救国編・27『冒険者カルマーリキ』
「それとルルク、これ読んで」
話がいち段落ついたところで、コネルが紙を一枚取り出した。
俺はその紙を受け取った。
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【クラスメイト一覧:括弧内は転生先】
秋元美都里 (帝国民)
飯塚晃
猪狩豪志
一神あずさ (サーヤ)
稲葉羽咲
五百尾憐弥 (マグー帝国王)
遠藤保津
岡崎智弘 (帝国民)
鬼塚つるぎ (ナギ)
恩納那奈
加藤正平
木村誠一
金城美咲 (聖教国民・枢機卿)
九条愛花
小早川玲
桜木メイ (中央魔術学会の研究員)
四葉幸運
宍戸直樹 (帝国民)
瀬戸ナディ (帝国民)
橘萌 (コネル)
舘田由香
茅ケ崎六郎
秩父一真
徳間十三 (帝国民)
富安絵梨
七色楽 (ルルク)
二階堂ゆゆ
ネスタリア=リーン
野々上ちこ
二十重岬
八戸結花 (帝国民)
福山翔
藤見初望
真壁圭太
三田真治 (帝国民)
山柿聖也
山口由紀
吉田愛
吉村光
綿部寧音 (帝国民・憐弥の元カノ)
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じっくり確認して顔を上げる。
「……帝王ってクラスメイトだったのか?」
「らしいよ。リリスが帝王と彼が匿ってる八人を突き止めてくれてね。彼ら、元の世界に戻りたがってるらしいんだよ。八人もいるってことは何かの方法で集めてるはずだから、ルルクたちにもコンタクトあるかも。憶えておいて」
「そうか、わかった」
たしか今の帝王は、二十年前に愚王と呼ばれた前帝王を殺して即位し、荒れた帝国をすぐに立て直した優れた人物だと聞いている。
今回マタイサに戦争まがいのことを吹っかけてきたのもその帝王らしいが、数々の逸話と比べると今回の一連の件は少し雑というか突貫工事というか、いまいちピンとこなかった。
「レンヤ、焦ると周りが見えなくなるからね。頭が良いから、余裕があるときは凄く冷静で頼もしいのに。まあそこが面白くてよくからかってたんだけど」
「仲良かったのか?」
「小学校からの腐れ縁だよ。ま、レンヤのことはどうでもいいんだ。このリストはあたしとリリスが作ったものなんだけど、どう? ルルクの知りたかった人はいる?」
帝国のメンツ以外にも、聖教国の枢機卿と中央魔術協会の研究員に転生者がいるらしい。
もっとも俺はクラスメイトをほぼ憶えてないので、名前を見ても顔は思い出せないし知りたかった相手はいない。
ただあえて聞くなら、
「……九条はまだ見つかってないのか」
「なにあんた、三女神なら愛花ちゃん派だったの?」
「違うって。サーヤとナギが会いたいと思ってな」
「あ、そーゆー。あたしが知ってるのはここに書いてあるだけだよ。ルルクこそ、他に誰か心当たりあったりしない?」
そう聞かれて、俺は少し悩んだ。
これは言うべきか言わないべきかわからなかったが、いまさら隠していても仕方がないだろう。
「一人だけ転生者の可能性がある知り合いがいるから、今度会ったら確かめてみるよ。ただ……」
「ただ?」
「俺さ、クラスに仲良い女子なんかいなかった……よな?」
「知らんがな」
呆れたような目を向けてくるコネルだった。
翌朝。
学校があるリリスと一緒に朝食を摂った俺は、リリスを見送ってからは優雅な紅茶タイムを過ごしていた。
いつも通り、次に起きてきたのはサーヤとナギ。それとカルマーリキだった。
三人は寝ぼけ眼をこすりながら、キッチンから顔を覗かせたプニスケに挨拶していた。
『お姉ちゃんたち、おはようなの!』
「プニスケ~朝ごはんよろしくね~」
「ナギは少なめがいいです」
「プニスケくんおはよ。ルルク様もおはよ~」
みんな寝間着を着崩していて、だらしない格好だな。
「カルマーリキもよく眠れたみたいだな。枕変わっても寝れるタイプなんだな」
「うん、どこでも寝れるよ。うちだけ床の布団ってのが納得いかないけどさ……しかも途中でエルニネールちゃん降ってくるからびっくりしたよ」
「あいつ寝相悪いからな」
朝起きたらよく落ちているので、ベッドに戻すのは俺の仕事だ。
今朝はカルマーリキの掛け布団をぶん取っていたから、あえてそのままにしておいたけど。
「でもルルク様、よく寝れるよね。あんなに囲まれて……しかもみんな半裸だし」
