救国編・16『超越者』
雷霆。
かの有名なギリシャ神話の主神ゼウスが、その手に持っている雷装のことだ。
この武器をゼウスが振るえば、世界を融かし、宇宙を焼き尽くすほどの威力が出るという。範囲攻撃という概念からすればこれ以上のない効果だろう。
もっとも、それはゼウスが全知全能という存在だからこその威力であり、単体の武具として世界を滅ぼすほどの力はない……と思う。
「伝承顕現――『ケラウノス』」
俺の右手に出現したのは、イナズマ型の小さな金属。
手のひらサイズの割には膨大な霊素を消費していたが、このエネルギーならさすがに世界を滅ぼすほどの出力はなさそうだ。せいぜい魔物数万体ってところだろうか。
もしストアニア王都ごと吹き飛ばしたら……ま、そのときはそのときだ。土下座で許してくれるかな。
俺は右手に握った小さな金属を眺めながら、
「さすがに味方を巻き込まないところに堕としたい……よし、あのあたりがいいか」
神話ではケラウノスは空から堕とされていた。
なら俺も右に倣おう。
「『相対転移』」
移動したのは、魔物の軍勢の中心より少し後ろ側――その上空。
空から見ても、見渡す限りの魔物の軍勢だ。草原どころか山脈までひしめきあって侵攻してくる魔物たち。これはいくらストアニアの国防軍でも止めることはできなかっただろう。
「半分くらいは減るといいな。じゃ、あとはよろしくケラウノスくん」
手を離して、金属を落下させた。
すぐに転移で元の場所に戻ってきた、その瞬間。
世界が叫んだ。
■ ■ ■ ■ ■
魔将軍レミオロンは、驚愕に目を見開いていた。
最後尾で大型魔物に乗り、ストアニア王国軍との戦いを眺めていた。
我が魔物軍は順調に守りを崩しており、このままいけば数日で王都を蹂躙できる――そう思っていたときだ。
王都から放たれたとんでもない威力の爆撃が、最前線の魔物たちを吹き飛ばし始めた。
レミオロンにはその正体はわからず、ただただ戸惑っていた。あきらかに人族の魔術の限界を超えているその威力。禁術に『爆裂』という複合魔術があるが、それに近い威力があった。
だがそれもすぐに限界が来たようで、数分で攻撃は止まった。結果的にかなりの数は減らされたようだが、それでも一割にも満たない数だ。
これくらいの被害は誤差の範囲内。何も心配することはない。
そう思っていた時だった。
空から、何かが降ってきたのは。
レミオロンは最後まで気づかなかった。
何も考えられない一瞬の間に、レミオロンは魔物たちと共に消滅した。
□ □ □ □ □
……消えた。
そう表現するしかなかった。
ケラウノスの威力は単純な炎熱や雷撃ではなく、量子分解のような融解攻撃だった。範囲内のあらゆる物が消滅し、草原も森も、見渡す限りすべてが荒野と化してしまっていた。
山脈の麓から草原までがケラウノスの範囲に入っており、ひしめき合っていた魔物たちは完全に消滅してしまった。
「うそやん」
つい関西弁が。
十万近くいた魔物たちはほぼすべてが即死した。範囲外にいたわずかに残った魔物も、自我を取り戻したのか慌てて逃げ去っていく。
誰も、何も言えなかった。
怖いくらいの静寂が戦場に落ちていた。
なぜか雲も消えて空は晴れており、眩い太陽が真上から俺たちに注がれていた。
……やりすぎた気がする。さすが伝承顕現、威力は絶大だ。
呆然としていると、通知欄がぴこんと動いた。
――――――――――
>新たなスキル『超越者』を獲得しました。
>スキル『数秘術0:虚構之瞳』が『数秘術0:神秘之瞳』に進化しました。
>『超越者』獲得により、種族が変更されました。
――――――――――
……ん? 種族?
