救国編・22『聞いてなかったんですけど』
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ホンマーニ=アクニナール公爵は焦っていた。
スタンピードの混乱に乗じて王都から逃げ出した彼は、妻と長男と数人の使用人、それと護衛たちを連れて馬車で街道を進んでいた。
マグー帝国の密偵と関わり始めたのは、かなり昔のことだった。最初は情報屋に敵対派閥の情報を売るだけの行為だった。たいした価値のない情報が高値で売れたから、嫌がらせのために続けていた。
その情報屋がマグー帝国の密偵だと知ったのは数年前。リスクの高い関係だと気づいたものの、手を切るには急所を晒しすぎた。
そのままズルズルと情報の売買を続けていた時、帝国側から脅しが届いた。
この関係をバラされたくなければ宮廷内の情報をよこせ、と。
アクニナール公爵もそれくらいは想定内。密偵との関係に証拠は一切残しているつもりはなかった。だが余計な波風を立てられたくないのは事実だったので、さほど重要ではない情報を流した。
後戻りできなくなったと知ったのは、迷宮核の盗難事件の時だった。
迷宮の制御権を奪ったと、疑似核なるものを持って密偵が訪れたのだ。どうやらそれがあればサーヴェイ程度の才能でも、迷宮の制御ができるらしい。これを使って指定した期日の前後にスタンピードを起こせ、という命令だった。
血の気が引いたアクニナール公爵だったが、ちょうどその直後、陛下がひそかに内部監査を始めたことを知った。
会計不正で彼と協力関係にあった下位貴族たちが順々に捕まっていたのだ。あまりの速度と的確な監査結果に、公爵はすぐに自分の番が来ると悟った。
彼はわざと会計不正の証拠だけ残して、マグー帝国との繋がりなどの証拠を徹底的に処分するようにした。そして自分が処罰されても、領地に影響が出ないように長男に引き継ぎを大急ぎでおこなった。
そんなとき、王族が誘拐される大事件が発生。
さらにストアニアにマグー帝国が進軍したことを知った。
マグー帝国は本気でマタイサを崩しにかかってきた――公爵はそう判断して、王都から抜け出す決意を固めた。公爵家という地位にいるが、数十万と言う魔物の軍勢がこっちまで来てしまったらマタイサ王国では防ぎようがない。
公爵は出頭命令を無視し、次男のサーヴェイに命じてスタンピードの日を一日だけ早めた。そしてその混乱にまぎれて王都から脱出したのだった。
すでに王都を出発して三日。
急いで馬を走らせているからか、妻は少し体調を崩してしまっている。だが悠長に休んでいる時間はない。
母親を看病している長男は、士官としては優秀な男だった。だがまだ未熟で、領主になるには優しすぎる性格でいまひとつパッとしなかった。
「主様、このまま領都ヤバイに向かってよろしいので? このルートはよく盗賊が出ます。護衛も少ないので、一度東の街道に出たほうが――」
「構わん。そのまま進め」
「……かしこまりました」
御者が不安そうな顔で、そのまま道を走らせた。
東の街道は少し遠回りになるが道は広く、基幹道路になっている。だがストアニアから帰ってくる兵士たちとすれ違う可能性が高いので、その道は取れなかった。
アクニナール公爵家の馬車は、ひとけの少ない林道を通っていく――その時だ。
突然、馬がいなないて馬車が大きく揺れ、すぐに停まった。
「なにごとだ!」
「申し訳ございません! しょ、正面に人影が飛び出て……いえ、現れて? とにかく子どもがいきなり出て来まして」
「無視して構わん!」
「ですが道のど真ん中でこっちを見ているものですから」
「地元民か? 公爵家の馬車を妨げるような無作法者など、轢いて構わん!」
声を荒げる公爵。
だが、その言葉に御者の返事は返ってこなかった。
「おい、どうした――」
窓から顔を出して、御者台を覗いてみると。
「く、首がない!?」
御者の首から上が消えていた。
