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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅳ幕 【夢想の終点】

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賢者編・1『ヘソクリ全部出しても食べたい』

 

 バルギア竜公国のダンジョンは全七十階層だ。



 最下層のボスは〝醜竜〟ジャバウォック。

 鱗が焼け(ただ)れたような見た目の竜型魔物で、歪な翼と顎で攻撃してくる飛行型のSランク魔物だ。


 全身から酸性の体液が染み出ており、遠くにいてもわかるほどひどい悪臭を放っている。素材の鱗は堅くて強靭で酸にも強い特性があるが、どれだけ洗っても取れない悪臭のせいでジャバウォックの素材はすべて超がつくほど不人気だ。街によっては持ってるだけで出禁になる。


 冒険者界隈では〝ジャバウォックの恩返し〟というと『恩を仇で返す』と同じ意味があるくらい、戦って勝っても利益にならない魔物なのだ。


 とはいえダンジョンボスである以上、ダンジョン制覇には不可避の相手。

 サーヤ、セオリー、ナギの三人は悪臭と飛び散る酸を忌避しながら戦い、なんとか勝利を収めたのだった。


「頼まれても二度は戦いたくないわ。 服に匂い付いてないかしら……」

「サーヤは遠距離だったからまだマシです。ナギなんて臭すぎて何度も気絶しそうになったです」

「ふっ、所詮は我らの紛い物。本物の強者というものを魂に刻みつけてやったのだ!」


 ちなみに俺たち【王の未来(ロズウィル)】がいるのは、冒険者ギルドの酒場だ。

 ダンジョン制覇の報告をしたあと酒場で休んでいた。


 ふんぞり返って偉そうなセオリーを「はいはい、よくやったわね」と撫でながら、サーヤが唇を尖らせる。


「でもお風呂入りたーい」

「です。ナギもさすがにこのままは……」


 とくにジャバウォックに近づいて戦っていたナギは、自分の服を嗅ぎながら顔をしかめた。

 俺もナギの髪をクンクンしながら、


「確かに臭うな」

「ちょっ!?」


 顔を赤くして一瞬で遠ざかったナギ。いまのはたしか鬼想流移動術の〝捷疾(しょうしつ)〟だっけ。

 さすがの武術の達人だが、なにもこんなところで使わなくても。

 ナギは両手で頭を押さえながら声を荒げた。


「な、なに勝手に嗅いでるです変態!」

「気にするな。ジャバウォック汚染度チェックをしただけだ」

「最低です! 乙女の匂いを勝手に嗅ぐなです!」

「安心しろ。まだジャバウォック寄りのナギだったから」

「どういうことです!?」


 頭を嗅いだことを非難されたが、そもそもパーティメンバーとは毎日一緒に寝てるからな。もはや匂いなんて気にならない。

 ナギは普段ツンツンしてるし隣で寝るときは俺に触れないように意識しているみたいだが、起きたらよく抱きつかれている。寝相の悪いやつだよ。

 だから体臭なんていまさら感があるんだが。


「というかデリカシーくらい持ったらどうです鈍感クソマヌケ」

「そうよルルク。女の子はね、好きな相手に臭い自分なんて知られたくないものなのよ?」

「だ、だだだっ、誰が好きな相手です!」


 顔を真っ赤にするナギ。

 離れているので、テーブルに隠れて叫ぶだけだった。いつもからかうと目潰しされるので、なるほどこれからは離れてやればいいのか、と知見を得る俺だった。

 兎に角。


「風呂入りたかったら一回帰ってもいいぞ。せっかくのダンジョン制覇だし、それくらいギルドマスターも待ってくれるだろ」


 今夜は、俺たちのダンジョン制覇を記念した祝宴になる予定だ。

 ギルドマスターのカムロックがそう言ってた。なんならすでに厨房で準備を始めている。


「そうするわ。じゃあナギ行こう」

「はいです。セオリーはどうするです?」

「ふっ、我も同行しよう」


 ジャバウォックと戦った三人は屋敷に帰っていった。

 残ったのは俺とエルニ、そしてプニスケだ。

 エルニは待つことがわかるとすぐにつまめるものを頼んでいた。厨房は大忙しなので、給仕の少女に作り置きのドライフルーツを出してもらっていた。ひとりで壺を抱えながら黙々と食べている。


 俺とプニスケは果実水だけ頼んで、のんびりしていた。

 するとプニスケが出入り口の扉に目を向けて、


『なんだかつよそうな気配なの~』

「ん? 誰か来たのか?」

『なの! まものなの~』


 強そうな魔物?

