賢者編・2『レスタミアにケンカ売りにいく』
ロマンとは何か。
それはまだ見ぬ宝を探しに行く冒険であったり、超巨大ロボットに搭乗することだったり、最強の一撃を放つことだったり。
いわゆる心の琴線に触れるワクワク感のことで、断じて性癖とかそういう無粋なものではない。
ではないはず、なのだが……。
「どうですかお兄様。リリが持てる技術の粋を集めた発明品です!」
本日は快晴なり。
そんないい日旅立ち気分の屋敷の庭先で、リリスがお披露目したのは輝くメタリックな馬だった。
ソレはほんのりと赤みがかった金属でできており、継ぎ目のない滑らかなボディがつるりと光る。
明らかに普通の造りではないのだが、金属自体は俺が『錬金』したものだから良いとしても、問題はその形状だった。
有り体に言えば馬だ。
……ただし、下半身は。
しかし!
上半身は人型――スタイルの良い女性を模しており、大きな双丘が太陽を反射して煌めいているのである。もちろん大事な部分は隠れているが、なぜかさらしのような布が巻かれているだけのデザインで、下乳の表現が露骨に上手い。これはエロい。
大事なことだから二度言うが、これはエロい。
そして俺の幼心をくすぐるかのように母性に溢れる微笑みを浮かべており、その柔らかな表情はまるで作り物のような整った顔をしている。まあ、実際作り物なのだが。
とどのつまりは、合金製の女性型ケンタウロスなのだ。
ロマンとエロスを両立するなんて、さすが我が妹だぜ。
「えっとリリスさん……これなに?」
たまらず手を上げて質問したのはサーヤ。
リリスは満面の笑みで返した。
「もちろんお兄様への贈り物です」
「ちがくて。この無意味にエロい像はなんなの?」
「おいサーヤどこが無意味だ! ここを見ろここを! 大胆なデザインに裏打ちされたさりげない美曲線はこの世の男を全員まとめて救うんだ!」
「欲求不満野郎は黙れです」
ナギに蹴られた。痛い。
「機能性のことですか? こちらは自律駆動型のゴーレムです。専用の車を引いて走る、長距離移動用のゴーレムとして開発しました。一度の魔力補充で一ヶ月ほど動きます」
「自律型なの? 噂に聞く、レスタミア王国の自動ゴーレムみたいな?」
「はい。レスタミアの技術を参考に、より高性能の駆動術式を組みこんでおります」
「レスタミアのより? 確かあそこの駆動術式って国家機密じゃなかったっけ?」
ゴーレム王国と揶揄されるほど、レスタミアはゴーレム製作に特化した技術体系だ。当然、模倣すら難しいほどの高度な技術で、もちろんその技術は未公開。
いくら天下のルニー商会でも、参考にできるような緩いセキュリティはしていないはずだが。
リリスは笑みを崩さなかった。
「私には書き込まれた術式を見るだけで理解できるスキルがありますから」
そうだった。
リリスの数秘術『解析之瞳』は、対象物の過去情報を閲覧できるスキルだ。もちろん見たことのない術式を見てもサッパリなハズなのだが、リリスは『数学者』というスキルがあるおかげで術式理解ができる。
レスタミアの堅牢なセキュリティも、リリスの眼の前では意味がないのだ。
「それでどうでしょうかお兄様! 気に入っていただけましたか?」
「ああ。特に形状がいいな、形状が」
「うふふ。お兄様の好みは調べ尽くしてありますから」
「さすがだな、我が妹よ」
「はわぁ~」
褒めて欲しそうにしていたので、頭を撫でておく。
トロリと恍惚とした表情になって溶けるリリスだった。
しかし改めて見るとカッコイイ。
大きさは普通のケンタウロスより一回り大きく、赤い合金は驚くほど硬い。これが走れば並みの力じゃ止められないだろう。
ちなみにこの合金は俺の『錬金術』によるものだった。セオリーに土下座して頼んで手に入れた〝真祖竜の血液〟と〝エリクサー〟を組み合わせ〝賢者の石〟を作り、それを触媒に金属を錬成するとあら不思議、別の金属に作り替えることができた。
念願のロマンのひとつ錬金術を、ついに使うことができたのだ。
しかし錬金術は触媒が必要な理化秘術のため、スキルにはならなかった。ステータスに錬金って書いてたらカッコいいのにな……残念だ。
兎に角、持てあましていたヒヒイロカネと鋼鉄を組み合わせて大量の赤合金に作り替えることができたので、日ごろの感謝を込めてリリスにプレゼントしたんだが……まさかゴーレムになって返ってくるとは思わなかった。
「つまり、このゴーレムで馬車を引くってことよね?」
「はい~そうれすぅ~」
「リリスさんよだれ」
「ハッ!? す、すみません見苦しい顔を見せてしまいまして……」
「いまさら何を言ってるです?」
呆れたナギだった。
