救国編・25『妹です』
「それで、カルマーリキはなんで追放されたの?」
「一言でいうなら、この前もらった『聖弓・露狩り』の所有者になったからだな」
「なんでそうなったのよ」
とんとん拍子に、リリスと一緒に暮らすことが決まった。
また女子たちが文句を言うかと思ったが、リリスは俺の妹。家族が一緒に暮らすこと自体に反対するやつはおらず、すんなり歓迎されていた。
それからすぐに話題は、なぜここにいるのか詳しく説明してなかったカルマーリキのことに移った。
誘拐してから里を追放されたところまで説明すると、
「ルルク最低」
「ふつうに犯罪者です」
「あるじ……」
仲間たちに冷たい目で見られました。
カルマーリキは涙目になりながら、
「ル、ルルク様のせいじゃないって思ってるよ。ちょっと偶然が重なっただけだって……ただ追放されたのはね……自分のせいでもあるってわかってても、ね……うぅ」
「ほんとごめん! すみませんでした!」
土下座、不可避。
カルマーリキは無理に笑顔になって、
「ううん、なっちゃったものは仕方ないもん……ルルク様は気に病まないで。だって、おかげで近くにいられるんだから。住まわせてもらえるだけでも充分だよ」
「これは確かに同情するわね……」
ほんの少し、サーヤの視線が和らいだ。
俺を見る目は冷ややかなままだが。
「ルルクが悪戯好きなのは知ってるけど、程度ってものを考えてね。カルマーリキが優しいから許してくれてるけど、ふつうは逮捕案件よ?」
「はい。猛省してます」
「うん、偉いわ。素直に反省できるところはあなたのいいところね。よしよし」
縮こまる俺の頭を撫でるサーヤ。
これが母性か……。
「サーヤ、甘すぎるです。誘拐野郎はしばらく牢獄にでもぶち込んでるほうが世のためです」
「そう? 反省してるんだから、怒ってばっかりもダメよ」
首をかしげるサーヤに、ため息をついたナギだった。
「じゃあカルマーリキの居候についてはオッケーね。まあ、同じ部屋で寝るのはそれでも反対だけど」
「だからなんでさ! リリスちゃんが良いんだから、うちもいいでしょ!」
「リリスさんは妹なの。カルマーリキはただの居候でしょ?」
「だからなんでサーヤが決めるのさ! ルルク様が決めてよ!」
「……まあそれもそうね。ルルク、どうするの?」
ふたりから睨まれる。
カルマーリキに対する罪の意識がマックスな俺は――
「部屋は一緒でもいいけど、ベッドは別な」
「なんでさ!?」
「なんでって、そりゃあ……なんでだ?」
聞かれて俺も首をひねった。
でも、カルマーリキまで寝る場所の交代制度に入るのは想像できなかった。
たぶん彼女がペット枠だからだと思う。こんなに愛しているプニスケもローテーションには入ってないしな。
さすがに負い目があるから、ひとりだけ別の部屋で寝かせるのも悪い気がしたので、これが折衷案だ。
「ひどいよルルク様……ストアニアではうちが恋人ってことになったのに……」
「ちょっとその話詳しく聞かせなさい」
「ん、うわき」
エルニとサーヤが、カルマーリキに詰め寄っていく。
ストアニアでのことを薄い胸を張って自慢げに語るカルマーリキはひとまず置いて、俺はリリスに向き合った。
「それでリリス、引っ越しするなら荷物はどうする? 運ぶの手伝おうか?」
「大丈夫ですお兄様。便利な道具がありますので」
「アイテムボックスくらい持ってるか」
「はい。少し違いますが」
そう言って、リリスが首に提げていたペンダントを取り出した。
見た目は完全にアイテムボックスだ。
「ぜひ鑑定してみてください」
「いいのか?」
「はい。リリのことなら、なんでも」
「じゃあ遠慮なく」
許可が出たので、とりあえずペンダントを鑑定。
【『マルチボックス』
>アイテムボックスの改造品。使用方法はアイテムボックスと同じ。
>>登録したマルチボックスはすべて同じ空間を共有している。収納量は連結したマルチボックスの数に比例する。ネズミ算式拡張庫。 】
「……これ、まさか」
「はい。リリが作りました」
にっこり笑うリリスだった。