 さすがに竜都フォースのど真ん中だ。強い魔物なんて現れないはず――と思っていたら、すぐにその理由は分かった。


「おう、帰ったぞ」

「……ただいま」

「たっだいまー!」


 ケムナとラキララ、リーリンが入ってきた。

 言うまでもなくSランクパーティ【白金虎(バイフー)】の面々だ。かなり前にノガナ共和国の学術都市まで出かけていたが、ようやく帰ってきたのか。

 するとギルド内にいた冒険者たちがざわつき始めた。この街の英雄の凱旋だからか、嬉しそうな顔をする人がほとんどだ。


 すぐにケムナたちの担当受付嬢が駆け寄ってきて、満面の笑顔で挨拶していた。ケムナはクエスト報告はギルドマスターにするからと、受付嬢とは軽い会話で終わっていた。

 二階のギルドマスターの部屋に向かおうとしたケムナが、手を振っている俺に気づいた。


「ようルルク、帰ったぞ」

「お久しぶりですみなさん。お帰りなさい」

「……ただいま」

「ただいまルルっち!」


 三人ともわざわざ傍まで来てくれた。

 約四か月ぶりの三人はどことなく逞しくなっていた。相変わらずヤンキーみたいな見た目のケムナだが、その顔つきがより鋭くなっている。

 ラキララは変わらぬ若作り美少女で、さらに美しさに磨きがかかって腰回りが細くスタイル抜群になっていた。肌はむしろ行く前よりツヤツヤで……なんかあったなこりゃ。

 リーリンは……変わらないな。元気溌剌、いつものリーリンだ。


「お元気そうでなによりです。クエストはうまくいきましたか?」

「おうよ。ちっとトラブルがあって長くかかっちまったが、いい経験になった。そっちは凄まじい活躍したらしいな。ノガナ共和国までバカみたいな噂が届いてたぞ? 魔物の軍勢十万を一撃って……本当かよ?」


 なんとそこまで届いてたか。

 俺は苦笑しながら、


「まあ、おおむね事実です」

「マジか。さすがに一万くらいかと思ってたが」

「……強すぎ」

「ルルっちすごい! ね、どうやったの? ねえねえ!」

「……リーリン、それは聞かないの」

「はーい」


 目を輝かせて迫るリーリンの襟首を掴んで、引き戻すラキララだった。

 ケムナが笑いながら、


「ってことは、ホタルとケッツァが言ってる〝バケモノ〟ってのはルルクで間違いないな」

「え? なんですかそれ」

「あいつら、ギルドが見えた瞬間に立ち止まってな。『ギルド内にバケモノがいる』って足が竦んで、ベズモンドを盾にして立ち止まっちまったんだよ。誰が来てるのかと思って入ってきたが、この様子だとルルクのことだろうな」

「ああ、どおりで」


 ケムナの隣にホタルがいない理由がわかった。

 そのホタルもプニスケが気にするくらい強くなっているだろうに、気配に敏感だと俺はそう思われるのか。ケッツァも確か種族スキルでオーラみたいなものが見えるんだったっけ。その影響かな。

 一応、俺は言っておく。


「バケモノはやめてください」

「非常識がバケモノになったくらい気にすんな。それより土産やるよ。アイテムボックスめちゃくちゃ役に立ってるから、多めに買っといたぞ」


 そう言いながら、アイテムボックスから色々取り出してテーブルに置いたケムナ。

 両手で抱えきれないほどの食料品、珍しそうな装飾品、どんな用途があるかわからなさそうな道具に、前衛的な芸術品などなど。

 どっさり積まれた土産に目を丸くしていると、


「それとノガナの奥地でこんなの見つけてな。お前が言ってた穀物だと思って、ちょっと分けてもらってきたんだけど」


 小さな袋を取り出して、手渡される。

 サラサラとした感覚に首をかしげながら、袋の口を開いて覗いてみた。


「こ、これは」

 

 白っぽい半透明の粒がたくさん入っていた。

 懐かしい見た目、そして微かな香り。

 間違いない、コレはまさしく――


「……米だ」


 この世界にもあったのか。

 いままで日本食に近いものはたくさん見てきた。最近の流行物はレンヤが転生者を探すために帝国で再現して流布したものだったらしいが、白米だけはどこを探しても見つけられなかったのだ。

 あのルニー商会の情報網でも見つけていなかったので、この世界には米は存在しないかもしれないと思っていたところだったが……。


「やっぱお前が話してたコメだったか。ノガナの南西部に小さな村があって、そこでしか栽培してない穀物だってよ。持ち出すのにもかなり苦労したが、探してたもので合ってて良かったぞ」

「ありがとうございます! 本当に嬉しいです!」

「喜んでくれてなによりだ。じゃあ俺はちょっくらギルドマスターに報告してくるからよ。どうせマスターのことだから、宴会でもしようって言うからルルクも一緒に飲もうぜ」

「あ、はい。というか今日は俺のパーティがダンジョン制覇した祝宴の予定なので、どっちにしろギルド内は宴会ですよ」

「そりゃナイスタイミングだな。じゃあしばらく待っててくれ。ラキララとリーリンはホタルたちを呼んできてくれ。バケモノの気配はルルクだから安心して入ってこいってな」

「はーい!」


 そう言うとケムナは上階へ、ラキララとリーリンは外に踵を返していった。

 俺は積まれた土産品を回収しながら、手元の米に意識を落とす。


 ……ノガナ共和国か。

 いずれ行こうと思っていたが、すぐにでも行く理由ができてしまった。日本人たるもの米があるのに無視するわけにはいかないからな。

 俺は明日からの予定を大きく変更することに決めたのだった。


 ちなみに地元の英雄の凱旋もあり、その日の宴会はもの凄く盛りあがった。

 