「慣れって怖いよな」
最初は不眠症になりつつあったが、次第に慣れて熟睡できるようになった。これが適応能力ってやつかもしれない。
メンバーのほとんどがチビで華奢なので、寝間着もすぐはだける。下着が見えるなんて話ではなく、そもそも幼女体型たちはブラジャーなんてつけてない。朝起きたら周りが半裸状態のカオスになっているのだ。
ただひとり第二次性徴を経過しているセオリーだけは寝相がいいので、倫理的にもセーフだ。
そう、まだセーフなのだ。おいそこアウトっていうな。
ちなみにリリスは俺の隣争奪戦には加わらないらしい。ベッドの端を自分の場所にすると決めたそうだ。控えめで可愛くて天使、それが俺の妹だぜ。
「それでルルク様、今日はどーするの? うち、これからどうすればいいのかな」
「まずは冒険者登録しようか。カルマーリキならうまくやっていけるだろうし」
なんせ圧倒的な弓の腕だけじゃなく、優秀な斥候もこなせる二刀流なのだ。ダンジョンでも野外でも活躍できる能力がある。
「うん! 人族の国で冒険者なんて緊張するけど……これでルルク様のパーティに入れるね!」
「いや、それは無理だぞ」
「えっ」
固まるカルマーリキ。
そういえば言ってなかったっけ。
「Sランクパーティに新規加入できるのは一年に一度までだ。ナギを加入してまだ半年だから、あと半年は誰も入れられないし、そもそも実力審査もあるからな。ナギくらい強かったら受かると思うけど」
「……うちは?」
「わからん。ただ、メレスーロスさん以上の総合力は必要かもな。あのひとでもBランク扱いだし」
「ムリじゃん! うち、弓の腕しか勝てないもん! なんだよ寝てても索敵できるスキルって、ずるいよ!」
他人のスキルに文句言うな。
たしか天才と凡人、って比べられて育ったんだっけ。
そりゃあメレスーロスには劣等感を抱くはずだ。
「俺たちのパーティには斥候も弓使いもいないから、試験に合格できれば歓迎してもいいんだけど……」
「なるよ! うち、一流の冒険者になる! 半年間で絶対なるからね!」
強い意気込みを感じた。
正直戦力としてはもう十分なので、斥候も遠距離もとりわけ欲しいと言うほどでもない。ただカルマーリキを里から追い出してしまった負い目もあるから、許可さえ出れば歓迎するつもりだ。うちのパーティのこともかなり詳しいし。
そんなスタンスを示したら、
「ちょっと待ってね! すぐ食べるから! そしたらギルドに連れてって!」
急いで朝食をかっこんで、喉に詰まらせて胸を叩くカルマーリキ。隣からサーヤが水を差し出すと、一気に飲み干して息を荒くしていた。
慌ただしいやつだ。
「私たちはどうする? マタイサにはしばらく行かなくていいでしょ?」
「というか行かない方がいいな。勲章とか褒賞とか口実に権力者どもが群がってくるぞ」
「げっ。ならしばらくこっちのダンジョン攻略を進めておくね。ルルクは?」
「今日はカルマーリキの保護者だな。あといまは【白金虎】がいないから、急ぎの高難度クエストのチェックだけしておくよ」
「いってらっしゃい」
というわけで、俺はカルマーリキと冒険者ギルドに向かった。
バルギアの冒険者ギルドはかなり落ち着いていたが、いつもより人が多かった。
マグー帝国はすぐに手を引いたようで、周辺国の民間人の生活はすぐ戻ったんだとか。物価も一時的に高騰したが、はやくも値下がりが始まっている。
カルマーリキの冒険者登録ついでに受付嬢と世間話をしたところ、少数とはいえ兵士や冒険者に犠牲が出たストアニアは、マグー帝国に色々交渉を持ちかけているらしい。おそらくマグー帝国が多く保有する聖遺物を手に入れようという算段だ、と予想していた。
世界情勢はあまり興味はないが、聖遺物と聞いて壊れたドローン型浮遊艇を思い出した。そういえば浮遊石のような形の動力装置がひとつ、壊れずに残ってたっけ。
アイテムボックスにあるから、あとでリリスにあげよう。
「ではこちらがカルマーリキさんのギルドカードです」
「わ、これが!」
説明を受けたカルマーリキは銀色のギルドカードを手に取って、嬉しそうに眺めた。
もとのレベルが高いので、Cランクからのスタートだ。
俺はカルマーリキを連れて、まずはクエストボードの前へ。朝なので賑わっていたが、俺が近づくとなぜかみんな横に避けてくれた。
なんだろう、俺がイケメン過ぎるからか?