スキルの獲得や進化ならまだしも、さすがにその通知は気になった。
慌てて自分を鑑定しようとしたら、いきなり強烈な眩暈と吐き気に襲われる。
「うおっ、やば……」
立っていられない。
ぐわんぐわんと世界が回る。貧血のときより酷い。ここまで気分が悪化したのは初めてかもしれない。
俺は耐えられず、力なく倒れてしまった。意識が朦朧としていく。
「お、おい君……」
「大丈夫か?」
近くにいた兵士たちが、すぐに俺に駆け寄ってくる。
「あるじー!」
その向こうから、竜化したセオリーが大急ぎで飛んでくる。
ビクッとして後ずさった兵士たちを気にせず、すぐに人化して隣に着地したセオリーは、俺を腕に抱えてスゴ玉を飲ませてくる。
セオリーもレベルアップの弊害で、意識も朦朧としてるはずなのに。
「あ、あるじぃ!」
「だい……じょうぶだ。セオリーもムリするな……」
それだけ言い残して、俺の意識は沈んでいった。
■ ■ ■ ■ ■
ストアニア王国、王城内の一室にて。
慌ただしく駆け回る士官たちの足音を聞きながら、カルマーリキはタオルを水で濡らしていた。
ルルクの活躍で戦争が終わりを告げ、残存したわずかな魔物を騎士たちが狩っていくなか、カルマーリキは気を失ったルルクとセオリーとともに王城に招かれていた。
魔物の軍勢はルルクが一発で消し飛ばしてしまった。
にわかには信じがたいが、目の前で起こった事実は否定のしようがない。混乱する戦場だったが、ギルドマスターと騎士団長がカルマーリキたちを匿ってくれた。
いまはベッドで寝ているルルクとセオリー。ふたりとも一気にレベルが上がったようで、高熱を出して寝込んでしまった。
カルマーリキ自身もレベルが上がったため、ステータスがそれなりに上昇していた。急激な変化じゃないのでダルさはほとんどないけど、それでもちょっと違和感がある。
「……でも、ルルク様ほどじゃないよね」
鑑定できるギルドマスターが、この部屋に隠れているように言ったのだ。
なんでもルルクのレベルは、常識を覆すものになったらしい。
その意味はよくわからなかったが、きっとここまで辛そうにしているルルクにとって、レベル上昇がとんでもない負担を肉体にかけているのがわかる。
すぐには目を覚まさないだろう。
「でも、うちがルルク様を守るからね」
額に置いたタオルを取り換えてあげながら、ルルクの茶色い髪を優しく撫でるカルマーリキ。隣で寝ているセオリーのピンク髪も、綺麗に梳かしてあげる。
そんなカルマーリキの左腕には、綺麗な籠手がついていた。これは『聖弓』が変化したもので、念じるだけで変形する機能があった。
ルルク曰く、一部の武器には所有者認識があるものが存在しており、こうした副次効果は所有者にしか発揮できなかったりするんだとか。
昨夜その話を聞いた時、まさかエルフの里の秘宝が自分を所有者だと認めたなんて到底信じられなかった。
数千年、宝物庫に眠っていた武器だ。ただ弓が上手いからってその主になるなんて、身分不相応な気がするのに……。
でも、認められたからには使いこなさないと。
ルルクを守るためなら、むしろ余裕で扱わなければならないだろう。セオリーも寝ているいま、ここでルルクを心から信じられるのは自分だけなのだ。
「――しかし、救国の英雄だからと言っても責任が――」
「――困ります。彼は他国の冒険者ですから我々の一存では――」
「――だが野心がないとどうして言い切れる。あの力が――」
「――落ち着いて下さい。議会の判断待ちで――」
廊下から漏れてくるのは、どれもルルクの扱いに関する話ばかり。
さっきルルクが見せたあの力が、もし自国に振るわれたら――そう考えるのも無理はない。ストアニアどころかどんな国でも勝てないだろう。
ルルクの目が醒める前に暗殺しよう。
そう判断する者が出てもおかしくないほどの威力だった。
カルマーリキは気を張り続けて、周囲の気配を伺う。
どんな声も、気配も、見逃さないように集中し続けてた。
『天眼』スキルを手に入れて良かったと、心から思うのだった。
□ □ □ □ □
「……あれ?」
知らない天井だった。
そういえば、そんなサブタイトルのアニメがあった気がする。前世の記憶もだいぶ昔に感じるようになってきたせいか、思い出せない。まあいいか。
「ルルク様起きたんだ! よかった!」
「ちょっ、カルマーリキ何を……」
抱き着かれた。
その体が小刻みに震えていた。室温は温かいのにかなり冷え切っており、唇もかなり青くなっている。体調というより精神的に疲れたような、そんな様子だった。
