ここで見捨てたくはなかった。
とはいえ俺はまだレベル1。
戦闘に使えるスキルもあるけど、盗賊相手に立ち回るにはかなり不安だった。レベルやステータスの高い相手だとかつてのように蹴り一発で致命傷レベルのダメージを負ってしまう。
情けなくもロズを頼りにするしかない俺を見て、彼女は肩をすくめた。
「わかってる。転移するわよ」
まだ目測数百メートルある。走っていく頃には全員殺されてるだろう。
ロズがさっと俺の手を握った。
一瞬で、景色が塗り替わる。
馬車を包囲する盗賊たちのすぐ背後に転移した。下品な笑い声をあげながら、ジリジリと包囲網を狭めていく盗賊たち。
ロズは手のひらをかざして何かしようとしたが、思いとどまったように俺を見下ろした。
「さっきの『言霊』というのは、戦いに使えるの?」
「は、はい」
「じゃあやってみて」
いきなり実戦かよ!
そばにロズが控えてるから万が一ということはないだろうけど、さすがに命のやりとりとなると緊張してしまう。
でもまあ、『言霊』は対集団にはぴったりのスキルか。
レベル1の俺が使うスキルだから、どれくらい効くかはわからないが――
俺は大きく息を吸って、声に霊素を込めた。
「〝動くな〟!」
吠えるように口にした言葉は、霊素的な衝撃をともなってこの場を貫いた。
ぴたり、と音がやむ。
盗賊も商人も護衛の戦士も、誰もがその体を氷の彫像のように静止していた。
よしよし、成功だ。
俺は心の中でガッツポーズを決める。
――このスキルを思いついたのは一年前だ。
それまで世界樹の力を借りるスキル――【想念法】をひとつも習得できなかった俺は、そもそも世界樹とはなんぞや、という疑問にぶち当たっていた。言葉ではイメージできるし霊脈も感じ取れる……でも、世界樹は近くにないから確かめることはできない。
そんなとき、俺は何度も読んでいた『三賢者』の物語をもう一度読み返したのだ。そこで賢者が何気なく言っていた「世界樹の集合意識と記憶」という言葉を見て、思いついたのだ。
この『言霊』は世界樹から集団意識を呼び出し、その意味を相手に強制するスキルだ。
多くの人々が使う言葉は、その意味を全員が共有する。それが集団意識として世界樹に保存されているなら、神秘術で利用することができるんじゃないか。日本にも言霊という概念があったので、この世界でそのまま再現できないかと考えたのだ。
とはいえ最初試したときは、みごとに失敗した。
術の発動自体はうまくいったのだが、練習相手に与える影響が小さすぎて効果が十分に発揮しなかったのだ。
その原因を考えに考えた結果、世界樹に保存されている集団意識の強さに関係があるのでは、という答えに辿り着いた。
集団というからには、世界の人口そのものが関係しているのでは? と。
そしてもし世界樹に保存されているのが、この世界の情報だけじゃなかったとしたら。
人口が圧倒的に多い世界の言葉なら、と。
俺はそう考えて試行錯誤し、やがて作り上げたのがこの『言霊』だった。
つまりいま、全員の動きを止めた言葉は――日本語だ。
この世界では誰も理解できない言葉だから、呪文にでも聞こえるのだろうけど。
「……へえ、やるわね」
さすがにレベル差がありすぎるせいかロズには効果がなかったようだ。彼女は嬉しそうな顔で周囲を眺めていた。
とはいえいつまでも効果が続くようなものじゃない。
動きを止めているあいだに、盗賊たちを無力化しなければ。
「〝武器を捨てろ〟」
カラン、カランとつぎつぎに剣や槍を離していく盗賊たち。
……おや? ひとりだけ腕をぷるぷるさせながらも武器を離さない盗賊がいるな。それにそいつ、重くなった足をひきずるようにこっちに向かって走ってくる。めちゃくちゃ怒ってるようだ。
「レベル19。盗賊たちの頭みたいよ」
ロズがこっそりと伝えてくれた。
さすがにレベル差が18もあれば効果は薄いか。
でも、こっちには直接戦えるようなスキルはないし……どうしよう。動きが鈍重とはいえレベル19の剣を一発でも喰らえば即お陀仏してしまう。よし待て、話し合おう盗賊さん! これは正当防衛であり悪意はなかったんです来ないでください調子に乗ってすみませんでした!