だが血は出ていない。どういうことかと混乱するアクニナール公爵。周囲の護衛も、困惑しておりどうすればいいのか誰もわからない状態だった。
そこに呑気な声が割り込んでくる。
「驚きました? この前、馬車を停めるときに思いついたんですよね。びっくりするでしょ、首無しライダー風の認識阻害。でも大丈夫、ちゃんと首は付いてますよ。ほらこのとおり」
道の正面にいた、冒険者風のいでたちの子どもがイタズラするかのように手を叩いた。
するといまのが幻覚だったかのように、御者の首が戻ってくる。
いまだ混乱する公爵たちに、少年冒険者は言う。
「これで話を聞いてくれるようになりましたかね。ではアクニナール公爵、逃げていたところ悪いんですけど、王城まで戻りましょうか。身に覚えがないとは言いませんよね?」
「な、なにを言っているのだ! おい、あやつは賊だ殺せ!」
「賊だなんて失礼な。あ、でも名乗ってなかったですね。俺はルルク、どこにでもいる冒険者です」
その名前を聞いた瞬間、少年に攻撃を仕掛けようとしてた護衛たちが躊躇った。
明らかに動揺している。
「何をしている。冒険者風情どうにかしろ」
「公爵様、そちらの冒険者に手を出してはなりません!」
慌てて止めたのは、長年付き従ってくれた執事だった。
「何を甘えたことを言っている。相手はひとりだぞ?」
「そうではありません! 昨日、立ち寄った街で聞いたのです! 先日ストアニアに進軍した十万もの魔物の軍勢を、〝神秘の子〟ルルクがたったの一撃で葬ったという話を! もともと新たなる王位存在として名を挙げていた少年です、一国が相手でも敵うかどうか……ここはひとつ、事情を伺ってくだされ!」
「そ、そんなデマを信じてどうする! あんな子どもに、そんなことができるわけ――」
「お邪魔しまーす」
一瞬だった。
道の向こう側にいたはずのルルクが、馬車の扉を開けていた。
「ひゃっ」
「おふくろ!」
驚く妻と、妻をかばう長男。
公爵は硬直してしまったが、執事がすぐに土下座をした。
「ルルク様! なにとぞ荒事だけはご勘弁願います! こちらに敵対の意思はございませぬ!」
「ああはい。こちらも手を出されなければ、手を出すつもりはありませんよ。ちょっと隣、失礼しますね」
ふてぶてしくも、公爵の正面の席に座ったルルク。
「いやあ優秀な執事さんですね。羨ましいです」
「……な、何しに来た」
「詳しく聞きたいですか?」
ルルクがちらりと妻を見て言った。脅しのようなものだった。
公爵は唇を噛みながら、
「……妻と息子は関係ない」
「それは俺が判断することじゃありません。それとそちらの長男さんはどうか知りませんが、次男も息子では? サーヴェイさんはダンジョンの最下層で保護しましたよ」
「あの子は無事なの? ど、どうしてダンジョンに!?」
妻が金切り声を上げる。
ルルクは首を振った。
「それは本人から聞いた方がよろしいかと思いますよマダム。それより公爵、このままここでしらばっくれるつもりですか? もしご家族に聞かれたくないなら一緒に王城に来てもらったほうがいいですよ。それにどのみち、この先の領地に帰っても兵士が待機してますし」
とっくに手を回されていたらしい。
あまりにも早すぎる対応だが、意外でもない。このところ陛下がルニー商会を頼るのは、情報伝達速度が異常なほど早いからだ。アクニナール公爵も何度か利用したことがあるので、利便性は身に染みてわかっていた。
「というかそちらのご家族に関係がないのなら、このまま進んでもらって保護してもらえればよろしいかと。その先はどうなるか知りませんが」
「……サーヴェイはどうなった」
「ご安心を、怪我はしてません。まあスタンピードのほうはすぐに止めておきましたが」
「そうか」
なるほど、対応も早いわけだ。
公爵は頭を巡らせる。目の前の冒険者から逃げることは不可能だろう。そういえば転移を使える冒険者がいる、と聞いた覚えがある。彼がそうなら、むしろ逃げようとするのは悪手だ。