俺は胸に抱き着いたカルマーリキの頭をぽんぽんと撫でながら、
「心配かけたか?」
「うん……だって、だって……」
「……ああ、なるほど。そりゃ疲弊もするか」
ぐるりと周囲を透視して、納得する。
十五人だ。
床下、壁裏、天井裏……そこら中に気配を殺して武器を手にした者たちが潜んでいた。カルマーリキも『天眼』で透視できるから、いつ襲いかかってくるかわからない相手を警戒しながら待っていたんだろう。これは辛い。
俺が起きて安心したのか、涙目になりながらも顔色がよくなってきたカルマーリキ。
「助かったよ。ありがとな」
「ううん。ルルク様の役に立ててよかった」
にへっと笑い、子犬のように嬉しそうにする小柄なエルフ。
さすがの俺も、ちょっとクラっときた。
「ルルク様?」
「い、いやなんでもない」
いやいや素数を数えるんだ。俺の好みのタイプはお姉さん。つまりメルスーロスさんみたいな綺麗なお姉さんだ。年下にしか見えないエルフにときめくなんてことは決してあり得ない。つまり気の迷いに違いない。
「そ、それよりあれから何時間くらい経った?」
「三時間くらいかな。そろそろ日が傾いてくるよ」
ということは、まだまだ慌ただしいだろうな。
あの数の魔物を倒したことは俺自身も予想外だったが、それより大慌てなのはストアニア王国側だろう。用意していた準備がほとんど不要になったんだからな。
あまり国家運営に詳しくないが、嬉しさと同時に困惑も広がっているに違いない。
俺の処遇についても、かなり悩むだろう。
カルマーリキは俺の胸に寄りかかったまま、上目遣いで見上げてくる。ちょっと重たいけど、寝ている間守っててくれたみたいだし、これくらいは許しておこう。
「そういえばルルク様、レベルどうなったの? ギルドマスターが驚いてたけど」
「あ、見てみるか。防音魔術できる?」
「うん。『サウンドカーテン』」
俺たちを包み込んだ防音壁。
さて、ステータスチェックだ。
――――――――――
【名前】ルルク=ムーテル
【種族】廻人
【レベル】264
【体力】3150(+18470)
【魔力】0(+1)
【筋力】2310(+17410)
【耐久】1990(+16140)
【敏捷】3540(+20610)
【知力】2070(+18100)
【幸運】101
【理術練度】1080
【魔術練度】1
【神秘術練度】13470
【所持スキル】
≪自動型≫
『超越者』
『数秘術7:領域調停』
『冷静沈着』
『状態異常無効』
『逆境打破』
≪発動型≫
『覇者の威光』
『精霊召喚』
『眷属召喚』
『装備召喚』
『転写』
『変色』
『錬成』
『刃転』
『拳転』
『蹴転』
『裂弾』
『地雷』
『反射』
『光弾』
『閾値編纂』
『相対転移』
『空間転移』
『夢幻』
『言霊』
『伝承顕現』
『数秘術0:神秘之瞳』
――――――――――
……。
…………。
…………ツッコミどころが多すぎて、逆に冷静になってしまった。
まず種族。
なんだ廻人って?
種類も族類も消えているから、もしかすると俺オンリーの種族になったってことだろうか。俺はついに人間をやめてしまったのか……いや、待て待て。たぶん特殊なだけでヒト種だろう。そうに違いない……よな?
まあいい。次はレベルだが……264とはな。
でも、これで薄々感じていたことがハッキリとした。
普通はレべル99でカンストだ。だが俺のレベルはカンストしなかった。
理由はひとつしかないだろう。
この体には他の人と違って魂が三つある。七色楽である俺と、ルルク本人と、ロズの魂だ。
そもそもレベルという概念そのものを疑問に思っていた。異種族を殺せば上がるのに、同族だと上がらない。ナギがあれだけ高レベルの魔族を倒しても1たりとも上がらなかったから、これは確実だ。
レベルアップという現象は、つまり魂の質に関係があるんじゃないかと思ったのだ。異種族を殺せば異なる質の魂を取り込む。それを栄養として成長し、魂が強くなっていく。強い魂を取り込めば上昇率も高い――それがレベルアップ。
十万近い魔物を殺したから俺のレベルは大幅に上昇した。そして魂が三つあるから上限が99ではなくなっていた。そんなところだろう。
というか加算ステータスがとんでもないことになっているな。
サーヤのことをチートと言える段階じゃなくなってしまった。竜王とのケンカも余裕でできそうだ。
あと変わったのは、スキルか。
【『超越者』
>等級なしのユニークスキル。
>>世界の理を超えた存在を示すスキル。レベル上限が消え、種族が変化する。経験値・抵抗値・練度ステータス値などの成長に種族制限がなくなる。プルス・ウルトラ。 】