「いいわ。あとは私がやってあげる」
ロズが指先をパチンと弾いた瞬間、閃光のようなものが縦横無尽に駆け巡った。
それは盗賊だけを次々と貫いて、彼らを昏倒させた。屋敷でやったときに比べたら格段に威力が高かった。
おお、すげえ。
一瞬で20人を超える盗賊を倒してしまった。
この師匠には逆らわないでおこうと胸に誓った俺だった。
「本当に助かりました! あなた様は命の恩人です!」
護衛の戦士たちがロープで盗賊たちを縛り上げたあと、助けられた商人がロズを拝むようにしていた。
商人の話によると、隣領のラスクという街からムーテランの街まで商品を運んでいる最中だったようで、ふだんはこの街道には盗賊がいることは滅多にないんだとか。
いたとしても数人程度で、護衛さえつけていれば襲われることはなかったらしい。
それが今回、なぜか盗賊集団に出くわしてしまったのだとか。
「たまたま通りがかっただけよ」
「ありがたきお慈悲を! お礼をさせて頂きたいのですが!」
「べつにいいわ」
「そういうわけにはいきません! なにとぞ、受け取って頂きたい!」
商人は必死に頭を下げて袋を差し出してくる。
じゃらじゃらと鳴ってるから、中身は金っぽいな。
商人は信用が大事だと言うからな。こうして命の恩人に礼の一つもしなければ信用に関わるのだろう。
正直俺としては、旅をしているのに鞄ひとつ持っていない俺たちは誰から見ても怪しすぎると思うんだが。
「じゃあそうね……少しだけ、食料を頂けるかしら。できればすぐに食べられるものがいいわ」
「食料ですか! 少々お待ちを!」
そう言って商人は馬車へ走っていった。
そういえば俺も昼ご飯を食べてなかったな。初めての冒険者になってすぐに旅に出たから、テンションあがって忘れていた。
公爵家にいたから食事に困ったことはなかったし、それなりに美味しい料理が出ていたんだけど、これからは食事は自分でなんとかしないといけないんだよな。
ロズがそこまで世話を焼いてくれるなんて想像できないし、それが冒険者ってものだろうし。
そう考えていると、商人は大きな麻袋を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました! こちら我が商会が扱っている新鮮な野菜と、肉、塩、砂糖、黒パンでございます。あと少量ですが、私が個人的に所有していた胡椒もございます。旅用の携帯食料もございますので、すぐにでも食べたい場合はそちらを。まだ足りないようでしたら追加いたしますが」
「これでいいわ」
けっこうな量だな。
しかしこれ、全部持っていくつもりなのか。
「なによルルクじっと見て。そんなにお腹すいてたの?」
「こんなにもらって運ぶの大変じゃないんですか」
「問題ないわ。私、アイテムボックスあるから」
そう言ってロズは右手の指輪に触れてから麻袋に触れると、麻袋がフッと消えた。
おお、この異世界にはアイテムボックスがあったのか。どおりで何の荷物も持ってなかったわけだ。
俺も欲しかったけど、アイテムボックスはおそらく魔術器だろう。どう考えても俺には使えないのであきらめるしかなさそうだ。
商人も目を輝かせて、
「強いばかりでなくアイテムボックスまで持っていらしたとは! いやあ、今日は珍しいものをたくさん見せてもらいました」
「盗賊、街までよろしくね。報酬もそっちで受け取っていいから。私たちはラスクの街に急ぐし」
「重ね重ね面目ない!」
「ええ。じゃあ私たちはこれで」
商人たちと別れて、街道を進み始める。
見えなくなるまで大きく手を振っていた商人と護衛たち。ロズが偶然通りかからなければ何もかも奪われていたから、幸運だっただろう。
ある程度歩いたところで、ロズがまた手を差し出してきた。
「かなり時間使ったから、ここからはさっさと行くわ」
「お願いします」
手を繋ぐと、ロズの周囲の霊素が騒ぎ始める。
……昼食がまだなことを思い出したら、空腹が気になり始めた。
お腹すいたなぁ。
そう考えながら、俺たちは転移したのだった。