「どれ受けていいの?」
「カルマーリキはCランクだから、基本はDからBまでのクエストだな。好きな依頼書を見つけたら受付に持って行って受注する、って流れだ」
「わかったよ。一人でできないクエストのときは?」
「あっちに臨時メンバー募集の掲示板もあるから、そっちを使う。カルマーリキはソロだから、基本は依頼をかけるんじゃなくて依頼を受ける側になると思う。というかメレスーロスさんみたいな万能型じゃなければソロ活動はおススメしないから、臨時じゃなくてしばらくちゃんとパーティ組んだ方がいいぞ」
「そ、そうだよね……」
危険をともなう仕事だ。
実力はあるといえ駆け出し冒険者のカルマーリキには、ぜひとも信頼できる仲間を作ってほしいところだ。カルマーリキ自身、他人と関わることに尻込みしないようなので、そこは自分でもわかってるようだった。
「じゃあちょっとメンバー募集のほう見てくるね!」
「俺も行くよ。やめておいた方がいい募集もあるし」
「そうなの?」
基本、冒険者は何があっても自己責任だ。
ギルドの目もあるからそれほど酷いやつはいないが、初心者を騙して労働力として酷使しようとするベテラン冒険者もいなくはない。斥候として雇ったのに、いざ戦闘が始まると盾として使おうとするやつもいるという。
さらにごくまれに、人目につかない場所に連れ込んで背中を撃って強盗まがいのことをするやつもいると聞く。
すぐに騙されそうなカルマーリキだ、ここは俺がしっかり監督してやらねば。
「うーん……これなんかはどうかな?」
カルマーリキが手に取ったのは、森の中での戦闘経験者募集の紙。
パーティはDランクで森の奥で採取クエストをするらしいが、森での戦闘のノウハウを知らないらしい。魔物はそれほど強いエリアじゃないけど、念のため経験者が欲しいらしい。
「いいんじゃないか?」
「じゃあこれに――」
「その前に、そのパーティについて受付嬢さんに情報を聞くぞ」
どんな内容だとしても、信用に足る相手か知る必要はある。
俺とカルマーリキは受付に戻り、さっき募集をしていたパーティの評判やら態度やらを聞く。
「その方々なら真面目で、クエスト成功率もかなり高いのでよろしいかと思いますよ。カルマーリキさんのレベルであれば戦闘補助も余裕かと。あちらで待機しているのが、その冒険者の方々ですよ」
「そうなんだ。じゃあルルク様、いいかな?」
「ああ。良いと思うぞ」
そう言うと、カルマーリキはすぐに掲示板の紙を取って、待機していたパーティに近づいて行った。
二十歳前後の青年が二人と、同じ歳の少女がひとりの三人組だ。
「こんにちは! うち、カルマーリキって言うんだけど、メンバー募集してるって聞いたんだ。もしよかったら、お手伝いさせてもらってもいいかな?」
「どうも、【青の衝動】のリーダー、メッセだ。……お嬢ちゃん、かなり若いようだけどランクは?」
「わ、若い? あそっか……えへへ、うち、これでもかなりお姉さんなんだよ」
「そんなバカな――あ、エルフか」
メッセはカルマーリキの金髪と尖った耳に気づいて、申し訳なさそうに言った。
「すまない。エルフにしては小柄だから気づかなくて」
「……いいんだよ。うち、ちっちゃいもんね」
目のハイライトが消えたカルマーリキ。
「ほ、本当にすまない」
「いいよいいよ。それでどう? 森での戦闘なら得意だよ。武器は小剣と弓を使える。斥候スキルと弓スキルがあって、遠近両方で――」
「お、おいそれ話すのは後でいいから!」
「そうなの?」
首をかしげるカルマーリキだった。
冒険者たるもの、公共の場で自分の手の内はあまり公開しないほうがいい。
カルマーリキにそれを説明してくれるメッセは、たぶんいい奴だな。これなら安心してカルマーリキを預けられるだろう。
メッセは他の二人を紹介して、
「じゃあ早速、クエストに向かうとするか。カルマーリキさんは……準備はまだかな。一応、徒歩で五日ほどかかる予定だからそれなりに準備はお願いしたいんだけど」
「あ、そうなんだ。ちょっと待ってて」
カルマーリキはそう言うと、近くの椅子で座って眺めていた俺のところまで駆けてくる。