□ □ □ □ □



「――というわけで、ダンジョン攻略してキリもいいので明日から旅行します」


 翌朝。

 全員を集めてノガナ行きを話したところ、おおむねメンバーからの感触は良かった。


「おこめ! やったぁ!」

「ん、たのしみ」

『たくさん食べたいの~!』


 腹ペコ三人組がガッツポーズを浮かべている。

 あまりの浮かれっぷりなので、一応言っておこう。


「手に入れられるかはまだわからないからな。ケムナさんいわく、少し持ち出すのにもかなり苦労したんだとか」

「ふっ、立ち塞がる者はすべて我が力でねじ伏せる!」

「おい中二病、略奪はダメだ」


 それ普通に犯罪だから。


「では交渉ですか。リリにお任せください」

「私もやるわよ。なんたってお米なんだもん」


 リリスとサーヤが鼻息荒く意気込む。

 確かに俺よりも交渉事に向いているので、現地での取引はふたりに任せることになるだろうな。

 しかしそもそも交渉のテーブルに着けるかどうか……ケムナいわく、それくらい閉鎖的な村みたいだしな。


「任せてよ。私、ヘソクリ全部出してもいいから」

「どんだけ食べたいんだよ」

「だってお米だよ? もう十年以上食べてないんだもの! ねえナギもそう思うよね?」

「……え、なんです……?」


 テーブルに突っ伏したナギが真っ青な顔をあげた。

 まったく話が耳に入らないレベルの体調不良だが、今回は自業自得だった。昨夜はひたすら酒を飲んでいたのでただの二日酔いなのだ。

 ナギは飲みすぎることが多く、よくサーヤが酔いつぶれたナギを迎えに行っている。ちっとは控えて欲しいものだ。


「だからお米よお米。食べたいでしょ?」

「……うっぷ。いま食べ物の話はやめるです……」

「こりゃ重症ね。お水もってこようか?」

「たのむです……」 

「ちょっと待っててね」


 サーヤがキッチンに向かった。

 ちなみにナギのおかげで二日酔いにスゴ玉は効かないことが証明された。病気でも状態異常でもないから当然っちゃ当然かもしれない。


 それと同様に、毒無効スキルではアルコールは分解できないらしい。前世では酒を毒とみなしていた物語をいくつか見たことがあったからもしかしてと思ったけど、この世界では違うようだ。

 もっともそんなことになったらナギのストレス発散方法がひとつ減って、俺に八つ当たりがくるようになるから良かったのかもしれない。


「それでお兄様、どのような旅にするおつもりですか?」

「そうだな。せっかくなら馬車で進んで、観光がてらレスタミア王国にも立ち寄ろうか」

「かしこまりました。さっそくお休みの連絡をしてきます」

「リリスも来るのか?」


 確かにもうすぐ長期休みだが、あと数週間はあったはずだ。

 そう言うと、リリスは不思議そうな顔をして首をかしげた。


「もちろん学業よりもお兄様優先なので」

「なるほど。じゃあ行こう」

「いや二人ともおかしいです。アイタタタ……」


 頭痛するならツッコまなくてもいいのに。

 

「移動手段はリリにお任せください。ちょうどお兄様に見せたいものができましたので」

「お、じゃあ任せるよ。他のメンツはもちろん来るよな?」

「と、当然です」

「ん。いく」

『もちろんなの~』

「ふっ、無論なり」


 パーティメンバーは全員参加だな。

 まあ、予定がなければ連れて行くつもりだったけど。一応ギルド総本部にも行く予定があるしな。


「じゃあ留守番はカルマーリキだけだな」

「ん」


 俺が言うと、エルニが頷いた。

 ちなみにカルマーリキは冒険者ランクを上げるのに必死で、いまも長期クエストに出かけている。帰るのは十日くらい後らしい。

 休みだったら連れて行ってもよかったのになぁ。


「……毎回思うですが、あの子犬エルフは間が悪いです」


 どこか憐れむような声を漏らしたナギだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 酒が毒という解釈は自分も疑問。 アルコールによる「酩酊」とかの状態異常寄りかと。 でもって、アルデヒドによる作用が毒かと。 つまり、毒無効は下戸が酒を飲めるようになる!(笑)
[一言] まあ、ルルクは常識の外に居た強者から、理の外側に出たバケモノになっただけだからな⋯⋯ もしかして人間として致命的なのでは?
[良い点] 米かぁ…その村にも転生者いてくれたらいいなぁ… [気になる点] アルコールを毒と見なして分解する話… 俺レベとか 俺レベとか 俺レベとか…
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