救国編・21『創造神スキル』
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「〝ま、まさか……おまえも日本人だったのか?〟」
レンヤは日本語で問いかけていた。
ルニー商会ナンバーツーの〝ジン〟が橘萌なのは想定していた。だがトップの女帝モノン――リリス=ムーテルまで同郷の相手だとは、想像もしていなかった。
もしそうだったとしたら、剣を向けることなどレンヤにはできない。
彼は同郷の仲間にはこれ以上なく甘い性格だった。
しかしリリスは無言で微笑むだけで肯定も否定もしなかった。
レンヤは、口早に問いかける。
「前世の名前はなんだ? 気付いていたと思うが、俺は名乗っている通りレンヤ――五百尾憐弥だ。俺の近くには綿部寧音もいる。それだけじゃなく秋元も、宍戸も、岡崎も、瀬戸も、徳間も、三田も八戸もいるんだ。いまこの世界にいる転生者は全員クラスメイトだけってことも知ってる。正直、気分屋の橘だけなら仲間に引き入れようとは思わなかったが……もうひとりいるなら話は別だ。だから教えてくれ、おまえはいったい誰なんだ?」
歳に似合わない頭の良さ、品性のある振舞い。
候補として最も考えられるのは〝三女神〟のひとり一神あずさだが――
「帝王レンヤも、案外、抜けたところもあるのですね」
リリスは微笑んでいた。
「私が日本語や英語を話すから、転生者だと思いましたか? 貴方たちの母国には複数の言語を使える人はいなかったのですか?」
「なっ」
息を呑むレンヤ。その返事は想像もしてなかった。
たしかに、日本語が使えるレンヤたち転生者はこの世界の言葉をつかえるようになった。だが、いままでその逆は考えたこともなかった。
……やられた。
レンヤは拳を握りしめる。事情をペラペラ話してしまったのは明らかな失態だった。
「しかし……そうですか。〝隠れ宮の八人〟は同じ転生者の方々だったのですね」
「貴様、謀ったな」
「貴方が勘違いしただけでは?」
八人のことを知られているのは不思議じゃない。だが、その正体を知られたのは痛手だった。
いままでで一番悔やんだ表情のレンヤを眺め、リリスは小さく息をついた。
「では今回の謀計は彼らのためにやったことですか?」
「……教えると思うか」
表情に出し過ぎたと気づいたときには、もう遅かった。
「彼らの種族も年齢も異なっていると伺っております。貴方は、郷土愛や仲間意識が強いのですね」
「貴様になにがわかる」
「転生を経験したことがないので、わかりません。ですがそう考えると目的にも想像がつきます。……いえ、半分はもともと見当がついていたのですが」
余裕綽々に言うリリス。
レンヤは苛ついたまま吐き捨てた。
「この女狐め。いいだろう、言ってみろ」
「『叡知の書』ですね?」
「……ちっ」
もともと見当がついていた、というのもあながち嘘じゃなかったらしい。そうでなければレンヤが来てすぐに禁書庫に入ってくるなんてできない。
「ひょっとして貴方は『叡知の書』の恩恵を使って、同じ転生者を見つけ出そうとしていたのですか?」
「それは違う。もう、そんな悠長な時間はないからな」
「ではなぜ?」
「『創造神スキル』が欲しい。ただそれだけだ」
目論見も見破られ、体も神秘術で拘束され、目的の本も見つからない。さらにこちらの立場や急所も晒してしまった。
レンヤは半ばヤケクソに、目的を告げた。
「先代の聖女に聞いたが、この世界のスキルの中には特別な力を持った『創造神スキル』があるんだってな? なんでも最終的に創造神の力そのものを振るえるっていうじゃないか」
「……先代の聖女様は、いささか口が軽かったようですね」
「ふん、命を助けたささやかな礼だそうだ。むしろ貴様が知ってるほうが聖教国からしたら想定外なんじゃねえか? 『創造神スキル』の存在は、聖教国でも極秘情報って聞いたが」
「まあ、そうかもしれませんね」
いまだ微笑みを崩さないリリス。
本当に食えない女だ。