普段は才女のリリスも、俺の傍でポンコツになるところをよく目撃されているのである。まあそんなところも可愛いんだけどな。
「ちなみにルルク、この金属はどんな性能してるの?」
「加工方法で二種類の特性が出るんだが、この状態だと……ふむふむ、内部は鋼鉄くらいの硬度で魔術は通るが、表層はヒヒイロカネの特性が出てて魔術を弾くし、硬度もヒヒイロカネと同じだな。リリス、よくこんなに上手に加工したな。えらいぞ~」
「ふわぁ~お兄様気持ちいいですぅ~」
俺がリリスといつものスキンシップを取っていると、サーヤがため息をついた。
「コレでいまからレスタミアまで行くんでしょ? 盗んだ技術使ったゴーレムで乗り込むのって……レスタミアにケンカでも売りに行くつもり?」
「失敬な。あくまでリリスはレスタミアに敬意を表して技術模倣をしただけだ! そうだよな、リリス?」
「いえレスタミア王国は嫌いなので敬意などありません。このまえ王家に納品に伺った時、生意気な王子にお兄様の商会をバカにされたので」
「リリス!?」
ケンカ売りに行く気まんまんだった。
というかリリスの商会だから。俺はあくまで名ばかりオーナーだから。
そんな話をしていると、ナギがパンパンと手を打った。
「クソ重妹の真意はどっちでもいいですが、さっさと出発するです。いつまでもグダグダ話してたら日が暮れるですよ。専用の乗り物はどちらです?」
「あ、こちらは竜都を出てから乗りますので。いまは収納しておきますね」
リリスがマルチボックスにゴーレムを仕舞いこんだ。
そりゃそうだ。街中であんなデカい馬を走らせるわけにもいくまい。
「じゃ、出発するぞ」
俺は改めて、庭に集まっていたメンツをぐるりと見渡す。
「ん」
「おっけー」
「はいです」
「了解なり」
『わかったの!』
「かしこまりました」
エルニ、サーヤ、ナギ、セオリー、プニスケ、リリス。
これが今回、ノガナ共和国に向かう面子だ。いつものパーティメンバーにリリスを加えた七人で旅をする。まずは観光がてらレスタミア王国の王都を目指すつもりだ。
俺はみんなを連れて、竜都の外まで転移するのだった。
「らくちんだなぁ」
俺たちはリリスの作ったゴーレム馬車に乗りながら、街道をぐんぐん進んでいた。
言葉通りの快適さだ。速度は電車並みで揺れはゼロ。舗装されていない道ですらまったく揺れることがない。
それもそのはずゴーレムの技術もさるものながら、車体部分ももちろんリリスの最高傑作。揺れないのも当然、この車体なんと浮いているのである。
リリスが帝王レンヤから譲ってもらった聖遺物に、重力を中和する動力コアがあったらしい。俺もひとつ拾ったものをリリスに預けていたので、それらを利用したらしい。
「あ、あるじぃ」
「はいはいよしよーし」
セオリーはこの浮遊感にビビッて俺の膝まくらで震えている。自分が飛べるがゆえの恐怖心なのだろうか。それ以外のメンツは窓の外をビュンビュン通り過ぎていく景色を楽しんでいる。
「ねえ見てエルニネール、あの雲あなたに似てない?」
「ん。ぜんぜん」
「似てるわよ……丸っこいところとか」
「『エアズロック』」
「『ウィンドボム』」
おい車内でじゃれ合うな。
ちなみにこの車体、〝動く部屋〟とでも言うべき心地よさだ。四方に窓がついたリビングのような構造で、左右にソファが並んでいる。中央にはテーブルがあるためリムジンのような見た目なのだ。リムジン、乗ったことないけど。
ちなみに定員は十人まで。
「プニスケ、包丁の砥ぎ方が少し雑です」
『そうなの? どうするのー?』
「ほら、もっと刃を寝かせるです。手本を見せるから貸してみるです」
『わかったなの~』
なぜか車内で肉包丁の手入れを始めたプニスケに、刃物を扱わせたらパーティいちのナギが指南をしている。ヒマそうだな。
リリスは端の席で、なにやらアクセサリを製作中だ。モノづくりが好きなのが顔を見ていればわかる。
「我が主よ、いずこを虎視しているのだ」
「ん? 前方の景色だよ」
怖さにも慣れてきたのか、起き上がってきたセオリー。
俺の視線の先を見て、
「……背中?」
「そうともいう」
ゴーレムケンタウロスの背中である。
ディティールの凝ったスタイルの良い上半身なので、当然背筋なんかも再現されている。美しい背中だ。肩甲骨がかすかに浮き出ているのもいいね。
「我があるじよ……そういう趣味?」
「芸術鑑賞の域だからな。あくまで」
「ふーん」
なんだその疑いの目は。
「さすがにお姉さん欲が高いからって無生物に興奮するワケないだろうに」
「……あるじ忘れてる」
「なにが?」
「我、全部わかる」
「あっ」
眷属通信っ!
