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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅲ幕 【幻影の忠誠】

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救国編・26『だって、この世界が楽しいから』

 

「久しぶりだねルルク。それとも〝七色〟って呼んだ方がいい?」


 一気に二人も住人が増えた我が家での、賑やかな夕食後。


 リリスが連れてきたのは、栗色ショートカットのボーイッシュな少女だった。

 以前に会ったときはまだ彼女が七歳だった頃。とはいえ背が伸びたくらいで、顔も髪型もふくめて印象はあまり変わってない。


 彼女は、リリスの親友のコネル=パンツクール辺境伯令嬢。

 ルニー商会では〝ジン〟と名乗っていたようだ。


「久しぶりコネル。昔のままルルクでいいぞ、俺も変える気はないし」

「そ。じゃあそうする」


 コネルは部屋をぐるりと見回してから、ニンマリと笑った。

 このリビングには全員が揃っている。ただし、話がわからないだろうエルニとセオリーとカルマーリキは、窓際のソファに座ってもらって、元日本人組が中央に集まる位置関係だ。ちなみにリリスはプニスケと仲良く紅茶を淹れている。

 コネルは俺の隣のサーヤとナギを見て、


「そっちの二人もとっくに知ってるって顔だね。じゃあ、説明はいらない?」

「まだ確信があるわけじゃないわ。お互い、ちゃんと名乗りましょう」


 サーヤがそう言って、コネルをまっすぐ見つめた。


「私はサーヤ=シュレーヌ。〝一神あずさ〟よ」

「ナギです。〝鬼塚つるぎ〟」

「だと思ったよ。あんたたちはわかりやすくて助かるよ」


 くすくすと笑ったコネル。


「あたしはコネル=パンツクールで〝橘萌〟。予想通りでしょ?」 

「そうね。あなた以外にこんな商会をつくれるとは思わないもの」

「それはリリスの神発明のおかげだけどね。でも、これでもかなり抑えたんだよ。この世界って法整備とか利権関係が甘すぎるからさ、正直もっとやりたい放題できたんだ。でも打たれない出る杭になるために、多方面に根回ししてたらここまで来るだけで二年もかかっちゃったんだよね」

「敵は多いの?」

表面上(・・・)は少ないはずだよ。商売敵の資本元は買収しまくったし、かといって干渉せずに雇用は継続し続けてるし。ま、恨まれてないとは口が裂けても言えないけどさ~」

「……ずいぶん楽しんでるみたいね。良かったわ」


 安心した様子のサーヤだった。

 クラスメイト全員と仲良くしていた彼女は当然、橘とも交流があった。元気そうな様子を見てかなりほっとしたようだった。


「そっちはどうなのさ?」

「どうって、見た通りよ。元気に冒険者やってるわ」

「違う違う。同じ相手に二度も初恋(・・・・・)した気分はどうよ?」

「ちょっ! それは内緒だから! しーっ!」

「サーヤ、もう無理があるです。あきらめろです」


 コネルがからかうと、真っ赤になって首を振るサーヤ。恥ずかしそうにツインテールを振り回しながらも、ちらちら横目で見てくる。

 藪蛇なので、無反応に徹する俺。


「ま、あんたたちのラブコメはどうでもいいよ。それよりルルク、ちょっと聞きたいことがあったんだけど」

「なんだ?」

「想念法で世界樹と繋がった時って、世界樹の場所とかわかる感じ?」


 予想外の質問が飛んできた。

 てっきり昔話とか、あるいはすぐルニー商会の話題とかになると思ってたのに。

 俺は首を振った。


「いや、場所はわからないな。あくまで膨大な情報源と繋がってるって感覚だけだ。それが世界樹だっていう確信もない」

「ふうん、なるほど」

「なんでそんなことを?」

「リリスでも単身で世界樹には繋がれないからね。感覚はないらしいんだよ」

「そうじゃなくて、なんでそんなこと聞くんだよ」


 クラスでボッチだった俺は、橘萌がどんなやつだったのかまったく憶えてない。


 でもコネル=パンツクールがどんなやつなのかは知っている。好奇心旺盛で考えるのが好きだが自分のこだわりが薄く、何事にも軽薄な態度をとっていた。フワフワしてつかみどころがなく、飽き性っぽい印象だ。他人をからかったりすることも多い。