「俺の目的はただひとつ。『創造神スキル』を手に入れて、あいつらと一緒に日本に帰ることだ」
家に帰りたい。
この世界に転生してから、その想いがレンヤの胸を焼いてきた。
向こうの世界には病気がちな両親がいた。
仲のいい友達もたくさんいた。
恋人はこちらの世界で再会したが、彼女にも家族や友達がいた。
転生してから、命がけで生きてきたこの世界を好きになったことは一度もない。
少しでも早く日本に帰りたかった。
そのためには――
「〝時間と空間の神〟第5神・キアヌス。そいつの創造神スキルが欲しい」
この世界を管理している創造神が、キアヌス神だという。
ならばこの世界で手に入る創造神スキルは、もしかするとキアヌスの力かもしれない。
「そのスキルを手に入れられるというのが『叡知の書』だ。俺はもともと、帝国にもマタイサにも興味はない。全て情報を集めるために利用してきただけだ。だから女帝モノン……いや、リリス=ムーテル。もし『叡知の書』に関して知ってることがあるなら、俺に教えろ」
「……なるほど。そうでしたか」
納得したように頷いたリリス。
だが次の彼女の言葉は、否定だった。
「ですが貴方の予想……いえ、希望的観測には大きな間違いがあります」
「……なんだ? 『叡知の書』がここにあることは知っている。信用に足る内通者が教えてくれたことだ」
「いえ、それに関しては正しい情報でした。確かに『叡知の書』はここにあります……いえ、ありました」
「どういうことだ?」
イヤな予感が胸を駆け巡る。
リリスはキッパリと言った。
「残念ながら、その『叡知の書』で手に入れられる創造神スキルはキアヌス神のものではありません」
「な、なぜだ! なぜ貴様がそうと断言できる!」
「二年前、私がその『叡知の書』を解読し、その恩恵を手に入れたからです」
「……なん、だと……」
血の気が失せた。
数百年ものあいだ、誰も解読できなかった『叡知の書』。
それがよりにもよって、目の前の女の手に渡っていたなんて、想像もしていなかった。
リリスは淡々と告げた。
「憐れな帝王に、これくらいは教えてあげましょう。創造神スキルとは、創造神たちが司る〝0~7の数字を冠するスキル〟……すなわち『始祖の数秘術』です」
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リリスは、言葉を失って呆然とする帝王を眺めていた。
たしかに創造神スキルは強力だ。最後まで進化すれば、それひとつで国どころか世界を支配できるようになると言われている。
そのため『叡知の書』は神々により様々な場所に封印されている。そのひとつを発掘したかつてのマタイサ王国は禁書庫に収監し、それ以降の数百年は封印を解かれることはなかった。
二年前、マーガリア王女に禁書庫に連れてこられたリリスが、その本を解読してしまうまでは。
「この国にあった『叡知の書』に封じられていたのは【数秘術0・解析之瞳】。虚構と空想の神、第0神モーマンの力を宿したスキルになります。貴方のお目当ての力は、もとよりこの国にはありませんでした」
「うそ、だ……そんな……」
力なく項垂れる帝王レンヤ。
だが事実だった。
「それともう一つ教えてあげましょう。『叡知の書』は一度解読されると、別の書物に変わります。当然、別の本になったものを読んでも創造神スキルは手に入りません。ただの情報誌のようなものになりますからね」
「…………。」
「ですから、もしキアヌス神の『叡知の書』が欲しければ、別の場所を探すことをおススメします。もっとも、誰かが解読していたらそれまでですが」
「……待て。別の『叡知の書』があるのか……?」
藁にもすがる思い、とはこのことだろう。
まるで子供のような表情になった帝王に、リリスはあくまで客観的に答えた。
「あると思いますよ。ただしスキルを手に入れられるのは、そのスキルをつくった創造神に愛されている者か、知識や智慧を以ってその書物を解読できる者だけです。それにそもそも、そう簡単には見つけられない場所にあるでしょうし」