ご、誤解ですセオリーさん! これはあくまで美術品に対する興奮であって、決して性的なやつではありません! いくら見た目が美しいからといってメタリックなボディに鼻息荒くなっているわけではなく、俺の曇りなき審美眼が高尚な造形を目の前にして心の文化賞を贈呈しているだけであって――
「あるじ変態」
「ぐっ」
違うんです!
くそ、相変わらず感情隠せないこの関係は罰ゲームでしかない!
こうなれば……必殺、攻撃は最大の防御作戦だ!
「……でもよく見たら、あのゴーレムよりセオリーのほうがエロい体してるよな」
「ひゃっ!?」
胸を押さえて後ずさるセオリー。
おいおいどうして身の危険を感じているんだい? 俺は褒めているだけだぞ?
「どうしたセオリー、もう十五歳になっただろ? 人間で言えば成人だな? 体も成熟して、大人の女性といっても良い年頃だもんな。そのゴスロリドレスが大人なボディを幼く見せているが、そのギャップで煽情的に思わせるのが狙いなんだろう? うん、黒いドレスから伸びる白い手足がまた艶やかで美しいじゃないか」
「う、あ、ふぇ」
「どうしたんだいセオリー。自分の魅力に言葉が出なくなったかな? ふふふ、戸惑うキミもまた美しい……その絹のような肌に赤く映える唇が、まるで蝶を誘う花のようなかぐわしいフェロモンを放っているぞ。どうしたんだその物欲しそうな顔は……もしかして、奪って欲しいのかいマイキューティ?」
「ひぃ、あ、あるじが頭打ったぁ!」
あ、逃げられた。
まあいいか。誤魔化すことができたし、何より顔を真っ赤にするセオリーも見れたから目的以上の達成感は得た。
ちょっとテンション上がってきたから他のやつも弄りたいな。さてつぎは誰にしようか――
「なにしてんのよ!」
「あ痛っ!」
後頭部を叩かれた。
サーヤがジト目でこっちを見ていた。背中にセオリーが隠れている。
「恥ずかしいからってセオリーいじめて誤魔化さないの」
「い、いや別にそういうわけじゃ」
「じゃあ理由はどうあれ女の子をいじめちゃダメでしょ」
「……はい。すみません」
「謝る相手がちがう」
「……ごめんなさいセオリー」
「う、うん……」
さすがにやり過ぎました。もうしません。たぶん。
俺とセオリーが仲直りの握手をすると、サーヤが俺たちの頭を撫でてニッコリうなずいた。
「うん、ちゃんと謝れて偉いわ。セオリーも許してあげて偉いわね」
「と、当然なのだ!」
「……なあサーヤ」
俺は母性の塊のようなサーヤに聞いてみた。
「あのゴーレムと体交換してみない?」
「もぎるわよ」
「すみませんでした」
失言なのはわかっててつい言ってしまいました。
あともの凄くどうでもいいことだが、この世界で土下座したまま電車並みの速度で動いているのは俺くらいだろうな。
土下座した俺と冷たい目の仲間たちを乗せて、ゴーレム馬車はビュンビュンすすむ。
今日も土下座が似合うルルクくん




