弟子編・6『こんにちはルルクです』
本日更新1/2です。
2話目は昼の12時に更新します。
こんにちは、ルルクです。
今日は冒険者になった記念に、初めてクエストを受けていいとロズに許可を頂きました。
まだパーティメンバーがいないので、一人でも達成できるようなクエストを選びました。
毒消し草10本の採取、というものです。
「それと坊や、C以下の冒険者が上位ランクになるには、上位ランククエストを20回か同位ランククエストを50回達成すること。ただしクエスト失敗すると違約金が発生するから無理は禁物だよ。それとEランク以上の昇格には一定数の〝討伐系〟クエストが必須だからね。しっかりレベルもあげとくんだよ」
ランク制度なので、当然昇格もあるみたいですね。
がんばれば年内にもFランクまでいけるかなぁと楽観的なことを考えていたとき、師匠がこう言いました。
「クエストが終わったらそのまま旅に出るからね」
……え、この街出るの?
聞いてないんですけど。
そう文句を言ったら、理不尽に言い返されました。
「なんでわざわざ予定ぜんぶ言わないといけないのよ。ディグレイには許可とってるから大丈夫よ」
……師匠を選び間違ったのかもしれません。
まあ、たしかに条件に『この街で』ってことはひとことも言ってなかったから、それはこっちの手落ちです。
ですが生まれ育った街――正確には4年育った街――を出るのはいささか不安ですし、なによりまったく旅の準備をしてません。
着の身着のまま冒険の旅なんてゲームでも聞いたことないですよ。最低限のお金は? 装備は?
せめて近所の博士に話しかけて相棒選ぶようなイベントはないんですか?
それは無理でも、1日くらい待てませんかね。
じつはベッドの下に隠してる、ちょっとムフフな本が……。
「あなたの姉弟子を別の街に置いてきたんだけど、そういえば食料とお金を渡すの忘れてたのよね。寄り道したせいでもう3日経ってるしそろそろ見に行ったほうがいいかなって。あの子なら3日くらい飲まず食わずでも死にはしないだろうけど、一応ね」
鬼畜の所業じゃねえか。
ついてくる師匠を間違えたのは疑いなかったんですけど、その姉弟子とやらが憐れすぎて了承せざるを得ませんでした。
はあ、仕方ありません。最低限の準備すらできてませんが最強の保護者がいますしね。ムフフな本は掃除に来たメイド少女が見つけて「はわわわわ」と顔を赤くするだろうから、回収は諦めておこう。
慌てるメイド少女を見れないのだけが心残りだぜ。
兎に角、初クエストの興奮よりも姉弟子の危機に意識を割かれながら、街の外に出て毒消し草を探すことになりました。
もちろん初めての街の外です。
外壁の向こう側へ一歩足を踏み出したとき、長年勤めた刑務所暮らしを終えた囚人のような爽快感が全身を駆け巡りました。刑務所入ったことないけど。
みてみて、すごい!
見渡す限りの麦畑よ!
心のなかの乙女が喜声をあげます。
本音を言えばちょっとだけファンタジーらしい大草原を期待していましたが、そういえば、この街の外はほとんど穀倉地帯でした。
四季があり土地も豊かだから作物は育ちやすく、そのおかげでパンが安い。街の東側にダンジョンがあるおかげで肉も豊富だから、我がムーテル領の食料自給率は王国で一番高いらしいですよ。
「早く採ってきなさい。そこら中に生えてるから」
ロズにせかされます。
世界中を旅しているという師匠にはわからないと思いますが、こちとら異世界に来て4年間、ほとんど屋敷のなかで過ごしてきた箱入り息子なんです。
こうして青空の下で自然を感じることを、どれほど待ち焦がれていたかを理解して頂きたい。
街の外の空気を吸うため、深呼吸。
すーはー。すーはー。
「ほらそこにも。あっちにも。あそこにもあるわ」
待てい! オレのクエストぞ!
そりゃあGとかFランククエストなんて、新人研修のためのクエストみたいなもんでしょうよ。
ギルドも本心を言っちゃえば、毒消し草なんてわざわざ取らなくても薬草農家が菜園で育てて薬屋に卸してるから需要もないでしょうね。
報酬も少なく、採るのも10本っていう「知らなきゃ採れないけど製薬には足りない」みたい量ですし。
ええ、わかってますよ。わかってますとも。
だからこそ、このクエストには大事な理由があるんですよ。ボウボウに生えまくる雑草のなかから、しっかり毒消し草を見分けられるかっていう新人のためのクエストなんです!