「いいだろう。だが、これでも私は公爵だ。それ相応の対応をせよ」
「わかってますよ。貴族は敵に回すと厄介ですからね」
本当にわかってるのか、と言いたくなる口ぶりだった。
だがこの軽薄さが素の性格なら、つけ入る隙はある。公爵にとっては、目の前の少年は粗野な冒険者としてしか見えない。実力はあるのだろうが、貴族社会では腕力にあまり価値はないのだ。
「……では、ルルクよ。我が家族はこのままヤバイまで帰らせてよいな。私はどうする?」
「ご家族はそのままどうぞ。公爵は俺が城まで連れて戻りますので」
「そうか。ちなみに聞くが、誰の命令だ?」
「命令? ああいえ、誰かに命じられたわけではありませんよ。サーヴェイさんに話を聞いて、ついでに連れ戻しに来ただけですから」
「そうか」
その言葉を聞いて、内心でほくそ笑んだアクニナール公爵。
もし陛下の命令や正式なクエストだったらどうしようもなかった。
だが独断で公爵を捕まえにきたのだとすれば、やりようはある。
「では私はここで降りよう」
「どうも。みなさん、道中お気をつけて」
公爵とルルクが馬車から降りると、躊躇いながらも御者が馬車を走らせていく。
執事は最後までこっちに頭を下げていた。
「では行きましょうか」
ルルクに連れられて、三日間逃げていた公爵は王都に連れ戻されるのだった。
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……どうしてこうなった。
俺は冒険者。
権力や国家に関わるのがイヤで、自由な生き方を選んだ。
そもそもしがない物語オタクに過ぎない俺にとって、内政や軍略、権力闘争なんて他人の庭だ。それらは物語になっているなら楽しめるものであって、自分がそういう争いに巻き込まれるのは面倒だった。
もちろんSランクになってから少なからずそういった干渉もあった。バルギアの公爵に呼び出されたり、指名依頼などで貴族に会ったりすることもある。だが、交渉や情報交換はサーヤに任せていた。
自分でもリーダーとしてどうかと思うが、俺には無理。ああいう腹芸は本当に性に合わない。
だって俺、思ったことがすぐ顔に出るもん。
同じく腹芸ができない竜王と親睦を(拳で)深めるくらいが、俺にはちょうどいいのだ。
だからこういう場面も本当ならサーヤに任せたかった。
「陛下の御前である。皆の者、頭を垂れよ」
「よい。いまは緊急時、礼儀作法は簡略にせよ」
「では全員、楽にせよ」
白亜の城、謁見の間――そのさらに奥にある小さな部屋だった。
国王陛下の言葉に従って、そこにいる者たちが立ち上がる。
ひとまず捕まえたアクニナール公爵とその息子サーヴェイを、ルニー商会に連れて行って引き渡そうとしたのが数時間前。
ふたりを王家に引き渡すためと、ダンジョンの制御を取り戻すために疑似核を持って王城までついてくるように言われ、ルニー商会のペンタンとともに登城した。
警備の関係で代表の俺だけがついてきたことが、間違いだった。
連絡を受けたカーデルが、疑似核を受け取って去っていった。ここまではいい。
問題は、アクニナール家ふたりの引き渡しだった。
今回、彼らに嫌疑がかかっているのが国家反逆罪。しかも公爵家という替えの利かない立場で起こした犯罪なので、どうにも通常の手続きで裁くことはできないらしい。
そういうわけで証人として俺にも立ち会って欲しいと言われてしぶしぶついていったが、案内されたのは謁見の間。
もちろん国王陛下もいた。
ブレッド=ディ=マタイサ。そのひとである。
しっかりした体格の三十代前半くらいの精悍な男だった。実年齢は四十を超えており、かなり鍛えているからか随分若く見える。
その双眸は力強く、玉座に腰かけていてもなかなかの威圧感があった。
その隣には護衛として俺の父――ディグレイが控えている。実に七年ぶりの再会だったが、チラリと視線が合っただけでお互い何も言わなかった。