「……何か、何か情報はないのか! 頼む! なんでもいいから教えてくれ!」
なりふり構わない帝王に、憐憫を抱いたリリス。
正直、情報を渡してもたいしたメリットはない。せいぜい少しの恩を売れるくらいだろう。それよりこの国にちょっかいをかけたことに対する恨みの方が大きい。
……だが、リリスも人の子だった。
ルルクやコネルと同じ元日本人だというだけで、情が湧いていた。
「……わかりました。特別ですよ。では冒頭の文章をお教えします。もっとも自分で読むことができる時点でスキルは手に入りますので、あまり意味はない気はしますが」
「頼む! それでもいい!」
リリスはため息をつくと、何度も読んで憶えたその内容を暗唱した。
「『――かつて、すべては無であった。
しかしあるとき有が生まれた。それは世界そのものだった。
生まれたての有は、1日目に虚を作った。しかし虚は世界の裏に生まれ決して互いに出会うことはできなかった。
2日目、有は秩序を創った。世界は規律で満ちた。
3日目、有は頂点を創った。世界に終焉ができた。
4日目、有は循環を創った。世界が現象となった。
5日目、有は時空を創った。世界は進みはじめた。
6日目、有は完全を創った。世界は不完全になった。
そして7日目、有は個性を創り、こうして原初の世界が完成した。有によって生まれた子らは原初世界を祝福し、さらなる世界を創り始めた。
やがてあらゆる世界には元素や生命が溢れ、それらは有を星誕神と崇めた。星誕神とその子らがもたらした奇跡の7日間は創世期として記録されることとなった――』
……というものです。
まあ、これくらいこの世界の誰でも知っているような、神々の在り方を示した文章ですけれど」
リリスはそう言い切った。
第1の星誕神トルーズは、確率と存在を司る。
第2の創造神アーノルガーは、秩序と混沌を司る。
第3の創造神ブラットは、生と死を司る。
第4の創造神レオリオは、事象と真実を司る。
第5の創造神キアヌスは、時間と空間を司る。
第6の創造神ウィルミスは、完全と超越を司る。
第7の創造神エフィは、個性と境界を司る。
第0の創造神モーマンは、虚構と空想を司る。
リリスが手に入れた創造神スキルは【数秘術0・解析之瞳】。
効果は、対象物の過去情報を知ることができるスキルだ。
例えば帝王の剣を視ても効果や名称はわからないが、素材になった物の配合率・刻まれた術式・過去の所有者など様々な情報が読み取れる。
現在情報は一切わからないが、持ち主の知識次第ではそれ以上の価値を与えてくれるスキルだった。
リリスはこのスキルと、それ以前から持っていた『数学者』『効率化』などのスキルを併用して、高性能な魔術器や秘術器をつくることができたのだ。
それこそが女帝モノンと呼ばれたリリスの秘密だった。
ちなみに『セフィロトの書』は過去に起こった出来事を、現在時刻からさかのぼって自動記述していく魔導書だった。これもリリスが遠見スキル『万里眼』を持っているため、かなりの広範囲の情報を記載することができる。
ただし、記述方式が指定できないため情報精度はさほど高くないのが弱点だ。
「――ということですが、参考になりましたか?」
「……ああ」
帝王はどこか疲れた様子は見えたものの、目は死んでいなかった。
ただしリリスにはもう歯向かおうとはしていない。不思議そうに首をひねり、
「情報は感謝する……だが、このまま俺を帰そうとでも言うのか? 今回の件で、少なからず犠牲は出ただろうに」
「もちろん許せるようなものではありませんが、しかし、その質問に意味はありますか? 貴方がその気なら、隠し持っている転移の魔石でいつでも逃げられるでしょう?」
「……ハッ、それもお見通しか」
リリスの【解析之瞳】はルルクの【虚構之瞳】の兄弟スキル。もちろん同じように透視もできる。隠せるものはない。
「それに、帝王が相手である以上は軽々しく手を出せません。貴方もそれはわかっているのでしょう?」
「……ほう?」
