救国編・18『ごめん、追放されちゃった』
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「な、なんだアレは……」
マグー帝国、帝都。
帝王は激しい眩暈をおぼえて、フラフラと壁に手をついた。
『千里眼』でレミオロンの戦場を眺めている時だった。激しい光とともに、一瞬にして魔物軍が消滅してしまったのだ。
何が起こったのかまったくわからなかった。
ストアニアの新しい理術兵器か? あるいは未曽有の災害か。
帝王の脳裏に浮かんだのは、帝国の汚点ともいえる900年前の敗戦の歴史。数万の軍が一夜で全滅したという通称〝カテドラ山脈の変〟だった。
「い、いやしかし、それはSSSランク魔物の被害だったと何代も前に調査結果が出たはず……」
さっきのは、明らかに人為的なものだった。
帝王は答えを見つけられないまま、おぼつかない足取りで部屋を出た。うまく思考がまとまらなかったが、足は自然と私室の奥――〝隠れ宮〟に向いた。
「えっ……レンくんどうしたの!?」
隠れ宮には、広い生活空間がある。
もとは愛人たちを囲うために歴代帝王が使っていた部屋だったが、彼は知人たちを匿うために使っていた。
帝王に気づいて駆け寄ったのは、リビングで読書をしていた少女。
「レンくん大丈夫? ちょっとねえ、どうしたの?」
「何があった! ってレンヤ! おめえどうしたってんだ?」
さらに奥の部屋からドワーフの老父が出てきて、心配そうに帝王の顔を覗き込む。
ふたりの叫びが聞こえたのか、何事かとさらに奥から六人の姿が出てきた。
「レン、顔色が……」
「おいどうしたってんだよ」
「レンちゃん何があったの?」
「ちょ、すぐお湯沸かせ!」
「ベッドに運ぶわよ。男ども、手貸して!」
「ったく、何がありゃあお前がこんな顔になるんだよ」
彼らは、種族も歳も性別もバラバラだった。人族、ドワーフ、獣人……少女から老人まで、少なくとも一緒に街を行動していたら不思議に思われるメンバーだった。
だが共通しているのは、青ざめて呆然としている帝王を本心から心配していること。
彼らは一番広い部屋のベッドに帝王を寝かせ、深刻な表情を浮かべる。
「レンくんがこんなになるなんて……ねえ、毒とか襲われたってことはない?」
「スキルで視た感じ、ダメージ系の異常はないわね。少なくとも肉体的な損傷はなさそうよ。精神的なものだと思うけど。さっき職務室に食事を持って行ったときも普通だったし」
「なら『千里眼』で何かヤバいものでも視たんじゃねーの?」
「あり得るわね。でも、レンちゃんがここまでになるって、どんなものかしら。これでも二十年帝王やってきたんでしょ? 綺麗なことしかやってなかったワケじゃないし、今回だって……」
「それは……でも、全部私たちのためだし……」
「ちっ。俺達のせいだろ。あまりにもレンに頼り過ぎてた。こいつならなんでもできると思ってたし、実際いままで失敗なんざほとんどしなかった。ツライことばっか押し付けて、な……」
その言葉に空気が沈んだ。
「言い返す言葉もないわね……じゃあ、今は少しでも休んでもらいましょうか」
「そーだな。ネネ、頼めるか?」
「うん。我は乞う、神々よ我が友に安寧たる眠りを――『スリープ』」
少女が帝王に手をかざし、癒しの魔術を唱えた。
帝王が眠りに入ると、乱れていた呼吸は落ち着いて冷や汗も止まった。安らかな眠りだった。
「……じゃあ、レンくんはしばらくゆっくりさせておこう」
「ああ」
「そうね」
彼らは少女だけを残して、部屋から出ていく。
少女は帝王の手を握りしめて、目に涙を浮かべるのだった。
「いつも頼ってばかりで、ムリさせてごめんね」