ま、感動の再会って間柄でもないから当然だけどな。
宰相らしき細身の男が、また声を発する。
「ではホンマーニ=アクニナール卿は前へ」
兵士に縛られたアクニナール公爵が前に出た。
そのまま数歩進むと、膝を曲げてかしずいた。
「陛下、御身がご無事で何よりでございます」
「うむ。貴公や子息も怪我がなくてよかったな」
「勿体ないお言葉」
「……それでホンマーニ。貴公がこの場にいる理由を聞かせてはくれないか?」
鋭い視線で、アクニナール公爵を見定める国王。
彼がどこまで知っているか俺にはわからないが、少なくともアクニナール公爵に悟らせないためには表情を隠している。
公爵は仰々しく首を振った。
「それが、私には皆目見当もつきませぬ。いまの王都は危険と判断し、妻や息子を急いで領地に送り届けている最中にそこなる冒険者に無理やり連れて戻された次第です」
「なるほど。不正疑惑による出頭の指示書は届いてなかったと?」
「なんと、それは存じ上げませんでした。私が屋敷を発ったのが令状が届く前だったのかと。申し訳ございません」
なるほど、しらばっくれるつもりか。
サーヴェイの言うことが正しければ、もとより内通などの疑いはかかっていたはずだ。だが拘束も事情聴取も任意だったことから、決定的な証拠はないんだろう。
アクニナール公爵はそれをわかっているようだ。
「まあそれはよい。こうして事情を話す機会を設けたのだ。アクニナール公爵、貴公に聞きたいことがいくつかある。答えよ」
「陛下のおぼしめすままに」
「貴公はマグー帝国と繋がりはあるか?」
「いいえ。ございません」
「では、貴公の息子は?」
「少なくとも、私は存じ上げておりません」
「そうか。カーデル卿から、迷宮の制御ができるアイテムを貴公の息子が持っていたと聞いたが、これはどう説明する?」
「そのようなものの存在があることも初耳です。愚息は、スタンピード発生以前にダンジョンに挑んだと聞きました」
「単身でか? なぜそのような行動を認めた」
「課外授業で、悔やむことがあったと聞いております。息子はそれが婚約破棄に繋がったと思い、鍛え直すためにダンジョンに挑むのだと。サーヴェイは腕が立つので、無理はしないのであればと好きにさせておりました」
「そうか。そこのお前……サーヴェイだったか? それは本当か」
「……は、はい陛下。ダンジョンに挑んでいたところスタンピードが発生し、それを止めようと最下層まで降りてたところで、そのアイテムを見つけました」
その場でかしずいて、俯いたままそう答えたサーヴェイ。
まあ、そりゃそれくらいの口裏は合わせておくだろう。捕まった時はあくまで偶然として対処すればいい。疑似核をサーヴェイが持っていたとバレても、それが元々持っていたかどうかなんて、誰にもわからないからな。
国王は矛盾がないことを確認すると、俺をチラリと見た。
「そこの冒険者からの情報とは食い違うが、何か申し開きはあるか?」
「はい。そいつは僕……私がそのアイテムを拾ったところに現れ、あたかも私がスタンピードを引き起こした元凶だというふうに言いました。そして無理やり、力づくで、私を襲って反逆罪を仕立て上げたのです!」
「……ふむ。ホンマーニ、貴公はどうだ」
「私も同じような経緯です。唐突に現れたそこの冒険者が暴力に頼って、私を王都に連れ戻したのです。あまりの暴挙に驚いて言葉も出ませんでしたが、いまは怒りが湧き始めた次第であります」
いかにも理不尽な目に遭ったかと言わんばかりに、振り返って俺を睨んでくるアクニナール公爵。
なかなかの名演技だな。
国王は今度は俺を見て、
「では冒険者よ、貴殿の話も聞こう。まず名乗りたまえ」
「お初にお目にかかります陛下。冒険者のルルクと申します」
「うむ。貴殿が我々に伝えた情報に偽りはないか?」
「はい。伝えたとおりです」