「薄々察していたかと思いますが、ルニー商会に在庫切れという状況はほぼありません。このマルチボックスにより、すべての店舗が在庫を共有しておりますので」
「いや強すぎない?」
バカな俺でもわかる。
これがあればどの店も、物流コストがほぼゼロになる。しかも在庫の保管場所もいらないから、店舗をフルで使えるだろう。
そりゃ店舗展開が恐ろしく速いうえに、既存の商会じゃ競合しても勝てないわけだ。
「これに導話石を組み合わせたら……うん、ルニー商会怖すぎ」
「自慢の発明品はまだまだございますよ」
上機嫌なリリスが取り出したのは、数々のアイテム。
次元結界の指輪『ファランクス』。
一定時間ダメージ無効の腕輪『ヒロイックモード』。
空間接続の魔石『ルーンゲート』。
ステータスを常時半減する首輪『カルマリティ』。
一定の動作を強制する秘術器『〝指令〟』。
中に入れた物体の時間を巻き戻す箱『クロノスハンズ』。
などなど。
すべて伝説級のアイテムだった。最後に至っては、なんと神話級だ。
導話石もかなり便利な発明品だが、確かにこれらに比べたらインパクトは薄いな。
「というか、こいつらは世に出せんだろ」
「ですのでルニー商会の備品として使っております。お兄様も利用したいものがあれば、すぐに仰ってくださいね。『クロノスハンズ』以外は量産できますし、いつでもお渡しします!」
「いらんいらん。あ、でもファランクスはいいかもな」
サーヴェイとの決闘に使っていたのを見た限り、もの凄く防御力が高かった。
「そちらは劣化版を王族の方々に渡しておりますから、実用試験は済んでおり安全性は保障します。劣化版は効果範囲を狭くしてダメージから肉体を守るだけになるので、誘拐などは防げなかったようですが」
「じゃあ……そうだな。今回の詫びとして、カルマーリキにあげていい?」
「ご自由にどうぞ」
リリスから貰った指輪を、カルマーリキに投げて渡した。
「えっ! ルルク様、これくれるの?」
「これから冒険者するんだし念のため持っておけ」
「わあ嬉しい! 大事にするね!」
「あー! ずるい!」
「ずるい」
「ずるい!」
指輪もらってない三銃士が騒ぎ出した。
ちなみにカルマーリキの隣で、ナギが『闘神の指輪』を見せてドヤ顔で煽っている。仲良いなほんとに。
喧嘩を始めた女子たちを横目に、
「しかしなんというか、さすが女帝モノンだな」
「お兄様ほどでは。これも全てお兄様の御力ですから」
「俺の? さすがにそこまで持ち上げられてもなぁ」
「事実です。リリを鑑定して頂ければわかるかと」
「……はいはい」
さすがに俺関係ないだろ――と思いながら、初めてリリスを鑑定してみたら。
――――――――――
【名前】リリス=ムーテル
【種族】人族
【レベル】23
【体力】310(+420)
【魔力】970(+1100)
【筋力】270(+310)
【耐久】360(+440)
【敏捷】280(+330)
【知力】1270(+1820)
【幸運】99
【理術練度】1470
【魔術練度】2240
【神秘術練度】2820
【所持スキル】
≪自動型≫
『憧憬』
『罠感知』
『効率化』
『模倣』
『数学者』
『水魔術適性』
『土魔術適性』
『光魔術適性』
『聖魔術適性』
『数秘術0・解析之瞳』
≪発動型≫
『技術者』
『万里眼』
『精霊召喚』
『転写』
『錬成』
『閾値編纂』
『言霊』
――――――――――
『憧憬』……一人を対象に常時発動。対象への想いが強いほど、対象を手助けするスキルを獲得しやすい。
『効率化』……集中力が上がり、動作にムラがなくなる。
『模倣』……組成式を完全に理解した術やスキルを、適性問わずに使える。
『数学者』……術式理解が大きく上がる。暗算精度と速度が上がる。
『技術者』……製作行動全般時、速度、精度、感知力、忍耐力が大きく上昇する。
「これか。この『憧憬』のせいか……!」
「はい! お兄様を想えば想うほど、リリはお兄様にとって都合のいい女になるのです!」
今まで以上に目をキラキラさせまくるリリス。
ということはその他の製作に便利なスキルは、俺を想いながら行動した結果であって……。
お、重い。
たしかに重いぞリリス!
