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神秘の子 ~数秘術からはじまる冒険奇譚~【書籍発売中!】  作者: 裏山おもて
第Ⅲ幕 【幻影の忠誠】

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救国編・14『これで魔王じゃないなんて』

■ ■ ■ ■ ■


 我がパーティが誇る天才魔術士、その名もエルニネール。

 彼女の朝はとても遅い。


「起きなさい! 起きて、エルニネールったら!」


 サーヤは、どこまでもマイペースな羊幼女を起こそうと体をゆすっていた。休みだと知ったらすぐ二度寝したエルニネールは、もう正午だというのにスヤスヤと眠っている。


「お~き~て~! マタイサが大変なのよ~!」


 スタンピードが発生したと聞かされて急遽帰ってきたルルクの招集で、作戦会議をおこなったのが午前のこと。

 ルルクはセオリーを連れてストアニアに向かった。

 その代わり、マタイサにはサーヤたちが向かうことになっている。


 王都までの移動はエルニネールの転移術頼みになるので、起きてもらわないと行くこともできない。かれこれ一時間弱、起きようとしない羊幼女を起こそうと試みていた。


「サーヤ、そう慌てることもないってルルクも言ってたです。市民に被害が出るまではまだまだかと」

「そうだけど、戦ってる冒険者や兵士にだって家族はいるのよ。少しでも悲しむ人が減ったほうがいいじゃない」

「……サーヤは良い子過ぎるです。仕方ないです、ナギも手伝うです」


 ナギが呆れたようにため息をついて、


「ほらエルニネール、さっさと起きて魔物を狩りにいくです。今日は狩り放題らしいです」

「……ん」


 なんと、すぐに起きた。サーヤは唖然とする。

 戦闘狂の目覚めポイントを見誤っていた。悔しい。

 眠そうな目で、エルニネールは枕元にある杖を手にした。


「まもの、どこ」

「いいから顔洗って着替えてきてよ。そしたら行くから」

「ん」


 スタスタと洗面所に向かうエルニネールだった。

 それから少しして全員の準備が整うと、マタイサ王都の家まで転移したサーヤたち。


「まもの、たおす」

「待って待って。先に王宮に行くのよ。スタンピードを止めるなら、まずは迷宮核の制御が一番早いんだから」

「ん……めんどう。まものはころす」

「迷宮核制御したら倒しに行くんだから! ね!」


 ダンジョンに向かおうとする脳筋幼女を引きずって、王城まで歩いていく。

 城に着くと、ルルクがルニー商会経由で話を通してくれていたようで、すぐに宮廷内に案内された。厳重な警備をくぐって会議室のようなところに案内されると、部屋には魔術士がふたりいた。


「嬢ちゃんも来たかいな。ほれ、手伝っとくれ」

「私からも頼みます」


 片方はカーデル。

 もう一人は立派な髭を蓄えた壮年の男性だった。


「初めましてエルニネール殿。お噂はかねがね。私は宮廷魔術士のリンドン=ランドラードです。恥ずかしながら、私とカーデル閣下だけではどうにもうまく制御できないようでして……」

「ん。やる」


 エルニネールは迷わずテーブルに近づいた。大きな迷宮核が、複雑に光を放っている。

 三人が同時に魔力制御を試み始めた。余計な手出しをすれば逆効果だと分かっているので、サーヤとナギ、プニスケは黙ってその様子を眺めていた。

 エルニネールが参加すると、光が少しずつ大人しくなっていく。


 ランドラードが驚き、カーデルが微笑む。


「さすが経験者だね。儂らとは効率が違う」

「ほほう。エルニネール殿は迷宮核の制御をしたことが?」

「ん」

「さすがですね。これでも宮廷魔術士として経験を重ねたのですが、いやはや知らないことばかりで勉強不足を痛感しておりますよ」


 苦笑するランドラードだった。

 それからたっぷりと時間をかけて、魔力を制御しつづけていた三人の魔術士。

 ゆっくりと、確実に光は落ち着いていった……が。


 そろそろ陽が傾こうかという時、ある一定の状態からまったく動かなくなった。


「……おかしいね。途端に言うこと聞かなくなったよ」

「そうですね。まるで魔力の回路が切れたような感覚です」


 首をひねる宮廷魔術士たち。

 エルニネールの表情もわずかに歪んだ。そのまますぐに手を下ろして、魔力制御をやめてしまう。


「ん。これ、にせもの」

「え?」

「ど、どういうことですか?」


 宮廷魔術士たちは制御を続けながらも、動揺していた。


「にせもの。せいぎょ、いみない」

「そんなバカなことあるかい。これは間違いなく王宮で保管してた迷宮核だよ」

「そうです! すり替え防止のために、印もつけています!」

「ん、ほんもの。けど、いまはちがう」


 目を細めて首をふったエルニネール。

 ランドラードが迷宮核を穴が空くように見つめ、


「でも魔力回路はダンジョンに繋がってます! これが偽物なら――」

「もしや、制御権を奪われたのかい」


 カーデルがハッとして言った。


「これが迷宮核の本体なのは間違いない。でもこれでは制御できなくなっているのは確かだ。なら制御権を、何か別の物に奪われたってことも考えられるんじゃないかい?」

「そんな話は聞いた事がありません……いや、でもそう考えたら……」

「盗難事件、アレは迷宮核の制御権を奪うためにマグー帝国がやったことかもしれんね。せっかく盗んだのに、あんなところに放置してたのか謎だったが、そう考えたら辻褄は合う。ダンジョンの制御権を奪ったあとだったのかいな」