「……では、両者の言い分は食い違うわけだ。冒険者ルルクは、国家反逆罪の嫌疑を確信して国のために貴公らを捕えた。貴公らは、理不尽な暴力にさらされて無理やりここに連れてこたれた。そう言いたいのだな?」
「はい! むしろあいつが首謀者ではございませんか! 実力はあるものの、粗野な他国の冒険者と聞いております! きっとマグー帝国と繋がり、我が国の利益を損ねようと暗躍していたに違いまりません!」
アクニナール公爵が声を荒げた。
おお、それは予想外の反応だな。この場面で逆に俺を嵌めようとするなんて、なんという逞しい考え方だ。腐っても高位貴族ということか、これだから貴族は面倒なんだよ。
国王はまだ表情を変えないまま、
「なるほど。貴公は冒険者ルルクを、今回のスタンピードを起こした首謀者の可能性があると?」
「はい! 聞くところによれば、かなりの実力者というではありませんか。迷宮を制御する方法を知っていても不思議ではありません」
「……ということだがルルクよ、貴殿はどう答える?」
「それこそ濡れ衣です。確かに俺は迷宮の制御方法を知ってますし、仲間は実際に制御の経験があります。しかしこの地でスタンピードを起こす理由がありません」
「ほ、ほらみろ! 知ってるじゃないか!」
出まかせが真実味を帯びたことがよほど嬉しかったのか、公爵は声を上ずらせた。
「陛下! よそものの冒険者の言葉など信じてはいけませぬ! きっとこやつは策をめぐらし、我々アクニナール公爵家が疑われるように様々な偽証を集め、罪を押し付ける計画を立てていたのでしょう!」
いままでの疑いも俺のせいにする作戦……だと!?
なんという精魂逞しい貴族だ。ここまで性根が悪いと逆に感心するなあ。
「第一、我々公爵家が国家反逆をくわだてるなど愚かな真似をするはずがありませぬ! 地位も名誉も金にも困っておりません! 陛下に忠義を誓い、財務官長として国家に尽くしてきました! その私が反逆をするなど、なんのメリットもございません! 身分も定かではない粗野な冒険者と、この私のどちらを信じられるのでしょう!」
「……ふむ。この冒険者は信用に値しない、と?」
「はい! 実力があるとはいえ平民の冒険者の言葉など、信じてはなりませぬ!」
大声で言い切ったアクニナール公爵。隣のサーヴェイも深く頷いている。
国王はしばらく俺たちを無表情で眺めていたが、やがて我慢できなくなったのか笑い始めた。
「くくく……はははは! そうか、なるほど、その言い分であれば確かにな。王として、代々尽くしてきた公爵家といち冒険者、信用に値するなら比べるべくもない。さすが公爵、貴公の言い分には納得するほかあるまい」
「で、では――」
「だがそれは無知な王であれば、だ」
スッと目を細めた国王。表情を明るくしようとしていた公爵は、その冷たい視線に硬直した。
国王は宰相に言いつける。
「茶番はこのくらいにしよう。彼女を呼べ」
「はっ」
宰相はすぐさま腕輪に話しかけた。あれは間違いなく導話石。
そして一分と経たずやってきたのは、茶色い髪の天使――リリスだった。
これは俺もさすがに驚いた。なんでここにいるんだ?
「お呼びでしょうか、陛下」
「ふむ。リリスよ、貴殿の予想通りの展開になった。後は任せる」
「かしこまりました」
リリスはそのまま歩いてくると、陛下の隣に立った。
驚いていたのは俺だけじゃない。サーヴェイが声を震わせた。
「リ、リリス……おまえ、何が……?」
「この場にいる皆様、ご傾聴願います。私はリリス=ムーテル。後ろに控える父ディグレイ=ムーテルの息女であり長女にあたります。そして――」
リリスは手をかざすと、何もない空間からマスクを取り出した。
それは俺にとって慣れ親しんだ、目元を隠すマスク。
いうまでもなくルニー商会のトレードマークだった。
「ルニー商会会長、モノンと呼ばれる者です。陛下よりこの場を預からせて頂きますので、是非ともよろしくお願いいたします」
……。
……え?
リリスが女帝モノン?
俺、そんなこと聞いてなかったんですけど?