「ルルク様、クエストは泊まりなんだって! どうすればいいの?」
「宿泊用の荷物と、ポーション類を用意しておくんだ。自分が背負って動ける量だけな」
「そっか。でも、うち何も持ってないよ。お金は貰ってるけど……」
「今回は俺の荷物を使っていいぞ。まずはアイテムボックスやるから、そこに入れておくぞ」
「えっ、くれるの?」
驚くカルマーリキ。
ジュマンの森長やカルマーリキの両親から、サポートして欲しいと頼まれてるからな。さすがに登録だけして無責任に放り出す気はない。直接手助けはできないけど、せめて余ってるアイテムボックスくらいはあげよう。
「寝袋、食料、魔物避け、ポーション類とスゴ玉は百個くらいずつ入れておく。あと遭難したときのために方位磁石と……あ、ちゃんと『ファランクス』つけてるよな? 危ない時はちゃんと使うんだぞ」
「うん、バッチリだよ」
「万が一はないと思うけど、絶対勝てなくて逃げられない相手に会ったときのためにコレも渡しておく」
「なにこれ?」
「『プニスケ召喚板』だ。Sランク魔物相手くらいならプニスケひとりで勝てるから、最終手段として頼ってくれ。もしこれが使われたら俺もそっちに助けに行くから」
「う、うん……わかった」
ちょっと引きつった顔のカルマーリキ。
……え、過保護じゃないかって?
いやいや、おのぼりさんのカルマーリキはエルフの里の外のことはほとんど知らないんだし、ドジだから何があるかわからない。危険を考えてこれくらいはしておかないと。
「あとは予備の武器と、あ、そうだ麻痺耐性のネックレスがあったな。これもつけておいて――」
「もういいから! ルルク様、もういいから!」
恥ずかしそうにするカルマーリキ。
なんだよ、まるで参観日でもないのに学校に親が来たときの反応みたいだな。
ま、渡したいものは全部渡したから、もういいけど。
「こんなもんだな。あとは確認してもらってくれ」
「うん」
戻っていったカルマーリキ。アイテムボックスに入れた中身を説明していた。
そこでふと、こっちを見ていたメッセくんと目が合う。
なぜか大口を開けて唖然としていた。
「お待たせ! 用意できたよ。行こう」
「あ、ああ……なあカルマーリキさん、いま話してたのってもしかして……」
「ルルク様だよ。たしかSランクだったから、みんな知ってると思ってたけど」
カルマーリキがそう言うと、メッセたち【青の衝動】の三人は慌てて額を寄せ合って、小声で話し始めた。
「ねえメッセ、もしかしてカルマーリキさんって」
「た、たぶんそうだ……二日前にストアニアで活躍したって」
「〝神秘の子〟の女だって噂は本当だったのか……」
「でもどうするのよ。連れてって怪我でもさせたらわたしたち……ゴクリ」
「い、いまさら断れるわけないだろ。だけどそうだな、決してカルマーリキさんには危ないことはさせないよう、全力を出すぞ」
「う、うん」
「わかった」
丸聞こえである。
多少怪我させたくらいで睨んだりはしないし、そもそも俺にはなんの権力もない。睨んだところでそれ以上の意味はないから、安心して連れて行ってくれ。
まあでも俺のことを知ってるなら、一応挨拶でもしておこう。
「みなさん、カルマーリキをよろしく頼みます」
「「「は、はいっ!」」」
「そう緊張しないで下さい。俺も遠視スキルで見守っているので、気を張らずに普段通りクエストに挑んでください。カルマーリキもムチャするんじゃないぞ」
「うん! じゃ、行ってくるね!」
手を振って嬉しそうに初めてクエストに出かけるカルマーリキ。
俺は手を振り返しておく。
「遠視スキル持ち……っ!」
「し、失敗できないわね……」
「始まる……地獄の五日間が……」
なにやら顔面蒼白でブツブツつぶやきながら、カルマーリキの仲間たちも一緒にギルドから出ていくのだった。
ちなみに、このカルマーリキの初クエストはうまくいった。
しかしその後カルマーリキと組んでくれるパーティが現れなくなってしまったらしく、涙目でメンバー募集の掲示板を眺める小柄なエルフがたびたび目撃されるようになったのだとか。
カルマーリキの明日はいかに。