 変なやつだったが、決して学者タイプではなかったはず。


 コネルは腕を組みながら、


「ほら、最近ルルクの名前がスゴイ勢いで売れてるでしょ? そのせいで神秘術の潜在価値(・・・・)が高くなってきてるんだよ。秘術研究会が喜んでるのは当然としても、商人としてはその潜在価値を顕在化するためにどうアプローチすればいいかなって考えててさ。最終的な目標は、霊素に値段をつけることなんだけど」

「……霊素に値段? 神秘術じゃなくて?」

「神秘術そのものに値段をつけるのは簡単だけど、それじゃあ数年で競合相手が出てくる。あたしの経済理念に、『儲けは根元から掴む』ってのがあってさ。扱う商品の霊素――つまりその大元の世界樹のことを知っておきたいなと思って」

「なんだ金目的かよ」


 こういうところは昔からブレないな。


 そういえばこいつ、ムーテランの街で落ちてる小銭を追っかけてたらいつのまにか街の外に出てしまい、魔物に襲われたことがあったっけ。俺が教会にでかけていた帰りに偶然コネルを見つけてなければ、助けが間に合わなかった。


 コネルは指で輪っかを作って、


「稼いでナンボの商売っしょ」

「……ホント萌は萌のままだわ」

「です。逆にすごいです」

「そういうあんたたちだって似たようなもんでしょ。特につるぎ……いまはナギだったけ? ぷぷっ、前世と同じで成長止まってんじゃん」

「ほう? いま、ナギにケンカ売ったです?」

「ほらそうやって腕力に頼るところも一緒。器の小ささが身長に現れてるんじゃないの?」

「よしケンカ買うです。金の亡者からただの亡者にしてやるです」

「もう、喧嘩しないの!」


 そうそう、なんで人の家に来てケンカしてんだよ。

 幼少期からコネルの性格は変わってないので、たぶん前世もこんな感じだったんだろう。


 それにナギも、前世のときも一神と九条としかつるんでなかった気がする。誰とでも仲のいい一神、姉御肌の九条、不愛想ですぐツンツンする鬼塚は、いつも〝三女神〟って言われてたっけ。

 

 いま考えたら女神は女神でも、鬼塚は邪神扱いでいいのでは?

 そんなことナギに言ったら絶対殴られるから、言わないけど。


「それで萌……じゃなくてコネル、あなた他に何か用事があったんじゃないの? 話しておきたいことがあるって聞いたけど」

「ああそうそう。前世のことでもちびっこ揶揄うために来たんじゃないんだよね。正式にルルクがオーナーってことになったし、商会の利権関係の話を済ませておこうかと思って」


 そう言って真面目モードになったコネルは、いくつも書類を取り出す。

 紅茶の配膳が終わったリリスも輪に加わった。


「まず言っとくけど、株式とか信用証券とかこの世界にはまだないからね。オーナー権は文字通り、ルニー商会の実資産を所有している権利だから。悪い女に騙されて譲渡とかしないでよね?」

「そんなヘマはしないって」

「ならいいけど。で、逆にルルクにないのは経営権。これは人事から監査まで、基本的な業務全般に関する権利のことだね。もしルニー商会の経営方針が望まない方に舵を切っても、ルルクは口出しできないよ。まあリリスがあんたの意見を無視するはずないから、この制限はあってないようなものだけどさ」

「いまさら入ってきて口出しなんかするかよ」


 というかできない。

 いままで会社の経営なんて想像すらしたことのないド素人だからな。


「そもそも俺がルニー商会のオーナーだってのも全然実感ないんだけど」

「〝ルニー様〟が何言ってんの。明日商会に行けば嫌でも実感するよ。で、あんたの心持ちはおいといて。次にうちの商会は定期的な幹部総会があるんだけど、オーナーは立場的にはトップだから出席してもらいたいんだよね」