それを! 鑑定スキルを使ってまで! 先に見つけるんじゃねえ!
まったく、ほんとにまったくこの師匠は。
「いいじゃない。とっくに見分け方知ってるんでしょ?」
そりゃあ4年間本の虫を続けてたインドア派です。公爵家の書斎には植物・動物・魔物・鉱物などいろんな図鑑が揃っていました。毒消し草のような一般的なものから、食狼草みたいなニッチな魔草(魔物?)まで見分け方はバッチリですとも。
でも、それとこれとは話が別ですよ。
「めんどくさい弟子ね~」
こっちが悪いの?
ねえこっちが悪いの??
なんとも納得できない気持ちになりましたが、気持ちを切り替えて毒消し草を探して道を進みながら集めていきました。
麦畑をひとつ抜けたところまできたときに、毒消し草がちょうど10本になりました。
平和で穏やかな昼下がりの風に吹かれながら、小さな達成感を覚えます。
「じゃ、報告して街を出るわよ」
そう言ってロズが手を差し出してきます。
なんでしょう。握手するような場面じゃないので警戒します。
するとロズはため息をつきながら、頭をぐりぐりと押さえてきました。おいおいこちとら成長期なんだから抑えるんじゃないよ。背が伸びなくなるだろ。
なにをするんですか――と抗議しようとしたとき、目の前の景色が弾け飛んだように変わってしまいました。
麦畑の向こうから、街の外壁近くまで一瞬で移動していたのです。
『転移』の神秘術だとはすぐに理解しましたが、いきなりやるのは心臓に悪いのでやめて頂きたい。
不満をあらわすために、子どもらしく頬を膨らませてみました。
まったく、本当に驚いたんですからね? せめて謝罪くらいはありませんか。ないですよね、知ってます。じゃあその代わり、もう一度転移するっていうのはどうでしょう……ダメ? もういっかい転移、ダメ?
あっダメっぽいですね。さっさと冒険者ギルドに歩いていってしまいました。
そのままギルドでクエスト達成を報告すると、俺たちは本当に何も持たずにそのまま街を出てしまいました。門番に「またクエストか?」と尋ねられましたが、ロズは「隣街に少し用事ができたのよ」とおざなりに返事しています。
「そうか。弟の面倒はしっかり見るんだぞ」
おせっかいな門番は、どうやら我々のことを姉弟だと思ったようでした。
こうしてあっさりと旅が始まったのです。
「師匠、どっちに行くんですか?」
「西門から出たんだから西に決まってるでしょ」
聞くまでもなかったようです。
そう言ってロズはまた手を差し出してきました。
転移でサクサク移動するのか、と思って手を繋ぎます。9歳からしたら、女子高生くらいの少女の手でも頼りに感じますよね。
これで見た目はいよいよ18歳の姉と9歳の弟です。
実際は実年齢不詳のなんちゃって美少女と、精神年齢ハタチ越えのなんちゃってショタですけどね。
ロズはそのまま転移で――と思いきや、ふつうに歩き出しました。
「あれ転移……転移は? ちょっと師匠! 転移はしないんですか!?」
「圧が凄いわね。さっきしたでしょ?」
「不意打ちはノーカウントですよ! はよ転移!」
「今日中に着けばたいして変わんないし、最初くらいゆっくりさせなさいよ」
「じゃあどうして手を?」
「そりゃあ私、お姉ちゃんだもの」
ふふふ、と笑っています。
さっきの姉弟扱いが嬉しかったようです。
こちとら紳士なので、ここで「曾×30婆ちゃんでも足りないだろ」などと無粋なことは言いません。少し恥ずかしいですが、大人しく手を繋いだまま街道を歩きます。
しばらく、ゆっくりと本物の姉弟みたいにのんびり歩きます。
旅の商人や巡回の兵士たちとときどきすれ違いますが、それ以外に出会うものはいませんでした。魔物の危険もない、異世界とは思えないくらい安全な街道です。
「ダンジョンのおかげよ」
「そうなんですか?」
「ダンジョンは魔物をおびき寄せる生きた迷宮なのよ。だから基本、ダンジョンの近くにたいした魔物はいないわよ。その代わり中には溢れてるけどね」
この世界のダンジョンは生きていましたか。
そのおかげで穀倉地帯も守られているって考えたら、ならず者の冒険者たちを集めてしまうダンジョンも意外と役に立ってるんですね。