「私も、貴方が直々に来るなんて予想外でした。なんの根回しも準備もしていません。ここで敵国の王を捕まえて喜べるほど、私たちは能天気ではありませんよ」
「ははは、そうか。その歳でもう政治を分かっているか。ぜひとも俺の国に欲しい人材だな」
感心する帝王。
マグー帝国はもとより大国だ。帝王レンヤといえば国民人気も非常に高い。
ここで帝王を準備もなく捕まえては、それこそ本格的な戦争の火種になってしまう。各方面の対抗派閥や地方貴族も騒ぎ出すだろう。この余裕のない時期にそれは痛すぎる。
転移で帰ってくれるというなら、誰にも知られないうちに帰ってもらったほうがメリットは大きい。
無論、散々振り回された身としては許しがたいことだったが。
「……ですが、これは大きな恩ですよ?」
「わかっている。謝るつもりはないが、いったんこの国から手は退こう」
「それだけですか?」
「公に争って負けたわけではないから国としては何もできんぞ。それか貴様、俺のヘソクリでも欲しいのか?」
ふざけたように言う帝王。
「……では、今後ルニー商会に手は出さないで頂きたい」
「それは無理な注文だ。優れた技術を奪いたいのは俺だけではないからな。ここで俺が手を引けば、他のやつらがこぞって手を出すぞ。むしろ俺が睨んでいるから抑えになっているはずだ」
「そうですか。ではマグー帝国からは撤退するしかありませんね。二度と我々に関わらないで下さい」
「待て、俺としては個人的に貴様と縁を繋いでおきたい」
「私たちにメリットがありませんが?」
「なら、こっちからは保有している聖遺物を出そう」
帝王の提案に、リリスの耳がぴくりと動く。
聖遺物とは数千年以上過去の、未知の技術が満載の機械たちだ。それらの情報は正直喉から手が出るほど欲しかった。
「店舗は撤退してくれて構わない。だが我が王宮にバルギアの商家とでも名乗って、商会の者をひとり寄越してくれ。隠れ宮の商人として引き立てておけば誰も文句は言わんしな。まずはその時点で聖遺物をいくつか送ろう」
「……悪くない提案ですが、そちらの目的は?」
「半分は今回の謝意として受け取ってくれて構わないが……もう半分は、今後は情報を買いたい。貴様たちも客なら断らんだろう?」
「内容にもよりますね」
「無論、他の『叡知の書』の情報だ。言い値で買おう」
「かしこまりました。今後我々の邪魔をしない限り、取引に応じましょう」
「商談成立だな」
希望が見えたのか、表情に快活さが戻った帝王。
落とした武器を拾って鞘に納めながら、
「念のために聞くが、ルニー商会の邪魔とはどういうことを指す?」
「〝ルニー様〟を邪魔しない、ということです」
「……誰だそれは? おまえがトップじゃなかったのか?」
ここに来て首をひねる帝王が、少しおかしく見えてリリスは笑った。
そこまでの情報は知らないらしい。
「私はあくまで会長です。代表はお兄様ですから」
「兄か……ああ、たしかルルクという冒険者がいたな? そいつか?」
「はい。憶えておいて損はありませんよ」
「冒険者なんざ興味もない。じゃあ、すぐに誰か寄越してくれ。ルニー商会の名前は出すなよ」
「かしこまりました。ああそれと、グリル殿下によろしくお伝えください」
「……ちっ、知ってたか」
そう舌打ちしながら、手元の転移の魔術器――使い捨ての宝玉を、床に投げつけた帝王。
リリスは軽い意趣返しのつもりで、帝王が転移する直前にもうひとつ教えるのだった。
「ちなみに貴方がストアニアに送った魔物軍を一掃したのは、私のお兄様ですよ」
「えっ――」
驚いた表情のまま、転移していった帝王。
いまごろ帝都に戻って、慌てて情報収集を命じているだろう。ストアニアではとっくに出回っている情報だから、もともと彼の耳に入るのは時間の問題だったが。
少しだけスッキリしたリリスは、『解析之瞳』で城内を透視しながら微笑むのだった。
帝王も帰り、陽動役の兵士たちはほとんど捕らえたようだ。
帝王と話しているあいだに、混乱はほとんど収まっていた。