「経営に口出しできないのに?」

「経営には口出しできてなくても、資産運用については別だよ。例えば――」


 それからしばらく俺にできることとできないことを詳しく説明してくれた。

 正直言うと、よくわからなかった。まあ幹部総会ではリリスの新作お披露目会とか、菓子やお茶の品評会もやるらしいので、面白そうだから出席しようと決めたくらいか。

 話を聞いてて、本当にコネルは経営のプロなんだなぁという感想しか出てこなかった。


 それから一時間ほど、ルニー商会について説明を受けた。

 まだまだ話し足りないことが多そうだったが、あまり詰め込んでも憶えられないだろうから、ということでキリの良いところで切り上げてくれた。

 よくわかってるじゃないか。すでにパンクしてるぜ。


「ま、ひとまず憶えておいて欲しいのはこんなところかな。本当なら顧問弁護士とか税理士とかも紹介しておきたいんだけど」

「もうお腹いっぱいだからやめてくれ。そこらへんは任せる。どうでもいいし」

「はいはい。ルルクは昔から計算速いのに知識欲はないよねぇ。勿体ない」


 そう言って笑ったコネルは、今度は大判の紙を一枚取り出した。

 テーブルに広げながら、窓際のエルニたちに手招きする。


「じゃあ真面目な話も終わったし、そっちの子たちもこっちにおいで。せっかくだし、いまからあたしたちの故郷の遊びを教えてあげるよ」


 そう言うと、エルニ、セオリー、カルマーリキが興味ありげに近づいてきた。

 カルマーリキはどうか知らないが、エルニやセオリーは俺たちに前世の記憶があることはすでに知っているはずだ。というかナギが仲間になってからは隠さずに話しているから、知らなきゃおかしい。

 故郷、という言葉が前世の国だということも勘付いているだろう。ちょっと不安そうだ。


「そんな怖くないって。ちょっと不思議な遊びだけど」

「……ねえコネル、これってアレでしょ」

「あはは、わかる? せっかくサーヤとナギに会えたんだし、久々にしてみようかなーと思って」


 コネルがテーブルに広げたのは、この世界の文字を使った『こっくりさん』だった。


「放課後にやったの憶えてる? 女子だけで集まってさ」

「うん。でも何も起こらなかったじゃない」

「前はそうかもしれないけど、今回は期待してるんだよね。異世界だし」

「何かあったらヤバいんじゃなかったっけ?」

「たとえ悪霊が来ても、あんたたちには勝てないって」


 軽く言いながら、コネルは金貨を取り出した。

 それを中央に置きながら、


「知らない子にも説明するよ。まず、みんな金貨に指を置いて」


 そう言うと、素直に金貨に指で触れる女子たち。

 心なしか全員楽しそうだ。

 俺はもちろんパス。空いた窓際のソファに移動しておいた。

 こっくりさんにまつわる説話は腐るほど知ってるからな。触らぬ神に祟りなし、だ。


「じゃああたしが質問をするから、こっくりさんの返事を待つんだよ。質問が終わったあとに(・・・・・・・)指を離したら呪われるから、絶対に動きが止まるまで離さないでね」

「の、呪われるの……?」

「迷信よ。楽しみましょ」


 半泣きになるセオリーを、優しくはげますサーヤだった。

 その反応に楽しそうに笑みを受かべたコネルは、質問する前にパッと指を離してから質問を投げた。



「こっくりさんこっくりさん。ルルクの好きな人はだーれ?」



「「「「「……。」」」」」


 まず訪れたのは一瞬の沈黙。

 直後、『エ』の文字にまず動いた。

 次の瞬間、無理やり『サ』の文字へと方向が変わる。

 しかし辿り着く前に物凄い力に抵抗されて止まり、今度は『セ』『ナ』『カ』『リ』の間をフラフラと行き来する。


 質問に異議を唱えたい……が、しかし驚きだ。この世界にはこっくりさんがいたのか……。

 こっくりさんのマッスルパワーによって、全員の指先がプルプルと震えている。俺には見えないけど、たぶんマッチョな霊なんだろう。


「誰か力入れてない?」

「へえ~気づかなかったです」

「ずるは、だめだもん」

「ひれつ」

「ぬぎぎぎ」

「みなさま、真実から目を背けるのはやめませんか」


 なんか雰囲気めっちゃ悪くなってない?