まあ、リリスの愛ならどれだけ重くても負担にはならないが。
「でもすごいな。数秘術に聖魔術適性まで増えてるじゃないか」
「がんばりました! 『解析之瞳』と他のスキルを組み合わせることで、手に入れた魔術器の組成式を理解し、アレンジすることもできるようになったのです。聖魔術器はかなり苦労しましたが、何度も術式をトレースしてると適性も手に入れて、どんどん作ることができました。これもすべて、お兄様への想いがあってこそです!」
鼻息が荒いリリス。
しかも『解析之瞳』はゼロの数秘術。ロズと同じ才能だ。
「さすが俺の妹だな」
「お望みとあらば、リリはもっとスゴイものを作りますよ! いままでで一番やる気が……そう、やる気が湧いています! いまなら神すら倒せる魔術器でも作れそうです!」
「どうどう、落ち着け」
女帝モードになってるリリスも可愛いが、いまは気になることがたくさんあるのだ。
「それよりリリス、『言霊』って使えるようになったのか?」
「いえ、実はそのままでは使えません。この秘術器に頼ってようやくです」
「……これ、もしかして」
「はい。〝English〟の術式です」
俺が使えなかった英語の『言霊』だ。
世界記憶に強く保存されているほど、術式が強くなる想念法。俺は英語の理解度がなさすぎて、発動できなかった。
それゆえ俺の『言霊』は日本語なので、英語に比べたらかなり効果は低い。もし英語で使えたら、レベル差なんて意味がないほどに強くなるだろう、と考えていたが。
「……コネルに教わったのか?」
「はい。〝English〟と〝日本語〟は、どちらも話せるようになりました」
「そうか」
リリスは公爵家の教育を受けてきた才女だ。なんら不思議じゃない。
だがそこまで正直に話すってことは、だ。
「じゃあ、俺のことは詳しく知ってたんだな。コネルに聞いたんだな?」
「はい。前世があることも、本当のルルお兄様はもう死んでいることも」
「そうか。……いや、違う」
俺はリリスに頭を下げた。
ずっと言えなかったことだ。言いたくなかったことでもある。
「今まで黙っててゴメン。俺は本当は、リリスの兄なんかじゃない、別の世界から来た人間なんだ。黙ってて、本当にすまなかった」
「お兄様……」
「転生してきた俺がずっと兄貴面してて、気味が悪かったと思う。騙してたことは謝っても許してくれないかもしれない……けど、俺はリリスを本当の妹のように思ってた。初めてこの世界で味方になってくれたのがリリスだった。俺はリリスがいたから、前を向いて生きていられたんだ」
「……お兄様。顔を上げてください。リリも知っていたことを黙っていて申し訳ございませんでした。お兄様が本当のルルお兄様じゃなかったと知って、驚きもしました……でも、リリはそれでよかったと思ってます」
リリスは、頭を下げた俺の頬に手を添えた。
窓から風が吹き込んで、カーテンが揺れる。
夕日に照らされたリリスは、にっこりと笑った。
「リリはいまのルルお兄様が好きです。いまのルルお兄様だから、傍にいたいと思ったのです。前世があり、悪戯好きで、ちょっと子どもっぽいけど頼りになるお兄様だからこそ、リリはここまで想うことができるのです。気味が悪いなんて思いませんし、そもそも許す許さないの問題じゃありません。リリは全身全霊、いまのルルお兄様が好きなのですから」
「……リリス……」
「ルルお兄様がどう思おうが、リリは妹です。リリは妹であることをこれ以上なく誇りに思ってますし、その立場をずる賢く利用もしてます。ナギさんに言わせると、ちょっと重くて腹黒いですが、ちゃんとお兄様の妹ですよ。いままでも、そしてこれからも」
そう言うリリスは、まるで七年前のように無邪気な笑顔だった。