帝王の隠れ宮――そこに匿われている彼ら八人のことは、帝国内でも触れてはいけない禁忌になっているのだった。
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「カルマーリキよ。おぬしを、エルフの里から追放処分とする」
「「えっ」」
魔物の大群を殲滅した翌日。
二日間借りていたカルマーリキを帰しにきたら、森長たちからそう告げられたのだった。
さすがに予想してなかった言葉に、石のように固まるカルマーリキ。
俺も声を震わせて、
「あ、あの、これまたどうしてですか? 勝手に連れてったのは俺です。責任はすべて俺にあるんで、さすがに追放処分っていうのは……」
「恩人殿の責任では……いやまあ、原因は恩人殿にはあるが、あくまで里の問題のことだ。こればかりは恩人殿の忠言でも聞き入れられぬ」
「そんなにですか? 二日無断欠勤したくらいで――」
「そんな理由なわけなかろう」
あ、違ったのね。
てっきり守護部隊はブラック企業ばりの社畜契約かと思ったけど、そうではないらしい。
「我らがエルフの秘宝がカルマーリキを主と認めた。それが問題なのだ」
「……どこに問題が?」
「よいか恩人殿。その秘宝は里を救って頂いた恩人殿に、我々一族が感謝とともに譲り渡したもの。それを我が里の一員が主と認められてしまっては、まったく義は通らぬこととなる。このままカルマーリキを里に置いておくのは、エルフ族の恥そのものなのだ」
「俺が勝手にカルマーリキに使わせたんで、それも俺の責任なんですけど」
「恩人殿からすればそうかもしれん。だが、義を重んじる我らが森の眷属にとって、これはあまりにも不義なことなのだ。もしカルマーリキが意地でも里に残りたいというならば、その両腕を斬り落として、秘宝をお返しせねばなるまい」
「それはダメですからね!?」
軽い気持ちで誘拐したら、めちゃくちゃ大事になってしまった。
それからも少し押し問答したものの、森長たちの意見は変わらず。とはいえ『聖弓・露狩り』はすでにカルマーリキを所有者認定しているため、変更は不可能だ。
カルマーリキより腕と目がいいやつがいれば、もしかしたら変更もできるかもしれないが……『天眼』を手に入れたいまは絶望的だろう。
「わかりました。すまんカルマーリキ……本当にごめん!」
「……べ、べつにルルク様の……せいじゃ……ぐずっ……うううっ」
号泣し始めるカルマーリキ。
森長たちの後ろにいたカルマーリキの両親が、泣きながらカルマーリキに抱き着いていた。三人で声を出して泣きながら、別れの言葉を交わしている。
……いままでで一番の罪悪感でした。
ジュマンの森長が懐からふた袋を取り出して、俺に手渡した。
「これらは当面のカルマーリキの生活資金と、恩人殿への謝辞だ。バルギア竜都にはメレスーロスがいるだろう、しばらくは彼女の近くで外での生活を教えてやってはくれぬか? 里としては追放するしかないが、カルマーリキのことは我々も娘のように思っているからな」
「はい。俺もできる限り協力します」
ここで断れるほど冷酷じゃない。
カルマーリキが両親との別れの挨拶を終えると、両親とそろって俺に頭を下げた。
「恩人様、娘をどうか頼みます! バカで不甲斐ない娘ですが、心根だけは真っすぐですので見捨てないでやってください!」
「恩人様! この子は成長も止まって貧相な体型ですが、いまだ身も綺麗です。よしなに、よしなにお願いします!」
「る、ルルク様……ふつつかものですけど、よろしくお願いします!」
……いや待て。そのセリフはまずくないか?
ここでイエスと答えたら、完全に両親公認になってしまう。
でも追放されるのは完全に俺の責任。
ここでノーと言えるような度胸は……俺にはない! くそっ!