 いや、あれはきっとこっくりさんの霊気の影響だろう。やはり怖い遊びだ、こっくりさん。


「いや~楽しいね。人をおちょくるのって」


 睨み合って指先を震わせる女子たちを横目に、俺の隣に腰かけたのはコネルだった。

 俺は正直に言う。


「昔から思ってたけど、コネルはわりとクソガキだよな」

「ルルクほどじゃないよ。ほんと天使なリリスとは正反対」

「それは認める。リリスは天使」


 これは俺とコネルが幼い頃から共有している思想だ。


「それで俺になんか用事か? 悪いけど、前世の橘のことは記憶にないんだが」

「それはあたしも同じ。ルルクには、もうひとつ聞きたいことがあってさ」


 なんだろう。

 少し身構えたら、コネルは真剣に言った。


「例えば、もし前の世界に戻れるとしたらどうする? あるいは無理やり戻されるとか」

「死んで転生したのに? そういうのは転移の話だろ」

「だから例えだよ。もし死ぬ前のあの日に戻れるとしたら、どうする?」


 そんなもん、考えるまでもない。


「戻らない。七色楽は死んで、もうルルクとして生きているからな。もし強制的に戻されるというなら、死に物狂いで抵抗してやるつもりだよ」

「……だよね。ならいいんだ」

「そう言うコネルはどうなんだ? 戻りたいのか?」

「まさか」


 コネルは鼻を鳴らしながら肩をすくめた。


「正直、日本での生活は楽しくなかったんだ。小さい頃から英才教育を受けて、幼いころから会社に首を突っ込んで……でも、どれだけ成功しても何も楽しくなかったよ。地球の経済ってさ、もう何年も成長してないの知ってた? 国単位じゃなくて全体で見た話」

「考えたこともないな」

「人類には地球は狭すぎたんだよ。限りある資源は空転するだけ、資本は仮想価値が弾けるまで虚栄化するし、投資家の意識で多くの人の未来が決まる。戦争は商売のために操作されてるし、マネーゲームが世界を支配してた。日本経済なんていう小さなコミュニティで成功したって、なにも楽しくなかったよ」


 どこか懐かしいような、寂しいような表情を浮かべていた。

 コネルの気持ちはよくわからない。俺はずっと本を読んで生きていた。俺が見ていたのは地球の過去だった。

 だが、彼女はずっと未来を見ていたのだ。地球の経済の未来を。


「でもね、この世界は違う。一次産業すら十分に発展してない、紙幣もなければ仮想通貨もない。経済のための戦争はかなり少ないし、そこら中に商売のチャンスが転がってる! やりたいことがたくさんありすぎて、どこに手をつけていいかわからないほど、夢が広がってるんだよ!」


 楽しそうに笑ったコネル。

 その瞳は、子どものように輝いていた。


「魔素や霊素なんて見えない要素も溢れてる。ここなら可能性はどこまでも広がってるんだ。あたし、リリスと一緒に商会を立ち上げていろんなところに首を突っ込んで思ったんだ。この世界は希望に満ちている。この世界は素晴らしい! もっと発展させたい街がある、もっと広めたいアイデアが湧いてくる、もっと笑顔にしたい人たちがいる! だからあたし、絶対もとの世界になんて戻りたくないんだ。だってこんなにも、この世界が楽しいから!」


 無邪気な顔で、本音を叫んだコネル。

 彼女は転生者。だけど、退屈だった前世よりも今を選んでいる。求めている。

 俺は頷いた。


「俺も同じ気持ちだよ。というか今はリリスや仲間たちがいるからな。もう俺はこっちの人間だと思ってる」

「じゃあルルク、約束して。もしこれから出会ったクラスメイトたちが、地球に戻ろうと誘っても……ルルクは絶対帰らないで。あたしはそれが心配なんだ」

「え? 俺がいなくなったら寂しいのか?」

「バカなの。ルルクが帰ったらリリスが悲しむからに決まってるでしょ。あたしはそれだけが不安なんだよ」

「そっか」


 コネルが幼い頃からリリスを大事に想っていたのは知っている。

 それも、俺も同じだ。


「約束する。俺はもうこっちの世界の人間だ。リリスや仲間たちを悲しませてまで、地球には戻らない。もし神が無理やり帰らせようとしてきても、神をぶん殴ってでも止めさせてやるよ」

「……約束、だからね」

「ああ」


 コネルはそれを聞いて、満足そうにソファに身を沈めていた。

 

 ……もとに戻りたい、か。

 俺はまだ出会っていないクラスメイトたちのことを、少しだけ考えるのだった。


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