そもそも種族で成長値の制限があったんだな、知らなかった。
このアホみたいなステータス上昇はその制限がなくなった影響か。そう考えたらすごいな超越者スキル。レベルも制限ないらしいし、これからレベリングしたらしただけステータスも上がるのか。
……まあ、これ以上あげても意味なさそうだけど。
さて、最後は進化した数秘術だ。
【『数秘術0:神秘之瞳』
>極級スキル。
>>場所を問わず視点を飛ばし、あらゆる情報を閲覧することができる。全てを見通す世界の瞳。ただし、情報は現在時点のものに限る。世界の眼。 】
「……ほう、場所を問わないのか? じゃあサーヤたちは――」
意識した瞬間、脳に映像が流れ込んでくる。
視えたのはマタイサ王国のダンジョン内。スタンピードで湧き出てくる魔物たちを瞬殺しながら、ほぼ直線になった迷路を蹂躙しながら進んでいくエルニと、打ち漏らした魔物を倒していくサーヤたちが視えた。
さらに意識すれば、サーヤたちのステータス、魔物の情報、ダンジョンの階層情報なども知ることができる。まさに『虚構之瞳』の完全上位互換だった。さすが進化系。
「ねえルルク様、どうなったの?」
「ああ、レベルな。264になった」
「……ん?」
目をパチクリさせたまま、首をかしげるカルマーリキ。
「聞き間違いじゃないぞ。264だ」
「……そっか、そういうこともあるよね。ルルク様だもんね」
謎の納得のされ方をした。
まあ、嘘だと疑われるよりはいいな。さすが忠犬以下略。
俺の個人情報の話が終わると、防音魔術を解いてもらう。
それと新しい数秘術だが、目を閉じなくても視点が飛ばせるのがかなり便利だった。実際の視覚はそのままに脳内で他の映像や情報が流れてくるが、同時に処理できるように脳も進化してるっぽい。
いや、これは種族進化の影響なんだろうか?
兎に角、ふつうに生活しながら別の場所をどこでも視ることができるようだ。
攻撃や防御には使えないが、さすが極級スキル。
だから、この部屋に近づいてくる人も前もって察知できる。
「たのもう!」
ノックもなしに扉を開けて飛び込んできたのは、赤色の綺麗なドレスを召した30代くらいの女性だった。
そいつは抱き合っている俺とカルマーリキを見て、どこか遠い目をして呟いた。
「ふふふ、私にもあったな……場所もわきまえず夫とイチャイチャしていた時期が」
「イチャイチャしてるわけではありませんけど?」
つい言い訳したけど、よく考えたらベッド上で抱き合ってたらそう見えるのは当然かもしれない。
「取り込み中にすまないな。だが、情事は夜まで待ってもらおう!」
「だから何もしてませんって」
「夜まで待てばいいんだね! わかったよ!」
「おまえは黙っとれ」
俺がカルマーリキの頬をつねると、お姉さんは笑った。
「救国の英雄殿は、なかなかに愉快な御仁だな」
「英雄呼びはちょっと……ええと、それであなたは?」
「おっと失礼、名乗りが遅れたな。私はリファーレ。リファーレ=リィ=ストアニア。この国で女王をしている者だ」
なんと女王陛下だった。
これは結構なイベントフラグを立ててしまった気がする。
どうしよう。
あとがきTips~廻人について~
新しく登場したワード『種族:廻人』
詳しく本編で説明する予定はないため、こちらに記載。
そもそも種族は〇〇種という大枠があり、その種で複数の変異体がある場合に▲▲族という呼び方をする。族目がない場合、記載はない。
例:ヒト種 →ヒト族(直系)
→獣人族(獣との混血)
→エルフ族(樹妖精との混血)
→ドワーフ族(地妖精との混血) などなど
現在ルルクは、廻人種。
廻人種はルルクが唯一の個体なので、族という文字は消えている。もし他に廻人が出てきたら廻人種ルルク族になる。
【 廻人
>ヒト種の上位ステージ。
>>基本スペックはヒト種と同じ。ただし肉体年齢は進化時点から変わらなくなり不老の存在となる。進化条件は、王位存在以上かつレベルを上限突破すること。交配による生殖で生まれてくる子どもは相手種族の特徴を引き継ぐ。上位種のため子どもができにくくなる代わりに、繁殖欲求がヒト種に比べて増している。さらに死亡時、一度だけ記憶を引き継いで生まれ変わることができる。転生者の種 】
ということになっている。
つまり廻人とはその名の通り、強くてニューゲームが一度だけ確約された世界の理を超える存在。ただしルルクが死んだときその力を使うかは、これからの人生次第。
ちなみにカルマーリキにドキッとしたのは、廻人になったから……かもしれない。