「大変じゃないですか!」

「もうすでに大変な事態だろ。スタンピードは制御権を奪ったやつらが起こしたってことだからね」


 冷静に言うカーデル。

 迷宮核の制御なんて滅多にすることじゃない。取り返した迷宮核を試してなかったことを責められたりはしない……が。


「ちっ、これは儂らの落ち度だね。こりゃあすぐに調査が必要だ。これが人為的なスタンピードなら制御権を持ったやつはダンジョンの下層にいるはずだ」

「しかし閣下、いまダンジョンには入れませんよ。転移装置も動いてないでしょうし、地道に進むにしても魔物が溢れ返ってます。たどり着くまでにどれほどの時間がかかるか……」

「厄介だね。でも、行かないわけには行かんだろう」

「それはそうですが、我々には城の護りもありますし……」

「じゃ、私たちが行ってきますね」


 サーヤはすかさず口を挟んだ。

 迷宮核を制御できないとなれば、力づくでスタンピードを止めないといけない。あとは現地で戦うだけだ。

 それに、


「うちの仲間たちも、やる気まんまんですしね」

「ん。まかせて」

「ナギも久々に全力出せるです」

『ボクも活躍するなの~!』


 サーヤの隣にいるのは、我がパーティの戦闘大好きトップスリーだ。

 むしろ実力行使の方がうってつけだ。


「待たせたわねエルニネール。相手はダンジョン。思いっきり暴れていいからね」

「ん」


 眠そうな目の奥に、狂喜が揺らめいている気がした。



■ ■ ■ ■ ■



地底海(アンダーバース)】のラスティーは疲れを感じ始めていた。


 スタンピード発生から一日半が経過していた。

 ローテーションを組んで休みながら戦っているとはいえ、無尽蔵に飛び出てくる魔物に気が滅入ってきた。

 二重の壁に囲まれたダンジョン広場には、すでにAランク魔物もちらほら出始めている。小型の魔物はすべて無視しているためメインの戦場はひとつ外の壁内になっているが、高ランク魔物はここから逃がさず仕留めている。

 いま二重の壁の内側で戦っているのは、【地底海】とルナルナ、それとAランク冒険者が一組だけだった。


 終わりの見えない集団戦。

 これがスタンピードか。


「くそ、油断したら気が緩んじまう」


 集中が途切れれば、その一瞬で死ぬこともある。それを自覚しているからこそ気持ちが落ちていく。単純な魔物の脅威だけでなく、精神的にもくるものがあった。

 参戦して以降ずっと笑いながら戦い続けているルナルナ以外、みんな同じような気持ちだろう。


 ラスティーは味方たちを鼓舞しながら、目の前の魔物を倒し続ける。

 正直、こうなっては連携などあったものじゃない。うちのパーティは純魔術士がいないため、全員ある程度の近距離でも戦える。

 だがそばにいるAランクパーティは――


「きゃあ!」

「させるかよ!」


 純魔術士の少女が、横から飛びかかってきたガルムウルフに引きずり倒された。

 すぐにリーダーが助けに入ったが、彼がいままで戦っていた別の魔物たちが殺到していく。

 アレはヤバい。


「カルマンディ、フォローしてやれ!」

「かしこまりました!」


 ラスティーと背中合わせで戦っていた執事風の仲間が、袖から針をいくつも飛ばす。

 Aランクパーティに向かっていた魔物のほとんどは、関節を針に貫かれて転倒する。相変わらず見事な腕だ。

 

「兄上様、カルマンディ、上ですわ!」


 カルマンディの意識が逸れた瞬間、いままで戦っていた巨大猿が土壁を使って大きく跳躍した。真上からカルマンディを踏み潰そうとしてくる。

 とっさに横に転がって避けたカルマンディ。ラスティーは避けると同時に、長剣で巨大猿の足を斬りつけていた。だが浅い。


「カルマンディは頭! 俺は胴をやる!」

「御意!」

「カルマンディ後ろ!」


 巨大猿に向かい合っていたカルマンディの後ろから、猛烈な速度で転がるハリネズミ――ブラッディヘッジホッグが迫っていた。


「むぅ!」

「カルマンディ!」


 とっさに後ろに跳び、両手を交差して防御姿勢をとったカルマンディ。だが勢いは殺せず、弾き飛ばされた。重傷ではないが、腕に深手を負ってしまう。

 仲間のピンチに気を取られたラスティーに、巨大猿が拳を突き出してきた。だがラスティーの脅威ではない。ギリギリで避けてカウンターを叩き込もうとした瞬間――巨大猿がニヤリと笑った。