「わ、わかりました……」
「ありがとうございます!」
「娘をよろしくお願いいたします!」
「う、うち精一杯尽くします!」
こうして、俺はカルマーリキを連れて帰ることになってしまったのだった。
とはいえエルフの里以外でカルマーリキが生きる方法を教える、なんて難しいことは俺にはできない。せいぜい同じ冒険者として身をたてるのを補助するくらいだろう。
まあ、世界的に見てもトップレベルの弓使いだ。斥候としても優秀だから、冒険者として引く手あまたになるだろうが。
「カルマーリキ、風邪ひかないように元気でやるのよ!」
「ムリするんじゃないぞ。寂しくなったら呼ぶんだぞ。パパがすぐ会いにいくから!」
「うん! じゃあ、パパもママも元気でね!」
最後の別れを交わし、俺はカルマーリキとともに屋敷まで転移で戻った。
綺麗に整った中庭を見回したカルマーリキが、さっきとは打って変わって笑顔になった。ぐるりと庭を見渡して「わあ、綺麗な庭だね」と褒めていた。
たぶん俺が申し訳なさそうにしてるから、気にしないように気を遣ってくれているんだろう。ホント良い子だな……。
「ここがルルク様のお屋敷? 随分広そうだね」
「ああ、広いぞ。迷わないようにすぐ憶えろよ」
「大丈夫だよ。うち、道に迷ったことはないから」
それは羨ましい。さすが空間認識力がずば抜けてるだけあるな。
広いゆえに部屋は有り余っている。しばらくここで生活してもらうことになるだろう。
「はぁ、あいつらなんて言うかな……絶対怒るだろうな……」
仲間たちに責められる未来を想像したら胃が痛くなってきた。
ため息をつきながら中庭から出て、出迎えてくれたメイドラゴンに挨拶してリビングに向かう。
ソファで優雅にお菓子を食べていたセオリーが振り返り、カルマーリキを見てビビる。
「あるじおかえりなさ……え? え?」
「ごめんセオリー。カルマーリキだけど、しばらく同居することになった」
俺が説明すると、少し不貞腐れたような表情を浮かべた。
「あるじ……またハーレムふやしたもん……」
「語弊があるからやめて」
別に意図して増やしてるワケじゃないからね?
今回は特に事故だ。
「よろしくね姫様! 安心して、うち、独占はしないから!」
「……ほんと?」
「うん! それに強くてカッコいい姫様と一緒に過ごせるの、すごく楽しみなんだ!」
「ふっ、気に入った! 敬虔なるその忠義免じて、我が直々にこの屋敷を案内してやろうではないか! さあ、我が影としてついてくるがよい!」
あっというまに篭絡されてやがる。
褒められて上機嫌になったポンコツ竜姫は、カルマーリキを連れてリビングから出ていく。
その背中を見送りながら、
「じゃあセオリー、俺はこれからマタイサでスタンピード止めてくるから、しばらくよろしくな~」
「御意!」
「ルルク様気を付けてね~」
軽く返事をして、きゃぴきゃぴ話しながら屋敷を歩いていく二人。
ひとまずカルマーリキのことはセオリーに任せて、こっちも次の目的を手伝いますか。
俺はスキルを発動した。
「『神秘之瞳』」
ふたたび視界を飛ばし、マタイサのダンジョンをぐるりと巡る。透視しながら立体マップのように、全体をおおまかに視る。
ダンジョン内はほとんどの壁が消えており、すぐに階段から階段へ向かえるようになっていた。スタンピードにより生まれてくる魔物は、どうやら本来出てくる階層の二十から三十上階に出現するようだ。
例えば、いまエルニたちが四十階層にいるが、湧いてくる魔物はAランクが中心だ。本来なら六十階層あたりにいるはずの魔物ばかり。
魔物の状態もほとんどが『狂化』で、ふだん知能が高い魔物もただ地上に向かっているだけだ。マルコシアスのような言葉を話せるやつも、うめき声を上げているだけ。
「なるほど。スタンピードはこんな感じで魔物を排出するんだな……でも、やっぱすごいペースだな」
高ランク魔物がどんどん出てくる。
もっともエルニたちにとっては、特に苦労もしない相手ばかりだ。昨日からちょくちょく視てたけど、倒しながらどんどん下層へ進んでいく。
サーヤに聞いたところによると、本来の迷宮核が制御権を奪われたらしく、おそらく奪った何者かはダンジョン下層にいるのではないか、とのことだった。
そのためにエルニたちは真っすぐ最下層を目指しているらしい。
ちなみに、エルニたちの後ろに湧いた魔物たちは地上を目指している。ダンジョン広場ではルナルナたちSランク冒険者が先頭に立って、身を張って守っている。
もっともエルニたちが中の魔物たちを殲滅しまくるから、わりと余裕で対処できてるっぽい。地上は俺が応援に行く必要はなさそうだ。
「さて、黒幕はどこかなっと」
今度は詳細にダンジョンを視る。
まずは最下層を覗いてみたら――。
「……なにやってんだよ」
黒幕っぽい姿を見つけた俺は、すぐに転移をするのだった。




