賢者編・0『とある賢者の仰望』
第Ⅳ幕【夢想の終点】
賢者編・スタートです。
前話にて登場人物紹介も同時に更新してます。
ミレニア=ダムーレンは世界の歯車だった。
八百年前、不老の力を得たその日から彼女は世界の秩序として働いてきた。
最愛の夫を看取り、一人きりになってからずっとミレニアは歯車として生きていた。
天空の墓標で、世界を見守り続けていた。
かつての祖国は今はもう滅んでしまったが、それも時代の流れ。いくら夫と出会った故郷であろうが、世界のうねりに逆らってまで守ることはできなかった。
故郷が滅んだ時のあの胸を締め付けるような痛みは、グッと堪えた。
今日もまた、孤独な朝を迎える。
彼女は明けゆく空と地平線を背に、愛する人が眠る墓石に黙とうを捧げる。
ユリの花のように純白の墓石の前には、強固な結界で守られた一冊の本が置かれている。
『三人の賢者と世界樹』
いまはもう亡き愛する夫の、生涯が描かれた作品だった。
彼は魔術の賢者と呼ばれ、豊かな才能と優しさに秀でた人だった。幼い頃に奪われた母親の形見を探すため、ミレニアと彼の幼馴染の三人でとても長い旅をした。
そんな彼の墓石に供えられているのは晩年、彼の弟子が書いた物語だ。
ここには彼の苦労と葛藤の生涯が描かれ、そして彼を愛した二人の少女の生き様が書き記されている。
彼の体も魂もとうに朽ち果ててしまったが、想い出だけはここには残っていた。
多くの犠牲を払ってしまった、苦い思い出と共に。
「妾がやらねば」
ミレニアは自分に言い聞かせるようにつぶやく。
自分は世界の秩序を守る者。
愛する夫も尊敬した師もすでに失ってしまったが、この荒れ狂う世界を戻せるのは自分だけなのだ。
「……あなた、お師様。どうか妾を守っておくれ」
彼女は天空――上空二千メートルにある墓石の前で、祈りを捧げる。
秩序を惑わす敵の正体はまた見えないが、おそらく自分と同格以上の存在だろう。いくら不老の力があろうとも不死ではないのだ。
この先にどんな未来が待ち受けているのか、彼女にはわからない。
彼女はミレニア=ダムーレン。
かつて〝神秘術の賢者〟と呼ばれ、仲間と共に世界を破滅に導き――そして救ってしまった少女。
そして冒険者ギルド総帥として、世界を守り続けてきた。
彼女は強く願う。
多くを犠牲にして手に入れたこの平和な世界が、少しでも長く続くことを。
あの忌まわしい過去のように、世界樹への扉がふたたび開かれてしまわないことを――
あとがきTips~ミレニア=ダムーレン~
〇ミレニア=ダムーレン
>通称〝神秘術の賢者〟。滅びたダムーレン王国の元王女であり、魔術の賢者の妻。
>>旅が終わった後、すべての私財を投げうって夫とともに冒険者ギルドを創設したギルド創設者のひとり。最初の総帥は夫だったが、彼の死後は彼女が二代目の総帥となる。
>>>とあるスキルにより王位存在として覚醒している。詳しくは本編にて。
※【三人の賢者と世界樹】については、幼少編5話『イタズラって楽しい』(第七部)のあとがきTipsにも一部記載しております。読まなくてもまったく問題はありません。