『ギャギャッ』

「なっ――」


 腕が、増えた。

 巨大猿のスキルだろう。肩からもう二本腕が生え、避けたラスティーを殴り飛ばした。ものすごいパワーだ。

 脳が揺れた直後、土壁に叩きつけられた。


「ラスティー!」

「兄上様!」


 仲間たちの叫びに、手放しそうになった意識を戻す。

 腰に隠していたハイポーションに手を伸ばしかけて、すぐに横に跳んだ。巨大猿の蹴りが肩をかすり、ゴロゴロと転がる。


 集中力が乱れてしまった。

 仲間想いのラスティーにとって、カルマンディを目で追ってしまったのは仕方のないことだ。だが、それが致命的な隙になった。


 俺は何してるんだ。

 まだスタンピードが終わる気配はない。こんなところで油断してやられるなんて――


『ギャギャ!』

「ぐっ!」


 巨大猿の追撃を避けきれず、大きく飛ばされてしまう。

 ラスティーが転がった場所に、ちょうど運悪く、ダンジョンから出てきたばかりのAランク魔物がいた。


『グルルル……』


 雷魔術を使う、翼の生えた狼。

 Aランク魔物でも上位に位置するマルコシアスだった。


 普段なら、パーティで苦労することもなく討伐できるような相手だ。

 だがこのタイミングは最悪だった。


「ダメーっ!」

「兄上様避けて!」

「ラスティー様!」

「や、やめて!」


 マルコシアスの口内に、凄まじい紫電が迸り、無慈悲にもラスティーに向けて放たれようと――





「『エアズロック』」





 世界が停止した。


 ……いや、違う。

 周囲すべての動きが停まっているだけだ。強靭な魔力が空気に干渉し続け、魔物も、冒険者も、身動きを封じられていた。


 ラスティーは声がした方向――真上(・・)を見上げる。

 ドーム型の壁に空いた上部の穴からゆっくりと歩いてくるのは、一人の小柄な冒険者。


 羊の角が生えた、白い幼女だった。

 彼女はぐるりと周囲を見回すと、見えない足場に杖を打ち付けた。


「『全探査(フルサーチ)』」


 同時詠唱!? しかも禁術だと!

 いまだエアズロックの効果中にもかかわらず、禁術を発動した幼女に息を呑んだ。


 同時詠唱は技術的には可能とされているが、練度の問題で実現できた者は有史でも数人と言われる超高等技術だ。ラスティーの師匠――カーデルですらたどり着けない領域だった。


 それを軽々と使った羊人族の少女は、まるでゴミ掃除をするかのように表情を変えずにつぶやいた。


「『圧縮(コンプレッション)』」

 

 その瞬間、固まっていた魔物たちがどんどん小さくなっていく。

 悲鳴を上げながら骨を砕かれ、肉が潰れ、小さな球体になるまで圧殺されていく魔物たち。もちろんラスティーを襲おうとしていたマルコシアスも、厄介だった巨大猿も、まったく抵抗できずに潰れていく。

 わずか数秒で、広場にいた魔物はすべて死に絶えた。

 

 静寂が訪れる。


「なんだ、これ……」


 背中を流れたのは、畏怖か恐怖か。

 あっというまに広場すべての魔物を殺した羊人族は、もう一度杖をカツンと鳴らした。


 直後、体の自由を取り戻す。

 あまりの光景に座り込んでしまった仲間たちの無事を確認して、ラスティーはかすかに震える足を自覚しながら羊人族を見上げる。


 彼女は間違いなく、噂の天才エルニネールだろう。

 助けられたことに礼を言おうとしたラスティーだったが、とっさに口から出たのは別の言葉だった。


「……これでまだ魔王じゃないなんて、冗談だろ」


 その言葉に、広場にいた冒険者たちは全員同意したのだった。


あとがきTips~『圧縮』~


・『圧縮(コンプレッション)


 >エルニが開発した新たな極級魔術。

 >>エアズロックを応用した風属性魔術。魔力で覆う範囲を小さくしていくと同時に、面積が小さくなって余った魔力を表面に何重にも纏わせて強度を増していく。この術式に抵抗できるのは同等の強度を持つ物質(ミスリル以上の硬度が目安)か、空気を乱して魔力干渉を解いたときのみ。極級魔術の中でもかなりの練度と風魔術の才能が要求されるが、そのぶんもの凄く強力。

 >>>今回エルニは『全探査』で索敵した後に使ったので、半径十キロの魔物(外に出ようとしていたダンジョン内の魔物含む)がすべて死んでいる。敵だけを殺す最恐の魔術。

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