「地上の魔物避けにもなるし街の発展にも役に立つわ。ディグレイたち領主からしたら、ダンジョンは大地の恩恵ね」
「ああ、だからこんな領地の西端の街に代々住んでるんですね」
王都からも商業都市からのアクセスも悪い場所だったので、なぜここに住んでいるのか理由が気になっていたのですが。
領地運営の要であるダンジョンを守るためだとしたら納得がいきますね。
「そこまでは知らないけどね……ねえルルク、そういえば聞きたいことがあるんだけど」
ロズが改まって聞いてきました。
その目に微かにゼロの紋様を浮かべてこっちを見下ろしています。
なんでしょう。
「あなたの所持スキルの『言霊』ってなにかしら。それだけは私も知らないスキルなのよね」
「……そういえば、師匠は他人のステータスを見られるんでしたね。認識阻害してるのに、いまもちゃんと見えるんですか?」
「私の『虚構之瞳』には『閾値編纂』は効かないわよ」
「へ~同じ鑑定スキルなのに聖魔術とは性能が段違いですね」
「そりゃあ文字通りスキルの格が違うんだから当然よね」
「スキルに格ってあるんですか?」
「あら、教わってなかったの? じゃあ簡単に説明するわね」
そう言ってロズが初めて師匠っぽいことを説明してくれました。
端的に言うと、スキルには種類と格が存在しているようです。
スキルの種類は5種類。
・コモンスキル
・種族スキル
・魔術スキル
・神秘術スキル
・ユニークスキル
があるみたいです。
知らなかったのは種族スキルとユニークスキルの二つですね。
ロズいわく、この世界に存在する多種多様な種族のなかには、種族スキルという特殊なスキル群を有している種族が多くいるんだとか。
例えば犬人族なら身体強化スキル、猫人族なら視覚補正スキル、ドワーフなら鍛冶スキルといった具合に、他種族の同系統スキルよりも強力な効果を持っている場合が多いみたいですね。
ちなみに世界で一番人口が多い俺たち人族には、種族スキルは存在しないらしい。残念です。
それとユニークスキルは、本当に稀有なスキルなんだとか。
マンガとかゲームとかだと、ユニークスキルって聞くと滅茶苦茶強力なイメージだけど……この世界のユニークスキルは珍しくともそれが有用であるのかは完全に別問題で、例えばロズが最近見たユニークスキルは『毎日絶対に快便である』というお腹とお尻に優しいスキルだったりもする。
ネタスキル枠ですかね?
そしてスキルや魔術・神秘術の格についてはコチラの7種類。
・創造神級
・神域級
・極級
・王級
・上級
・中級
・初級
が存在するようですね。上位のスキルは下位のスキルに対して全てにおいて効果が優先されるのが常識なんだとか。
ちなみに今回の場合だと、聖魔術の鑑定術は中級魔術、『閾値編纂』は上級神秘術、『虚構之瞳』は王級スキルだという。その力関係ゆえに『閾値編纂』で阻害できるのは上級までで、それ以上の鑑定系スキルでは無意味のようです。
この力関係は魔術同士の戦いでも適用されるらしいので、戦士や騎士はいかに上位の術式を習得できるのかが生命線ってことですね。
ただし、火属性の上級魔術は水属性の中級魔術にも負けるようなので、互いの相性も大事なようです。
「ちなみに俺の数秘術……『自律調整』は?」
「まだ王級ね」
致命傷でも数十秒で治すスキルが王級なのか……。
まだ、という言葉は気になったけど俺がそこを指摘する前にロズが言葉を続けました。
「ルルクが持ってるスキルだと、たしか『夢幻』は世界樹から映像記憶を呼び出す想念法スキルだったわよね? 光魔術の『ファントム』と似た効果だったかしら」
「俺は『ファントム』を見たことはないんですけど、たぶんそうですね。ヴェルガナもそう言ってましたし」
「じゃあ『言霊』は?」
ロズがワクワクした表情になって顔を近づけてきます。
ただでさえ日本人風の美少女なので、そんな距離に詰められるとドキドキしますね。カラダが9歳でよかったです。
「そっちは――」
弟子らしく素直に答えようとすると、遠くのほうから悲鳴のようなものが聞こえてきました。
かなり前方で馬車が停まっていて、そこにたくさんの人が見えました。
どうやら何かトラブルのようです。
ようやく異世界らしくなってきましたね。




